第2話 燈と愉快な仲間たち?

 ***


 振り返って浅間龍我あさまりゅうがを見た瞬間、秋月燈あきづきともりと式神は思わす噴き出した。ノインは必死に耐えているが、腹筋が先ほどからピクピク震えている。

 全身赤い服に白い袋。白いおひげもつけて完璧なのに、その体躯と眼光のせいで、似合わないサンタが佇んでいた。


「かかかっ! いやー長生きはするものだな! なんという珍妙な……ぷぷっ」

「し──浅間さん!? ぷっ……な、なんてものを着ているんですか!? 完全完璧に真っ赤なサンタ服だけど、に、似合わないぃい……ぷぷぷっ。戦うサンタさんですか? なんで浅間さんがサンタの服を着ているだけで、こんなに面白いんだろう!? あーくるしー」


 燈と式神は声を大きくして笑い転げる。考えてみてほしい。

 警察庁──《失踪特務対策室》室長、浅間龍我。エリート中のエリート。数千年を生きている神様現人神。これだけ設定が盛り沢山な彼は、全長二メートルの巨体に、窮屈そうな全身真っ赤なサンタ服を着こなしている。どう見ても子供にプレゼントを配るような面ではない。むしろ子供がサンタに対してトラウマになるレベルだ。


(仁王様がサンタ服着たようなもの……あ、想像したら……ふふふっ)

「どうした?」

「ぶっ……。ししょ──浅間さん。あははは……そ、その恰好ど、どうしたんです?」


 今なら笑い悶えて死ねると燈は思った。もはや後ろにいるトナカイ扱いの神獣について突っ込む暇がない。


「ああ。面倒だがどうにもこの姿でないと、この空間内に留まれないようだ。《役割》の関係上、何らかの意味があるのだが、まあ気にするな」


「無理です!」そう言いかけた時、体を九の字にして笑いを我慢していたノインの腹筋が崩壊しいった。


「ぐふっ……!」

「ノインーーー!!」


 白い石畳に倒れるノインに、燈は駆け寄って体を抱き起した。


「ぐはっ……。腹筋の過剰反応によりエラー、エラー……。自己修復まで時間算出……」

「ばか、我慢しないで笑えばよかったのに! あんな面白いもの浅間さんのサンタ姿を見て、笑うのを我慢とか腹筋が死ぬって!」

「失礼極まりないな、貴様」


 燈は浅間を指さしてノインに遅い忠告をする。遠くで浅間が「指差すな」と言っているが、少女とノインは華麗にスルーした。


「フッ……視覚トラップ効果がこれほどまでとは……。もっとお笑いを見ておけばよかった……」


 がく、と自動回復が作動したのか、ノインは意識を手放した。


「ノイン! って、ちょっ、重い……」

「なんだ、この茶番」と浅間と式神は終始見守っていた。しかし、燈が困っているのを見かねて式神が動いた。

「はあ、仕方あるまい……」


 式神は黒狐のまま宙返りをすると人の姿へと変えた。緋色の大鎧に身を包んだ、鎧武者になると、伸びているノインを軽々と持ち上げて肩に担いだ。

 大鎧で全長二メートルに近い背丈。長い黒髪に、兜と同時に二本の角がそそり立っている。


「式神、ありがとう」

「ん。気にするな」


 状況を見守っていた浅間は少女に声をかけた。


「……秋月燈。これを好きに使え」


 投げられた白い布袋を燈は慌てて受け取った。手にすると見た目以上に重い。


「え、浅間さん?」

「貴様へのクリスマスプレゼントだ」


 浅間の心遣いに燈は、ウキウキしながら布袋の中身を開けた。

 贈物ブツを見た瞬間、少女は凍りつく。


(さ、札束!? しかもなんか銀行強盗して手に入れたっぽく見えるのは、気のせいかな?! 気のせいだよね!)


 燈は嫌な汗がだくだくと流れ落ちた。早くもゲシュタルト崩壊を起こしかけるが、ギリギリのところで踏みとどまる。少女は意を決して浅間に問うた。


「ええっと……。ししょ──浅間さん。このお金の出所って……?」

「気にするな。足はつかん」


「いやああああああああああああああああああああああ」と心の中で叫ぶ。だが、少女はすぐさま言葉を切り返す。


「ししょう! 私も一緒に警察に行きますから、自首しましょう!」

「…………」


 燈は冗談などではなく百パーセント本気で言っているので、浅間も怒号で頭ごなしに叱る気にはなれなかった。眉間に皺を寄せながら、彼は大人の対応を心掛ける。


「秋月燈、俺の職務を忘れているだろう」

「けーさつかん? じゃあ横領!?」

「よし、今すぐそこになおれ。俺自らその根性を叩き直してやる」

(ひいぃいい!?)


 燈の脳内にゴールデンウィークの悪夢が蘇り、一気に顔が青ざめた。


「しかし、こんな大金を出せるだけのポケットマネーがあったとはな」


 鎧武者式神が思わず助け船を出す。心の中で悲鳴を上げていた少女は、救いの神式神に心から感謝した。


「他にも事業展開しているからな。裏稼業みたいなもんだ」


 燈と式神は同時にマフィア的な暴力団関係か、殺し屋みたいなものを真っ先に想像した。だが、浅間は何を想像したのか察して「紅茶専門店だ」と言葉を付け加える。


「ちゃ?」

「茶?」


 燈と式神はそろったように小首を傾げた。


「そうだ。俺は深紅薔薇クリムゾン・ローズ社の設立者だ。もっとも今は表に出てはいないがな」


 燈は今度こそ悲鳴を上げた。深紅薔薇クリムゾン・ローズ社──この国の飲食料の大半を賄っている大手企業。その上、近年ではロゴのデザインを使用した、シャツやパーカーなどの衣服展開にも乗り出している。


「せ、設立者?」

「まあ、数千年生きていればいろいろある。それに何かをなすのに、やはり軍資金は必要だからな」


 ありえないと燈が衝撃を受けていたが、手に持っている札束の重みに気付き話を戻す。


「横領じゃなくて良かった。……じゃないいいいいい! あのですね、未成年にこんな大金持たせたら駄目ですって!」

「手間を省いてやったんだ」

「ん? ……というと」

「なんだ、まだ気づいていなかったのか? 任務だ。この空間を出るためにも《条件》を満たしてもらうぞ」

「へ? 今なんと……?」


 とぼけた声を上げた燈に、浅間のこめかみに青筋が浮かび上がる。


「だからだ。まだうだうだいうなら、俺が強制的に連れまわすが?」


 燈は冷や汗が噴き出た。そのお誘いオーダーは自分から死地に飛び込むと同義だ。

 少女は全力で首を横に振った。


「い、いえ! ししょ──浅間さん、《軍資金》はありがたく使わせていただきます!!」


 燈は一目散に近くのレディースショップに駆けこんだ。

 それを見送って式神は浅間へ視線を移す。

 全身赤い服に白い袋。白いおひげもつけて完璧なのに、その体躯と眼光のせいで、サンタからほど遠い何かになっている。もはやサンタと言うより殺し屋が頑張って変装したという感じにしか見えない。


「かかかっ」と苦笑い交じりに式神は浅間へと声をかけた。


「我が主への後押しに、感謝の言葉をかけるべきか?」

「いらん、これも仕事だ。山の神山王摩利支天喧嘩馬鹿が、面倒をおこした尻拭いできているだけにすぎん。それに貴様らも恐らくは、そのために呼ばれたんだろう」


 浅間はさらっとこの空間に引き込まれた理由を告げた。

 秋月燈は記憶喪失ゆえ忘れているが、元々は警視庁失踪特務対策室の一人だ。だが、今年の春に除籍扱いになっている。


「ほう。ということは、《物怪退治》もまた一筋縄ではいかないということか」

「ああ、どうやら制限が多いようだ。特には、この空間内において力の制限を受けている。そのため、今回は俺や龍神の力はあまりに当てにするな」


 式神は合点がいったのか小さく頷いた。


「委細承知。なに、いざとなれば某がなんとかしよう」


 しかしその言葉の意味には、主である燈のみの安全しか含まれていない。それを知っていながら、浅間は言及することは無かった。


「そうだ。もしに似たモノとを見かけたら用心しろ。なにやら蠢いているようだからな。《物怪》と関わりある可能性が高い」


 浅間はそれだけ告げ、神獣が引くソリに乗り込むとその場を去って行った。


(鳥? それに蛇……? いや、それよりも……なぜトナカイの代わりに神獣の麒麟きりん白澤はくたくを使っているのか……。聞くべきだったか)


 式神は色々考えたが忘れることにした。


 ***


 ファンシーな服装を取り揃えているレディース店の中で燈は悩んでいた。コートといっても種類が豊富で選びきれないのだ。

 一応、戦闘がある可能性を考慮して、カーキ色のオシャレなモッズコートか紺色の厚手ウールを使用したPコートが打倒だろう。どちらも温かく、機能性がよい。


「ん……」

「白は無いんですね」

「まあ、白いコートは汚れが目立っちゃうからね。この冬を着こなすなら色は落ち着いた方が……」


 ふと燈が声へと振り返ると、隣に龍神が立っていた。

 白銀色の長い髪を軽く一つで束ね、軍服に似た白のロングコートを羽織っている。コートの中は灰色のタートルネックに、黒のズボン、こげ茶色の皮靴と普通の人間のような格好をしていた。


「え」

「おや、予想以上に間抜けな顔ですね」


 燈は驚きのあまり両手に持っていたコートを落した。


「ええええええ!? な、な、なんで神様が? というか普通の服装!」

「店内では静かに。それとなんですか、その感想は」


 龍神はジッと酸漿色ほおずきいろの瞳を少女に向ける。威嚇のつもりはないが、たいていの人間はその色に怯えを見せてきた。

 しかし、この少女は──


「いやなんというか、いつも和装なので新鮮だなと。それに人に見えます!」

(普段、私は姫にどのように思われているのだ?)

「それにセンスがいいんですね、カッコいいですよ」


 少女から尊敬の眼差しを受けても、龍神の表情は一ミリも変化しなかった。ただ内心では狂喜していたのは言うまでもない。


「それより、ノインとプレゼント交換をするようですが……私も参加しても?」

「はい。ししょ──浅間さんから《軍資金》は頂いてますので、あとで請求されて大丈夫な金額の買い物をする予定です。それに日ごろお世話になっている人には、全員買おうと思っていましたし」


 現実的リアリストと言うか少女は、しっかりしていた。それを聞いて龍神は安堵する。


(まあ、プレゼント交換って、一人ずつプレゼントを持ち寄り輪になってクラスメイトとプレゼントを回していく……。っていうのだったような気がするけど、浅間さん、式神、ノイン、神様のメンバーでプレゼント交換したら……。中身が怖いから絶対にやりたくない……。というか絶対に日用品で使わないモノとかセレクトしそう……)


 燈は浅間から札束の袋を貰った段階で、全員にプレゼントを渡すという選択を選んだのだ。少女の気苦労を知らない龍神はただ唇を開く。


「そうですか。それはよかった、なら──」

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