Page109:少し心配なこと
一時間後。ギルド長は執務室にて、大きな瘤を頭に作っていた。
急な演習の話に怒ったレイが制裁したのだ。ちなみに止める者は誰もいなかった。
それはともかく。
チーム:レッドフレアはギルド
明日の朝から港で出迎える事となった。
今日はこれで解散。フレイア達は各々帰路につくのであった。
「ただいまー!」
「あらフレイアさん。お帰りなさいませ」
「おかえりフレイアちゃん」
夕方。
ギルドの女子寮に帰って来たフレイアを、マリーとクロケルが出迎える。
家に帰ってきて「おかえり」と言ってもらう。それはフレイアにとって、たまらなく嬉しい事でもあった。
思わず顔が綻んでしまう。
「えへへ。ただいま二人とも」
「フレイアさんは帰宅すると、いつも笑顔ですわね」
「私もお出迎えしがいがあるわ~」
微笑ましい日常の一ページ。
こういうものを守りたい事も、フレイアが戦い続ける理由の一つだ。
ふと、フレイアの腹の虫が「ぐぅ」と鳴る。
それを聞いたクロケルは小さく笑った。
「ふふ。模擬戦で疲れてお腹空いたでしょ。ご飯できてるから、着替えてらっしゃい」
「はーい!」
「クロさん。お皿を並べるの手伝いますわ」
フレイアは自室へ着替えに、マリーはクロケルの手伝いをしに動く。
数分後、着替えたフレイアが食堂に入るとスープのいい香りが漂ってきた。
腹の虫も声を荒らげる。
「おなかすたー! ごはんー!」
「はいはい。もうできてますよ」
素早く席に座るフレイア。
いただきますと言うや否や、すぐに皿の上のパンに齧りつき始めた。
「もうフレイアさん。落ち着いて食べないと、また喉を詰まらせますわよ」
「むぐ、もが。それもそっか。ゆっくりたべよう」
「食べる速度が落ちてないのですが……」
隣の席に座るマリーは、フレイアの早食いに思わず呆れてしまう。
だがこれもいつもの事だ。
いかにも美味しそうに食べるフレイアを、クロケルは微笑ましく見守る。
その目はまるで、本当の母親のようでもあった。
「もぐもぐ」
パンを齧り、スープを飲み、サラダと肉を食べる。
そんな中フレイアは少し考え事をしていた。
「あっ、そうだマリー」
「はい、なんでしょう?」
「明日ヒノワのギルドと合同演習する事になったから。準備しといてね」
マリーはスープを吹き出しそうになった。
「いったいどういう事ですの!?」
「今日ギルド長がいきなり言ってきた。面白そうだから受けた。ギルド長はレイがお仕置きした」
「悔しい事に、だいたい理解できてしまいましたわ」
一応詳しく説明するフレイア。
既に決定した事柄であるのに加えて、純粋に訓練として良さそうなので、マリーはそれ以上追及しなかった。
「しかし、ヒノワのギルドですか……ヒノワといえば、ライラさんのもう一つの故郷でもありますわね」
「……うん、そうだね」
「東国の島国ヒノワ。特殊な文化が根付いていると同時に、高い実力の
「ライラはね……お母さんがニンジャなんだ」
「それは何となく想像通りですわ。ライラさんニンジャのスキルと使うこともありますし」
「うん、そうだね」
妙に歯切れが悪く、スープをスプーンでつつくフレイア。
そこでマリーはある事を思った。
「そういえば、わたくし出会う前のライラさんの事はあまり知りませんわね」
「まぁ……そうでしょうね」
「ライラさん明るい方ですけど、あまり自分の事は離さない気がしますし……フレイアさんは何かご存じなのですか?」
フレイアの手に持つスプーンが動きを止める。
少しの間が二人の間を支配する……が、フレイアは溜息を一つついてから口を開いた。
「アタシもね、全部知ってるわけじゃないんだけどさ」
「……」
「マリー、不思議に思ったこと無い? ライラのお母さんをセイラムで一度も見たことないの」
「……そういえば、見たことありませんわね」
「これ、話したことライラには内緒にしててね」
珍しくシリアスな雰囲気のフレイアに、マリーは固唾を飲む。
「ライラのお母さんはね、ライラが小さい頃にヒノワへ行ったっきり、一度も戻ってきてないんだってさ」
「えっ。ですがグリモリーダーをお持ちでしたら通信機能が」
「通信も無し。こっちから連絡取ろうにも受信拒否されてるんだってさ」
「そうなのですか……ですが、どうして」
「どうして出て行ったのかライラは知らないし、親方は何も言わない。ただライラが言うには、何かとんでもない事に巻き込まれてるんじゃないって」
「とんでもない事ですか」
「うん。ライラのお母さんはヒノワのニンジャ。それも名門の家の人なんだってさ」
ヒノワの名門ニンジャ家。
それを聞いたマリーは素直に口をあんぐりさせた。
「ライラ、お母さんの顔あんまり覚えてないんだって」
「それほどまでに幼い頃に、出ていかれたのですか」
「うん。だからライラにとってニンジャとしての戦いは、お母さんとの繋がりを維持するための戦いでもあるの」
そこまで聞いてマリーはハッとなった。
先のブライトン公国での戦い。そこでライラはフルカスに一方的に倒されてしまった。
ニンジャとしてのスキルを発揮する間など一秒たりとも存在しない。
その敗北が、ライラの心に大きな傷を負わせたことを想像するのは、マリーにも簡単であった。
「ライラさん、大丈夫なのでしょうか?」
「本人は大丈夫って言ってるけど、正直アタシにもわかんない」
ただ……と、フレイアは続ける。
「ライラが前みたいになったら、かなり面倒だなって思う」
「前、ですか?」
「うん。ライラをチームに入れる前」
「なにかあったのでしょうか?」
「うーん、なんて言えばいいのかな? 死にたがり、みちな?」
マリーは心底驚いた。
ざっくりした表現ではあるが、あの元気の塊のようなライラが「死にたがり」と形容されるような状態だったとは。
必死に想像力を働かせたが、マリーは上手く想像できなかった。
「初めて会った時のレイほど酷くはないけど、ライラも結構執念みたいなのに縛られてた」
「そうなのですか……」
「ニンジャへの執念と、お母さんへの思い。これがライラが背負ってるもの」
「家族への思いは、難しい問題ですわね」
「うん。アタシは親が居ないから色々わからないこと多くてね。一回アリスに相談してみようかな」
「そうですわね。アリスさんなら何か答えを出してくれるかもしれませんわ」
二人の中でアリスへの信頼がどんどん上がっていく。
それはそれとして。
「やっぱりライラが心配かなぁ。なんか今のままだと無茶しそうだし」
「フレイアさんが言っても、無茶に関しては説得力が薄いかと思いますわ」
「ぶー! じゃあアリスかオリーブに話をさせる」
「わたくしは!?」
「マリーも結構無茶するでしょ」
「それは……そうかもしれませんが」
自分も無茶組に入れられた事に、マリーは思わず抗議してしまう。
フレイアはそれを華麗にスルーしながら、肉とサラダを食べるのだった。
「そういえばフレイアちゃん。ライラちゃんのお母さんって、どんな名前なのかしら?」
話を聞いていたクロケルが、フレイアに質問する。
「えっと確か……家名はイハラだった気がする」
「まぁ! イハラ家の人なの」
「クロさん、ご存じなのですか?」
「私も詳しいわけじゃないけど、イハラ家と言えばヒノワでも有数の名門ニンジャ一族よ。そこのくノ一なんてすごいわねぇ」
「へ~、そんなにスゴいんだ」
「ライラちゃん、きっとヒノワならお嬢様ね」
「クロさん、それ本人は言わないであげてね。多分へこむから」
「あらあら、それは気をつけなくちゃ」
コロコロと笑うクロケル。
「それにしても、ヒノワの家を知っているなんて。クロさんは物知りですわね」
「こうみえて昔は色々してたのよ~」
「へ~、教えて教えて!」
「ナ・イ・ショ・よ。女の子はね、秘密を食べて美しくなるのよ」
「なにそれ?」
「フレイアちゃんにはまだ早かったかしら」
クロケルの過去を聞き出そうとするフレイアと、華麗に躱していくクロケル。
そんな二人のやり取りを見ながら、マリーは食事を進める。
今日もまた、夜は更けていった。
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