Page108:合同演習?

 今日も今日とて、喧騒に包まれているギルドGODの大食堂。

 ゲーティアの宣戦布告からというもの、操獣者そうじゅうしゃ達は彼方こちらに引っ張りだことなっている。

 依頼の張り紙も壁を埋め尽くしているが、まだ貼り足りない。

 そんな食堂の中で、レイは一人新聞を広げていた。


「一夜にして街の住民が消失……まーたゲーティアの奴らだろうな」


 今日の一面記事はとある街で起きた住民消失事件。

 ある日突然、住民が一人残らず姿を消した街を商人が発見したらしい。

 レイは口にフォークを咥えながら、怪事件の裏にゲーティアが居るだろうと考えていた。


「マリーの件が終わって、ウァレフォルを倒しても、全然前に進んだ感じがしないなぁ」


 ひとまずマリーの実家の件には決着がついた。

 残る目先の問題はライラとジャックだ。

 ライラはまだ落ち込んでいるかもしれない。ジャックに至っては武者修行と言ってどこかに行ったきりだ。

 レイは咥えていたフォークを指先で弄りながら、二人の事を考えていた。

 どうしたものか。レイが内心ぼやいていると、聞き慣れた声が。


「あっ、レイも来てたんだ」

「フレイアか。模擬戦場帰りか?」

「うん。ライラ一緒に」

「ふーん……ん?」


 予想外な名前が出てきて、口が開いてしまうレイ。フォークも落ちた。

 よく見ればフレイア後ろには黒髪褐色肌少女。ライラの姿があった。

 ライラはどこか申し訳なさそうな感じで、フレイアの後ろから出てくる。


「え、えっと……お久しぶりっス」

「ライラ。もう大丈夫なのか?」

「大丈夫っス。休んでいた分も前線で頑張っていくっスよー!」


 元気いっぱいに復帰宣言するライラ。

 だがレイには、どこか無理をしているようにも見えた。


「それでレイ君。ちょ〜っとお願いがあるんスけど」

「ライラが頼み事って珍しいな。なんだ?」


 ライラは鞄から一振りの魔武具まぶんぐを取り出して、レイの前に差し出した。

 それは三角定規を彷彿とさせるデザインの短剣。

 だがセイラムでは滅多に見ないデザインの短剣だ。


「珍しい魔武具だな。東国のやつか?」

「スクエアクナイ。東国ヒノワで作られた魔武具っス」

「ヒノワっつーと、確か」

「うん。ボクのお母さんが生まれた国っス」


 ライラが東国ヒノワの血を引いている事は知っていたレイ。

 だが東国の魔武具まで所持しているのは、少し予想外であった。

 珍しい魔武具を前に、レイは整備士としての好奇心が疼いていく。


「クナイ。確かヒノワのニンジャが使うっていう武器か」

「これはその魔武具版っス。お願いってのは、レイ君にこれの整備をして欲しいんス」

「整備依頼か……」


 レイは少し迷う。

 魔武具整備自体は苦でも何でもないのだが、目の前にある魔武具は完全に未知の代物だ。

 上手く整備できるか、些かレイ中で自信が出てこない。


「短剣系の魔武具ならいくらでも整備してきたけど……クナイは初めてだな」

「これ、お母さんから貰った魔武具なんス。長いこと使ってなかったから、整備した方がよさそうで」

「なおさら責任重大なってきたな」

「中の術式を、今のボクに合ったものして欲しいんス。レイ君ならできるかなーって思って」


 いつもの元気は感じられず。ライラは恐る恐るレイに聞く。

 一通り話を聞いたレイはため息一つついてから、首の裏をかいた。


「俺も初めてだからな。壊れても文句言うなよ」

「お願いするっス! レイ君ならできるって信じてるっス!」

「その信頼が重いんだよ」

「あー! レイ君、女の子に重いはNGワードっスよ!」

「事実を言ったまでだ」


 頬を膨らませて抗議するライラを、レイは軽くあしらう。

 だがレイの中で、なにか引っ掛かる事もあった。


「(そういえば、前に親方がライラの母親の事を何か言っていたような……)」


 だが随分前のことなので、上手く思い出せない。

 あまり良い話では無かったことだけは覚えている。

 確証は持てない。故にレイは、それを口にすることは出来なかった。


「そういえばレイ。ジャックはどうなの?」

「あれ、ジャッ君どうかしたっスか?」

「あぁ。ジャックならまだ武者修行だよ」


 レイとフレイアは諸々事情をライラに話す。

 ジャックの武者修行の件、マリーの実家の件等々。

 一通りの話を聞いて、ライラも事情を理解できた。


「やっぱりジャッ君も色々思うとこあったんスね」

「だろうな。にしてもアイツ今どこに行ってんだ?」


 実はジャックの行き先に関しては誰も知らない。

 いっその事グリモリーダーの通信で居場所を聞き出そうか。

 レイがそう考えた矢先だ。食堂の中に見慣れた金髪の少年の姿が見えた。


「あれ……ジャックか?」

「えっ! ジャック帰ってきてるの? どこどこ!?」


 フレイアが騒ぎながら探し始めるので、向こうもすぐに気がついた。


「レイ、フレイア、ライラ。久しぶりだね」

「ジャッ君おかえりっス」

「おう久しぶりだな。武者修行はもういいのか?」

「うん。自分を見つめ直す良い機会だったよ。そっちはどうだい?」

「色々あったよー! マリーの実家に行ったり、レイとアリスが合体したり」

「最後にすごい事起きてないかな?」


 流石にジャックもレイとアリスの合体は予想外だったらしい。

 ちなみにレイが合体時の様子を語ると、ジャックは筆舌に尽くし難い表情になった。フレイアは爆笑した。


「とりあえずこれで全員回復だな」

「そうね〜。ローレライの傷も治ったし、これで元通り!」

「じゃあまた何処か依頼でも受けにいくか? 今のギルドは世界中からの依頼で溢れ返ってる」

「良いね。困ってる人も多いだろうし、色々依頼こなそー!」


 フレイアが気合を入れて腕を突き上げる。

 次の方向性リーダーが決めた瞬間……と、思いきや。


「あっそれなんだけどフレイア」

「んにゅ?」

「親方さんから伝言があるんだ」

「お父さんから伝言?」


 ライラも聞いていないらしく、頭の上に疑問符を浮かべる。


「ここ最近ゲーティアの攻撃酷くなってるだろ。だから色んな操獣者ギルドが手を組んで、合同演習しようって話になってるらしいんだ」

「合同演習? なんだそりゃ」


 レイも思わず疑問符。


「要するに他のギルドの操獣者と模擬戦をするって事だね。お互い技術を高めてゲーティアに立ち向かおうってわけさ」

「えっとつまり……色んなギルドの強いやつが集まるの?」

「今はそういう認識で良いと思うよ」


 未知なる強者との研鑽。それを想像したフレイアは目を輝かせ始めた。


「やろう! 合同演習!」

「待て待てフレイア。俺らが参加できるか分からねーだろ」

「いや、そうでもないよ。合体ができる僕達レッドフレアは強制参加だってさ」

「あんのクソジジイ、そういう事はもっと早く言えよ」


 恐らく発案者であるギルド長に、思わずレイは悪態をつく。

 だが他のギルドとの演習は悪い話ではない……こともないのだ。


「なぁジャック。俺らは誰の相手すれば良いんだ? その辺のギルドじゃ、俺らについてこれないぞ」


 レイの発言も無理はない。

 GODは世界最大にして、世界最強の操獣者ギルド。

 最弱であった契約前のレイでさえ、他国の操獣者からすれば化物に近い強さなのだ。

 そんな実力者揃いギルド所属しているレイ達。

 演習相手によっては、こちらがレベル落とす必要もあるのだ。


「その点は大丈夫だよ。ちゃんと僕達の演習相手も聞いてきた」

「へぇ……どこのどいつだ?」

「ギルド【神牙シンガ】。東国ヒノワの操獣者ギルドだよ」


 ヒノワの操獣者ギルド。

 その名前が出た瞬間、レイ達は三者三様の反応を見せた。


「わー! ヒノワの操獣者と戦えるんだ! サムライ! ニンジャ!」

「やるなギルド長。シンガって言ったら、東の最強ギルドじゃねーか」

「神牙……ヒノワの……」


 純粋に期待感を高めるフレイアに、少し驚くレイ。

 だが一方で、ライラはどこか暗い表情を浮かべていた。


「ん、どうしたライラ?」

「あっ、なんでもないっス……なんでも、ないっス」


 明らかに様子がおかしいライラを心配するレイ。

 フレイアはそんなライラ黙って見守るだけであった。


「詳しい話は、またギルド長からするってさ」

「なるほどな。じゃあ次の行き先はヒノワか」

「いや。向こうからセイラムに来るらしいよ」

「なんだよ。ヒノワ観光楽しんでやろうと思ったのに」


 出鼻を挫かれて、思わずレイは文句を垂れてしまう。


「それで。アタシ達はいつギルド長のとこに行けばいいの?」

「だよな。シンガの奴らがいつ来るか聞きたいし」

「シンガの人達が来るのは明日だって。ギルド長のとこには今から」

「やっぱりあのジジイ一発殴るか」


 色々急過ぎる。レイはギルド長の顔を殴る決意した。

 フレイアとジャックも止める気はない。

 一方でライラは、未だ暗い表情を浮かべていた。


 東の島国ヒノワ。

 それはライラのもう一つの故郷であり、彼女の最も深い心の傷でもある国。

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