第3話 集合・後編

 燈はジョン、ジジたちに視線を向ける。どうやら考えていることは同じようで、少女は少しだけ安心した。

 全員でフロントに向かい歩き出す。階段を上がればすぐそこのはずだ。


(それにしても、なんで杏花はあんな説明を……。龍神の視線が痛いのはこれが原因だったりする……のかも?)


 燈はなんだか頭が痛くなってきた。



 ***


 

「キキナワで行う事。

 一つ、女人は水着に着替えるべし。

 一つ、配布したタダ券は使い切るべし。

 一つ、仲良く楽しく夏を過ごすべし。

 一つ、目標達成まで島を出るべからず」


 フロントでチェックインすると、この島キキナワのパンフレットとタダ券を渡された。タダ券はこの島を満喫するために必要そうな物が一通りそろっている。


 「南国の島ですね! 早く海に行きましょう、海!」

 『背の君よ、キキナワバーガーが先だ!』

 「神様の試練ってヤツはさっさと終わらせちまおうぜ!」

 「ヒヒヒッ♪」

 「水着ね……。まあ、仕方ないわね」

 「秋月さん、早く水着の試着しましょう」

 「…………帰りてぇ」

 「……嫁、いえ姫が尊い」

 「龍神、本音が駄々洩れすぎるぞ」

 「これをクリアすれば良いって訳か。まあ、なんとかなるかな」


(うわぁ……。みんないっぺんに喋るから収集がつかない……)


 若輩者の燈がここで先陣を切っていいのか悩んでいると、金髪の背の高いジョンと目が合った。なんとなく言わんとしている事を察し、燈は意を決して口を開いて彼に相談する。


「ひとまず、男性陣は任意だとして女性陣は全員水着の試着をしてから、何人かに分かれてタダ券を使い切った方が効率的ですよね」

「そうだな。あまりチームを別け過ぎると何かあった時に対処も出来ないだろうから、三チームぐらいに分けるのが得策だろうな」


 話し合いの結果、海水浴で遊ぶ──もといタダ券を消費する海水浴組。

 燈、杏花、ミシェル、ヒースの四人だ。

 主に、水遊びをする、ビーチバレーをする、波乗りするなどアクティブに動く遊ぶ用にボールやら、サーフボード、ゴーグルなどを借りてタダ券を消費するように努める。


 次にまた浜辺でのんびり──もといバーベキューの準備などを行いタダ券を消費するメンバー。

 エリカ、サリヴァン、ジニー、テックス、式神の五人と割と人数が多い。

 ちなみに海水浴組に何かあったら、駆けつける保護者組心配性組でもある。

 クラーケンとか、海坊主とか悪意ある何かが出てこないことを祈るばかりだ。


 最後に足りない物の買い出し──と言うより周囲に危険はないか斥候せっこうがメインとなる《探索組》。

 ジョン、アネット、龍神、ジジの四人。

 常識的な人間が一人しかいない。チームメンバーに燈は心の内で「ジョンさん頑張ってください」と応援するのだった。



 ***



 水着の貸し出しは浜辺傍の施設にあるので、そこで選んで着替えるらしい。鍵付きロッカーもあるしっかりとした建物だとパンフレットに乗っていた。ちなみに試着場の奥にはシャワー室や温泉も完備している。

 十三人全員でひとまず施設へと向かった。


 燦々と降り注ぐ夏の日差しを浴びながら、燈たちは海岸へと向かう。ヤシの木や透明な海は南国と呼べるにふさわしい。


「んー。なんだか、試着場に温泉だなんて至れり尽くせりで、

「杏花、急にどうしたの?」

「いやだって、その《山の神》って白猿だったんでしょう」

「うん、三頭身で可愛いよ? テンションがメチャクチャ高いけど」

「絶対、覗きに来るわ」


 断言する杏花に燈は賛同したかったが、一応山の神をフォローする。


「いや、一応神様だし……。そんなことは……」

「この女子は水着必須って時点で、絶対に覗く気満々よ。来たら神様だろうと容赦しなくていいと思うの」


 ──そうね。見つけたら、アタシも即座に爆破させるわ──


 燈にしか聞こえない声で、少女の影の中に居る式神の一人、菜乃花なのかは事もなげに宣言した。


(いや、爆破はヤメテ。死人出る)


 ──あら、大丈夫よ。ここにいる全員、普通の人間じゃないもの──


 菜乃花は爆弾発言を残して影の奥に引っ込んだ。燈は「うーん」と唸っていると」


「感知能力は秋月さんの方が高そうですから、覗き魔を見つけたら殺すつもりで一撃を見舞いましょう」


 杏花の物騒なセリフに燈は顔を青ざめた。


「いやいやいや。仮にも神様にそんなこと──」

「龍神様が激昂して本来の姿になる可能性を考えても?」


 燈は龍神の本来の姿と、その影響力を思い出す。空に広がる巨大な白銀の龍。圧倒的な存在感──顕現すればこの島一つ簡単に更地に出来る。


「一撃で戦線離脱してもらいましょう」


 少女の決断は早かった。

 こうして不安の残る夏のバカンスが始まったのだった──



 ***



 施設に到着してから三十分後。

 男性陣は更衣室にあるロッカーに荷物を入れ終えていた。

 またジョンはポロシャツ、テックスとサリヴァンは揃ってアロハシャツに着替える。テックスとサリヴァンのテンションは南国の雰囲気に乗せられたのか浮かれているようだった。サングラスなどかけてはしゃいでいるのがいい証拠だ。


 逆にジジ、式神、龍神の装いは全く変わっていない。

 ジジの魔法使いっぽい服装は、なんとなく暑っ苦しそうだが、式神の紅色の鎧兜はもはや暑いとかの次元ではなく、常人であれば脱水症状やなんらかで卒倒するだろう。それは龍神も同じだ。和装を着こなしているが、汗一つかかずに涼しげでいる。

みな女性陣を待って、建物入口正面に見えるヤシの木の傍で待機することにした。


 そして杏花の予言は、悲しくも見事に的中する。


 轟ッツ!


 女性更衣室の屋根が吹き飛んだのだ。それも見事というほどすさまじい威力で。


「水着最高うううううぅぅぅぅぅぅ」


 白猿山の神の覗きに気づいた女性陣の総攻撃はすさまじく、軽々と屋根ごと吹き飛ばした。


 空の彼方に飛んで行った《山の神》。

 男性陣は飛んでいった白猿を眺めながら「漢だな」と思ったとか思わなかったとか。ちなみに壊れた屋根はすぐさま修復し、ものの数分で爆破前に戻ったのだった。さすがは神々の作ったリゾート地のことはある。

 

 女性陣の着替えを待つ間、白銀の髪に整った容姿の偉丈夫──龍神はこの三十四度を超える暑さの中、白の和装姿を着こなし汗一つ流していなかった。

 ただ数分に一度は溜息を漏らしていた。


「なにか心配事があるのか?」とジョンは龍神に声をかけると──


「あー、FBI。気遣いは無用だ。アレは心配事と言うより……」

「姫の水着が可愛らしすぎて、神としての威厳が保てなかったら……。いやしかし、この機会を逃せば……ぐっ」


 金髪の背の高いジョンは「この世界の神は大丈夫だろうか」とやや──だいぶ不安に思ったのだった。


「あー、たしかにおれもヒースの水着姿を見た時になんて言えばいいか……」

「のぞきはしないにしても、水着姿は楽しみだ」

「龍神。お前が主を押し倒そうとしたら実力行使で止めに入るからな」


 式神は夏の猛暑にもかかわらず、紅の甲冑を纏ったまま、腰に携えている刀に手を伸ばす。殺意はないが、威圧のようなものを龍神にぶつける。

 常人であれば卒倒するであろう覇気だが、龍神は毛ほども気に留めていなかった。


「押し……貴方は私を何だと思っているんですか!? そんなことはしません。恐れているとすれば、姫の愛らしさに空気を読まずに告白するプロポーズしてしまわないか、です」

「いっそすればいいのではないか。と言うかもうさっさとくっ付け」


 龍神にも色々と事情があるのは分かっているが、式神としては面倒なのでさっさと告白なりしてしまえ、と思っていたのだった。




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