Page106:帰ろう
サン=テグジュペリを襲った盗賊騒動は終息を迎えた。
首領であるウァレフォルが討たれた事により、盗賊達の士気が低下。
その隙を突いて、レイ達中心とした操獣者は盗賊を一網打尽にした。
盗賊王ウァレフォルは死亡。一味は皆捕まり、事件は幕を閉じた。
それから数日。
現在は破壊された街を、人々が復興し始めている。
サン=テグジュペリ伯爵もその指揮に追われている状態だ。
そんな中、屋敷の中ではマリーが荷造りをしている。
「これでよし、ですわ」
『ピィ〜』
大きな鞄に荷物を詰め終えるマリー。
その目にはもう迷いは無い。
進むべき道も己で決めた。
「ローレライは大丈夫ですか?」
『ピィピィ!』
「そうですか。ですが無理はいけませんよ」
先の戦いで無茶をしたローレライだが、アリスとロキの魔法で随分回復していた。
あとは時間が何とかしてくれるだろう。
マリーは鞄を手に持ち、自分の部屋を軽く見回す。
質素な部屋だ。貴族らしからない。
だが、以前よりは心地良い部屋だ。
マリーが感慨に耽っていると、扉をノックする音がした。
「失礼致します。マリーお嬢様、皆様がお待ちです」
「ありがとうグスタフ」
優しい笑みを浮かべるマリー。
もう心残りはない。
マリーは鞄を持って、自室を後にした。
屋敷の廊下を静かに歩く。マリーはどこか噛み締めるように、ゆっくりと歩いていった。
だがいつかは終わりがくる。
気づけばマリーは、広間に辿り着く。
マリーが顔を見上げると、広間には家族が揃っていた。
「行くんだね、マリー」
「はい。ルーカスお兄様」
「本当に、大きくなったな」
次兄のルーカスに頭を撫でられて、マリーは少し恥ずかしさを感じた。
「クラウス兄さんも、素直に見送ったらどうなんだ?」
「……そこまで器用な事はできん」
「不器用だなぁ」
長兄のクラウスは、眼鏡の位置を正して目線を逸らす。
だが彼なりにマリーを見送る意思がある事は、その場にいる全員が理解していた。
マリーは静かにクラウスに一礼する。
それを見たクラウスは「無理はするな」とだけ呟くのであった。
「マリー」
「お母様」
「なんだか、すごく綺麗な目になったわね」
「……はい。目指すべき道が見えました」
「ウフフ。我が娘はカッコいいわ」
「ありがとうございます、お母様」
母であるユリアーナに、マリーは手を握られる。
「辛くなったら、いつでも帰ってくるのよ。ここは貴女の家なのだから」
「……はい。必ず」
「頑張るのよ。貴女の夢に光が満ちる事を祈っているわ」
母からの優しい激励。それを受けたマリーは思わず母に抱きついた。
ユリアーナも優しく抱き返す。
そんな時間も僅かに、屋敷の広間に伯爵が姿を現した。
「マリー、もう出立するのか」
「お父様……はい」
「お前の夢は、その身を削る価値があるのか?」
「無論ですわ。それに、わたくしは一人ではありません」
「友、か」
「はい。大切な仲間がいます。彼らと共であれば恐れるものはありません」
「……そうか」
伯爵は静かにマリーの頭に手を乗せる。
その表情は慈愛に満ちた、父の顔であった。
「ルーカスの言う通りだな。大きくなったな」
「お父様」
「マリー、忘れるな。ここがお前の家で、私達が家族だ」
「はい」
「いつでも帰ってくるのだぞ」
「……はい!」
使用人達が屋敷の扉を開ける。
旅立ちの時が来たのだ。
「それでは皆様。マリー=アンジュ、夢に向かって行ってきますわ!」
満面の笑みを浮かべて、家族に挨拶を済ませるマリー。
開いた扉の向こうには、フレイア達仲間が待っていた。
「皆様、お待たせしましたわ」
「もー、待ちくたびれたよー!」
「フレイアはせっかち過ぎだ。家族への挨拶は時間かけるもんだよ」
「そうだけどさ〜」
「ふふ。フレイアさんは変わりませんわね」
心地よい空気が、マリーの心癒していく。
そうだ、此処にこそマリーが望んだものがあるのだ。
「マリーちゃん。もう大丈夫なの?」
「オリーブさん……はい、もう傷は全て癒えましたわ」
「そっか。よかったね、マリーちゃん」
元気を取り戻したマリーを見て、オリーブは思わず笑顔を浮かべる。
だがそれは、マリーには強烈なダメージと化した。
「マ、マリーちゃん!?」
「だいじょうぶですわ。すこし鼻血が出ただけです」
「アリスさーん! マリーちゃんを治療してあげて!」
「オリーブ。それ、アリスでも完治させれないと思う」
「えぇ!?」
流石のアリスでも恋の病は専門外だ。
マリーは持っていたハンカチで鼻血を止めようと頑張る。
その様子をレイとフレイアは呆れたように見ていた。
「ったく、何やってんだか」
「でもマリーも本調子に戻ったみたいね」
「だな……あとはライラか」
「うん……戻ったら、色々話そうと思ってるの」
「そうだな。いざとなったら俺も行く」
ジャックは恐らく大丈夫だと思っているレイ。
なので優先すべきはライラだ。
彼女のメンタルをどう回復させるか、レイとフレイアが頭を悩ませる。
「マリーちゃん、本当に大丈夫?」
「えぇ。もう大丈夫ですわ。ご心配をおかけしました」
「よかった〜」
そうこうしている間に、マリーの鼻血も止まったようだ。
これで準備万全。
マリーはレイとフレイアの前に歩み出る。
「レイさん、フレイアさん。改めまして、よろしくお願いしますわ」
「そりゃこっちの台詞だっての」
「そうそう。アタシ達の方こそよろしくね〜!」
「はい!」
もう何も恐れない。
マリーという少女の周りには仲間がいる。
絆の力を再認識したマリーは、胸を張って炎柄のスカーフを締め直すのであった。
「しっかしアレだな。なんか騒がしい帰省になったな」
「そうですわね。ですが、色々と得られるものはありましたわ」
「そっか……なぁマリー、悔いはないか?」
「ウフフ、愚問ですわ。今のわたくし、とても晴れ晴れとしていますのよ」
爽やかな笑顔でそう返すマリー。
だが鼻血の跡があるせいで、どこか締まっていない。
それでもレイは一つの安心を覚えた。
ならば後は家に帰るだけ。
「それじゃあ……帰ろうか、俺達の街に」
「はい、帰りましょう。わたくし達のセイラムシティに」
まだ見ぬ明日に希望を抱いて、新たな旅に出る。
もう一つの家に帰るために、マリーは自分の故郷を去るのであった。
【第五章に続く】
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