行動で示すのはできるのに
「わあーーーーーーっっっ!」
「うおーーーーーーっっっ!」
ふたりの接戦にわきあがる会場。
プロの試合ではなく、大学生の試合だけれど、冬だというのに夏より熱気がすごい。
生でスポーツ観戦なんて、初めての私。
別に嫌いじゃないけど、この勢いについていけないから苦手だったりする。
運動じたい、苦手だし。
まあ、そんな私がバドミントンの観戦なんてしてるのにはもちろんわけがあるのだけど。
ピピーッ。
笛が鳴って、試合が終了した。
勝ったのは、背が高い方の人、今どき珍しい銀縁眼鏡をかけている人、髪の毛が短い方の人、
そして、私の彼氏。
思ったよりうまくて、強くて、かっこよくて、惚れ直したのは内緒。
はあ、なんで男の人って、何かを頑張ってるだけでかっこよく見えるわけ?
むかつく。
って、それどころじゃなくて!
――――――――――――――――――――
試合が終わって、がやがやしたロビー。
入口付近で、待ち伏せする。
もちろん、彼氏を。
そもそも、どうして私が電車に3時間も揺られてこの試合を見に来たかというと、彼氏とケンカしたから。
1度は彼氏の試合を見たいと思っていたけれど、さすがに今回のは遠いから見に来るつもりはなかった。
でも、ケンカが原因で、私は見に来ることにしたのだ。
ケンカしたのは、3週間前。
彼氏と私は同じ大学なのに、それから、1度も口を利いてないし連絡だってとってない。
だって、距離を置こうって言われちゃったから。
ケンカのきっかけは、すごく些細なことだった。
だから、細かいことは覚えてない。
距離を置くことになった理由は、
『私が彼氏のことを好きなのかどうか、彼氏がわからないから。』
簡単に言えば、私の愛情表現が足りないらしい。
たしかに、私は彼に、好きとかそういう類のことは言ったことがない。
でも、彼だって、告白してくれたとき以外は私に言ってくれてない。
そう彼に言ったら、「そんなの、おまえが俺のこと好きかどうかわかんねーから言えねーの」と返された。
まあ、そうだよね。
私なんて、誰かと付き合うのは彼が初めてだし、もっと言うなら恋をすることじたい初めて。
初恋の相手が彼なんだよね。
このことは、彼は知らないんだけれど。
別に、女子校に行ってたとかじゃないけど、まわりに男子は普通にいたけど、なんか恋をしなかった。
だからね、言い訳かもしれないけど、どう接すればいいかわかんないの。
どういうことをすれば嫌われちゃうのかなあ、とかそういうことしか考えられない。
当然、好きって口に出すことなんかできなかった。
それに、私と彼は付き合う前から、顔を合わせれば言い争ってるような感じだった。
本気の言い争いとかではなくて、まあ、なんか、お互いがちょっとムキになっちゃってるだけなんだけど。
「はあ!?
あんたがこぼしたからこの服汚れたんじゃん!」
「おまえがそこにいたのが悪いんだろ?」
みたいなね。
まわりからは、仲良いね~、って言われてたし。
こういう事情もあって、恋人らしくすることができない。恥ずかしい。照れくさい。
だから、付き合ってからも付き合う前と比べて私達はあんまり変わらなかった。
逆に、こんなんでお互い両想いだったのが不思議なくらい。
そういうわけでして、私はここまで来た。
距離を置くってなってそのまま別れるのは嫌だし。
行動で示せば少しは許してくれるかなって思ったから。
普通、好きじゃないのに三時間も電車に揺られて試合見に来るなんて、ないと思うんだけどな。
ちゃんと、差し入れとして彼が好きなアルフォートも買った。
生茶も買った。
話しかける最初の言葉も考えた。
"試合お疲れさま。今までごめんね、好きだよ"
何回も、口のなかでもごもご唱えて練習した。
それなのにやっぱり、勇気がでない。
ひとりでそそくさと会場を出て外に行く彼の背中を一定距離を保って追いかけることしかできない。
私に恋愛なんて、無理なのかも。
カシャカシャと、アルフォートと生茶が入ったビニール袋が虚しく音をたてる。
ただでさえ、私よりうんと背が高いのに、スタスタ歩くものだから小走りじゃないとすぐに距離が開いてしまう。
ドテッ。
彼の背中ばかり見て歩いていたから、目の前の段差に気付かず転んでしまった。
痛っ。
手から離れて転がったビニール袋に、ビニール袋から出てしまったアルフォートと生茶を慌てて入れた。
ひざがジンジンして、痛みに歯を食いしばりながらやっとのことで立ち上がる。
「なんでいんの?」
「ひぃっ」
目の前に彼が立っていて、思わず後ずさりする。
頭が真っ白で、なにも考えられない。
何て言えばいいんだっけ。
「なんでこんなとこいんの?」
握ったビニール袋にぎゅっと力を込める。
視線をさ迷わせたまま答えずにいると、少し苛立たしげなため息が聞こえた。
「おい」
うわ、今度こそ振られる、振られちゃうって!
もう、何がなんだかわからなくて、とりあえず世の中の女の子を尊敬した。
すごいね、好きとか普通に言えちゃうんだね、なんで言えるんですかぁっ!?
「こ、これ、あげる」
ビニール袋を彼の手に押し付けて逃げた。
ああ、あのなかに手紙でも入れておけば良かった。
直接なんて、私には無理だ。
でも、手首をつかまれて、ぐいっと、いとも簡単に引き戻された。
「なんでここにいんのか聞いてるんだけど」
あーもう、何て言えばいいんだっけ。
わっかんない!
「、っき、、、ら、、、んでしょっ!」
「あ?聞こえねー」
「好きだからに決まってんでしょ!ばか!」
再び逃げ出そうとするも、手首をつかまれていて出来ない。
もう無理、恥ずかしい、沸騰しそう。
私にはすごいダメージなのに、彼はまったく動揺せず、何も言わずに私があげたビニール袋のなかをのぞきこんだ。
「ふーん、こんな遠くまで試合見に来て、俺の好きなもの差し入れで買っちゃうくらい俺のこと好きってことでいい?」
「は、はあー!?」
「違うわけ?」
「……………」
「どうなの?それとも、ただ単に彼氏という存在を失いたくないだけ?」
「ち、違うし!
んなわけないでしょ!?」
「じゃあ、俺のこ」
「はいはい、そーですよ、あんたのことが好きなんだよばか!なんか文句ある!?」
「はあ、なんでそう、素直じゃないかなあ。
もうちょっとデレてくんない?」
「は!?
で、デレッて、は!?」
「ぷはっ、かわいい。」
「……は!?」
「かわいい。
ありがとな。
俺も好き。」
「………………」
「……」
「あんたはいいわけ!?
私なんかと付き合っててさ。
こんな、可愛いげがなくて、素直じゃない人でいいわけ?
もっと、可愛くて、愛嬌があって、彼氏のために尽くして、」
「ごちゃごちゃうるせーな。
そんなこと考えてる暇あったら、俺に好きって言ってろ。」
「あたしは真面目に考えて言ってるんですけど!」
「あっそ。
それなら、とんだ見当違いだな。
おまえは今まで、俺の何を見てきたわけ?」
「はあ?」
「俺が、おまえ以外のこと好きって言ったことでもあるか?」
「そんなの知らないけど。
でも、距離置こうって言ったじゃん」
「別にお前のこと嫌いになったわけじゃねーよ。
これでなんにもお前がアクション起こさなかったら別れようと思っただけ。」
「……私の気持ちを確かめるために?」
「当たり前だろ、他に何があんだよ」
「……ごめん」
「まあ、もういいけど。
で、試合の感想は?」
「え?
いや、私、バドミントンのこととかよくわかんないし」
「わかんないなりに言えよ」
「思ったよりあんたが強くてびっくりした」
「で?」
「それだけ」
「あっそ。」
「……まあ、かっこよかったんじゃない?」
「ふーん。」
「……」
「おまえさ、普段はズバズバ言って、いろいろ突っかかってくるくせに、恋愛になるとおとなしくなるのな。」
「な!?
別に、しょうがないじゃん」
「なんで?」
「……恋とかしたの、初めてだし。
って、なんでもないから! 忘れて!」
「は? まじで言ってんの?」
「そうだけど、悪い!?」
「いちいち突っかかってくんなって。
そうかー、俺が初恋の相手かー、そりゃあ、慣れないわなあ。
そうかそうかー、」
「うるっっっさい!!!
にやにやすんな!」
「はいはい、照れんなって。
それじゃ、帰るか」
隣で満足そうに笑う彼には、たぶん一生敵わない。
でも、敵わなくてもいいや、なんて思ってしまう。
さりげなく手を繋がれて本当に沸騰しそうだったから、目一杯力を込めてやったら、逆に力を込められて手が折れそうだった。
痛いわバカ。
やっぱり、敵わないらしい。
でも、好きって気持ちがあれば、なんでもいいかな。
ふふっと頬が緩んでしまう自分が気持ち悪いけど、それもなかなか悪くなかった。
(おしまい)
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