第4話 海を楽しもう

 白猿山の神の乱入によってアクシデントはあったものの、女子更衣室はあっという間に修繕されていった。流石はキキナワ、《山の神》たちが作った空間なだけはある。


 燈が想像していた《海の家施設》は真新しく、室内もかなりお洒落だった。壁は白を基調としており、ロッカーも大き目で、焦げ茶色の木製で出来ている。ちなみに更衣室からそのまま温泉プールや露天風呂にも繋がっているらしい。


(豪華だな……。というか風呂に対する情熱はすさまじい。うんうん、神様もお風呂は大好きだものね~)


 燈は設備に感心しつつ選んだ水着に着替えようとしたのだが──


「あれ? 私が選んだ水着と違うような……」


 淡い水色のふんわりレースがついており、可愛らしい。しかも首紐タイプ。


「ああ、露出高めで可愛いのにしておいたわ」と杏花はなぜかしたり顔でいった。燈は改めて水着を見る。どう見ても面積が少ない。というかお腹とか丸見え。下は巻き付けるスカートパレオがあるのでギリギリ許容範囲だろう。


「うーん。でもこれだと何かあった時、装備的に不安なような……。とりあえず、刀は影にしまうとして……」


 燈が刀を自分の影に入れていると──


「ええ!? トモリさんはそんなこともできるのですね!」

「はい。万が一の事も考えて武器だけでも常備できればと思って……」


 燈は顔を上げると、すでに水着に着替えているミシェルを見て固まった。肌は白く艶があり、上下の水着も明るい彼女によく似合っていた。


(ふぁ。お肌つるつるで白い!)


「どうかしました?」

「あ、いえ……。その水着よく似合ってますね」

「ふふっ、ありがとうございます。トモリさんも早く着替えてください」

「は、はい……!」


 燈はミシェルや杏花たちにせかされて着替えに入った。アネット、ジニー、エリカ、ヒースの四人はもはやモデル──と言うより次元が違う美しさに、燈は着替えて早々後悔していた。


(え、ちょっと待って……。この絵面の中にいるの辛いんですけど!? なんかキラキラしているし……! 体の傷とか目立たないから大丈夫だと思うけど、うう……同じ空間に居ても大丈夫かな……)


 燈は年相応に恥ずかしがりながらも、更衣室を後にする。



 ***



 更衣室を出ると、外で待つ龍神、ジョン、ジジたちと合流する。

 男性陣の反応はそれぞれだ。ひゅーと、口笛と共に称賛の言葉を述べていた。ほとんどはアネットやエリカ、ジニーへと視線が向けられている。

 他の人たちからの視線も熱い。というか目立っていた。


(あ、これ。絶対ナンパされる。男性陣に言っておかないと、ナンパした人たちが多分死ぬ)


 燈はそう確信していた。《山の神》相手だろうと容赦なく全力で叩き潰そうとしたのを鑑みるに手は早めに打っておいた方がいいだろう。


「ジョンさん、サリヴァンさん、ジジさん、式神、ちょっと!」


 女性陣に声をかけているテックスと、やたら遠巻きで傍観している龍神を覗いた男性陣に声かける。燈の説明にみな往々に頷いてくれた。

 というか、せっかくのバカンスを血の惨劇にするのだけは防ごうという形に落ち着く。


「あ、でも《山の神》さまだったら手加減とかしなくて大丈夫ですから」とだけ付け足しておいた。


「我が主よ、その水着は……あの魔女杏花が選んだのか?」


 この炎天下の中、見ているこちらが暑くなりそうだが式神はケロッとしながら、燈の傍に歩み寄った。紅の甲冑、腰の刀と完全武装だ。


「そうだよ! 戦闘にならないと思うけど、こう布の面積が少ないと……」

「まあ、たまには良いではないか。せっかくの夏なのだ、謳歌せねばな。のう、龍神」


 離れていた龍神は式神に呼ばれたので、嫌々ながら燈の傍に歩み寄る。


「龍神、その水着……変じゃないですかね?」

「悪くないと思いますよ。……誰よりも美──いえ。海で遊ぶのであれば、日焼け止めはもちろん水分補給はしっかりとってくださいね」


 龍神の無表情は変わらない。けれどほんの少しだけ目を細め、口元を緩めているのを燈は見逃さなかった。

「悪くない」たったそれだけの言葉で、自然と笑みがこぼれる。


「はい!」


「トモリちゃん、使いに行こうか」とヒースの言葉に燈は「わかりました」と手を振ってこたえる。


「それじゃあ、式神、龍神。せっかくのバカンスですから、たくさん遊んできます!」


 燈は杏花、ヒース、ミシェルの《海水浴組》の元へと向かい、式神と龍神も他のメンバーと合流したのだった。



 ***


 ※ここから海水浴組※


 寄せては返す波の音。

 どこまでも澄んだ海、白い砂浜にじりじりと照り付ける太陽。

 はしゃぐ声も、水中にもぐってしまえば遠のく。


 ヒースとミシェルは人魚のごとく水中を優雅に泳ぎ堪能していた。この島キキナワの特性なのか、スキューバダイビングの装備並みに潜っていても平気なようだ。


(確かにこれなら溺れる危険性リスクは減りそう。……その辺の安全面の考慮は神様らしいといえばらしいかも……)


 燈は水中を泳ぐ珍しい魚を見やった後、水面へと顔を出す。それにしてもヒースはずっと潜ったままだ。たぶん魔法か術を独自に使っているのだろう。

 この海が気に入ったのか、もともと海が好きなのか。


(まあ、水の中なら私も水着のことを気にしなくていいので楽~♪)


 のんびり波に浮かびながら泳いでいると──太陽ではなく杏花がひょっこりと視界に入って来た。


「秋月さん。はしゃぐのは良いですけど、水分補給」

「あ、はーい。委員長」


 杏花はクラスの委員長でもあるので、その固有名詞は間違いではない。だが、その呼び名は彼女的に不服なようで、頬を膨らませた。


「ちゃんと名前で呼んでください」

「はーい」


 彼女の水着は黒をベースにした大人っぽい水着で、大人の魅力全開のジニー、エリカ、アネットには程遠いがそれでも、将来はそう言った美貌になるであろう素質はある。


(と、いうか……学校の制服和装だったけど、胸とかいつもキツそうだったのは知っているけど、どうしてそんなに発育が良いのだろう……)


 燈は受け取ったペットボトルの飲料水に口を付けつつ、呑気なことを考えていた。


「秋月さん?」

「ん、あー。どうしたら委員長みたいに胸が大きくなるのかと思って……」


 燈の発言がよほど意外だったのか、杏花はあからさまに驚愕の声を上げた。


「ど、どうしたんです? 急に年相応の悩みなんて……秋月さんに一体なにが!?」

「その認識酷くない?」


 とはいえ、燈は記憶喪失だった頃は、記憶を取り戻す為に奔走をしていたので、それ以外に気を遣う余裕がなかったというのが正しい。


「私だって、あざとか切り傷とかあるのも、人並みに気にしているんだからね?」

「うんうん。やっぱり恋すると変わるものね。まあ、秋月さんの場合は思い出したってのも大きいのだろうけど」

「ふふ、ずいぶん可愛らしい話だね」


 上品にほほ笑んでいたのは、水中に潜っていたヒースだった。海水で濡れた黒髪はさらに美しく、端麗な顔立ちがさらに際立つ。


「ん? なんの話です?」とミシェルも会話に参加してきた。

 話の流れは一気に恋バナへと昇華する。

「それで龍神様とはどこまで言ったの?」と杏花が言い出し、燈はすかさず話を逸らす。

「私の話よりも、個人的にヒースさんの婚約者との馴れ初めが気になります」

「僕? そんなに面白みがある話じゃないさ。ミシェルさんは?」

「わ、私ですか? そう言った相手はいませんが……。キョウカさんはどうなのですか?」


「内緒ですわ」と満面の笑顔で答えた。これは絶対に口を割る気がないと察した燈はある提案をする。


「じゃあ、タダ券に《ビーチボールの試合》があったから、それで負けたら暴露話をするか、タダ券の中にあった《バナナボート》や《砂埋め》あとは《砂の城づくり》《スイカ割り》ってのはどうでしょう? これならタダ券を消費しますし、楽しいと思うんですが……」


 燈の提案にミシェルが「楽しそう」とさっそく賛同を得る。


「ビーチバレーも楽しそうですけど、バナナボートも面白そうですね!」

「スイカワリとは興味深い。僕もトモリの意見に賛成だ」

「杏花は?」

「賛成です。効果的かつ合理的に秋月さんに質問攻めが出来ますしね」

「え? ボール落としても暴露しないよ?」


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