会いたいから会いに行く
初めて通る慣れない道をスマホの地図を頼りにあるく。
ん?どっちの道だろう・・・。
地図を読むのがどうも苦手でときどき立ち止まっては小さな画面とにらめっこの繰り返し。
うわあ、これでたどり着けなかったらシャレにならない。
こんなに面倒くさいことをしなくても手っ取り早い方法はあるんだけれど、私が臆病なせいで出来ないのだ。
平日の午後3時42分。
私は今、ある大学に向かっている。
2か月前に付き合ったのはいいものの、それ以来1度も会っていないことに加えて連絡すらもとっていない年上の恋人に会いに行くために。
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ふう。
○○大学と書かれた正門が目の前に現れ、ほっと一息つく。
とりあえず、着いたけれど。
・・・先輩をこの中から探すのかああああ。
ガヤガヤと大量の生徒が正門から次々と出てくる。
まだ帰ってはないはず。
先輩の学部がある棟の近くまで行ってみるかここで待機するか。
うーむ。
と、というか。
本当に先輩に会うの、私?
会っていいのね、私?
今日この質問を自分で自分にぶつけるのは何回目だろうか。
だ、だって、自然消滅とか嫌でしょ?
うん、嫌。
私は先輩が好き。
で、でも!
は?もうお前とはとっくに俺の中では別れたことになってるわ、みたいな感じだったらどうしよう!いや、先輩はこんなに口悪くないけどね!?
そんなオーラ出されたら気まずすぎる!
やっぱり付き合ってから2か月も全くコンタクトとってないのは自然消滅してるってことですか?
もう誰か教えてえええええ。
私と先輩は、バイト先で知り合った。
そこでだんだん話すようになり、いつしか両想いになっていたみたいで私がバイトを辞める日に先輩が告白してくれた。
先輩は恋愛なんて興味なさそうな人だと思ってたから絶対にこの恋は叶わないと信じて疑わなかった私にしては飛び上がるくらい嬉しいことだった。
もちろん、その場でお返事をして晴れて付き合えるようになったのだけれど。
私が新しいバイトを詰め込みすぎたせいで空いている日が全くなく、気づけば2か月も先輩に会えないまま過ぎていた。
連絡先は交換してあるけれど、私も先輩もあまり電話とかラインが好きではないので何も連絡をとっていない。
いや、さすがに連絡とりたかったけどね?
先輩は無口で一匹狼な人。
だからなんとなく、会いたいとか気軽に言えないし(ただでさえ先輩は年上だからいくら付き合っているといってもこちらからは連絡しにくい)、ラインで他愛もない話とかできればいいんだろうけれどそれもできない。
まあ、会えない原因は私なんだけどね!?
付き合った日に、先輩に今度どこか行こうと言われ今のところ空いている日がないと伝えたら、空いている日できたら連絡してと言われたものの空いている日がついに出来ずに今日まで来てしまったというわけなんです。
はあ~、、。
今日だって、急遽、私が家庭教師やってる子が熱をだしたらしく授業は無しにしてほしいということになったからこうして時間がとれたわけでして。
もう少し早い時期に先輩と付き合ってたらバイト(家庭教師)減らしたんだけどな。とほほほ。
先輩と付き合う前にバイトをもう全て決めちゃってたからね、あーあ。
そういうわけでして、先輩に"今日時間ができたから会いませんか"と連絡をしようとしたものの、ん?待てよ?先輩からこの2ヶ月間、一切連絡来てないし(空いている日できたら連絡してと言われてたからかもしれないけれど)これはまだ先輩の中でも続いているのか?もしかして自然消滅しているのでは?と疑問に思ってしまったわけです。
そして今に至るわけです。
先輩に連絡するのが怖く大学まで来てしまったと、そういうわけなんです。
いや、だって画面越しだと相手がなに考えてるかよくわからないじゃん?
"今日会えますか"とラインで聞いて"いいよ"と返事が来たとしても、あっちは心の中で"え?まだ俺ら付き合ってんの?"とか思ってるかもしれないし。
それに、"今日会えますか"とラインして"予定があるから会えない"と言われたら、そこで引き下がるしかないしもう次いつ会えるかわからない。
"今日会えますか"と聞かずに大学まで来てしまえばとりあえずは絶対に会えるじゃん?
先輩に何がなんでも会いたい!先輩不足!という若干の下心もあるわけです。
いや、これは下心とは言わないか。
好きな人に会いたいと思うなんて普通だよね。
フラれたらどうしよう、自然消滅ってことになってたらどうしよう、なんてここまできてウジウジしているわけにもいかず、私は必死に先輩を探した。
正門からでてくる生徒たちをガン見。
先輩は背が高いから見つけやすいはずだけど・・・って、見つけたっ!!!
一気に胸が高鳴り、心臓が脈打つペースがものすごい勢いで加速する。
うう、緊張しすぎてのどから心臓が出てきそう・・・。
先輩は、耳にイヤホンをして黒いリュックをしょってひとりで歩いている。
ああもう、このまま帰ってしまいたい。
・・・ダメ、ダメ!そんなのだめ!ここで帰ったら絶対に後悔する!
自分を奮い立たせて先輩を追う。
先輩、歩くのはやいな。
少し駆け足で先輩との距離を詰める。
どんどんうるさくなる胸のどきどき。
緊張と、嬉しさと、不安。
様々な感情がごちゃ混ぜで、私の中でせめぎあって、頭がおかしくなりそう。
あっという間に、手を伸ばせば先輩に届く距離になって、ごくりと唾を飲む。
行け、行け、わたし!
トントン、と控えめに先輩の腕をたたく。
先輩が振り返る。
先輩の目が大きく見開かれる。
先輩が慌てて両耳からイヤホンをとる。
「・・・えっ、なんで。」
豆鉄砲をくらったような顔をして私を見つめる。
久しぶりに見た先輩。
久しぶりに聞いた先輩の声。
いつのまにか自分でも気づかないうちに薄れていたらしい感情が、いっせいに溢れ出す。
わたし、この人のことが大好きだ。
「い、いきなり来てすみません!
あの、今日、急遽バイトが無くなりまして、もし先輩の都合がよければご飯でも一緒に行けたらと思いまして」
い、言えた!言えたあああ!
「・・・俺は特に予定ないからいいけど。
でもなんでここまで?」
せ、先輩がクールなのはいつものことなんだけど、こわい、とてもこわい!
どうしても、こわいと思ってしまう!
「すみません。
あのー、あのですね、ずっと連絡してなかったですしもしかしたら先輩の中では私とのことは終わってるのかな、と思ってしまいまして・・・。
それでなんと言いますか、直接会いに行こうと思いましてですね・・・。
えっと、どうなんでしょう、か・・・」
思わずうつむく。
先輩の顔が見れない。
「俺はそんな風に思ってない。
でも、俺も同じようなこと思ってた。
もう、俺とのことは終わったことになってるのかもって。
そしたら連絡をとる勇気すらでなくてずるずるとここまで来てしまった。
ごめん。
正直言うと、今も別れ話をするためにここまで来たのかと思った。
でも、それは違うということで良いんだよな?」
先輩もおんなじこと考えてたなんて。
思わず安堵のため息をつく。
はあ、緊張したあ。
「違います。
先輩とお別れしたいだなんて、私は全く思っていないです。
でも、本当にすみません。
私がバイトを詰め込みすぎているせいでこんなに日が空いてしまって。」
「そんなの仕方がないことだ。
謝ることじゃない。
それに、俺が自分から会いに行くとかアクションを取らなかったのが悪い。
本当にすまない。
俺も、自信がなかったんだ。
まだ付き合っているという自信が。
申し訳ない。
男の俺がこんなんで、だめだよな。」
「いえいえ!
そんなことはないですから!」
「ありがとな。
それにしても。
やっと会えて、俺、今、すっげえ幸せ。
本当にありがとな」
あまり表情を崩さない先輩にふんわりとした優しい笑みを向けられて心臓がどくんと跳ねる。
「私も、です。
先輩にずっと、会いたかったです。」
じんわりとした温かい気持ちが全身に染み渡る。
「ん、俺も。
会いたくて仕方なかった。
なあ、これからは、無理のないペースで電話とかしないか?
あと、迷惑でなければ1週間に1回か2回、君のバイト先の最寄り駅に君がバイトを終える頃行ってもいいか?
そうすれば定期的に会えると思うんだけど」
「えっ、いや、あの、電話はもちろん良いですし、嬉しいんですけど、バイト先の最寄り駅まで来てもらうのはさすがに申し訳ないです!」
「申し訳ないとかじゃなくてだな。
会いたいから会いに行く、ただの俺の勝手だ。
それでもだめか?」
「・・・だめでは、ないですけど。」
「決まりだな。
さて、これから行くところを決めようか。」
「はい!」
私がとびきり元気な返事をすると先輩が穏やかに笑ってくれた。
(おしまい)
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