第7話 The fall of "Eve" - 1

 爆音と剣戟が響き合う中、秋月燈あきづきともりは暗闇の中に居た。

 いや、正確には意識を失い気絶していたという方が正しい。数分ほど意識を失っていた少女が目覚めると、そこには見慣れた緋色の甲冑をまとった式神がいた。


「んん……あれ、式神? 援軍に向かったはずじゃ?」

「応とも。ヤマタノオロチの登場でそれどころじゃなくなったのだ」

「ヤマタノオロチ……?」


 周囲はいつの間にか薄暗く、夕闇がすぐそこまで近づいてきていた。

 燈が周りを見渡すと周囲は木々に覆われ視界が狭い。下生えの草はぼうぼうに伸びており、手入れなどされた形跡はなかった。式神の話では《品川第六台場》というレインボーブリッジの近くにある台場らしい。鎖国していた頃に砲台を置く為に作られたという。


「と言うか、私どうしてこんなところに……」


 燈は気を失う前の事を思い返す。竜馬で空を駆け、ヤマタノオロチを何とかするためにレインボーブリッジの方に向かっていた。

 なぜそんな行動をとったのか──


「あ、そっか。私……《山の神様》に頼まれごとをしていて、ノインを追いかけて来てたんだった」

『で、海から現れた八つ首から逃げようとして、ここに飛ばされたと』


 綺麗な女人の声に燈は「そうなんです」と答えた。一拍おいて、その違和感に気付く。


「ん?」

『なんだ娘。吾の声が聞こえるのか』

「え、あ。はい」


 声だけは鮮明に聞こえるが、周囲に人影は──いや。暗がりで気づかなかったが、金髪の男の人が佇んでいた。目鼻立ちが整っており、スーツ姿と纏う雰囲気はどこか浅間に似ており、警察官その職業のような近しさを感じた。


「俺の名前はジョン。FBIの捜査官だ。FBIは分かるかい?」

「あ、はじめまして。燈です。ということは、あなたは警察関係者?」


 燈の反応に金髪の男は安堵の声を漏らした。


(ん? なんでホッとした顔をしているんだろう)

「よかった。どうやら君とは元の世界が近いのかもしれない」

「というと?」

「後ろの彼等はFBIはおろか、この世界についても全く分からないらしい」


 彼等と言った視線の先に三つの人影があった。その影はこちらに気付き手を振る。どうやら敵ではないようだ。もしかしたら《山の神様》が話していた異なる世界から、《役割》を負った者たちなのかもしれない。


「それって《世界の概念が違う所》から来たということですか?」

「おそらく。少なくとも別の世界から来たのは間違いない」


「それ以上の話はまだ何も聞けていないけど」と金髪の男ジョンから話を聞いた。


「なるほど、じゃあちょっと話してきてみます」


そう金髪の男ジョンに声をかけると、燈は少年たちの元に向かう。近づくと、その姿がハッキリと捉えることが出来た。

 金髪碧眼の美少年に、艶のある墨色の長い──少女と少年?だろうか。あまりにもそっくりな姿に燈は少し驚いた。


(双子なのかな?)

(我が主よ、某も傍に……)


 そう式神が念話で燈に声をかけるが、その申し出を断る。


(ジョンさんや式神だと、警戒されちゃうかもしれないでしょ。……まあ、たぶん大丈夫だよ! かわいいし!)

(呑気な……! まあ、良い。何かあれば影から──)


 燈は式神が言うような「物騒なことが起こらないように」と祈りつつ、少年たちにぺこりと頭を下げた。


「初めまして。ええっと……言葉は通じるかな。燈と言います」


 全世界共通──会話は笑顔からという持論を駆使した燈は、異世界の少年たちが言葉を返すのを待った。


「トモリ。はじめまして」


 口元の動きと声が全く違うのだが、それでも無事に聞こえている。これならコンタクトは問題なさそうだ。


「よかった。ちゃんとお互いに言葉が通じるんだね」


 ホッとする燈に、黒髪の少年はニッと口ともを緩める。よく見ると、金色の瞳は珍しく思わずじっと見つめてしまった。


「マトモに話せるのは、ボクとそっちのミケだけなんだけどね。ボクはジジ。こっちの坊ちゃんがアルヴィン。さる国の皇子さまね。こっちの、ボクと同じ顔してニヤけてるのがミケ」

「ジジ……アルヴィン……ミケ……で、合ってる?」


 燈は名前を言いながら一人ずつ顔をみて確認していく。それぞれが頷くと燈は満足気に口元が緩んだ。


「うん。じゃっ、まずはボクらのことから話せば良い流れかい? 」

「あ、そうだった。……お願いします」


 燈は彼らがなぜこの空間に連れてこられたのか、その説明を聞くことにした。

 ジジの説明では《ディオニュソス》という、変た──邪神によりこの世界に送り込まれたという。そしてこの世界は《神々の賭博》となっているが、魔人に乗っ取られてしまったことを語る。

 そしてのその問題──つまりを、ジジたちに丸投げしたということだ。


(あーー、うん。何処の世界もこんな感じなのかな)


 概ね《山の神様》が話してくれた情報通りだった。おそらくジジたちや金髪の男ジョンが何らかの《やるべきこと》がある。ただそれが《何か》までは分からない。


「ということは、君達もその邪神たちに役割を与えられて来たということか」


 金髪の男ジョンは、状況把握に長けているようで、柔軟に物事を捉えているようだ。ジジは頷いた。


「まあ、ざっくりいうとそんなとこかな」


 アルヴィンと双子にしか見えない黒髪のミケとジジ、そしてジョンの話では、まさしく厄介ごとを請け負ってしまったという雰囲気らしい。


(なんか浅間さんみたいな苦労性がありそう……?)


 下生えが揺れる音を聞き、燈はキョロキョロと周りを見渡すが竜馬の姿はない。どうやら風のいたずらだったようだ。


(私が気を失ってから竜馬はどうなったのかな。八岐大蛇大蛇に吹き飛ばされたときにはぐれた? 無事ならいいんだけど……)


 燈は式神に竜馬の行方を聞こうとしたが──近くで爆発と轟音が途切れることなく響き渡る。まるで空が一瞬昼間のように輝くほど明るくなった。


「今、武神とノイン、龍神がそれぞれの巨大化した鶏と八頭の大蛇ヤマタノオロチ、そして般若面の女人と戦っている。……が、だいぶこちらが押されているようだ。凌ぎ切るのに精いっぱいのようだな」

「巨大な鶏はバジリスクだ。あれは石化の吐息を吐き散らす。般若面の女人というのは?」


 式神の言葉にジョンたちを含めて情報の整理を整える。

 巨大な鶏バジリスク八頭の大蛇ヤマタノオロチ、そして般若面の女人についてある程度の情報が出そろった。

 各々がどう対処していくのかが切り抜ける鍵になる。なぜなら浅間や龍神、ノイン──あの神様でもある三人組が本来、《物怪》に競り負けることなどないのだ。それでも倒せないのであれば、恐らく倒すための。それを埋めるのが、ジョンやアルヴィンたちなのだろう。


(うーん。でも、その何かって……)

「俺達も加勢しよう」


 金髪の男ジョンはあの巨大な《物怪》に対して臆せず、果敢に挑む姿勢に燈は少し驚いた。たぶん対応する力を持っているからだけではなく、己の信念を持っているからだろう。


(ほかの世界だとしても、すごい人がいるんだな……)

「君達の仲間はどの辺りにいる?」

「いや、移動する必要はない。


 式神の言葉通り、数秒──燈が瞬きの合間に、近くの木々に何かが突っ込んできた。三つの人影が吹き飛ばされ、周辺の木々に激突したのだ。

 土煙の中から浅間、ノイン、龍神がおもむろに立ち上がる。致命傷は追っていないが、疲弊しているのが目に見えて分かる。


「神様!? それにノイン、浅間さん!」

「予想以上に厄介な奴らだ」


 真っ赤なサンタ服の浅間の姿に燈はギョッ、と目を剥いた。


(浅間さん……。サンタ服はいつまで着ているんですか。とかツッコんだから絶対に怒られる)


 浅間の視線にならって燈も同じ方向を見ると──

 海水を意のままに操り、暴風をまき散らす巨大な大蛇──八岐大蛇が姿を見せる。それは絶望的な大きさだった。


(浅間さんたち、こんな化物を相手に戦っていたの!? 無理、絶対無理……。近づく前にぺしゃんこになる……!)


 青い顔をしている燈だったが、式神と龍神は少女を守らんと前に佇んだ。


「なに、別に主だけを死地しちに飛び込ませる真似はせん」

「式神……」


 からかうような物言いだが、式神の力強い言葉はいつも燈を鼓舞してくれる。


「姫は姫が出来るだけのことをすればいいのです。むしろそれ以外のことをすれば、簡単に死にますよ」


 辛辣な忠言だったが、それでも龍神の気遣いに燈は自然と口元が緩んだ。二人らしい言葉に少女は頷いた。


「うん。その通りだね」


 少女は改めて対峙するモノを真正面から見据えた。倒すべき相手──

 ふと八岐大蛇の頭一つに何かが乗っていることに気付く。あれは般若面の女人。先ほどよりも黒々とした闇が全身から吹き出しているのが見える。


「デュフフフww こんな所にリア充が隠れているなんて……この世界に幸福が、あぁ、幸せが、あふれているでござる!  幸福な者達が引き裂かれ、楽園を追放されるあの瞬間――どれほど我の心が満ちた事か……! しかし、愉悦とは僅かなひと時のみ。すぐに喉が渇くのと同じ様に、我はさらなる甘美を求めて囁きを繰り返す」


 途中から般若面の女人ではないが表に出てきたようだった。その瞬間、嫌な気配が膨れ上がる。と同時に、首が蛇のように伸び、その姿も人からだいぶかけ離れたひとならざるものに変容を遂げた。腰から下は蛇、手には鋭い曲刀──蛇人間、文献で見た《清姫》に近い憎悪にかられた姿だった。


「まったく人間とは面白い……貴様らもそう思わないか?」


 その言葉に真っ先に答えたのは金髪の男ジョンだった。


「お前の方がよっぽど面白いよ、このドグサレ魔人ファッ○ンデモニックが」


 まるでと言わんばかりの発言。しかし燈は驚きはしなかった。

 警察庁失踪特務対策室室長の浅間が、出鱈目でたらめな力を持っているのだ。FBIがそれと同等の力を持っていてもおかしくはない。


「我が主よ、足元に注意をしておけ」


 式神の言葉に燈は頭にクエッションマークを付けながら小首を傾げた。しかし式神は、補足説明をする気はないのだろう。

 いや、その暇がないだけかもしれない。なぜなら──


「おい、小僧」

「了解──見敵殲滅サーチアンド・デストロイ移行モード


 ノインはホルスターから両手にベレッタM92 を取り出す。浅間も同じく胸元のホルスターから銃を取り出し──炸裂音が響いた。

 突如、大量の蛇が燈たちに襲い掛かる状況に少女だけあたふたする。


(ちょ、蛇!? ええっと私も応戦したいけど……)

「姫はじっとしていてください」


 龍神は燈の心情を的確に見抜き忠言する。


「そうだな。下手に動かれて蛇に噛まれたらことだ。なんならそこの神にでも抱きかかえられていた方が安全なのではないか」


 式神はそう言いながら襲い来る蛇を片っ端から一刀両断していく。


「私は別に──」

「神様に!? そんな恐れ多いことできません! ……って、神様、今何か言いました?」


 燈は龍神の言葉を遮ってしまったと慌てて振り返る。


「……いいえ、なんでもありません」と龍神はそっぽを向いてしまった。

(なんというタイミングの悪さ……)


 式神は龍神に同情を禁じえなかったが、さりげなく燈との距離を詰めていたことを見逃さなかった。

 そんな龍神の心境を知らない燈は、式神の剣捌きを真剣に見ていた。


(うわぁ……斬〇剣みたいな切れ味……)と燈の心を呼んだ式神は、「そうであろう」と少しばかり気分よく蛇を切り裂き、言葉を付け加える。


「また、つまらんものを──」

「わわっ!! それ言ったらダメなやつ!!」


 燈が慌てて式神の口を塞ごうと手を伸ばすが、よく考えたら大鎧に頬当てしているので、意味は全くもってなかった。

 だが、龍神は燈の意図を組んでか、式神の喉元に軽い打撃を加えて声を遮った。


「んぐ……!?」

「式神? 大丈夫?」


 龍神の動きが全く見えなかった燈は、式神の異変に顔を曇らせる。

「あ、ああ……」と、式神は龍神を睨みつけるが、涼しげな顔で燈に声をかけた。


「何でもありませんよ。それより姫、あの《般若の面を付けたモノ》が何か……。あの人間は、気づいたようですね」

「え……!?」


 燈は思わず声を上げてしまった。


(あれだけの短い会話とやりとりで正体がわかるなんて……。うーん、やっぱりFBIはすごいな)


(いや、たぶん普通のFBIはそんなことできぬと思うぞ)


 式神の冷静なツッコミに燈は「だよね」と内心で思いつつ、金髪の男ジョンへと視線を向けた。

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