Page95:獅子と対峙する
洞窟の中へと入ったレイとフレイア。
壁に掛けられた松明が道を照らしてくれている。
だが一方で、中は異様なほどに静かであった。
「なんか静かだね」
「奥の方に誰かいるんだろ」
奥に進む。
徐々に乱雑に置かれた木箱が目に入るようになった。
木箱から見えるものは様々だ。
金に鉄、食料、魔道具、上等な
「奥に行くの正解だったみたいね」
「だな」
レイは何気なく木箱を一つ覗き込んでみる。
食料が雑に詰め込まれている。
他の木箱はどうだろうか。
レイがそう思って未開封の木箱を一つこじ開けてみると……
「……オイオイ、マジかよ」
「これって、魔僕呪だよね?」
木箱いっぱいに詰め込まれた小瓶。
先ほど門番の盗賊が使っていたものと同じものだ。
「ウァレフォルの一味、世界一の盗賊団の名は伊達じゃないかぁ」
「これもどっかから奪ってきたのかな?」
「ブライトン公国の件もあるからな。どっかの国を襲って奪ってきた可能性はある」
それにしても量が多い。レイは木箱をひっくり返して小瓶をばら撒くと、その全てをコンパスブラスターえ撃った。
パリンパリンと音を立てて壊れる魔僕呪の小瓶。
「気づかれない?」
「元から気づかれる予定だ」
「それもそうね」
とにかく魔僕呪は放置できないので処分する。
再び奥へと足を進める二人。
木箱も色々置かれているが、見えている中身が少し様変わりし始めた。
「なんだこれ?」
「何か魔導具じゃないの?」
「俺こんな魔導具見たことないぞ」
用途不明の魔導具がチラチラと見える。
レイは技術者として気にはなったが、今はそれどころではない。
歩みを進めると、徐々に人の声が聞こえてきた。
レイとフレイアは気配を消すように移動する。
「オラァ! さっさと運びこむぞ!」
野太い男の声が聞こえる。
レイとフレイアは積み上がってがいた木箱に身を隠しつつ、様子を伺った。
目に入ったのは、十数人の盗賊が木箱を運んでいる様子。
だが驚くべきはそこではない。
「オイオイオイ。マジかよ」
レイが思わず小声で言ってしまう。
それもその筈。盗賊達が木箱を運び込んでいたのは、空間にできた裂け目だった。
「ねぇレイ。アレってもしかして」
「あぁ。ゲーティアの奴が使ってた裂け目だ」
見間違える筈がなかった。
盗賊とゲーティアに繋がりがある事が確定したので、レイはコンパスブラスターを握る手を強める。
これは荒っぽい戦闘になりそうだ。
レイがそう思った矢先であった。
「見つけたぞ!」
「こんな奥にまで来やがったか!」
後方からハグレ操獣者に変身した盗賊が現れた。
その叫び声を聞いて、木箱を運んでいた盗賊もレイ達に気がついた。
「気づかれちゃったね」
「元からそうなる予定だって言ってるだろ」
冷静かつ余裕を持って、軽口を叩く二人。
その様子が、盗賊達の怒りを買った。
「コイツら、舐めやがって!」
「この数相手にして、生きて帰れると思うんじゃねーぞ!」
「お頭への生贄してやる」
「わーお物騒。どうするフレイア?」
「当然。全員ぶっ飛ばす!」
好き勝手殺気を飛ばしてくる盗賊達に、レイとフレイアもやる気が出てきた。
どうせ気絶させる予定の相手だ。穏便に済むとは毛頭思っていない。
「死ねやぁぁぁぁぁぁ!」
「遅いって」
先陣を切って来たハグレ操獣者。
レイはその剣を軽々と躱し、すれ違いざまにコンパスブラスターの峰を叩き込んだ。
「ぐえッ!?」
「本気でやり合うなら、もう少しまともな魔装でこい」
レイはフレイアの方を見る。どうやら彼女も同じような事をしていたらしい。
腹を焦がしながら、一人のハグレ操獣者が壁に叩きつけられ、変身解除に追い込まれている。
残りの盗賊達はわずかに動揺した。
レイとフレイアが、彼らの想像以上に強かったのだ。
「さて、どうする? 続けるか?」
レイが軽く挑発してみる。
できれば穏便に済ませたい気持ちはあるのだが、盗賊達がここで退くような
意を決したように、一人の盗賊が叫びを上げる。
「オメーら! 魔僕呪キメろォォォ!」
盗賊達は一斉に小瓶を取り出し、その蓋を開けた。
まだ変身していない者はそのまま、変身していた者は頭部だけ変身解除して、魔僕呪を飲み干す。
レイとフレイアは驚いたが、止める暇さえ無かった。
「ウォォォォォォ!」
「アァァァァァァ!」
魔僕呪の効能で魔力が活性化し、強化される盗賊達。
魔装も変質し、より凶悪なフォルムへと変化している。
「オラァァァァァァァ!」
「チッ!」
一人ハグレ操獣者が、大鎚振り下ろしてくる。
レイは間一髪で回避したが、その凄まじい威力で地面にクレーターができていた。
「ヒャハハハハハハ!」
「早ッ! 危なッ!?」
フレイアの方には、大鎌を持ったハグレ操獣者襲いかかってきた。
フレイアもなんとか回避するが、魔僕呪で強化されたハグレ操獣者は、動きが早かった。
「よそ見してんじゃねーぞ!」
「クソッ。だったら
レイはコンパスブラスターを棒術形態に変形させる。
長いリーチ活かして、攻撃をいなす考えだ。
「どらァァァ!」
金属がぶつかる音が響く、
長剣、短剣、斧など、様々な近接魔武具で攻撃仕掛けるハグレ操獣者達。
だがレイはコンパスブラスターを駆使して、それらをうまくいなしていった。
「そらッ!」
フレイアもファルコンセイバーを使って、ハグレ操獣者達の魔武具を弾き返していた。
いくつもの魔武具がハグレ操獣者の手から吹き飛んでいく。
しかし魔僕呪を服用した人間はこの程度では倒れない。
次に飛んできたのは、炎の魔法であった。
「ヒャハハハ! 丸焼きになれー!」
「フレイア!」
「任せて」
ハグレ操獣者が放った魔法の炎。
フレイアは籠手の口を開いて、その炎を正面から食らった。
「なんだって!?」
「残念だけど、炎はアタシ達の大好物なの」
籠手の口を使って、フレイアは炎を食べ尽くす。
あまりの光景にハグレ操獣者も呆然となっていた。
「だったらコレはどうだァ!」
次に飛んできたのは、水の魔法。
高圧のかかった水の槍である。
「串刺しにしてやらァ!」
「レイ」
「任された」
レイは固有魔法を使って、魔法出力上昇させる。
「魔力障壁、展開!」
レイフレイアを守るように出現した巨大なバリア。
魔力障壁は水の槍を容易く防ぎ切ってしまい、レイ達に傷一つつける事が出来なかった。
「チクショウ、なんだよコイツら」
「こっちは魔僕呪まで使ってんだぞ!」
まるで歯が立たない相手を前に、盗賊達が恐れを抱き始める。
だが一方で、レイも少々困っていた。
このまま盗賊達殺すのは簡単であるが、それでは意味がない。
殺さずに痛めつけて、生かして捕まえる。それが理想だ。
「……スレイプニル」
『なんだ』
「魔力探知で、盗賊以外の人間がいないか確認してくれないか」
『やってみよう』
スレイプニルの探知が終わるまでに数秒かかる。
レイは盗賊達の攻撃を防ぎながら、その数秒を稼いだ。
『探知完了だ。盗賊以外に、この洞窟には人間と獣はいない』
「サンキュ、スレイプニル!」
それさえ分かれば、あとは簡単である。
「フレイア! この洞窟、盗賊以外に誰もいないってさ」
「そうなの?」
「あぁ。だから死なない程度に派手にやっても問題無し!」
「それめっちゃ楽ね」
フレイアに意図は伝わった。後は実行するのみである。
レイはコンパスブラスターを
それと並行して、格闘技駆使してハグレ操獣者を一箇所に集める。
準備は整った。
「レイ、いくよ!」
「分かってる! インクチャージ!」
コンパスブラスターに銀色の
フレイアも籠手の口から炎が漏れ始めていた。
「インフェルノ・ブレス!」
「
洞窟という密閉空間に、炎の濁流が放たれる。
ハグレ操獣者達は逃げ道もなく、炎に飲み込まれた。
さらに追い討ちと言わんばかりに、銀色の魔力弾が襲いかかる。
悲鳴を上げる余裕すらなく、次々に変身解除に追い込まれていく。
レイとフレイアの攻撃が終わった頃には、ボロボロで気を失った盗賊と魔獣が山になっていた。
スレイプニルに探知をさせて、死んでいない事も確認しておく。
「さて、これで大部分を捕まえたと思いたいんだけど」
そう言いながら、レイは盗賊と魔獣をマジックワイヤーで縛っていく。
その直後であった。
洞窟の奥から、一際異様な殺気と圧を放つ、何かが近づいてきた。
「やれやれ。俺様の部下を随分可愛がってくれたじゃないか」
咄嗟に振り向くレイとフレイア。
そこには身長二メートルあろうかいう、筋肉隆々、白髪の男が立っていた。
隣には魔獣、マンティコアがいる。
「せっかく最後にデカい仕事を見せてやろうってのに。ダラシねぇ奴らだぜ」
気絶して縛られている部下を見ながら、男はそう吐き捨てる。
レイは本能的に感じ取っていた。
この男、普通じゃない。
「おい、そこのガキンチョども。お前ら何者だ?」
「……見ての通り、操獣者だ」
「あとマリーの仲間」
レイとフレイアの返事を聞いて、男は「なるほどなァ」と首の裏を掻く。
レイは異様に感じていた。目の前の男は倒された盗賊達を見ても、動揺一つ見せていない。
それどころか、面倒くさそうにさえ見える。
「お前ら、あの貴族娘の仲間だったのか」
「そういうアンタは、盗賊の仲間?」
「違うな。俺は王だ」
男の目が妖しく光る。
「俺はウァレフォル。盗賊王だ」
「なっ!? お前が……ウァレフォル」
レイは驚いた。目の前にいる男こそが、悪名高い盗賊王である事に。
そしてフレイアは確信した。目の前の男が、マリーを狙っている犯人であると。
「そうアンタが盗賊のリーダーってわけ」
「あぁそうさ」
「なんでマリーを狙うの?」
「あの貴族娘の事か? そんなもん簡単さ。娘を攫えばサン=テグジュペリは言う事を聞かざるを得ない」
それにな、とウァレフォルは続ける。
「女ってのはなァ、奴隷として高く売れるんだよ」
「……レイ。コイツぶっ飛ばすけどいいよね」
「あぁ。こういう下種は死なない程度にシバくのが一番だ」
静かに怒りを燃やすレイとフレイア。
だが二人の様子を見たウァレフォルは、大きな笑い声を上げた。
「ハハハハハハ! 間違いがあるぞガキンチョども」
「なにがさ」
「……死ぬのは俺様じゃなくて、お前らだ」
冷たいトーンでそう言い放ったウァレフォル。
その右手には、黒い円柱形の魔武具が握られていた。
「なっ!? それは」
『ダークドライバー! そういう事か。この男がゲーティアの悪魔だったのか!』
レイとフレイアの間に、強い緊張感が走る。
「こい、マンティコア!」
「ガオォォォ!」
マンティコアは咆哮を一つ上げると、ダークドライバーに吸い込まれていった。
マンティコアの魔力が邪悪な炎と化して、ダークドライバーに点火される。
『来るぞ、気をつけろ!』
「トランス・モーフィング」
呪文を唱えると、ウァレフォルの全身が黒い炎に包まれた。
黒炎の中で、ウァレフォルの身体が余さず作り替えられていく。
数秒の後、黒炎を払って、悪魔と化したウァレフォルがその姿を見せた。
人間らしい特徴は二足歩行という点のみ。
獅子の頭に、蝙蝠の羽根。
蠍の尻尾が生えた異形が、そこには在った。
「さぁ。俺を満たしてくれるのは、どいつだ?」
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