第33話 突入

 瓦礫を撒き散らして開けられた穴から、猛烈な勢いで空船が飛び入ってくる。その表面は銀色ではなく、分厚い緑色の粘膜に覆われていた。


 空船が床に接触する。粘膜が床にへばりついて平たく伸び、着地の衝撃を殺した。そして跳ねずに、そのまま床をすべるように転がっていく。そのまま500メルセルク強進んだところでようやく勢いは無くなり、空船は無事着陸を果たした。


 空船の周囲を覆っていた粘膜がだんだんと消えていく。そして完全に消えた瞬間、脇のハッチが開き、中からチヅルとジェフェリーが飛び出した。


「アル!」


 チヅルは真っ先にアレックスがいる前面に駆け寄った。

 前面の隔壁は既に開かれていた。その光景にチヅルは絶句する。そこにあったのは大量の瓦礫と、そこから伸びるアレックスの右腕。その腕はピクリとも動かない。


「ちょっと……冗談でしょ。アル! アル!」

「なんてこった……くそ!」


 すぐさま2人は、アレックスを埋めている瓦礫をどかしていく。程なくして、アレックスの全身が中から姿を現した。

 2人はヘルメットを外すと、アレックスを外へと寝かせた。出血は見られないが、あの瓦礫の量だ。圧迫されて内出血や臓器破裂を起こしているかもしれない。


「アル! 起きなさいよ!」

「おいこら! 全員でスーヤを迎えに行くんだろうが! こんなとこでくたばってどうすんだ!」


 チヅルは肩をがくがくと揺らすが、それでも反応が無い。ならばと、頬に平手打ちをするため、掌をアレックスの頬に向かって振り下ろした。だがその手首が、がしっと掴まれる。


「……くっくっく、すまんな。少々、悪ふざけが過ぎた。だが平手打ちはやめてくれ。俺の首が捻じ切れかねない」


 押し殺した笑いと共に、アレックスの瞼がゆっくりと開いた。その口端に意地の悪い笑いが滲んでいる。

 少しだけあっけに取られていたが、騙されたと分かったチヅルの頭に、灼熱の血が駆け巡った。今度は平手打ちなどと言わず、鉄拳を振り上げる。


「この……馬鹿! こんな時に遊ぶんじゃないわよ! こっちはどれだけあんたを心配したと思ってんの!」

「待てチヅル。ゲンコはまず……うお! やめ、俺を振り回すな! おいアル! 早く謝れ!」


 ジェフェリーがチヅルの右腕に食らい付き、必死に押さえている。だがその体は軽々と持ち上げられ、振り回されて華麗に空を泳いでいた。

 アレックスは笑い顔を収め、いつもの真面目な表情に戻った。すっくと立ち上がると、2人に向かって素直に頭を下げる。


「本当にすまなかった。お前達があんまり必死なんでつい、な」


 ジェフェリーをあっちこっちへ振り回しながら、チヅルの顔が怒りから困惑へ。困惑からまた怒りへとまるで顔芸のように変わる。だが最後は、口を横一文字に結び拳を細かく震わせた後、ゆっくりと右手を下ろした。そして大きく溜息を吐くと、代わりにアレックスの頭へ手を置くように軽く叩く。


「……もうそんな事やらないでよ? 本当に心配したんだから」

「ん、すまん」


 2人の間に、これまで無かった空気が生まれた。ぴりぴりとした緊張感ではない。かと言って、安らぐような安息感でもない。少しだけ気まずく、しかし何かが胸の奥から沸いてくるような感覚を、チヅルはうっすらと感じていた。


(……あれ? なにこれ)


 チヅルはこんな感覚を、これまでの人生で一度も感じた事は無かった。しかし、伊達に28年間も生きてきたわけではない。それが何なのか、直感的に予想が付いてしまう。


(ない、ないないない! それはない!)


 なぜか、チヅルはその感情を認めたくはなかった。すぐに空気を変えようと口を開く。だが、肺の空気が凍り付いてしまったように外へ出てこない。口をぱくぱくと開けては閉じ、まるで陸に打ち上げられた魚のようだった。


「ところでアル、あれだけの瓦礫に埋もれて良く無事だったな」

「ああ、それはだな、防護スーツが守ってくれたおかげもあるんだが……」

(ナイス、ジェフ!)


 そのまま一生沈黙が続くのではないかと思った時、空気の読めないジェフェリーが、いつものようにそれをぶち壊した。初めてジェフェリーの無神経が役に立った瞬間かもしれない。チヅルはジェフェリーに心底感謝した。

 アレックスがおもむろに防護スーツを脱ぐ。その下から、ぴったりと体にフィットしたスーツが現れた。色は真っ黒で、金属とはまた違う独特の光沢を持っている。表面は細い線形の膨らみが全身を覆い、何か仕掛けがある事を伺わせた。


「こいつは俺が独自で開発した特殊繊維素材で出来ている。対衝撃や対刃、耐熱に優れ、伸縮性もあるから動きを妨げない。これだけならまあありがちだが、それだけじゃない」


 アレックスは自分の腰を指差した。そこには大きめの箱が付けられていた。


「特定波形の電流を流す事によって、動きを補佐する倍力作用が働く。おかげで強烈な風圧の中でも負ける事無く踏ん張って拳を突き出すことが出来たり、瓦礫を支える事が出来たんだ。ただバッテリーが課題点でな、もう切れてしまったらしい」

「へえ、こんなもんを作ってたとはな」

「ちょっと待って。バッテリーが切れたって、この後はどうするのよ」


 倍力作用が働かなければ、ただの丈夫なスーツでしかない。さらにアレックスの右手を見れば、リフレクトブロウのモジュールが壊れている。これでは丸腰も同然だ。


 だが、アレックスは問題無いと首を横に振り、着地した空船へ近付く。手馴れた動作で外壁を開けると、体を中に潜り込ませて、何かをごそごそと探している。

 しばらくすると、ようやく空船の中から体を引き抜いた。その手には、煌々と煌く赤の珠が握られている。それをスーツの胸にある窪みに取り付けた。すると、そこから深紅の線が広がり、スーツの表面を覆っていった。


「こいつはモジュールにも対応させてある。これを取り付ければ倍力機構はもちろん……」


 アレックスは両手を握って互いに打ち付けた。すると、拳から炎が立ち上がった。


「衝撃を加えれば、それに反応して炎が噴き出す。リフレクトブロウには無かった汎用性がこいつの売りだ。もちろんスイッチで機能を切り替えて、それぞれの機能の切り替えもできる」

「なるほどね、悪くないアイディアだわ」


 アレックスが今まで使っていたリフレクトブロウは、力押しをしてくる相手には滅法強いが、その分小型で素早い相手にはあまり効果を成さない為に苦戦を強いられる。何より決め手は、リフレクトブロウを付けている右手のみなので小回りが効かない。

 その点、これなら拳であろうと蹴りであろうと、当たれば打撃のダメージに加えて炎によるダメージも期待できる。相手の攻撃をガードすれば、炎が発生してカウンターにもなる。リフレクトブロウのような爆発力は無いものの、間違い無く戦いやすくはなったはずだ。


「しかし、リフレクトブロウは壊れちまったんだな」


 アレックスの右手に付けられていたリフレクトブロウのモジュールは、砕けてなくなってしまっていた。


「ああ、最後の最後まで踏ん張ってくれた。チヅ、俺のサックは?」

「ここにあるわよ。ほら」


 アレックスはチヅルからサックを受け取ると、右手からリフレクトブロウを外し、そっとサックの中に入れて肩に背負った。


「さーて、それじゃ行くとしますか」

「そうね。派手にやったから、いつ敵が来てもおかしくないわ。カーク! 空船から私達のパラシュートを取ってきて」


 チヅルが指示を出すと、カークが空船に潜り込み、4人分のパラシュートが詰まったリュックを口にぶら下げて戻ってきた。アレックスとジェフェリーは自分の分を、チヅルは自分とスーヤの分を取って背負う。


「走るわよ。どこにスーがいるか分からない以上、虱潰しに探すわ」

「ま、それしかねえよな」

「敵が来てもなるべく相手にしないようにするぞ。ただでさえ時間が無い」


 3人は走り出した。まずはこの部屋のたった1つの出口へと。そして巨大な浮遊岩の奥底へ。

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