第17話 白き捕食者(後編)
「はあ、はあ……! あと、残り30分」
スーヤと白蛇との戦いはいまだ続いていた。
スーヤの体力が徐々に切れ始めている。だがそれも仕方ない。この世界へダイブしてから、ほとんど休みなく戦っていたのだ。動きは少しずつ鈍くなり、白蛇の攻撃を避けるだけで精一杯になりつつあった。
だが何も収穫が無いまま、戦い続けていた訳ではない。
(あの蛇はどこでも分離できるけど、3つまでしか分かれないみたい)
つまり、3つに分かれたところを狙えば、もう分離で逃げられる事も無い。だが、分離すると白蛇のスピードが格段に上がる。3つに分離したスピードだと、スーヤでさえ捕らえる事が難しい。
今、白蛇が3つから1つへ合体した。牽制の意味を込めて、スーヤは雷轟棍を白蛇へ叩きつける。
雷轟棍は空を切って地面へ落ちた。だが、それを避けた時の白蛇の様子がおかしかった。分離せず、慌てて避けたように見えたのだ。
「あれ?」
どう考えても、分離した方が安全にかわせたはず。しかし白蛇はそれをしなかった。ここで、スーヤの脳裏にある1つの仮説が立った。
「……もう時間も無いし、賭けてみるしかないよね」
スーヤの目に力が宿る。今までは、出来るだけ体力を温存するように調節して戦っていた。だが、これでようやく全力を出して戦える。
とにかく、まずは白蛇を分離させない事には始まらない。スーヤは白蛇に接近すると、攻撃の手数を増やし、徹底的に白蛇を追い詰める。
白蛇はたまらず体を3つに分離させた。ここまではスーヤの計算通りだ。さらにスーヤはそのうちの1匹に狙いを付けながら、他の白蛇の動きも全て把握しながら立ち回る。
だが、白蛇もただやられているわけではない。分離した際のスピードを生かし、スーヤをかく乱させてきた。
3匹の内の1つがスーヤの後ろから迫る。行動を察知していたスーヤはそれを飛んでかわすと、その白蛇へ雷轟棍を叩きつける。白蛇は横に軌跡をかえ、攻撃はかわされてしまった。しかしそれでいい。白蛇は必ず1つへ戻る。その時が勝負だった。
その時、3匹の白蛇が一瞬その場に止まった。注意深く観察していたスーヤは、この意味を知っている。この動作をした後は必ず1匹に戻るのだ。
今までの例に漏れず、白蛇は集まって1匹に戻ろうとした。これが最後のチャンスだ。
「それ!」
スーヤは白蛇が1匹になろうとしている場所に、あらかじめサックから出していた煙玉を投げる。煙玉は猛烈な煙を噴き出して白蛇を包んだ。
白蛇は1匹に戻ったものの、視界と嗅覚を奪われて、たまらず煙の外へ逃げ出した。
それこそスーヤの思う壺だった。スーヤはあらかじめ煙の境界線に移動しており、煙から逃げ出した白蛇を捕らえていた。
「やあああぁ!」
即座に白蛇へ接近すると、スーヤは今度こそ必殺の一撃を振り下ろした。
白蛇はスーヤを見失っていたせいで、その攻撃に対する回避が遅れた。だが白蛇には分身がある。当たる瞬間に体を分離させる事で、スーヤの攻撃から簡単に逃げられるはずだった。
しかし、白蛇は分離する事無くその攻撃をまともに食らった。スーヤの全力をかけた衝撃はすさまじく、世界が一瞬閃光に白く染まり、巨大な雷鳴が辺りに響き渡る。
最後には、白蛇が体を痙攣させながら横たわっていた。残り時間は15分。後5分遅れていたら、スーヤは試験失格になっていた。
白蛇を倒したスーヤは地面に雷轟棍を付き立て、肩で息をして呼吸を少しずつ落ち着けていく。
「まだ終わりじゃないぞ。モジュールを手に入れて、初めて試験は合格となる」
突然後ろから声をかけられ、スーヤは驚いて振り向いた。そこにはいつの間にか、ジョイスが立っていた。
「うわ! びっくりした。あれ、なんか様子が……?」
「そんな事を気にしている余裕があるのか? さあ、早くロブグローブで、そいつからモジュールを取り出すんだ」
ジョイスの言う通り、後はこの白蛇からモジュールを取り出せば、スーヤは晴れてブックダイバーになれる。しかし、スーヤはなかなかやろうとしない。
「どうした? 早くしないと時間切れになるぞ」
「……もし、この子のモジュールを取ったら、この子はどうなるのかな。もうずっとこのままの姿でいる事になっちゃうんでしょ?」
哀れみを含んだスーヤの問いに、ジョイスは低く笑い声を漏らした。
「なんだ、知らなかったのか。確かにモジュールを取ればその力が失われる。だがいつかまた必ず力を取り戻すんだ。罪の意識など感じる必要は無い」
「……そうだとしても、スーヤ達の都合で奪うのはいけない気がする」
なおも煮え切らないスーヤの態度にいらつき始めたのか、眉間に深い皺を寄せてジョイスの表情が厳しくなる。言葉にも険が見え始め、威圧的になっていった。
「何とも偽善に満ちた考えだな。生きると言うのは他者から奪うと言う事だ。植物なら大地から養分を。動物はその草を食べ、血肉に変える。お前だって何も食わずに生きている訳じゃないだろう。同情するのは良いが、生きるという意味を履き違えるな。そういった捕食に比べれば、モジュールを奪う事など安いものだ。命を取る訳じゃないんだからな」
ジョイスは次々に正論をスーヤに叩きつける。だが、なおもスーヤは口元を固く食い縛ったまま立ち尽くしていた。
「ここでモジュールを取り出す事が出来なければ、お前は失格だ。お前を信じて送り出した保護者達は悲しむだろうがな」
そのジョイスの言葉にスーヤははっとした。
(そうだ。チヅ達はスーヤを信じてくれてたのに)
このままではチヅル達を裏切る事になってしまう。しばらく俯いて拳を握り締めていたが、決意を固めて顔を上げた。モジュールを奪って、試験に合格する事を。
スーヤはゆっくりと白蛇に近付き、ロブグローブを白蛇の体へ埋める。スーヤの目が悲しげに歪んだ。中を少し弄ると、手に固い感触が伝わった。それを掴んでゆっくりと白蛇の中から引き出す。思いの外あっさりと抜け、手の中には純白の珠が握り締められていた。それを喜びと悲しみの入り混じった、複雑な表情で見つめる。
乾いた拍手が響き渡った。ジョイスが手をゆっくりと叩き、スーヤを祝福する。
「おめでとう、スーヤ・イサナギ。これで君は、協会にブックダイバーとして認められる事になる。しかし良く気付いたな。白蛇が一度合体すると、すぐには分離できない事を」
「うん。でも気付いたのはたまたま。確証は無かったけど、もう残り時間がなかったから賭けてみたの」
「そうか。ところで……」
ジョイスの目が怪しく光る。
「まだ時間まで10分ある。それまで俺と良い関係を作っておかないか? なに、5分もあれば十分だろう」
「え、どうやって?」
スーヤは首をかしげる。もちろんスーヤには、それが何を意味しているのか、さっぱり理解していない。
だが、スーヤの精神年齢を分かっていないジョイスは、呆れたように両手を上げて肩をすくめた。
「白々しい真似を。何かはちゃんと分かってるんだろ? 受け入れれば協会には良い報告をしておくし、グレードの高いロストブックも斡旋してやる。どうだ、悪く無い話だろう?」
話しながらジョイスがゆっくりとスーヤに歩み、肩に手をかけようとしたその時、
「そっか、鬼ごっこだね!」
「……あ?」
スーヤの的外れにも程がある素っ頓狂な答えを聞いて、ジョイスは怪訝に顔をしかめた。だが、当の本人はいたって本気だ。
「そうだよね。これだけ障害物の多い場所で鬼ごっこをやったら、きっと楽しいもん。あ、でもちゃんと範囲は決めないとね。負けないよ。鬼ごっこはカークと思いっきり練習したんだから!」
ぐるぐると腕を回し、すっかりスーヤは臨戦態勢に入っている。いつでもやる気は満々だ。
呆気に取られていたジョイスだが、にっと口の端を歪め、
「……ぷ、くっくっあはははははは! 鬼ごっこか、こりゃあいい!」
突然大声を上げて笑い出した。だが、笑われている本人は呆然としている。それはそうだ。なぜ自分が笑われているか、全く理解していないのだから。
「はは、ガキだとは思っていたが、まさかここまでとはな。こんなんじゃ、手も出せやしない……ごめんね、今の話は忘れて。さあ、これで試験は終わり。元の世界へ帰りましょう。皆心配してるわ」
「う、うん」
急にジョイスの口調が女に変わり、スーヤは全く状況についていけていない。とりあえずジョイスに促されるまま、ロブグローブのコンソールを操作した。
2人の体が青い光に包まれる。2人はそのまま消えて、元の世界へ帰っていった。
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