きまぐれ短編集

けしごム

先輩とあたし



「ここまで来てもらっちゃってすみません」


「いいんだよ、ちょっとでも早く会いたかったから」


待ち合わせたのは私の最寄り駅。

金曜日の20:47。

すっかり外は暗くて街はいつもより少しだけ浮かれてる。

隣を歩く先輩と手が触れて、自然と手を繋ぐ。

何回も繰り返してる一連の流れ。

はたから見ればなんてことのない動作。

それでも私の心臓は毎回大騒ぎ。

先輩の、骨ばったごつごつして大きくて温かい手。

絡み合った指。

歩くたびに私の手の甲で先輩の指が少し動いてそれだけでドキドキの連続だ。



「どうぞ。」

鍵を開けて、ぱちんと電気をつけて先輩を先に部屋に上がらせる。

「お邪魔します」

ちょこん、と小さく頭を下げて、靴を脱いで丁寧に脇に揃えて遠慮がちに私の部屋に足を踏み入れる先輩。

もう何回目ですか、私の部屋に来るの。

もう少し肩の力を抜いて、気楽にしてくれていいのに。

心の距離が最初の頃から全然縮まってないみたいじゃん。

なんて、心の中でちょっぴり拗ねる。


でもいいんだ、先輩はそういう人だし。

謙虚で誠実、女の人に慣れてない。

そういうとこが、好きなんだもん。


お茶でも飲みますか、と声をかけようと思ったら突然、ぎゅっと抱き締められた。

先輩にしては、強い力で。


「ずっと、こうしたかった。」

全身から伝わる先輩の温もりと耳もとで発せられた低くて少し掠れた心地よい大好きな声に、一気に体が火照る。

1ヶ月ぶりの、先輩の腕のなか。

やっぱり、ここが世界で1番大好きだ。


そっと、私も先輩の背中に手をまわしてぎゅっと力をこめる。


ゆっくり体が少しだけ離れたかと思えば、先輩がそっと唇に唇を重ねてくる。

触れるだけの、優しいキス。

うっすら開けた目から見える先輩のオトコの表情。

いつもの穏やかな表情からは想像できない、色っぽくてちょっぴり余裕がなさそうなカオ。

私しか知らない、先輩のカオ。


だんだんキスとキスの間隔が狭くなって、次々と唇を落とされる。

それにつれて、唇の押しつけかたがだんだん荒っぽくなってくる。

息が苦しくなって口を開けば大人のキス。

これでもかってくらいしてやっと顔が離れる。

それで次はきっと、先輩はいつもみたいにこう言うんだ。

「ごめん、これ以上したら我慢できなくなる」

ふふ、やっぱりね。

いつも同じ流れだけれど、飽きたことなんてない。

ほんのり頬を赤く染めた先輩が、いとおしい。

先輩は必ず、いつもここでやめるんだ。

先輩とこの先なんて、したことはない。

でもね、

「わたし、先輩なら手出されてもいいのに」

ちょっぴり今日は頑張って勇気を出してみた。

うっ、とうろたえる先輩。

どうだどうだ、どうくるか。

「そういうことは、っ、気軽に言うものじゃないよ」

いちおう、もっともなことを言ってるけれど目は泳ぎまくっている。

先輩、誘惑に負けちゃっていいんですよ。

「先輩にだから、言うんですよ」

今日のあたしは、ひと味違うんだ。

まだ引き下がらないもん。

「っ、やめて、ほんと、だめ。

そういうこと言っちゃ、だめ。」

余裕のカケラもない先輩。

そのままオオカミになっちゃってください、先輩。

なんて私が思ってるなんて露知らず、先輩はまたあたしをぎゅーっとさっきよりも何倍も強い力で抱き締めた。

「僕は僕なりに君を大事にしてるんだ。

だから誘惑、だめ、ぜったい・・・」

最後の方はとってもちっちゃな声になっていた。

もー、可愛いなあ。



結局、先輩は手を出してこなかった。


今日も私たちは健全です。ふふ。



         (おしまい)

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