第31話 決起

 23時40分。4人は外れに作られた空船の発射台に集まっていた。

 チヅルとジェフェリー、そしてイーヴリンはいつも通りだったが、アレックスだけが白い防護スーツに身を包み、小脇にヘルメットを抱えている。

 すっとイーヴリンが空船の前に立ち、3人に向かって話し始めた。


「それじゃあ、もう一度作戦の概要を復唱するよ。あの侵略者が行動を起こすのは午前0時。その5分前に空船を発射させて、上空40ケルセルクまで上昇。その後はスラスターで姿勢を制御しつつ、開戦を待つ。そして開戦と同時にエンジンをフルブーストさせ、あの浮遊岩に向かって突撃する。接触する3秒前に空船前面の隔壁を開き……」

「俺が、リフレクトブロウをあれに向かって叩き込む」


 アレックスが、右手につけられたリフレクトブロウをぐっと引っ張ってはめ直す。

 イーヴリンは頷き、


「その防護スーツは断熱、防刃、緩衝機能に優れてる。高高度の低温や、多少の瓦礫なら守ってくれるよ。でも過信はしないで」

「分かっている。俺の体の倍ほどもある岩がぶつかれば、いくらなんでも潰れて死ぬからな」


 一番の敵は砕いた瓦礫だった。事が終わった後は、すぐに新しい隔壁が閉まるようになっているが、それでも間違い無く瓦礫は入り込んでくる。もしかしたら、大きな瓦礫が装甲を突き破ってくるかもしれない。そこは神頼みをするしかなかった。


「その後、穴が開いた瞬間にもう一度前面の隔壁を閉じて、そこから侵入。すぐに粘液のモジュールを起動させて着地の衝撃を殺し、さらにブレーキをかける。以上が突入の段取りだよ。いいね?」

「ええ」

「まあ、俺とチヅルは座席に座っているだけだけどな。最高のアトラクションでも楽しませてもらおうかね」


 チヅルが小さく頷き、ジェフェリーは両手を頭の後ろで組んで軽口を叩く。2人とも、緊張している様子は全く無い。何も出来ない2人だからこそ、全てを任せるという不安があるはずなのに、まるでいつも通りだった。

 それは2人がアレックスとイーヴリンを信頼している証拠。4人が共にいたのはたった1ヶ月間だったが、そこには確かに並大抵では切る事の出来ない、強靭な絆が生まれていた。


「皆、これを」


 イーヴリンが3人にあるものを手渡す。それは耳掛けタイプのインカムだった。


「それで離れても互いに連絡が取れるようになるよ。ただ、簡易式で通話距離が短いんだ。多分、限界は200メルセルクも無いと思う」

「いや、これで格段に連携が取りやすくなる」

「そうね。ありがとう、イヴ」


 3人は早速それを自分の耳に取り付ける。軽くテストをしてみたが、特に問題は無いようだった。


「さて、そろそろだな」

「ええ。2人とも、頼んだわよ」

「失敗したらあっという間に丸焼きが3人前の出来上がりだ。いや、その前に衝撃で跡形も無くミンチになっちまうか」

「あ・ん・た・は! 何でそんな事しか言えないのよ! 少しは緊張をほぐしてあげようとか、そういう心遣いは無いわけ!?」

「痛てて! 耳をそんなに引っ張るな! 千切れるって!」


 久しぶりに見るチヅルとジェフェリーの漫才コンビに、イーヴリンはもちろん、普段は笑わないアレックスでさえ軽く笑みを溢した。

 何もかもが普段と変わらない、いつも通り。これでうまくいかないはずが無い。


「1つ景気付けといくか」


 突然、アレックスが右手を握って軽く腕を上に向かって曲げ、3人の前に出した。


「何してんのよ?」

「へへ、なるほどな」


 その意図を察したジェフェリーも、同じように右手を出し、手の甲をアレックスの甲に当てた。


「全く。男って好きよね、こういうの」

「いいじゃない。僕は嫌いじゃないよ」


 チヅルは少し呆れ顔で。イーヴリンはわくわくした顔で、アレックスとジェフェリーの手の甲に自らの手を当てた。

 アレックスは皆の顔を見回す。


「俺達の目的はただ1つ。スーヤをここへ連れ帰ることだ。多大な困難はあるだろう。だが、そんなものは全て蹴散らす! 何が何でも、どんな事をしてでもスーヤを助けるんだ! いくぞ!」

『おう!』


 示し合わせたかのような掛け声の後、4人の拳は黒天を貫いた。

 もう迷いや不安など、欠片ほども無かった。あるのは自信、信念、そして信頼のみ。最高の精神状態で、全員はこの時を迎える事が出来た。


「後は頼んだ、イヴ」

「イヴ、本当にありがとう。必ずまた会いましょう」

「約束は必ず守る。だから待っていてくれ」


 次々にイーヴリンに声をかけ、3人は梯子を伝って空船の中に乗り込んでいく。そして、そこにはイーヴリン1人が残された。

 イーヴリンは倉庫に向かって歩き出す。そこからイーヴリンが空船の制御コンソールを使って、一部の制御を手動で行なう。


(気を引き締めろ、イーヴリン!)


 イーヴリンは自らの頬を両手で叩き、気合を入れる。

 発射や突入時の機体制御、空船前面の隔壁操作などはイーヴリンの遠隔操作で行なう。時間が無くて、そこまでのシステムを作り上げる事が出来なかったのだ。

 もし侵入角の制御に失敗したら。もし隔壁を開くタイミングに失敗したら。それらは全て皆の死に繋がる。アレックスに負けず劣らず、イーヴリンに課せられた責任は重大だった。


 だがイーヴリンは臆さない。気持ちは一歩も後へは引いていない。失敗するなど微塵も思わなかった。

 今はただ、自分の仕事に集中するだけ。それしか考えられなかった。

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