Page116:小さな侵略者
翌朝。
今日も模擬戦を行うために、レッドフレアと化組の面々が集まっていた。
ただし頭痛に悩まされている者もいるが。
「うげぇ〜、アタマ痛い〜」
昨夜ワインを飲みすぎたフレイア。
しっかり二日酔いになったいた。
「姉御、飲み過ぎっス」
「お水……お水飲んだのに」
「限度があるっス」
唸るフレイアにライラは容赦ない突っ込みを入れる。
ちなみに顔を青くしたフレイアは、オリーブに背中を摩られていた。
そして男達はというと。
「レイ……やっぱり飲ませ過ぎたんじゃない?」
「言うな。俺もちょっと二日酔い気味なんだ」
「うーむ……これが二日酔いか。あまり気分の良いものではないな」
昨晩、男子寮で歓迎の宴会をした男達。
レイとラショウは派手に酒盛りしていたのだが、徐々に酒飲み対決へと移行。
度数の強い酒の瓶を開けて飲みまくった結果、ラショウが先に潰れた。
その直後にレイが潰れ、タイミング良くアリスによって回収されたのであった。
ちなみにジャックは酒に弱いので、飲んでいない。
「なぁラショウ……模擬戦前に散歩しないか?」
「名案だな。俺も少し休みたい」
「アタシも……ちょっと休ませて〜」
二日酔いのリーダー二人にオマケ一人。
そんな彼らを見て、他の面々は少し呆れていた。
「姉者……お酒って怖いですね」
「サクラは間違ってもあんな飲み方をしてはダメよ」
モモの言葉に、サクラは大きく頷くのだった。
兎にも角にも、このザマでは模擬戦にならない。
仕方がないので、酔い覚ましも兼ねてセイラムシティを巡る事にした。
ヒノワから来た兄妹の観光も兼ねている。
「じゃあ何処から行く? セイラムは見所多いと思うけど」
「あー、ジャック……まずは近場で頼む」
「すまない。レイに同じくだ」
酔いに悩まされているレイとラショウ。
そんな二人に苦笑いしつつ、ジャック達は近場から案内する事にした。
◆
レイ達がセイラムシティを移動し始めた頃。
街はいつものように賑わっていた。
特に今はヒノワから来た操獣者も多いため、商人達が忙しそうにしている。
当然ながら、観光をしているヒノワ人も少なくはない。
元々貿易が盛んな場所でもある。入り乱れる人種も多種多様だ。
故に……幼い子供が一人増えたところで、誰も気にしない。
「〜♪ 〜♪」
白い髪に、白いドレス。
そして大きな絵本を抱えた少女が、鼻歌を奏でながらセイラムシティを歩いている。
「はじめて来たけれど、とっても大きな街ね」
街並みと人の多さを味わいながら、少女ことシャックスは気分を高揚させる。
道行く人々は誰も彼女の事を気にしない。
見慣れない顔が歩く事など珍しくもないのだ。
「さぁブギーマン。最初はどんな遊びをしましょうか?」
絵本に話しかけるシャックス。
正確には絵本の中に入っている魔獣、ブギーマンにだが。
黒いスライムであるブギーマンは、絵本の中から小さな鳴き声を上げる。
「そうね。いきなり街を丸ごと食べちゃうなんて、とってもはしたないわ。せっかく素敵な街にきたのだから、お行儀良く丁寧に遊びましょう」
シャックスの意見に賛同したのか、ブギーマンは僅かに絵本の隙間から顔を見せていた。
「じゃあ最初は誰にしましょうか」
遊び相手を探すシャックス。
ふと、細い路地裏が目に入った。
「……あらあら」
いくらセイラムシティと言えども、治安の悪い場所はある。
路地裏のような場所は、よからぬ輩の溜まり場だ。
シャックスの目には、路地裏でタバコを蒸す人相の悪い男が一人映る。
普通の少女なら涙目で逃げそうな状況だが、シャックスは笑顔で路地裏に入って行った。
「おはようございます。お兄様」
「あぁ? なんだこの餓鬼」
いきなり近づいてきた少女を、男は不審に思う。
そもそもこんな路地裏に九歳程度の子供が入って来ること自体が異常なのだが、男にはそこまで考えつく知性が無かった。
「よければ私と遊んでくださらない?」
「はぁ? 餓鬼が何言ってんだ?」
「まぁ遊んでくれるの! とっても嬉しいわ」
無理矢理にでも遊びに誘おうとするシャックス。
我儘を通そうとする彼女に、男は苛立ちを覚え始めた。
「おいテメェ。痛い目見たくなかったら今すぐ失せろ」
「ダメよ。お兄様は私と遊ばなければいけないんだから」
「ふざけんな! なんでオレが餓鬼と遊ばなきゃいけないんだ!」
「そう怒らないでほしいわ。とっても簡単な遊びを用意したのだから」
そう言うとシャックスは、何処からかサイコロを一つ取り出した。
「ルールは簡単。このサイコロを振って、より大きな目を出した方が勝ち。ただしサイコロを人にぶつけてはダメよ。そして負けたら……罰ゲーム」
罰ゲームという言葉が出た瞬間、男は空気が凍るような錯覚をする。
目の前の子供からは何か妙な感じがする。
しかし男の苛立ちが、その感覚をかき消してしまった。
「先攻はお兄様にあげるわ。どうぞ」
サイコロを手渡される男。
突然子供に遊ぼうと言われた事を、舐められたと捉えた男は、その怒りが沸騰しそうになっていた。
「そうか……そんなに言うなら遊んでやる」
サイコロを手に握る男。
そして……
「大人のやり方でなぁ!」
男はサイコロを力一杯に、シャックスの顔目掛けて投げつけた。
サイコロはシャックスの額を直撃。
彼女の額からは血が滲み出てきた。
「ざまぁみろ餓鬼が!」
血を出すシャックスを見てニヤつく男。
しかし何かがおかしい。
シャックスは泣き声一つ上げず、ただただ無表情のまま。
子供らしからぬ落ち着きで、額の血をハンカチで拭き取る。
「……ルール違反よ、お兄様」
「はぁ?」
「ルール違反は敗北ということ……罰ゲームよ」
妖しい光を宿すシャックスの眼。
ようやく男も彼女の異質さに気づいたが、もう遅い。
男の足元に広がっていた影。その影の中かた黒いスライムが触手のごとく伸びてくる。
「な、なんだこれ!?」
「ブギーマン。しっかり捕まえてね」
必死に抵抗しようとする男だが、ブギーマンの拘束からは逃れられない。
もがけばもがく程に、ブギーマンの拘束はキツくなる。
そして男の身体をしっかり捕らえたのを確認すると、シャックスは持っていた大きな絵本を開いた。
「おめでとうお兄様。最初のページはアナタで決まりよ」
「な、何する気だ! やめろー!」
「さようなら」
シャックスの冷たい別れの言葉。
それが引き金となり、ブギーマンは男の身体を持ち上げる。
そして勢いよく絵本に戻ると同時に、ブギーマンは男の身体を絵本の中に引きずり込んだ。
「やめろ……やめろぉぉぉぉぉ!」
悲鳴を上げる男。しかし全て無駄に終わる。
男はブギーマンの力によって、絵本のページとなってしまった。
「まずは一ページ」
シャックスは満足気に絵本を閉じる。
額の傷はいつの間にか消えて無くなっていた。
「うーん、こういう暗い場所だと時間がかかり過ぎてしまうわ……やっぱり広い場所で遊ぶべきね」
そういう独り言を口にするや、シャックスは路地裏を後にした。
◆
化組の三人を連れてセイラムシティを巡るレイ達。
随分歩いたおかげで、二日酔い組の酔いも治っていた。
「セイラムシティ……改めてヒノワとは違う趣き感じるな」
街の造形を見ながら、ラショウはそう呟く。
セイラムの街並みに文化の違いを感じているのは、モモとサクラも同じだ。
ヒノワの建築物とは違った美しさを堪能している。
「おっ、次は噴水広場だな」
レイは少し遠くにある噴水を見てそう言う。
気づけば第六地区まで来ていた一行。
そして所々修繕した跡がある噴水広場を見て、レイは感慨深いものを感じた。
「あれから時間も経ったんだなぁ」
「レイはここで何かあったのか?」
ラショウの問いかけに、何故かフレイアが答える。
「前にボーツが大発生してね。レイがメチャクチャ頑張ったの」
「腕抉られたのは痛かったな」
笑いながら語るレイに、ラショウは「それは軽く言える怪我ではない」と至極真っ当なことを言った。
ちなみにサクラは後ろで顔を青くさせていた。
痛い話は苦手らしい。
「しかし……美しい噴水だな。ヒノワにはこういうものは無い」
「ヒノワだと憩いの場ってどんなのがあるんだ?」
レイの質問に、ラショウが答える。
「庭園というものがある。詳しく説明すると長くなるが、この噴水と違って落ち着きを表したようなものだ」
「へぇ〜、異国文化って面白いな」
噴水広場に集まっている人々を眺めながら、レイはそう呟く。
ラショウ達兄妹は、噴水の美しさを眺めていた。
「そういえば、ここは男女の二人組が多いのね」
ふと、モモが広場を訪れる人を見てそう口にする。
「あっ、ココって所謂恋人達に大人気の場所っス」
「なるほどね」
「こ、恋人!」
ライラの答えを聞いて納得するモモ。
なおその隣でサクラは顔を真っ赤に染め上げていた。
それを見て、ライラの中にある悪戯心に火がつく。
「サクラちゃんも彼氏連れて来るっスか〜?」
「かかか彼氏なんて! 私にはまだ早いですよー!」
「気になる人とかヒノワにいないんスか?」
「いーまーせーんー! 私はまだ修行中の身です!」
顔を赤くして否定するサクラを、ライラは可愛く思う。
ちなみにその近くでラショウは「男などまだ早い……まだ早いのだ!」と小さく言っていた。
「そういうライラさんはどうなんですか!」
「ふふーん、ボクはこう見えてデキる女っスから。恋のエリートっス」
ドヤ顔でそう言うライラ。
流石に見かねたレイが突っ込みを入れる。
「嘘つけ。年齢と彼氏いない歴が一緒だろ」
「んなー! レイ君それ言っちゃダメっス!」
「それに恋のエリートって言うけど。ライラの場合は恋愛小説を好んで読んでるだけだろ。思いっきり素人じゃねーか」
「失礼なこと言うなっスー! 姉御よりは素人じゃないっスー!」
「お前比較対象がフレイアで本当に良いのか?」
若い女性に人気の恋愛小説を理解できず。
異性という概念があるか些か怪しい女、フレイア・ローリング。
そんな彼女を比較対象に出す時点で、ライラの素人っぷりが見えたレイであった。
「あー、サクラ。ライラの言うことは真に受けるなよ」
「ちょっとレイ君!」
「あとウチのチームに恋愛相談するのはやめとけ。まともな答えを出せる人間はゼロだ」
レイの主観だとこうなる。
恋愛幼稚園児のフレイアを始めとして。
素人のライラ。バブみモンスターのオリーブ。ヤベェ奴のマリー。
そしてチームメンバー以外の異性との付き合いを避けがちなジャック。
いずれも恋愛相談をする相手としては不適格だ。
「ちなみにアリスは特にやめとけ。あいつが普通の恋愛をする姿なんて想像できないからな」
ハハハと笑うレイ。
それに反してライラとサクラは顔を青くさせていた。
「あのー……レイ君」
「う、うしろ」
レイは何か冷たい空気感じて、後ろを向く。
案の定、ナイフを手にしたアリスが立っていた。
「レイ? アリスには何ができないって?」
「……あのなアリス。普通の女はナイフを出さないんだぞ」
「恋愛が……何って?」
「だからナイフをチクチクする奴が普通の恋愛とか痛ァァァ!?」
ちょっと刺されたレイが悲鳴上げる。
なおこのナイフ攻撃に関してはアリス曰く「後で治せるから問題なし」だそうだ。
レイは背中を摩りながら、アリスに土下座をする。
「大変申し訳ありませんでした。もう言わないのでナイフだけは勘弁してください」
無表情でレイに圧をかけるアリス。
今回はちょっと頭に来たらしい。
しばし謝罪をして、ようやくレイは解放される。
「んじゃあ、そろそろ次に行くか」
レイはラショウ達を連れて次の場所に移動しようと考えたその時であった。
胸ポケットに入れてあった
『まてレイ! 何か妙だ』
「どうした?」
『これは……この広場に魔力が広がっている。結界の類か』
スレイプニルの言葉を聞いた瞬間、全員に緊張が走る。
このような広場で魔力を広げるなど、悪意ある何かでしかない。
レイ達はグリモリーダーが入ったホルダーに手をかける。
ラショウ達ヒノワの者も、自身のグリモリーダーを出せるように構えた。
「ラショウ。何か変な奴はいるか?」
「見ただけでは、普通の人間と魔獣ばかりだな」
レイとラショウは広場をじっくり観察する。
それは他の者同様であった。
しかし今広場にいるのは、ごく普通の人々と魔獣。
では誰が広場に結界を張ったのか。
「……兄者、姉者」
「気を抜くなサクラ。どこかに敵がいる」
「いつでも変身できるようにしていなさい」
不安そうな声を出すサクラに、ラショウとモモが尻を叩く。
すると噴水広場に、白い髪の少女が入ってきた。
「……スレイプニル、あの子」
『うむ。結界で閉ざされたこの広場に、難なく入ってきたな』
白いドレスと抱えた大きな絵本が特徴的な少女。
彼女は無邪気な顔をしながら、広場にいる人々を見ていた。
「ふふ。お兄様もお姉様も、とってもたくさんいるわ」
まるで遊び相手を見つけた子供のように、わかりやすく喜んでいる少女。
だが何かおかしい。
レイは少女に形容し難い不安を覚えていた。
「そうね〜せっかくヒノワから来た方もいるのだから……これで遊びましょう!」
すると少女は一生懸命に大きな声を出し始めた。
「今から広場にいる人みんなで、だるまさんがころんだをするわー! 鬼に捕まったら罰ゲームよー!」
セイラムシティ人間には聞きなれない遊びを提案する少女。
急な少女の提案に関心を向ける者は少なかった。
関心を向けた者も意味を理解していない。
だがその一方で、レイ達は何か恐ろしい予感を抱いていた。
「それじゃあ……ゲームをはじめるわね」
ゲーム開始を一方的に宣言する少女。
彼女は後ろを向いて自身の目を隠した。
「だーるーまーさーんーがー……こーろーんーだ!」
短い文章を読み上げると、少女は改めて広場の方へと振り返る。
レッドフレアの面々と化組の三人は、警戒心を強めていたので一切動いていなかった。
しかし、それ以外の人々は少女を気にすることなく動いてしまっていた。
「……動いたわね。じゃあ罰ゲームよ」
そう言うと少女は、持っていた大きな絵本を開く。
そして絵本の中から黒いスライム、ブギーマンの触手が無数に飛び出てきた。
「な、なんだ!?」
「きゃぁぁぁ!」
逃げ惑う人々を次々に捕らえていくブギーマンの触手。
捕まった人々は凄まじい勢いで、絵本中へと引きずり込まれてしまった。
当然それをレイやフレイアが黙って見ている訳がない。
「レイ!」
「あぁ! Code:シル」
「ダメだ! 全員動くな!」
変身しようとしたレイに、ラショウが待ったをかける。
同じく変身しようとしていたライラ達も、モモとサクラが止めた。
「なんでだよラショウ!」
「動いてはならん! これはそういう決まりの遊びだ」
「はぁ?」
罰ゲームの対象になった人々が全員、絵本に取り込まれる。
広場に残った者はレイ達だけになってしまった。
無事に残った者を確認して、少女は笑みを浮かべる。
「あらあら。このゲームを知っているお兄様いるのね。お友達を止めたのは、とっても賢いのだわ」
「……テメェ、何者だ」
動かずに、少女を睨んで問い詰めるレイ。
すると少女は可愛らしく頬を膨らませた。
「もう、レディを睨むだなんて失礼しちゃうわ」
「答えろ!」
「せっかちなお兄様ね。でもいいわ、名乗ってあげる」
少女は自身の影から伸びてきた触手に、大きな絵本を預ける。
そしてスカートの端を摘んで、礼儀正しく挨拶をした。
「はじめましてお兄様お姉様。私の名前シャックス、絵本を作るのが大好きな……ゲーティアの悪魔よ」
シャックスの名乗り聞いた瞬間、レイ達顔が強張った。
特にラショウは彼女の容姿に衝撃を受けたらしい。
「ゲーティア、だと!? こんな幼子が!?」
「ラショウ……これは俺達も初めてのパターンだ」
レイも内心困惑する。まさか子供の姿をした悪魔がいるとは思わなかったのだ。
だが今はそれを気にしている場合ではない。
ゲーティアの悪魔がセイラムシティに侵入してきた。
そして人間に害を成した。それだけで戦う理由には十分だ。
「うふふ。さぁゲームを続けましょう……たくさん私と遊んでね」
戦慄を走らせるレイ達に反して、シャックスは無邪気に笑っていた。
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