第5話 夏だ、海だ、ビーチバレーだ

 こうして第一回ビーチボールが幕を開ける。ちなみにビーチバレー用のネットやボールはタダ券で借りてきた。審判はバーベキューの準備をしているメンバー保護者組に声をかけることにしたのだが──。


「こういう機会はあまりないでしょうから、私が審判を務めさせていただくわ」


 オレンジ色の明るい水着を着こなしたエリカが、審判役を買って出てくれたのだ。しかも異世界人だというのに、ビーチバレーのルールも把握しているという。


 杏花とミシェルVS燈とヒース。

 先に一セット二十一点を取った方の勝利。基本的にボールを落としたら相手のポイントになる。ちなみにコート外に落とした場合も相手のポイントだ。


「杏花、術で風とか使ったら反則だからね!」

「もちろんよ。それより秋月さんこそ影から式神をだしたら失点ですよ」


 ネット越しに燈と杏花はお互いの手の内を知っているからこそ、先に牽制をかけておく。


「それじゃあお嬢さん方いくよ!」


 先手としてヒースがサーブを打った。はじめてだと言うのにボールはコートギリギリの際どい場所へと落ちる──はずだった。

 それを拾い上げたのはミシェルだ。


「キョウカさん」

「任せて!」


 アタックは燈とヒースの間に打ちこまれた。咄嗟に燈は動こうとするが間に合わない。笛が鳴らされ、杏花とミシェル側に点が入る。


「次頑張りましょう」と燈がヒースに声をかけると、彼女は「そうだな」と明るく頷いてくれた。

 ヒースや燈も運動神経は悪くない。連携も途中から取れてきて点数もヒース燈ペア十九対ミシェル杏花二十といい勝負を繰り広げていた。


(マッチポイント……。次取られたら私たちの負けだ)


 燈はサーブをする前にヒースへと視線を向ける。


「ここまで来たんだ。ひっくり返そうじゃないか」

「うん」


 燈はあえて真ん中に向けてサーブを打った。拾ったのは杏花だ。そしてアタックはミシェル。だからこそ燈はサーブを打った後、ネット前に駆け出し──巨大な壁となってブロックに入る。

 ここまでは良かった。だが、ミシェルの打ったボールよりも思いのほか高く飛んでしまい、燈の顔面に直撃。


「ぶっ──」


 顔面にぶつかったボールは杏花たちのコートへと落ちる。

 笛の音が鳴り同点。ここで勝負は盛り上がりを見せるのだが──燈が鼻血を出したため勝負は中止。引き分けという不完全燃焼で幕を閉じたのだった。


「うう……不覚」


 燈は鼻をハンカチで抑えながら、横になっていた。もっとも首から下は絶賛砂に埋められ中だ。引き分けという事で、みんなでバナナボートに乗るという話になったのだが、燈が乗るのは全力で止められた。


「うーん、とりあえずトモリちゃんは安静にして──」

「じゃあ秋月さんを《砂埋め》しておきましょう。放っておくと彼女、動き回りそうですし」


 杏花はニッコリ笑っているが、怒っている。なぜなら目が笑っていない。


「じゃあ、ジャンケンで《砂埋め》を決めて、残りはタダ券を消費するのはどうです?」


 ミシェルの意見に賛同し、ヒースにジャンケンのルールを説明したのち行われた。

 《スイカ割り》はバーベキューの時にすることになり、

 《バナナボート》にミシェル。

 《砂の城》は杏花。

 《砂埋め》はヒース、埋められるのは燈。となった。


 代わりに使用しなければならないタダ券の《砂埋め用》のスコップを使って、ヒースが燈の体を埋めている。ちなみに杏花は少し離れた所で黙々と砂の城を制作中。


「ほれ、水分補給はしっかりとな。そなたも一息ついたらどうだ」


 鎧武者は──言葉に棘がありつつも、ビーチパラソルとペットボトルを持って燈たちの元に現れた。


「ああ、助かる。しかし、この世界の飲み物の容器はなかなかに便利だな」


 ペットボトルを受け取ったヒールは砂かけを中断して、喉を潤す。


「たしかに、軽いですしキャップをしっかり閉じればこぼれないですしね」


 燈は体が埋まっているので、式神にペットボトルを持ってもらい、ストローを入れて水分補給を取る。


「鎧の人、バーベキューの用意はどうだい?」

「ああ、順調……ではある。買い出し探索組が戻ってくれば始められるだろう。遊び足りんなら、ここは某が見ておるので好きにしてくれてかまわん」

「でも砂埋めはまだ終わってないし……」

「案ずるな。某が主を埋めておこう」


(この部分だけ聞くと、とんでもなく物騒な気がするのは私だけ? 亡き者去れないよね? 大丈夫だよね??)


 燈は不安いっぱいになる。──と、少し離れた所で女性の悲鳴が上がった。


「きゃああああああ!」


 ミシェルがバナナボートに乗りながら、振り落とされないようにしがみついている姿が見えた。

 バナナボート。バナナの形をしたゴムボートで、モーターボートに引っ張ってもらい遊ぶもの。バナナボートに乗って水飛沫を浴びながら海を走る爽快感とスリル。

 遠目でもミシェルが楽しんでいるが分かる。


「あー、楽しそう」

「主……」


 釘を刺された燈はしょんぼりしていたが、ふとヒースが視界に映り込む。バナナボートを見る目はとてもキラキラしていた。


「ヒースさん、バナナボートに行って来てください。私の分まで」


 少しずるい言い方かもしれないが、燈はそう言ってヒースに進めることにした。彼女は燈の意図に気付き、少しだけ口元を緩めて笑ってくれた。


「……それじゃあお言葉に甘えて行ってくるよ」

「はい」


 燈はヒースを快く見送ると、先ほどから鋭い視線をぶつけてくる式神へと視線を向ける。


「ええっと……怒ってる?」

「いや、怒ってはいない。はしゃぎ過ぎだと呆れているだけだ」


 燈は怒っていないことに安堵するが、それは甘かった。スコップを手にした式神の目は怒りの炎をともしていたのだから。


「では、主が軽率な真似をしないように、某が砂埋めをさせていただくとしよう」

「ひひゃああああああ!」


 その後、バーベキューが始まるまで燈は式神にこっぴどく説教を受けることになった。ちなみに杏花は砂で高さ一メートルの江戸城を作り上げたのだった。



 ***


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