Page117:恐ろしきゲーム
第六地区の噴水広場から人が減った。
正確にはゲーティアの悪魔、シャックスによって絵本の中に取り込まれてしまった。
現在この場に残っているのはレッドフレアの七人と化組の三人のみ。
「お前、広場にいた人達をどうしたんだ」
ひとまずラショウに言われた通りに動かず、レイはシャックスに質問する。
「罰ゲームを受けてもらっただけよ。あの人たちは素敵な絵本の一ページになっただけだわ」
終始無邪気なシャックスに、レイは恐ろしさ感じる。
絵本の中に人を取り込む魔法など聞いた事がない。
本当に取り込まれた人間や魔獣は無事なのか、レイはそれだけが気になった。
「……スレイプニル。あの絵本からは」
『うむ、僅かだが生命の気配を複数感じる。殺してはいないようだ』
スレイプニルの言葉に安心するレイ。
しかしそれを聞いたフレイアは早とちりしてしまった。
「つまりあの絵本を奪えば良いのね! それなら簡単!」
フレイアはグリモリーダーと
「Code:レッド解放!」
「ダメだ、動いてはならん!」
変身しようとするフレイアに、ラショウが叫び声を上げる。
しかし時既に遅かった。
「残念だけど、手遅れなのだわ」
シャックスが絵本を開いてフレイアに向ける。
その中から黒いスライムであるブギーマンが飛び出てきた。
「赤いお姉様は、罰ゲームよ」
「えっ!?」
一瞬にしてフレイアに全身は黒いスライムによって拘束されてしまう。
そのまま勢いよく引っ張られて、フレイアは絵本の中に取り込まれてしまった。
白紙のページだった箇所に、フレイアらしき少女の絵が浮かび上がっている。
「姉御!?」
「やはりそうか。決まりに反した者を絵本に取り込む魔法だな!」
「どういうことだラショウ!?」
レイは焦りをみせつつ、ラショウに質問する。
「奴が仕掛けた遊びは『だるまさんがころんだ』という遊びだ」
「だるまさん? なんだそれ」
ピンと来ないレイ。
それはジャック、オリーブ、マリーも同様である。
しかしライラはそうでもなかった。
「だるまさんがころんだ……確かヒノワでは有名な遊びっス」
「はい。鬼役が目を隠して『だるまさんがころんだ』と言い切る前に、鬼の身体に触れば終わりになります」
ライラの言葉に、サクラが詳細を補足する。
だがサクラは続けてこう説明した。
「ただし、文を読み終えた鬼がこちらを見ている間は決して動いてはいけません」
「まさかとは思うけど、動いたらゲームオーバーか?」
恐る恐る聞くレイに、サクラは「はい」と肯定の言葉を口にした。
だがコレでタネは明かされた。
先程シャックスによって絵本に取り込まれた人々や魔獣は、例外なく動いていた。
そしてラショウ達に言われて動かなかったレイ達は無事で済んだ。
「つまりフレイアは今、動いたから取り込まれたって事か」
「大正解。負けたら絵本になってもらうわ」
「ふざけやがって」
レイは非常に焦っていた。
このままでは変身すらままならない。
しかし今はとにかく、シャックスの持つ絵本を奪う事が最優先だ。
とにかく動かないように心がけるレイ達。
そんな彼らをシャックスは笑顔で見ていた。
「じゃあゲームを再開しましょう」
そう言って目を隠し、後ろを向くシャックス。
「だーるーまーさーんーがー」
今がチャンスだ。
レイは全員に声をかける。
「みんな! 今のうちに変身だ!」
仮にも相手はゲーティアの悪魔。
まずは変身しなければ身が危険である。
残った全員はグリモリーダーと獣魂栞を取り出して、Codeを解放する。
「Code:シルバー!」
「ミント」
「ブルー!」
「ブラック!」
「ホワイト!」
「
「
「
「「「一斉解――」」」
「ころんだ!」
解放直前に、シャックスが文を読み終えた。
振り返るシャックスに対して、全員中途半端な変身ポーズで固まってしまう。
「い、いきなり早口になるのは酷いっス」
「ライラさん、これそういう遊びなんです」
突然のシャックスの早口に文句を言うライラ。
しかしサクラはルールを知る故に、理不尽を受け入れていた。
「……ウフフ。そう簡単には動いてくれないのね。とっても楽しいわ!」
そしてシャックスは再び、目を隠して後ろを向く。
「だーるーまーさーんー」
文を読み始めた。今度こそ変身である。
「「「一斉解放!」」」
誰かが音頭を取らずとも、今度はちゃんと全員Codeを解放した。
そして素早くグリモリーダーに獣魂栞を挿し込む。
「がーこーろー」
とにかく素早さ命で行こう。
レイ達は全員無言で通じ合っていた。
グリモリーダーの十字架も、いつもの倍の速さで操作する。
「「「クロス・モー」」」
「んだ!」
またも変身中止。
全員再び中途半端なポーズで停止させられてしまった。
「なんだよコレ……滅茶苦茶テンポが崩れる」
思わず文句を口にしてしまうレイ。
その一方で、オリーブは中途半端なポーズでの停止に耐えられなくなっていた。
「あぅぅぅ」
少しプルプルしているオリーブ。
そして遂に、上げていた手が僅かに動いてしまった。
当然それをシャックスは見逃さない。
「黒い操獣者のお姉様。動いたからゲームオーバーよ」
絵本を開いてオリーブに向けるシャックス。
すかさずブギーマンが飛び出して、オリーブを捕まえた。
「きゃあ!」
「オリーブさん! あっ!?」
捕えられたオリーブを目撃して、マリーが声を上げる。
しかしその際に、マリーは思わず動いてしまったのだ。
「白い操獣者のお姉様も、ゲームオーバーよ」
オリーブから黒いスライムが更に伸びる。
ブギーマンは一瞬にしてマリーの身体も拘束してしまった。
「な、なんですのこれ!? 力が強すぎますわ!」
「お姉様二人、絵本の世界にご招待するわ」
シャックスがそう言うと、ブギーマンは勢いよく絵本の中に戻っていく。
そしてそのまま、オリーブとマリーを絵本の中に閉じ込めてしまった。
絵本のページに、二人の新しい絵が浮かび上がる。
「クソッ! アイツめ」
レイは歯軋りしながら、シャックスを睨みつける。
早々に仲間が三人も捕まってしまった悔しさ。
しかし無闇に動いては、今度は自分が絵本の中に閉じ込められてしまう。
それを理解しているが故に、レイはじっとしていた。
「ウフフ、とっても素敵な絵本になりそうだわ。きっと陛下も喜んでくれるはず」
絵本を見ながら、シャックスがそう呟く。
そして一度絵本を閉じて、再び後ろを向いた。
「だーるーまーさーんーがー」
もう誰一人欠けさせない。
強い意思と共に、残されたレイ達は最後の呪文を唱えた。
「「「クロス・モーフィング!」」」
魔装、変身。
レイ、アリス、ジャック、ライラ。
そしてラショウ、モモ、サクラ。
七人の操獣者は一斉に変身を完了した。
「変身してしまえば僕達の領域だ!」
ジャックは固有魔法を発動して、鎖と共にシャックスへと駆け出す。
しかしシャックスはそれに気づいた上で、ゲームを続行していた。
「こーろー」
「鎖で拘束して。それから身体に触れる! 行けグレイプニール!」
ジャックが魔法で作り出した鉄の鎖。
それらがシャックス目掛けて射出される。
このまま彼女を拘束できれば、こちらのものだ。
誰もがそう思った。しかし鎖はシャックスに触れる事さえできなかった。
「なにっ!?」
シャックスの影から、黒いスライムが触手を伸ばしている。
その触手が鎖からシャックスを守ったのだ。
「んだ!」
そして振り返るシャックス。
しかし変身しているのであれば、抵抗は容易い。
そう考えたジャックは一度鎖を消して、正面からシャックスの絵本を奪おうとした。
「……バカねお兄様。変身くらいでどうにかなると思ったのかしら?」
絵本を開いてジャックに向けるシャックス。
そこからブギーマンが飛び出して、魔装ごとジャックを拘束する。
「このくらいの拘束なら……なっ!?」
「ウフフ。とても力強いでしょう?」
「何故!? スライム種がこんなに力強いはずは」
本来スライム系の魔獣はそこまで力強くない。
しかしブギーマンの拘束は違った。
どれだけ抵抗しても、変身した操獣者にさえ振り解けないのである。
「あたりまえよ。だってお兄様はもう私と契約を交わしているもの」
「契約……まさか!?」
ジャックは仮面の下で顔を青くする。
そしてシャックスは笑った。
「結界の中にいる人や魔獣に、魔法契約を交わさせたのよ。ゲームに敗北したら必ず絵本の中に取り込めるように」
「魔法契約の強制……!?」
ジャックが驚きの声を上げる。
だが驚いたのはレイ達も同様であった。
魔法契約は非常に拘束力の強い契約である。一度交わせば簡単には逆らえない。
しかしそれは本来、両者の合意があって初めて成立する契約。
それをシャックスは広場にいた者全てに対して強制的に交わさせたのだ。
「さぁ、絵本のページになるのだわ!」
「くっ!」
ブギーマンはジャックの身体を絵本に引きずり込む。
そして絵本には青色の操獣者の絵が浮かび上がった。
レイ達はその場で動きを止める。
「まさか魔法契約を強制してきたとはな」
ラショウは動きを止めつつ、シャックスのやり方に驚愕する。
魔法契約を使われては抵抗などできない。
変身と同時に絵本を奪うだけで済むと考えていたラショウやレイであったが、どうやらそう簡単にはいかないようだ。
「さぁ、ゲームを再開しましょう……でもその前に」
シャックスは絵本を閉じて左の脇に挟むと、どこからか黒い円柱状の
ゲーティアが持つ禁断の力、ダークドライバーである。
「そっちだけが変身するのは不公平なのだわ。だから私もするわね」
シャックスがそう言うと、彼女の影から黒い獣魂栞が飛び出した。
ダークドライバーに獣魂栞が挿入され、黒い炎が点火される。
「ウフフ。トランス・モーフィング!」
呪文と唱えると、シャックスの全身を黒い炎が包み込んだ。
炎の中でシャックスとブギーマンの身体が溶け合っていく。
凄まじい速度で異形の怪物へと作り変えられた後、シャックスは黒い炎を振り払った。
「ヒィ!?」
「アレが……本当の姿なの?」
サクラは小さな悲鳴を上げ、モモは気味の悪さを感じる。
シャックスは先程までの少女の姿とは程遠い外見をしている。
どろどろのコールタールのような黒い肌に、大きな青い一つ目。
また全身からは多種多様な魔獣の一部が見えている。
身長も二メートル近くなっていた。
「さぁ、これで公平になったわ……ゲームを再開しましょう」
おぞましい姿に反して、声は少女のそれ。
大きな一つ目を閉じて、シャックスは後ろを向いた。
「だーるーまーさーんーがー」
文を読み始めるシャックス。
動けるようになったが、問題はどうやって絵本を奪うかだ。
レイは思考を加速させて、策を考える。
「(ジャックが捕まったから、鎖で絵本を奪う事はできない。マリーもいないから射撃で絵本を弾く事もできない。俺の魔力弾じゃあ絵本が無事で済むかわからない。となれば今一番最適なのは……)」
レイはライラの方を見る。
「ライラ! スピードでなんとかできるか?」
「やってみるっス!」
「なら私も協力するわ!」
ライラとモモ。どちらも速さに自信があるニンジャである。
レイの指示を受けた直後、ライラとモモは凄まじいスピードで駆け出した。
「この程度の距離なら!」
「無いも同然っス!」
文を読み上げるシャックスまで二メートル程。
一秒もかからず絵本を奪い、シャックスの身体に触れるだろう。
しかし次の瞬間、シャックスの身体から黒い触手が伸びてきた。
「うわっ!」
ライラは驚いて軌道を逸らす。
そしてモモは手にしたクナイで、黒い触手を受け止めた。
「くっ! コイツ、後ろが見えているの?」
触手を弾いても次の触手が反撃を仕掛ける。
恐らくこれはシャックスの中にいるブギーマンがしている事だろう。
「だったら俺とアリスでサポートする!」
「幻覚。やってみる」
レイはコンパスブラスターを
そしてアリスは右手にミントグリーンの
「触手だけなら撃っても問題なし!」
「コンフュージョンカーテン」
モモを攻撃する触手を狙い撃つレイ。
触手にダメージは与えられたが、大きな痛手にはなっていないようだ。
同時にアリスが幻覚魔法を散布する。
幻覚で触手の動きを逸らす事には成功。その隙にモモは距離をとった。
「これじゃあ触れないじゃない」
「絵本も奪えないっス」
シャックスから少し離れて、モモとライラは苦虫を噛み潰したような感覚を抱く。
そして文が読み終えられた。
「こーろーんーだ!」
シャックスが振り返ったので、全員動きを止める。
そしてシャックスは静かに誰がどの位置にいるかを見回した。
「ふーん、すごく近づいてきたのね。このままじゃ負けてしまいそうだわ」
白々しくそう言うシャックスに、ライラは仮面の下から睨みつける。
「……絵本を、渡すっス」
「ダメよ。私はこの絵本を完成させて陛下に差し上げないといけないのよ」
「人や魔獣を閉じ込めて、どうするつもりっスか!」
「別に大したことじゃないわ。
唐突にシャックスから出てきた言葉に、レイやライラは唖然とする。
特にレイは一瞬彼女が何を言っているのか理解できなかった。
「魔僕呪の……材料だと?」
「あら、知らないのかしら? お兄様達あれだけゲーティアと戦ってきたのに」
「材料ってどういうことだ!」
レイが怒声を上げるが、シャックスは特に気にも留めていない。
しかしレイ達が真実を知らなかった言葉に関しては、シャックスにとって意外な事だったようだ。
「どういうことも、そのままの意味よ。魔僕呪は生きた人間や魔獣を溶かして作るのよ。孤児院を経営して材料を育てる悪魔もいるそうだけど、私はやっぱり絵本を作りながら材料を集めるのが好きだわ」
レイ達は言葉を失った。
今まではただの禁制薬物だと思っていた魔僕呪。
その材料が生きた人間や魔獣だと知って、衝撃を受けた。
それだけではない。シャックスの言う通りであれば、孤児院の子供さえ材料として殺されてきた事になる。
「外道だ外道だ聞いてきたけど……想像以上のド腐れだなッ!」
「褒め言葉ありがとうお兄様」
レイの怒りを浴びても、シャックスは嬉々とした様子であった。
だが怒りを覚えていたのはレイだけでは無い。
広場にある大きな影の上で、モモも怒りに震えていた。
「悪魔とはよく表現したものね……少女の姿をしていたとはいえ、容赦する気が失せたわ」
「あらニンジャのお姉様。そんなに怒ってはダメよ」
「早く後ろを向きなさい! 次がアナタの最期よ!」
確実に次で討つ。モモの全身からその意思が溢れ出る。
しかしシャックスはおかしそうに笑うばかりだ。
「何がおかしいの!」
「おかしいわ。だってお姉様が勘違いをしているんだもの」
「勘違い?」
「……悪魔が最後までルールを守ると思う?」
シャックスが冷たい声でそう言った瞬間、モモが立っていた場所から黒いスライムの触手が伸び出てきた。
「気づかなかったのかしら? 影はブギーマンの射程範囲よ」
シャックスがそう言うと、黒い触手は力強くモモの背中を押した。
なんとか踏ん張ろうとしたモモだが、半歩前に動いてしまった。
「しまった!」
「さぁ動いたわね。罰ゲームよ」
シャックスは黒い異形の手で絵本を開く。
白紙のページをモモに向けると、ブギーマンが勢いよく飛び出てきた。
「きゃッ!?」
一瞬にて拘束されてしまうモモ。
そのまま絵本の中に引きずり込まれ、ページの絵にされてしまった。
「モモ!」
「姉者ー!」
ラショウとサクラが悲痛な叫びを上げる。
それを嘲笑うかのように、シャックスはその場で飛び跳ねていた。
「やったのだわ、やったのだわ! ヒノワのニンジャが絵本になったのだわ!」
もはや邪悪との境目が無い無邪気さ。
そんなシャックスの姿を目にして、ラショウは怒りに燃えていた。
「シャックス……貴様だけは許さん!」
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