第7話 お化け屋敷とか無理

「龍神、私は全然平気ですから!」

「本当ですか?」

「ほんと、ほんと! それに龍神いるなら平気です」


 燈はぶんぶんと首を縦に振って頷いた。龍神は単純に頼られたことが嬉しかったのか、どことなく嬉しそうに口元を緩める。


『背の君よ。キモダメシの場所だが、町で見回った時に森の奥にあった建物のことではないか?』


「ん? ああ」とジョンは森の中に佇む建築物を見つけたことを話した。遊園地らしいものは記憶にないが、お化け屋敷ホーンテッドマンションという雰囲気なら確かにありえるのではないか。という事になった。


「ところでタダ券の《肝試し》を、施設の従業員に聞いてはみたのかい?」


 施設の従業員──更衣室の管理をしている人たちで、バーベキューに必要な物の貸し出しや、バナナボートやビーチバレーのアトラクションの案内は彼・彼女たちが対応してくれている。とても優秀で、親切な人たちだ。


「はい。聞いたんですけど、《場所は教えられないけど、夜になったら開園する》といっていたんです」


「つまり場所は自分たちで探せ」という事なのだろう。

 妙なところでRPGゲームのような調査クエストが発生する。おそらくこれも《山の神》の趣向なのだろうと燈は思った。


「それならジョンたちが目星をつけた場所に行ってみましょう。ほかに候補があるなら別だけど」

「ジジもその建物みたんだろ? なんか感じなかったのか?」

「んー、面白そうだなとは思った」

「龍神の印象はどうだった? やっぱりこうヨクナイ場所だったり?」


 顔を青ざめている燈に龍神は小さく吐息を漏らした。


「建物は五階建て。入口は正面玄関のみ。ホテルを改良したお化け屋敷というアトラクションだろう。建造物の前には門があり今は施錠して閉ざされているが、従業員と思われる生体反応は多数あった。ああいう場所はヨクナイモノが溜まりやすいが、その辺は《山の神》たちの直轄領なだけあって、害となるものはいない。せいぜい驚かせるぐらいなら潜んでいるかもしれない……といった具合です」


 今の発言で《森の中にある屋敷》が《肝試し会場》だと確定した瞬間だった。そしてほとんどの者が「なんで黙ってた?」と思った。


「分かっていたなら、最初から話していれば……」

「現世ではないが、神々我らの発言や助言はその影響力が多い。不用意に名を呼ばぬのも同様」


 そう告げた龍神は酷く冷めた目をしていた。人間味のある神だが、それでも神たる冷厳れいげんさは健在だった。


「そうですね。神様はみんな優しいですけど、基本助けてはくれない。ちょっとだけ手を貸してくれたりはしますけど、基本は自分たちで頑張れってことですよね」

「そういう事です」

「じゃあ夜までにまだ時間もあるので、私は施設のスタッフの人に《森の屋敷》について聞き込みしてきますね」


 燈は《探索組》や《バーベキュー準備組》がのんびり出来るよう積極的に聞き込み役を買って出る。ジョンたちもその意図に気付いて、承諾をしてくれた。


「それなら私も手伝います」

「なら僕も行こう。人数は多い方がいいだろう」


 燈はミシェルとヒースと共に施設へと向かった。


「残る《花火》は夜を待ってからの方がいいけど、《肝試し》の前と後、どちらがいいかしらね」

「そんなの《肝試し》の前でいいんじゃねーか?」

「確かに、《肝試し》にどのぐらい時間がかかるか分からない以上、先に《花火》を終わらせておいた方が良いかもしれない」


「いざとなれば魔法を使って、空にハナビを打ち上げればいいこと」

「さすが先生」

「その時はサリーとヒースが頑張るわ」

「え、おれとエリで!?」


 ジョンたちは買い出しのついでに花火を買ってきたが、万が肝試しの後に《花火》をする指令が入ったら、お願いしようと思ったのだった。



 ***


 あっという間に日が落ちて、薄暗くなっていく。それと同時に街灯が照らされ、浜辺までならよく見えた。


 ジョンたちが買ってきてくれた花火セットを広げた。

 打ち上げ花火から、手持ち花火に爆竹などいろいろある。

 蝋燭ろうそくに火を灯すと、手持ち花火から試してみた。色鮮やかに火花が周囲を照らす。


「わあ……!」


 燈は声を漏らして、手持ち花火の輝きを楽しんだ。みなそれぞれに花火を楽しむ中で彼女は線香花火を四人分持って、杏花と式神、そして龍神に声をかけた。みな快諾すると、用意スタートで火を灯す。


 線香花火──か細い火花が薄暗さを照らす。

 刹那のような時間。

 それを燈は楽しんだ。龍神は彼女との時間が線香花火のように短いことを知っていた。だが、悔いはない。

 それでも愛おしいと思い、少しでも傍に居られたらと節に願った。


「あ、龍神のが一番最後まで残りましたね」


 朗らかに笑う燈の言葉に、龍神は「ええ」と口元を緩めた。

 向こうの方では派手な打ち上げ花火が連続で打ちあがり──空を輝かせる。色とりどりの花火──と言うか、魔法や魔術の類が軽々しく展開していた。

 燈は五六ケ所ツッコミたい気持ちがあったが、口をつぐむことにしたのだった。


 ***


 燈たちが再び施設の従業員に話を聞くと《森の中にある屋敷》が《肝試し》会場で間違いなかった。また開園時間は十八時半以降。

 それぞれ充実した時間を過ごしたのち──肝試しの時間がやって来た。


 森の中は喬木きょうぼくが生い茂り、薄暗くなってきた夜空も相まって不気味だった。すでに《肝試し》が始まったかのように長い一本道を通ると、古びれた建造物が姿を見せた。雰囲気のある廃墟と化したホテル。

 中央入口には巨大な扉と、スタッフと思われる執事の格好をした人たちが出迎えた。


「キキナワ最大のホラーアトラクション、The Haunted Mansionホーンテッドマンションにようこそ。ここから先はくじ引きによって三組に分かれて中に入っていただきます。またホテル最深部となっている《舞踏会場》の祭壇に《魔石の欠片》がありますので、それを拾って頂き《出口の扉》へと出てくださいませ」


「か、帰りたい。帰りたい。帰りたい……」と燈は青い顔をしつつ出来るだけ視線を下げていた。と目が合わないようにするためでもある。

「姫、大丈夫ですか?」

 不意に屈んで覗き込む龍神の双眸に、燈は顔を真っ赤に染めた。

「だ、大丈夫! うん」

「ならいいですが……。もし嘘でしたら、今すぐにこの建物を──」

「大丈夫です!」と燈は豪語した。嫌するしかなかった。こうなっては腹をくくるしかない。


 トップバッターはエリカ、ミシェル、式神、ヒースの四人組。

 今更ながら、式神がスタッフたちを怖がらせないか不安になる燈だった。


(いっそ甲冑を脱いでもらおうかな……。甲冑音とか響くだろうし……)


 二番手は、ジョン、アネット、サリヴァン、ジニー、杏花の五人。

 よく考えればアネットは霊体であり、同じくスタッフの方が驚くのではないだろうかと、燈は思ったが、ジョンがいれば大丈夫だろうと思うことにした。


 最後は、テックス、燈、龍神、ジジの四人だ。


(なんでこういう時に、ミシェルさんやヒースさん、杏花やジニーさんエリカさんがいないの!?)


 頼れる女性陣がゼロ。

 燈は卒倒しそうになった。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る