第五章:東国の戦士と絵本の罠

Page107:その悪魔は絵本を持つ

 月が照らす夜の街。

 だがその街は、不気味なほどに静かであった。

 人の息が聞こえない。魔獣の足音一つ聞こえない。

 建物からは灯りがまばらに見える。料理の匂いも香る。

 だが人と魔獣の気配は皆無だ。

 まるで住民が全て、突然消失したような街。

 そんな街の中央広場で、一人の操獣者そうじゅうしゃと一人の少女が対峙していた。


「ハァ……ハァ……」


 魔装に身を包んだ操獣者は、仮面の下で息を荒くしている。

 それに対峙している少女は不思議な雰囲気を纏っていた。

 白い髪、上等な白いドレスに、胴体くらいの大きさがある絵本を抱えている。

 目の前に変身した操獣者が居るというのに、顔は楽しそうな笑みを浮かべるのみ。

 そんな二人の前には、数枚のトランプが並べられていた。

 よく見れば、二人の手元にもトランプがある。枚数は少女の方が僅かに多いか。

 神経衰弱だ。

 二人はこの異質化した街の中で神経衰弱をしているのだ。


「さぁ、お兄様の番よ。はやくめくって欲しいわ」

「わ、わかってる……必ず、必ず当てるんだ……」


 まるで生死の境でも彷徨っているかのような声で返事をする操獣者。

 彼は激しく音を鳴らす心臓をやかましく思いながら、一枚目のトランプをめくった。


「ハートのAね。さぁ、当ててみせて」

「当ててやる……当てて、やるんだ」


 絶対に外すな。自分にそう言い聞かせるように操獣者は呟く。

 神に祈るようにトランプを見つめながら、操獣者は震える手で、一枚のトランプをめくった。


「まぁ!」


 少女の驚く声が聞こえる。

 仮面の下で目を瞑っていた操獣者は、恐る恐る目を開けて、めくったトランプを確認した。

 そして……深く後悔し、絶望した。


「スペードの5……!?」

「お兄様ハズレ。次は私の番だわ」

「ま、待ってくれ! もう一回やらせてくれ!」

「ダメよ。やり直しはルール違反だわ」


 可愛らしくそう言いながら、少女はトランプをめくる。

 めくったカードはスペードのA。すでに相方が見えているカードだ。

 当然次にめくるのはハートのA。

 二枚のカードが少女の元にいき、続けてめくる権利が巡ってくる。


「あら、もう二枚しか残っていないわ」

「あ……あぁ……」


 少女はややもったいぶるようにトランプをめくる。

 スペードの5、そしてクローバーの5だ。

 最後のカードが少女の手元にいく。

 トランプが無くなったので、ゲーム終了だ。


「お兄様が二十二枚。私が三十枚、このゲームは私の勝ちね」


 ゲームに勝ち、少女は無邪気に喜ぶ。

 だが反面、操獣者は恐怖に怯え上がっていた。


「じゃあお兄様。罰ゲームよ」

「嫌だ……嫌だぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


 操獣者は一目散に、その場から逃げ出す。

 だが少女はそれを許さない。


「あらあら。大声を上げてレディから逃げるなんて、失礼なお兄様だわ」


 少女は抱き抱えていた大きな絵本を開いた。


「つかまえて、ブギーマン!」


 瞬間、絵本のページから黒いスライムが急速に伸び出てきた。

 目にも止まらぬスピードで伸びてくるスライム。

 それは変身した操獣者でさえも逃げきれないスピードであった。


「ギャア!」


 黒いスライム、ブギーマンが操獣者にくっつく。

 すると操獣者の全身から力という力が、急速に抜け出ていった。

 見る見る身体が無力化され、変身も解除されてしまう操獣者。

 抵抗力が無くなった。その瞬間、ブギーマンは操獣者を掴んだまま絵本の中に引きずり込んだ。


「や、やめ、ろ」

「ダーメよ。お兄様も可愛いキャラクターになってもらうわ」


 ブギーマンの触手が絵本の中に戻る同時に、操獣者の身体も絵本の中に吸い込まれる。

 操獣者の全身が絵本に吸い込まれると、白紙であった絵本のページに絵が現れた。

 クレヨンで描いたような絵。だがその絵は何処か吸い込んだ操獣者を彷彿とさせるものであった。

 新たな絵が現れた事を確認した少女は、嬉しそうに絵本を閉じる。

 これで街には少女以外の全ての生命が居なくなった。


「ウフフ。また素敵な絵本ができたわ。陛下にも喜んでもらえるかしら?」

「うんうん。きっと喜んでもらえるよー⭐︎」


 少女の背後から、肯定の声が聞こえる。

 振り向くとそこには、ピンクの髪したゴスロリの少女。パイモンがいた。


「あら、パイモンお姉様。お久しぶりね」

「シャックスちゃん久しぶり〜。元気してた〜?」

「えぇとっても。パイモンお姉様はどうしてこの街に?」

「シャックスちゃんに会いにきたの〜。殿下とザガンから伝言」


 少女改めてシャックスは、目を輝かせてパイモンに近寄る。

 九歳程度の外見をしたシャックスを、パイモンも笑顔で迎え入れた。


「まず陛下から、シャックスちゃんがいっぱい頑張ってるから、ご褒美に新しい絵本をプレゼントでーす!」

「まぁ! それはとても嬉しいわ!」


 シャックスが持っているものと同じ絵本を取り出すパイモン。

 その絵本をシャックスに渡すと、交換するようにパイモンは前の絵本を回収した。

 回収した絵本のページを適当にめくるパイモン。


「おぉ〜、流石シャックスちゃん。ページいっぱい埋めたんだ〜!」

「えぇ、陛下のために私頑張ったわ」

「シャックスちゃんが良い子で、パイモンちゃん感激ー⭐︎」


 パイモンに褒められ顔を赤らめるシャックス。

 誤魔化すようにシャックスは新しい絵本のページを開く。

 その絵本は全てのページが白紙であった。


「ウフフ。また素敵な絵本を作らなきゃ」

「シャックスちゃんったら頑張り屋〜。パイモンちゃんもっと感激ー⭐︎」

「ねぇパイモンお姉様。この絵本は何処で描けば良いかしら?」

「あっ、そうそう。それでね、ザガンから新しい遊び場のご紹介でーす!」

「まぁ。それは素敵だわ!」


 静寂と化した街の中央で、二人の悪魔は無邪気な喜びを上げる。


「次の遊び場はセイラムシティでーす! 操獣者の街で、絵本を完成させてくださーい⭐︎」

「操獣者の街……それは素敵な絵本が作れそうだわ」

「何処かの悪魔が出典で、ザガンから聞いた情報なんだけど〜、もうすぐセイラムに東国ヒノワから操獣者が来るんだって。色んな強い操獣者をまとめて絵本にするチャンスだから頑張れーって言ってたよ」

「まぁまぁまぁ! それはとっても心がトキめくのだわ!」


 新しい玩具に歓喜する子供のように、シャックスはその場でピョンピョンと飛び跳ねる。

 パイモンはそれを微笑ましそうに見ていた。


「とりあえずこの絵本はザガンに渡しとくね」

「お願いするわパイモンお姉様」

「シャックスちゃんも、次のお遊戯頑張ってね〜⭐︎」

「えぇ、もちろん」


 パイモンはダークドライバーを取り出して振るう。

 空間の裂け目現れ、パイモンは回収した絵本と共にその中へ姿を消した。


「次はどんな絵本になるのかしら。楽しみね、ブギーマン」


 白紙のページを広げながら、無邪気な笑顔浮かべるシャックス。

 その影からは黒いスライム、ブギーマンが踊り出ていた。

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