第8話 お化け屋敷はアトラクション?

 テックス、燈、龍神、ジジの四人。

 燈は正直にいって卒倒しそうだった。このタイミングで何故同性がいないのか。


(ううん、そんなこと言っている場合じゃない。ここをどうにか切り抜けないと、たぶん龍神がこの建物──下手したら島ごと破壊しかねない)


 想像するだけでゾッとする話だ。

 しかし龍神らしくない言動でもある。いつもは人間のごたごたに極力関わらないようにするのに。

 燈はどうにも気になって、龍神に声をかける。


「ねえ、龍神。いつもなら「自分でなんとかしなさい」って言うのに、今回は……なんというか、建物を壊そうとか怖いことを言い出すんです?」

 

 白銀の長い髪が夜風によって絹糸のよう靡いた。存在しているだけで目を引く容姿。能面のような表情に酸漿色の瞳が揺らいだ。


「人ごとの問題ならば、人が解決する。しかしここは《神の領域》。なれば多少強引な形であっても私が介入しても問題ないでしょう」

(……あ、うん。龍神の中では「介入」に入っていたのね。完全に跡形もなく消し炭にする気満々だったから、暴挙に出たと思ったよ……)

 

 燈は口には出さなかったが、龍神の行動理由に一応は納得した。


「なにより《山の神》の言動が気に入りませんでしたので、この機に乗じて遊び場の一つでも消し去ってやろうかと」

「や、やめましょう! 絶対!」

「仕方がありませんね」

(絶対に仕方ないと思ってない! 隙あらば消し済みにする気だ。それでなくとも色々とフラストレーションが溜まっているみたいですし、ここは何か別の事に視線を逸らす必要が……)


 ふと、その場に通りかかった癖のある黒髪に金眼、青ざめた肌の痩せた子供──ジジと目が合った。何とか龍神を宥めるのを手伝って貰おうと思ったのだが。


 ジジは面白いオモチャを見るような目で、私と龍神を交互に見たあと、飛び切りの笑顔を向けた。


(うん……。助けを求める人選を間違えた気がする)


 燈はその後も全力で龍神の暴挙を鎮めるべく、言葉を尽くしたのだった。


***


 そして始まったお化け屋敷。

 観音扉がきいぃと古びた音を鳴らしながら、開いた。

 中は薄暗く、中世ヨーロッパの屋敷を再現したようで廃墟となる前は、さぞ豪華絢爛な内装だったのだろう。だが今は蜘蛛の巣やら埃に、長年使っていなかったので壁が劣化しいた。ここまでくるとお化け屋敷にふさわしい雰囲気にピッタリと言えるだろう。


(か、帰りたい……)

「へえ、おもしろい仕掛けがいっぱいだね~」

「だな。どんな化物がでるのか楽しみじゃねーか」

「ほら姫、足元に気を付けてください」

「うん……。ありがとう」


 龍神の手を少女は掴んだ。

 その手は温かく、半歩前を歩く龍神の横顔は涼し気だ。


(うわああ。私だけ照れて恥ずかしい……! ああ、でも今日はいつになく龍神が優しくて、か、顔がにやけてしまう)

(姫の手は柔らかくて、温かい。このまま抱きしめてしまいたい……。しかし急に抱擁などしては、彼女が驚いてしまうか)


 案外二人は似たようなことを思っていたようだ。ジジとテックスは初々しい二人の姿に微苦笑した。


 ***


 その後、長い一本道の廊下をひたすら進んだ。しかし薄暗くそういった雰囲気に滅法弱い燈だけが悲鳴を上げ続けた。


「ふぁあ、後ろから肩を叩かれました!」

(それは仕掛け人の手だな)とテックスは心の中で思い、

「きゃああ、絵画の目線が、うご、動きましたぁああ!」

(あー、ホントだ! へえ~よくできてるな~。サリーが見たら驚きそう)

「ちょ、ジジさん凝視して怖くなんですか!?」

「あー、うん。割とへーきだよ」


浮遊するジジは実に楽しそうに笑った。

対する燈はやや涙目だ。

ついでに窓から蝙蝠が飛び出してくる。


「きゃあああ」と燈は龍神の腕にしがみつく。予想以上に怖すぎて、半泣き状態だった。


「うう……。このこの怖さを誰も共有できない……」

「いえ、私もここは恐ろしいところだと理解しました」

「え? 龍神も怖いの?」

 

 燈は龍神の顔を窺おうとするが、彼は顔を逸らしてしまうので、本当かどうかはわからなかった。


「ええ、まさか(姫との夜の逢瀬が)これほどの威力があろうとは……。(終始一緒に居られるとは幸せすぎて)正直、油断していました」

「龍神が怖がりだって意外です。……でも、ちょっと嬉しいです」


「あー、たぶんドラゴンの言っているのは姫のお嬢さんとの密着度だよな?」とテックスは小声でジジに同意を求める。

「そうだね、でも面白いから放っておいていいんじゃないかな♪」

「まあ、それもそうか」


 燈は龍神と手を繋いでいたのだが、今はあまりの怖さに腕にしがみついている。そしてそのことに当の本人は気づいていない。


(うう……。それにしてもみんなさくさく歩いている。明かりもないのになんで……?)


 ふとそこで恐怖で思考回路が止まっていた燈は、ある重大な事に気付く。

 そもそも燈以外が人間ではない、という事に。龍神神様テックス半吸血鬼ジジ魔人が暗闇程度で恐れおののくわけもなかったのだ。

 その後も燈の悲鳴だけが洋館に響く。


(出来るなら逃げたい。逃げたい。ううぅ、これなら師匠との鬼ごっこの方が──いや、あれはあれで怖い……)


 涙目で龍神に引っ付いている燈、仕掛け人を程よく驚かせるテックスとジジ。能面のようにリアクションゼロの龍神──ふと燈たち一行は足を止めた。


「ん? なんだこれ?」


 剥き出しの壁にあった四角いレリーフにテックスが触れた瞬間──。

 ガゴッツ! と何かの仕掛けが発動すると、壁だった場所から扉が三つ現れる。

 そして自動で扉が開くと──中から人の姿をしたゾンビやキョンシー、喰人グールがわらわらと姿を見せた。西洋の屋敷だというのにキョンシーはないだろう。と、ツッコミを入れる者はいない。ジョンなら小粋なジョークを入れつつ、皮肉を口にした──かもしれない。


「ふあああああ!? 龍神!」


 血塗れの中、ふらりと歩み寄るソレらは人ではない。生々しい異臭と鉄の匂いが廊下に充満していく。

 仕掛けにしては本格的──と思った燈だったがすぐに違和感に気づく。


「姫、失礼」


 そう言うと龍神は燈の返事を待たずに、抱き上げて駆け出した。テックスやジジたちも同じく速度を上げて廊下を走った。

 脱兎のごとく逃げる龍神たちに緩慢な動きを見せていたゾンビやキョンシー、喰人が一斉に駆け出す。


「ふああああああああああああああ! りゅ、龍神、後ろ追ってきてるぅうう!」

「ええ、でしょうね。しかも厄介なことに現世にいるゾンビ、キョンシー、喰人を引っ張ってくるとは……」

「え、ちょ、現世にゾンビとかあんなにいたらダメでしょう! ……って待って、アレって仕掛けじゃない!?」


 悲鳴を上げつつもツッコミを忘れない燈に、ジジとテックスはやや感心していた。


「だろうなー。血の匂いは本物だ」

「姫、暴れると落ちるので、私の首に手を回してください」

「わかった。……えっと、こう?」


 燈は龍神の首に手を回すと、しっかりとしがみつく。仄かに白檀の香りが薫った。


「振り落とされないように、しっかりとしがみついていてください」

「うん、わかった!」

「くっ、なんて羨ましいシチュエーションなんだ。ドラゴンがいなかったら……」

「あとで消し炭にされるかもよ?」


 テックスとジジの会話が聞こえていない燈は、後ろに迫るゾンビやキョンシー、喰人に更なる悲鳴を上げた。


「りゅ、龍神、あれ何とかした方がいいんじゃ?」

「浄化だと時間がかかりますよ。物怪でもないので、放ってお行くのが一番いいのでは?」

「でも、追いつかれて噛みつかれたら……」

 

 龍神は燈に視線を向けると、ニッコリとほほ笑んだ。珍しい。


「そんな事が万が一、億に一でも起こりうるのでれば、その前にこの地を焦土とかしましょう」

「ひゅ」と燈は息をのんだ。そして心から「無事に逃げ切れますように」と祈っただった。


***


 その後も、床が消えるトラップを燈が押してしまい──。

 テックスは常人離れした脚力で素早く壁を蹴って床のある場所まで跳んで回避する。ジジと龍神は床がなかろうと関係なく、浮遊しながら廊下を進む。

 もはやお化け屋敷ではなくトラップ祭りだった。電流センサー、古典的トラップ、爆破、突如、現れる魔獣の数々。もはやお化け屋敷と言うよりは、ダンジョンの方が近いかもしれない。

 ちなみに燈は殆どツッコミ役として叫んでいただけだ。──と言うか普通の人間だったらゲームオーバーするレベルである。


 廊下を抜けると巨大な舞踏会場が広がっていた。東京ドームほどの広さに、四人は目を疑う。


「建物とその中の空間がメチャクチャだな」

「神の遊び場ですから、ある意味なんでもありです」

「私の知っているお化け屋敷じゃない……。うう……」

「楽しかったね。次は何が出てくるのかな?」


 ジジの期待を裏切ることなく、舞踏会場に現れたのは恐竜デイノケイルスだった。白亜紀後期のモンゴルに棲息していたと言われる最大ダチョウ恐竜だといわれている。

 それが今度はゾンビの代わりに四人に襲い掛かって来たのだ。


「もう、いやあああーーーー」


 テックスと龍神たちが注意を引きつけている間に、ジジが祭壇にある《魔石の欠片》を取りに行く。

 燈も戦おうとしたが、全員に却下されたのは言うまでもない。舞踏会場だというのに、踊るような雰囲気は皆無だった。


(あわよくば、龍神とダンスができるかもって思ったのに……)


 燈は少し残念に思いつつも、無事に出口と書かれた扉を抜けた。改めてお化け屋敷には、後の生涯において絶対に入らないと堅く決意した。


(まあ、無事に出ることが出来てよかっ……た)


 不意に燈は顔を上げると、ちょんと何かに触れた。頬に触れるこの感覚は──。

 すぐ目の前に龍神の整った横顔が飛び込んできて、思わず顔を俯けた。


(近っ~~~~!? あれ、というかなんで私、龍神に抱き着いていたんだっけ……? いつから? ……って、今唇に触れたのは!)

これキスは事故。事故です……。しかし、このお化け屋敷という文化は中々に興味深い。想い人との距離を一時的とはいえ縮めることが出来るとは……)

(吊り橋効果ってあるんだな。羨ましい限りだ)


 燈は顔を真っ赤にしたまま、みんなと合流するのだった。

 ちなみに龍神は終始愛しい人が腕の中にいる幸福感で、かなりテンションが上がってっていたのだが、本人と燈以外はみな気づいていた。

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