第4話 相愛だけど片思い?
「では行きましょうか」と龍神が声をかける。
「はぅ!?」
あまりの距離の近さに少女は
「鯉みたいにしているんですか。時間もありませんし、一通り見て回りましょう」
「え、あ。でもケーキは?」
「ああ。あれでしたらちゃんと美味しく頂きましたので、ご安心ください」
涼しげな顔で告げる龍神に燈は「あ、うん」と頷くので精いっぱいだった。
(式神は楽しんで来いって言っていたけど、いいのだろうか。……この空間になぜ私たちが集められたのか、それを優先させないで本当にいいの?)
燈の焦る気持ちに龍神が気づいたのか、少しばかり屈んで彼女と同じ目線で答える。
「式神と《
見透かされたと少女は頬を紅潮させながら、大きな瞳が揺らいだ。
「なんで……!?」と驚く彼女に龍神は「顔に書いてあります」と涼やかに答えた。
***
ヴィーナスフォート二階「VenusGRAND」──
燈と龍神は並んで──いや、龍神が半歩前を歩き、少女がそのすぐ後ろを着いていくというのが正しい。彼の歩みが速いので、少女が僅かに遅れてしまうのだ。
会話はない。けれど燈は「居心地が悪い」とは思わなかった。
(いろいろ聞きたいことがあるけど、まずは何から聞こうかな。うーん。神様がむやみに名前を明かさないって言っていたけど……やっぱり
そんな呑気な少女に対して──
(姫が────傍に、一緒に、いる……! しかし、私は何も贈物を用意していない。どうする。姫がサプライズをしている以上、私も何か用意を──しかし、なにを!?)
龍神は幸福と同時に少女のサプライズの対策を必死で考える。それこそ脳みそを総動員させて、答えを導き出そうとした。その結果、龍神はさらに足を速める。
「あ」
燈はおもわず声が漏れた。
午後のヴィーナスフォートでは家族連れや恋人、友人たちが増えたせいかごった返し始めた。
「離れないように」そう思って少女は龍神の手ではなく袖端をちょん、と掴んだ。
「…………!」
龍神は後ろに引っ張られた感覚に振り返ると──燈との半歩の距離が埋まった。互いの瞳が交錯する。
「あ、えっと……。はぐれないようにです!」
自信満々に告げる少女に龍神は立ち止まり、彼女もそれにならった。
「少し早すぎましたか」そう言いかけて龍神は黙った。彼女の気遣いに彼は──
「そうですね。はぐれてしまうと姫を見つけるのも苦労しますから──手を繋いで見て回りましょう」
今度は少女の両目が大きく見開いた。宝石のような瞳が僅かに潤んだことに龍神は気づく。内心で「傷つけてしまっただろうか」と慌てふためいていたが──
「はい、神様」
燈の笑顔に龍神の杞憂はすぐさま吹き飛んだ。
どちらともなく指先がふれあい手をつなぐと、再び歩き出す。
(……へんなの。神様が傍に居て、一緒に歩いているだけなのに……)
少女は泣きそうなほど龍神の言葉が嬉しくて、けれど言葉にするのはあまりに重くて……頷くだけで精いっぱいだった。
繋いだその手は、大きくて温かい──
***
並んで歩く龍神と燈を遠目で見守る二つの影があった。正確には一匹と一人だ。ノインの影から姿を見せる式神は、仲睦まじい燈たちを満足気に見つめていた。
人ごみに消えていく姿を見送って式神はノインに声をかける。
「さて、某たちはこの空間の調査と行こうか」
「疑問──速やかに解決するなら、なぜ心の友その壱と弐を捜索から外したのだ。効率が悪い──捜査プランの変更を要求する」
式神は「空気を読め」と一喝した。ようやく人間らしくなってきたかと思ったが、恋愛に関して「愚鈍極まれり」といったところだった。まあ、
「……
黒狐──式神の言葉にノインは、納得いかないといった面持ちで口元をへの字に曲げた。
「む……。それなら俺も、心の友その壱と弐と一緒に、クリスマスと言うのを過ごしていない」
「ふむ……」
そんなことを言い出したら式神もクリスマスを燈と過ごしたとは言えない。去年はそれどころではなかったのを思い出し、胸が詰まった。
病室で眠り続けた少女の痛々しい姿。見舞いは少なく、アヤカシたちが傍にいても──式神が声をかけても存在すら認識できず、少女はクリスマスを寂しく独りで過ごしたのだ。
「まあ、もっとも《条件》に男女カップルと記載があったのだ。主たちを囮にしたとも考えればどうだ?」
「理屈では納得できる。しかし──」
普段、燈の前では躊躇なく即決するノインが珍しく承諾を拒んでいた。式神は嘆息し、こう切り返す。
「ならば、この空間を作り出しているモノの正体を突き止め、
正解。それはノインにとって最も欲しがっていた答えだったのだろう。センサーの付いた目が大きく見開いた。勢い余ってレーザーとか発射しないことを祈るばかりだ。
「了解──これより
(なるほど。恋愛というより、初めての友二人との時間を作りたいということか)
式神とノインはこの空間内に蠢くヨクナイモノ──《物怪》の影を追って、行動を開始した。
***
お昼時のレストラン街は人ごみが多く、燈と龍神は気分転換も兼ねてパレットタウンの外でランチを取ることにした。
幸運にもパン屋があったのでそこで昼食を購入する。二人が店内を出ると潮風が少女の頬を撫でた。
「わあ……思った以上に風が強いですね。それに結構寒い」
こんな所で食事が出来るのだろうか、と不安が募る少女だったが──
水の広場公園に向かうと急に風が止み、気のせいかぽかぽかと春のように温かくなる。そしてそれは不思議な気配がした。誰もいないはずの公園──けれど、なにかいる。
(式神とは……違う? 敵意はないみたいだけど……視線は、感じるような)
少女はキョロキョロと周りを見渡すが、それらしい姿はない。それを見やって龍神は繋いでいた手を少しだけ強く握った。
出来るだけ驚かせないように、彼は言葉を慎重に選ぶ。燈の
「姫は《鵺》など強烈なアヤカシは見えるようですが、その辺に浮遊する微弱なアヤカシなどは見えない状態なのでしょう」
「はい、その通りです。……って、神様。よくわかりましたね」
一瞬、龍神は背中に滝のような汗が流れ落ちたが、眉一つ動かさずに言葉を続けた。
「……挙動不審な行動をしていれば誰でも気づきます。……しかし、ご安心ください。ここにいるモノたちに害はありませんので」
龍神に倣って燈は周囲をもう一度見渡した。
刹那──さきほどまで芝生の上には誰もいなかった。だが、今は不思議な生き物たちが芝生に密集していたり、空に浮遊しているのだ。はっきり言ってしまえば、その空間だけ見える景色そのものが薄く──より現実味が欠けているような印象だった。
否、燈は目を疑った。
空に淡い桃色の花びらが舞い、芝生からは様々な草木が伸びていく。まるで草木は生き物のように踊り、舞いながら成長していった。
「あの、神様……!」
「見えましたか。彼らがアヤカシ。アヤカシはどこにでもいて、そしてどこにもいない……。つまりは、その人自身の心の持ちようで見えもするし、見えなくもなる」
「私が見えるようになったのは……神様が手伝ってくれたんですか?」
燈の言葉に龍神は首を横に振った。さらりと長い銀の糸のような髪が靡いた。
桃色の花びらが舞う姿はまさに神々しく、少女は改めて隣にいる彼が神様なのだと再認識する。
(神様って割には気をつかってくれて、優しんだよな。……まあ、《
「私が見えるようにしたのではなく、姫が自分で
「うん、そうかもしれない。でも、隣にいて誰かが誰かのために、気付かせるキッカケをくれたのは、とても素敵なことだと私は思います。今の神様みたいに」
龍神は絶句した。少女のそれは単なる言葉で、どこにでもありふれた
「………どう育ったら、
龍神の唇が薄らと笑った。しかしそれは少女を卑下するものではなく、むしろその逆。愛おしむ想いがにじみ出ている。
「神様、今笑った?」
「いいえ」と囁くように呟いた龍神の声は、燈には届かなかった。なぜなら──
「んー。いい雰囲気なところ、悪いのだがそろそろ本格的に動いてはくれぬか?」
燈と龍神の間に姿を見せたのは、額と目の淵に朱色の紋様がある、真っ白な猿だった。
***
一方そのころ──
パレットタウンの施設内を足早に闊歩する二人がいた。
式神は黒狐の姿だったが、施設内の異変に気付きいつでも戦えるように鎧武者へと姿を戻した。緋色の大鎧に黒光りする大刀を佩刀し、人混みを風のようにすり抜けて駆ける。甲冑の金属音などなく、また足音すらない──
(ここに居る者たちのほとんどは、この空間が作った
『式神。奥の絵画を』
ふと、先行していたノインが式神の脳裏に聞こえた。一時的に影に入ったことで念話が可能となったのだ。とはいえ、ノインは神の転生者であるため常人よりもアヤカシなどの声を聴く能力が高い。
素早く式神は階段奥の壁に飾ってある絵画を睨みつけた。
立派な額縁に飾られた絵画──『大蛇の神ピュトンに打ち勝つアポロン』。本来はルーブル美術館の、アポロンの天井を飾っている絵を模写したのだろう。しかしその絵には欠けている部分があった。
「ん? 絵の大枠が妙だな」
「肯定──この絵画には肝心の
「蛇。この空間を作った元凶は、蛇関係のアヤカシ? ということになるのか」
アヤカシは移ろうものどこにでも存在し漂う。そのアヤカシに人間の心の闇が結びつくと、厄災となる《物怪》へと変貌を遂げる。
それらを祓うには《心の闇》が何か知る事、そして《アヤカシの正体》とその起源と象徴を理解して初めて《退魔の刃》が意味を成す。それ以外にも方法があるが……。
先の《鵼》退治は龍神の助力があったからこそ、燈は祓うことが出来たのだ。
「この施設に設置されている絵画二五六点のすべては、蛇に関するものだった。しかし、実際に絵画には蛇の絵は一枚もない。となれば──」
カツカツとヒール特有の靴音を響かせて近づく人影が一つ。この雑踏の中、不気味なほどその足音が式神とノインの耳朶に届いた。
「……!」
「何者だ……」
反射的にノインと式神は振り向きざまに臨界態勢を取った。ノインはホルスターからレベッタM92を二丁取り出し、式神は大剣を抜こうと居合の構えを見せる。
「嗅ぎまわっているのは、お前たちね」
白金の長い髪、喪服に近い黒のスリットドレスに身を包んだ女性。顔には般若の面をかぶり、柘榴のような赤い瞳が面の奥から爛々と輝いて見えた。ゾッとするほどいい女だが、それと同時に、頭から突き出している黒い二本の角が決定打だった。
人外のモノ──しかし、アヤカシや《物怪》とは比べ物にならない闇。邪気を纏っている。それは死という概念を数十倍にも圧縮された
「デュフフフ……。意外と頭が回る連中じゃないの」
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