第2話 足りなかったもの

「何かあったら、ここに連絡してね」

女の子からメモ用紙を渡されていた。


そこには、住所が書かれていた。

知らない住所だ。


宛名もない。

「集中しろ」ということか・・・



翌日、俺はいつもどおりに公園に行った。

もちろん、絵を描くために・・・

あの女の子の姿はなかった。

「約束の日までは、会わないということか?」


心のどこかで、女の子に会うのを楽しみにしていた自分がそこにいた。


その日はそれで帰った。

自宅のアトリエにこもる事にした。

まあ、アパートの一室なので、たいしたものではないが・・・


ちなみに仕事は日雇いで、最低限の生活費だけを稼いでいる。

そのために、テレビやパソコンもない。


電話だけは、引いておいた。


「さてと、何を描こうか?」

思えば、人のために描くのは、初めてだ。


あの女の子の事を思い浮かべた。

そういえば、名前すら知らなかったのを、思い出した。


もう、考えても仕方ない。

俺という人間を知ってもらおう。

そして、古いスケッチブックを手に取った。


めくってみると、お世辞にも上手くない。

でも、味わいのあるテイストがあった。

俺は大切なものを、失っていた。

その事に気がついた。


そして、そこにあったスケッチブックの絵、

つまり、子供の頃に描いた客たーたち。

この子たちを、白いキャンバスで遊ばせてあげよう。


そう思い、白いキャンバスに、出来る限りのキャラクターを描いた。

自慢じゃないが、数だけは多い。

出来る限り描きつくした。


そして、約束の日、公園にその女の子はいた。

「お兄さん、久しぶり」

「久しぶり・・・って、その格好・・・」

女の子は、女子高生の制服を着ていた。


「もしかして、私のことを、ニートとでも思ってた?」

「いや、何だか新鮮だなと・・・」

「ありがとう。それで、出来た?」

「ああ、一応は?」

俺は、鞄の中から、描きあげたキャンバスを女の子に見せた。


白かったキャンバスは、キャラクターたちで埋め尽くされていた。


「そうよ。お兄さん。これよ、これ。私が見たかったのは?」

「えっ」

「お兄さんは、自分に嘘をついていた。自分の描きたい物を描いていなかった」

「えっ」

「心をこめて描いた絵には、魂が宿るの。でも・・・」

「でも?」

「以前のお兄さんの絵は、上手かった。でも、死んでいたわ」

傍から見ても、そう見えたのか・・・

俺は何をやってたんだ。


「でも、この絵は違うわ。見てこの子たち、とても幸せそう。

お兄さんに、「ありがとう」と言ってるわ。生きている」

「わかるのか?」

「うん」

女の子はにっこりとほほ笑んだ。


「じゃあ、約束通り、この絵はもらうわね」

「いいのか?」

「うん、大切にするね」

そういって、女の子は去って行った。


「そういえば、まだ名前を知らない」

「それは、やめておこうよ。お兄さん」

「えっ」

「お互い知らないままのほうが、いい思い出になるよ」

「確かにそうだが・・・」

「じゃあ、お兄さん、いや、がんばってね。ギュウちゃんさん」


俺は驚いた。

ギュウちゃんと言えば、かつて俺がラジオ職人だった頃のペンネーム。

毎回イラストを描いていた。


そのDJは結婚をして、女の子を授かった。

丁度、あの子くらいの年頃になってるはずだ。


「そうか、そういうことか・・・」

ようやく理解出来た。


「約束は、果たさないとな」

足りなかったパーツは、正直さ。


「ありがとう」

俺はそうつぶやいた。


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残されたパーツ 勝利だギューちゃん @tetsumusuhaarisu

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