Page115:ライラとサクラ

 食堂で夕食を食べ終えたフレイア、ライラ、マリーは、モモとサクラの部屋に集まっていた。

 ちなみにオリーブは下の兄妹が心配なので帰った。

 そしてアリスはレイを回収する為に男子寮に行った。


「それじゃー、歓迎会の二回戦をはじめよー!」


 ウキウキで音頭をとるフレイア。

 部屋にはお菓子とナッツ、そして酒が並んでいる。


「フレイア……貴女よく食べられるわね」

「お菓子は別腹だもん」


 クッキーを頬張るフレイアに、モモはどこか格の違いを感じてしまう。

 ちなみに先程パスタを暴食したモモは酒だけを飲んでいた。


「これは、果実酒かしら? 初めての味わいね」

「ワインだよー。こっちでは定番のお酒ー」

「度数は高めなのね……フレイアが顔を赤くして帰ってきた理由が分かるわ」


 フレイアは「えへへー」と笑みを浮かべる。なおその手にはワイングラスが持たれていた。

 当然顔も赤くなっている。

 そんな彼女を横目に、モモは器に盛られたナッツをつまんでいた。


「つまみの木の実はヒノワと変わらないのね。胡桃の味に安心感を覚えるわ」


 胡桃を食べて、ワインを少し飲む。

 どこか大人びた雰囲気のモモに対して、サクラはお菓子ばかり食べていた。


「サクサクふわふわ〜お菓子美味しいです」

「マカロンはお気に召したようですね」

「ヒノワには無い味で面白いです!」


 マリーに勧められたマカロンを心底気に入ったサクラ。

 幸せの絶頂に達したのか、蕩けた表情になっていた。


「サクラ。そにだらしない顔をやめなさい」

「だって姉者、美味しいんですよ〜」

「まったく……だから貴女は未熟なのよ」


 痛いところを突かれたサクラは、急激に表情を曇らせる。

 そして喉を詰まらせかけたので、慌てて近くにあったシードルを飲んだ。


「ふはっ! お酒も甘い。天国ですか?」

「ヒノワには甘いお酒は少ないのですか?」

「はい。辛口のものが多いです。私は甘いのが好きなのでヒノワのお酒はちょっと苦手です」


 そう言うサクラの顔は、早速赤くなり始めていた。

 そもそも酒には弱いらしい。


 夜も更けて、楽しい歓迎会が進んでいく。

 ふと、モモはある疑問を口にした。


「そういえば、ライラだったかしら?」

「んゆ。ボクがどうしたっスか?」

「いえ、少し気になった事があるだけ。今日の模擬戦で貴女と戦ったわけだけど……貴女の身のこなし方、そして魔法を駆使した武具の生成。ヒノワの忍者でも中々見ない領域の腕だったわ」


 モモの言葉受けて、ライラは「いやぁ〜」と照れた表情をする。


「でもね、だからこそ気になる。貴女に忍者の戦い方を教えたのが誰なのか」


 瞬間、ライラの表情が凍りついた。

 事情を知るフレイアも、少し酔いが醒める。


「あれだけの技量を伝授したという事は、貴女の師はとてつもない忍者のはず。だけど、それだけの忍者が国外に出たなんて話はほとんど聞いた事がない」


 そこまで聞いて、サクラも疑問を抱く。


「たしかにそうですね。ヒノワで有名な忍者の一族は、他国に技術を伝えたりする事なんて、普通に考えたら無いはずです」

「サクラの言う通りなのよ。ライラの動きは我流混じりだけど、間違いなくヒノワの忍者の動きだった。教えられるのはヒノワ人間でなければありえない。いったい誰が貴女に教えたの?」


 しばし沈黙が部屋に流れる。

 フレイアは話題を逸らそうかと考えたが、ライラが悩んでいるように見えたので見守る事にした。

 そして、ライラがゆっくりと語り始める。


「ボクは……混血なんス。お父さんがセイラムの人で、お母さんがヒノワの人」

「そうだったの。じゃあ貴女は母親から忍者の技を?」


 頷くライラ。

 それを見たサクラはなるほどと納得したが、モモには新たな疑問が生まれる。


「もしかして、ライラの母親はヒノワで忍者の一族だったのかしら? そうでないと色々腑に落ちないわ」


 モモの疑問の根底には、ヒノワ独自の文化があった。

 ヒノワには忍者を輩出する一族がいくつかある。

 しかしいずれも、その技術の流出には細心の注意を払っている。

 特に名門と呼ばれるような一族ともなれば、技術は一子相伝となっている事も珍しくない。

 最低でも一族のみで秘匿する場合が圧倒的に多いのだ。

 それらを踏まえて、モモは何故ライラが忍者としての技術を持っているのかが気になった。


「ねぇライラ、教えてくれるかしら? 貴女の母親の家名」


 母の家名を聞かれたライラは、再び固まる。

 しかし少し間を置いて、意を決したように口を開いた。


「カズハ・イハラ……それがお母さんの名前っス」


 その名を聞いた瞬間、モモとサクラは口を大きく開けて驚いた。


「イハラ、イハラですって!? 貴女はイハラ家の血筋だったの!?」

「と言っても、混血のボクはそれを名乗って良いのか微妙っスけど」

「でもそれが本当なら、ライラの技量の高さも納得できるわ。イハラ家の技術を伝承しているなんて……」


 驚きつつも納得をするモモ。

 一方サクラ完全には言葉を失っていた。


「あの、サクラさん……大丈夫ですか」

「は、はい。ちょっとビックリし過ぎました」

「確かイハラ家は、ヒノワでは名門の家だそうですね」


 サクラの背をさすりながら、そう言うマリー。

 そこにサクラが補足説明をする。


「ただの名門じゃないですよ……忍者の一族において、イハラ家に勝る家はありません!」

「それほどなのですか?」

「はい。私達アクタガワ家も一応名門と呼ばれていますが……イハラ家と比べれば月とスッポンです! 比べものになりません」


 サクラの説明に、モモは肯定の頷きをする。


「イハラ家は代々、ヒノワでみかどの守護を任されてきた一族。分かりやすく表現すれば……最強の忍者一族よ」


 最強。その言葉を聞いた瞬間、マリーはようやくライラの凄さを理解した。


「本当にすごいのですね。ライラさんのお母様は」

「イハラ家の者が国外に技術を伝えたのは意外だけど……ようやく腑に落ちたわ」


 色々納得して、再び酒を嗜み始めるモモ。

 しかし一方でライラは複雑な表情を浮かべていた。


「……ボクからも質問良いっスか?」

「なにかしら?」

「ボクのお母さんはずっとヒノワにいるっス……ヒノワでカズハ・イハラって人の話は聞いた事ないっスか?」


 ライラの質問に、モモは難しい表情を浮かべる。


「ごめんなさい。イハラ家の詳細を知る者はヒノワでも少数なの。強さ活躍の話は聞いても、具体的に誰が何をしたのかは……とても私達には伝わってこないわ」

「そう……っスか」


 落ち込むライラ。

 母親の近況を知れると思ったが、そう都合よくは行かなかった。

 気分を変えるために、ライラは手に持ったタンブラーに入っている酒を勢いよく飲んだ。


 そして再び、空気は楽しい歓迎会に戻る。


「そういえばサクラさんの魔法。独特でしたわね」

「はい。カイリと私の固有魔法【桜花乱舞おうからんぶ】です! 任意の分身を作ったり、私自身を隠したりできるんですよ」

「サクラさんは補助専門の操獣者なのですね」

「はい! 兄者や姉者を助けます!」


 胸を張って語るサクラ。

 しかしモモに突っ込まれる。


「今日の模擬戦で最初に倒されたのは誰かしら?」

「うぐっ!」

「補助をしてくれるのはありがたいけど、貴女はもう少し自分自身を鍛えなさい」

「うぅぅ」

「そんなのだからサクラはまだ未熟なのよ。貴女も今年で十四なのだから、自分がアクタガワ家の一員である自覚を持ちなさい」

「……はい、姉者」


 落ち込むサクラ。ライラはそんな彼女を見て、どこか親近感のようなものを感じていた。


「モモ〜、ちょっと厳しくない?」

「良いのよフレイア。あの子は甘えすぎなの」

「そういうものなのかな〜?」


 グラスに入ったワインをぐびぐびと飲みながら、フレイアは頭上に疑問符を浮かべる。

 だがアルコールが回ってきたせいで、一秒もかからず疑問は消えた。


「……私、ちょっとかわやにいってきます」


 早足で部屋を出るサクラを、フレイアは「いてら〜」とゆるく見送った。


「……あれ? かわやって何?」

「姉御、ヒノワの言葉でお手洗いの事っス」

「へぇ〜。べんきょうになった〜」


 ワインを飲み過ぎたフレイア。もうベロンベロンである。

 一方で何かが引っ掛かるライラ。

 酔っ払っているフレイアをマリーに押し付ける。


「ちょっとボクもお手洗いに行くっス」


 そう言ってライラも、部屋を出るのであった。





「はぁ……」


 女子寮の玄関前。夜空の下、サクラはそこに座り込んでいた。


「私って、本当にダメな子だなぁ」

「ポンポコ!」


 落ち込むサクラを慰めるためか、着物の内側で獣魂栞ソウルマークになっていたカイリが実体化して出てくる。

 そしてカイリはサクラの足に頬を擦り付けた。


「慰めてくれるの?」

「ポン!」

「ありがとうカイリ……でもね、悪いのは私だから」


 自責するサクラ。

 ヒノワでは名門と呼ばれるアクタガワ家に生まれた彼女。

 周りからの期待に応えようと努力を続けてきたが、彼女自身には致命的に戦闘能力が欠けていた。

 どうにも不器用なのである。

 手裏剣を投げれば的に当たらず。クナイを使えば指を切って泣く。

 爆薬の調合で誤爆した事数知れず。

 サクラは一部の者からは、一族の面汚しとさえ呼ばれていたのだ。


「もっと強くなりたいなぁ……兄者や姉者みたいに」

「ポンポコォ……」

「うん。やっぱりもっと修行するべきだよね。もっと、頑張らなきゃ……」


 サクラが僅かに狂気染みた決意をしようとすると、女子寮の玄関が開いて誰かが出てきた。

 慌てて振り返るサクラ。


「……ライラさん」

「やっぱりここにいたっス」


 扉を閉めたライラは、サクラの隣に座る。


「なんで私がここいるって」

「勘っス。少なくともお手洗いに行く雰囲気じゃなかったっスから」

「あうぅ……もっと嘘が上手にならないと」


 忍者は敵を騙して輝く戦士。

 サクラは些細な嘘でも見抜かれた自分を責めた。

 しかしライラは優しく彼女に話しかける。


「別にそこまで難しく考えなくても良いっスよ。騙し方なんて時間をかけて覚えれば良いだけ」

「……でも私には、それしかないから」

「だからさっき、修行しなきゃって言ってたんスか?」


 驚くサクラ。どうやらライラには聞こえていたようだ。

 そしてライラは真剣な表情で話始める。


「サクラちゃん。無茶は修行じゃないっスよ」

「えっ?」

「修行ってのは自分の長所を伸ばすためにするもの。欠けている要素を埋めるためにする修行は、無茶と変わらないっス」


 それはサクラにとって、初めて触れる考え方であった。

 食い入るようにライラの話に耳を傾ける。


「今日の模擬戦やモモちゃんの話聞いて理解したっス。サクラちゃんは直接的な戦闘には向いてないっスね」

「……はい」

「だけど補助はできる。だったらサクラちゃんはそれを伸ばせば良いっスよ」

「だけど補助だけじゃ、兄者や姉者足を引っ張るから……」

「……ヒノワの考え方は、お母さんから聞いたことがあるっス。色々複雑で厳しいって」


 ライラの言葉に、サクラは小さく頷く。

 そしてサクラは自身を取り巻く環境について話した。

 アクタガワ家の者として背負った責任。一族からの視線。自身の忍者としての適性低さ。

 それらの話をライラは黙って聞いた。


「私は、もっと頑張らないといけないんです……アクタガワ家の者として、忍者として、立派にならないといけないんです」

「……サクラちゃん。ある男の子の話を聞いてもらっても良いっスか?」

「男の子、ですか?」


 訝しげな様子で、サクラはライラの話を聞く。


「その男の子のお父さんは、最強の名を欲しいがままにした操獣者っス。当然男の子は操獣者に憧れたっスけど……男の子には生まれつき魔核がなかったんス」

「えっ……魔核が」

「多分ヒノワでも聞いたことな無い思うっス。だけど本当の話。その男の子は魔核が無くて操獣者にはなれない身体だった……だけど男の子は諦められなかった」


 ライラの話に聞き入ってしまうサクラ。

 足元のカイリも静かになっていた。


「ソウルインクを使えないならデコイインクを使えばいい。魔装が使えないなら、魔核が無い人専用の装備を作ればいい」

「す、すごい人ですね」

「そして戦うための力は、鍛え続ければ良い……そう考えて、男の子は自分を鍛えて、本当に戦い始めたんス」

「その人……それだけ頑張ったんだから、さぞ活躍したんでしょうね」


 ライラは無言で首を横に振った。


「いくら装備が整っても、本物の操獣者とは能力差がありすぎるっス。そんな状態でボーツと戦い続けたら……どうなると思うっスか?」

「えっ……ボーツって、あの食獣魔法植物ですよね? 相当鍛えた操獣者じゃないと一体倒すのも苦労しますよ!」

「そう。その男の子は街に出たボーツと戦い続けたんス……魔装を使わずに」


 サクラは絶句した。そんな事をすれば普通なら死んでもおかしくはない。


「幸いその男の子はボーツを倒せた。だけど大怪我を負ったっス」

「大怪我で済んだなら奇跡ですよ」

「……話、これで終わらないっスよ」

「えっ!?」

「その男の子は。治療された後も戦い続けたんス。戦って、怪我をして。戦って、怪我をして。それの繰り返し」


 ライラは改めてサクラの顔を見る。


「分かるっスか? 欠けた要素を無理矢理埋めようとしたらどうなるのか。その男の子は装備とかを作る才能はあったっス。だからサクラちゃんも無茶をせずに、自分の長所を伸ばして欲しいっス」


 そしてライラは「もちろん、何か奇跡が起きたら話は変わるっスけど」と付け加えた。

 サクラは少し考え込む。

 自分の長所は理解している。しかしそれは一族の者として胸を張れるものかは疑問である。

 あくまで自分はアクタガワ家の人間。

 忍者として大成すべきだという意識が、サクラの中にはあった。

 だが同時に、ライラの伝えたい事も理解していた。


「私は……変わった方がいいのかな」

「それはサクラちゃんが決めることっス」

「ライラさんはどうなんですか? お母さんがイハラ家の人って事は」


 サクラの問いかけに、ライラは少し困った顔をする。


「イハラ家に関しては、ボクはよく分からないっス。本家に行ったことも無いっスから」


 だけど……とライラは続ける。


「お母さんに近づきたい。お母さんの顔に泥を塗りたくない。お母さんとの縁を切りたくない……だからボクはニンジャしてるっス」

「そうなんですか」

「だけどボクはヒノワに行ったことが無い。本当にお母さんに胸を張れるニンジャなのか分からない。だから……今進んでる道が本当に正解なのか、分からないんス」


 少し俯くライラ。

 目標はある。母のように強く立派なニンジャになる事。

 しかしライラの母はセイラムにいない。

 ヒノワにいると聞いているが、連絡もできない。

 故にライラは前の見えない暗闇をひたすら進んでいるだけなのだ。


「私も……道が正解なのかわからないです」


 サクラは足元のカイリを撫でる。


「私は魔法なら得意です。だけど忍者には向いてません……アクタガワ家の娘としては最低なのかもしれないけど、本当に私が進むべき道はこれで良いのか分からないんです」


 ライラ同じような悩みを打ち明けるサクラ。

 するとライラは一瞬笑い声を出した。


「なんだかボク達、似た者同士っスね」

「そうですね」


 ライラとサクラ間に通ずるものが見える。

 ヒノワとセイラムの忍者娘。二人の間には友情のようなものが芽生えていた。


「じゃあみんなが心配する前に、部屋に戻るっス」

「はい。カイリも戻ろうね」

「ポンポコー!」


 桜色の獣魂栞になるカイリ。

 サクラはそれを着物内側にしまうと、ライラと一緒に部屋に戻った。


 その時のサクラの表情は、どこか軽やかにも見えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る