第5話 合縁奇縁
パレットタウン施設内で遭遇したのは、般若の面を被った女人。いや、日本ではその女性に対して当てはまる名がある。
式神は居合抜きの構えのまま鬼女に問うた。
「で、お前が元凶か?」
「そ、そうでござるよ。ん? なんでござるか? そんなにじろじろと拙者を見て……。ハッ、しまったぁ~、ここであの某アニメの神回ならもっとこう、完璧なセリフがあったのにーーーーー! って、ことでテイク
「……………」
「……………」
間の抜けたというか、しまらない声に二人は黙った。この返答に対し真っ先に
(今思えば、我が主は実に良いリアクションを取っておったな……)
主と離れて一に時間程度しか経っていないのに、酷く懐かしい気持ちでいっぱいになった。
「ちょ、侍氏と軍服氏! おたくらさぁ~もうちょっとリアクションにバリエーションはないでござるか?」
キャンキャンと吠える鬼女に式神は睨んだ。向こうが鬼女だとすれば、式神もまた同類に近い──
「某とキャラが被る。その言い回しを改めよ」
その
もっともここで燈がいたら「大丈夫、キャラ被ってないよ!」とフォローが入っていだろう。
残念ながらいない者は、いないのだ。
「キャラ被りとか、ちょwwwおまwww……。拙者だって、こんな人混みと幸せ満喫している場所になんか、来たくなかったでござるよ。温かいコタツ、薄暗い部屋でネットサーフィンを楽しんでいたのに……! でも、おたくたちを食い止めないと、ずばり拙者の引きこもり生活が満喫できないでござる!」
キッと、鬼女が式神とノインを睨む。
「イベントは好きでござるよ!? ハロウィンとかバレンタインデーとか……嫌いじゃないけど! いっつーーーも蚊帳の外。だいたい原稿が冬コ……ごほん!!」
(……うるさい)と式神は酷く冷めた目で鬼女を見つめ──
「つまりあれだな。クリスマスを
「全然違いますぅううう~~。鬼とかキヨたんとかじゃないです~。拙者は全世界のリア充が憎いだけでござる」
(リアジュウ? 知らないwordだ。うな重と響きは似ているが……)とノインは
「だいたい、なにがメリークリスマスだ、こちとらメリークルシミマスだふざけんな。クリスマスはこれにて終了でござる。ついで全てのカップルは解散すべし! ……リア充……ああああああ!憎い、憎い、憎い。氏ね氏ね氏ね氏ね!!」
鬼女の髪は逆立ち、そのヨクナイモノに当てられてか、大量の蛇が天井から振り落ちる。
イベントの楽しげな雰囲気は、絹を切り裂いたかのような悲鳴によって踏みにじられ、パニック状態に早変わりした。
「ちっ、そう来たか。
「無論──標的の
式神が剣を抜くと同時に、ノインは蛇のみに照準を補正して引き金を引いた。
***
パレットタウンが
施設の外に出ていた秋月燈と龍神は、とある公園で白い猿──山王と対面していた。
真っ白い猿は、目の下と額には朱色の紋様。全長五〇センチ──人間でいえば二歳ほどの大きさにあたるだろう。愛嬌のある顔に、緋色のちゃんちゃんこ姿の猿が宙に浮遊していた。
「んー。いい雰囲気なところ、悪いのだがそろそろ本格的に動いてはくれぬか?」
「……
(え、そうなの!?)
つい先ほどの和やかな空気は張り詰め、周囲にいたアヤカシたちは何かを察したのか、その場から気配が消えていった。
龍神の冷ややかな声と鋭い
「ワ、ワシが
「…………」
とんでもなくダメダメな
「お猿さん、賭けの対象って──《物怪》だったりします?」
「正解。娘、中々の
山王は最後まで言葉を言うことはできなかった。なぜなら龍神が片手で猿の口を塞いだからだ。それも本気に近い握力で。
ミシミシ──と何か軋む音が聞こえる。
「山王。姫の状況、分かっていて口にしておられるのか」
いつになく酸漿色の双眸が鋭く煌めいた。猿の頬はくしゃくしゃにされ、手足で抵抗するがびくともしない。
「
「気を付けてください。これ以上の面倒事は御免です」
あっさりと山王を解放すると、燈はジッと龍神に視線を向けた。
「面倒事って……。神様もしかして、この空間について何か知っているの?」
「ええ、まあ」
龍神は正直「まずい」と内心で冷や汗をかけていた。最初の燈と遭遇した時にここに来た目的を語らなかったのは、少女の
(結局、この空間に引き込まれた時点で姫を巻き込んでしまうのは、至極当たり前の流れだったのかもしれませんが……)
わずかな戸惑いを隠しきれず、龍神は出来るだけ情報をまとめてから少女に伝える。
「……ここは
「意図的に?」
「そうだ」
ぴょんぴょんと、白猿は燈の周囲を跳躍しながら話を続ける。
「水無月に《夏越し祓い》と師走で《大祓い》をするんだが、年々ヨクナイモノが多くて一度に処理しきれなくなってのう。そこで、その数日前に意図的に《物怪》を作り上げて、相打ちにさせる余興だったのだ……」
「《物怪》同士を……?」
燈は少しばかり暗い影をとした。
「その《物怪》には……自我があるんですか?」
「ない。厄を肩代わりする一時的な型でしかない。綿流しや雛人形と同じく、厄を祓うために憑代を立てるものと変わらん。それに、この手のヨクナイモノは強欲そのもの、お主が心を痛めるに値するものではないぞ」
白猿は燈の心を見事に射抜いていた。驚嘆する少女に猿はニカリと笑った。
「これでも《山の神》だからのう。《古き友》との盟約を守る者の考えは、みな似通っておる」
「山の……神様? 普段からこんなに可愛い姿なんですか」
少女は座り込んだまま、頬をつんつんと触れる。
「こ、こら。この姿だからといって、娘よ、馴れなれしいぞ」
「ごめんなさい」
「わー、わー、トモリ。よわい、守る?」と声が燈に届く。
「いやいや、そこは断定してほしかったな。……ん? あれ? 山の神様何かいいました」
ぴょんぴょんと木霊が、少女の周りに集まっているのを見て白猿は頬を掻いた。
木霊が人に好くことは稀だ。基本的には木漏れ日に隠れて、日向ぼっこをするのが大好きなアヤカシ──いや
「まあ、よい。……それより
「大蛇?」
龍神はすぐさま白猿を睨んだ。
「それなら武神だけで事足りるではないですか。なぜ私たちまで巻き込んだのです?」
まだ何か隠しているのか、白猿は汗だくで「ええーーーとだな」と誤魔化そうとする。燈相手なら勝算があっただろうが、それ以外に関心のない龍神は容赦なく白猿に問い詰める。
「……なるほど。では今すぐこの空間を力づくで壊しましょう」
瞬時に龍神の腕に雷鳴の光が迸る。脅しではなく本気でこの空間を砕くつもりだ。白猿は真っ青な顔で龍神の裾に掴みかかった。
「言う! 言うので待て!」
(容赦ない……! 山の神様相手にすごいな……)
燈は白猿に少しばかり同情した。おそらくだが少女をこの空間に読んだのは、《山の神様》なのだろう。
(んー。でもなんだろう、
「実はな! 武神は今回、大蛇側についてしまったのだ!」
「は」
「え?」
予想外の言葉に燈は驚愕の声を上げ、龍神は心底呆れた声が漏れた。
「何かの間違いでは?」と燈が言う前に横やりが入る。
「何を言っているんだ? 山王、酒の飲み過ぎで泥酔でもしているのか」
「ぶっ……」
燈は浅間を見て、噴き出した。やはり何度見ても慣れないし、笑ってしまう。何せ当の本人は無表情なのだが、赤のサンタ服はどう見ても
「…………」
浅間は燈に怒号の一つでもぶつけようかと思ったが、一応我慢しているのをみて溜飲が少しばかり下がった。だが──
「ぶはははっ! なんだ、武神! その恰好は! あはははっははーー!!!」
「………ほう」
浅間は白猿の胸倉を掴むと、そのまま同じ視線まで持ち上げる。必然首が閉まり、白猿は手足をじたばたさせてもがく。
「俺とは同属性だから骨が折れると言ったぞ。大体ややこしくしたのは《山の神》だろうが」
「うぐぐぐ……。ギブ、ちょ、これ不味いぞ……ガク」白猿は口から魂みたいのが、出かかっている。「わがしょうがいに……」と呟いているがスルーされた。
「あの、ややこしいとは?」
燈が疑問を投げかけると、浅間は苦虫を嚙み潰した顔で面倒そうに応える。
「この空間に入るための《対価》として、俺はサンタ服の着用を義務づけられた。貴様たちの《対価》はすでに《山王》が払っている。ゆえに《紙にかかれた条件》を誰か一人でもクリアすれば、《山王》の力が多少戻るように細工していた……だったな?」
浅間が確認するために白猿へと視線を戻すと、その手には案山子を掴んでいた。
「山王!!」
片手の握力で案山子を粉砕すると、「ぎゃーーーー。ワシの変わり身の術が」と逃げようとしていた白猿が悲鳴を上げる。
(変わり身って忍者か……)
「全く話が進まないだろう。俺とて早く普段通りの服に着替えたいんだが」
(あ、サンタ服。好きで着ていたんじゃないんだ……)
「うう……ワシだってこんなちんちくりんな猿のままは嫌だ」
(嫌だったんですか……)
(嫌だったのか……)
(イヤって……。めちゃくちゃ楽しんでいるようだった風に見えたけど……)
傍観していた龍神、浅間と燈の心がその時一つになった。
「だいたい仕方ないだろう! もっと《簡単な条件》にするつもりが、向こうに主導権をとられてしまったのだ。……それにワシはこの空間内を保つために、力を使いすぎて、案山子か、動きを封じる鳥居ぐらいしか出せん」
(それはそれですごいような……。というか、動きを封じる鳥居ってなんだろう?)
燈が鳥居を想像している間に、浅間は鋭い眼光を白猿へと向ける。その圧倒的なプレッシャーにさしもの《山の神》も震えた。
「で、言うことはそれだけか?」
白猿は「面目ない」と、手を合わせた。少女はか「神様でも手を合わせるんだ」と呑気なことを思い、浅間は「はああ」と深く重いため息を零す。
「…………」
龍神は会話に入る気配もないのか、少し離れた所で傍観に徹している。
(
「まったく……。痺れ酒を飲まされている間に力を奪われるなど……弛んでいる」
「本当に、この国の神様は何をやっているんだろう」と燈は思ったが、口に出さなかった。そしてもう一つ引っかかったことを思い出す。
「ん、痺れ酒……。その神話って、どこかで聞いたことがあるような。お酒で油断させて……。倒すって話……。しかも大蛇でしょ……」
「不勉強だな。秋月燈。古事記・日本書紀・風土記にも記載されている《
「ああ!」と燈は合点がいった顔で頷いた。しかし浅間の表情は冴えない。それどころか眉間に
「ところで貴様に一つ聞くが、《紙にあった条件》は、どこまでクリアした?」
「ええっと……。ほとんど駄目でした」
燈は「えへへ」と白猿を真似て笑って誤魔化すが、浅間に通じる筈もなく──凄まじい闘気が周囲の空気を一変させた。
「ほう。なら残る二つをさっさと片付けてしまおうか」
燈は嫌な予感しかなかったが、敢えて言葉に出す。
「えっと、それってもしかして……」
「
***
爆発と轟音が響く。
それも同時に複数で起こった。一つはパレットタウン内で、もう一つはその近くの公園で──。
気づくと地獄が目の前にあった。物の数分で公園は火の海となり、爆炎と黒煙のせいで視界も悪い。
なにより浅間は間髪入れずに頭上から矢を放つ。それは一見普通の矢に見えるが、地面に接触した瞬間──矢そのものが爆ぜるのだ。
「ししょ──浅間さん、張り切り過ぎ!」
全力で公園を走り抜ける少女は、ヤケクソと言わんばかりに叫んだ。あと数秒でも走る速度を落せば矢に直撃するだろう。
「のおおおおおお!」
燈は根性で振り切る。もっとも少女の実際のスピードだったら直撃していただろう。それをギリギリのところで回避できていたのは、周囲に居たアヤカシ、一反木綿による追い風の加護があったからだ。
「やはり喧嘩とくれば酒じゃな☆」
呑気に浮遊しながら逃げる白猿は、いつの間にか徳利を用意していた。神様からすれば余興なのかもしれないが、燈にとっては生死にかかわる。
「いやいやいや! 《山の神様》、何呑気に傍観者になろうとしているんですか!」
「大丈夫、龍神とのタッグならば出来る☆ と言うかガンバレ」
「グッドラック」と言うと白猿は親指を立てたのち、早くも戦線離脱した。
「のおおおおお! 丸投げって酷くない!?」
燈の叫びと同時に、馬のいななく音が響いた。
「姫、乗ってください」
「!?」
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