Page93:盗賊を退治しよう

 サン=テグジュペリ領の上空。

 レイ、アリス、フレイアはスレイプニルの背中に乗って移動していた。

 目的は勿論ウァレフォルの一味を探し出す事。

 そんな中、レイは少し心配事があった。


「レイ、なにか難しいこと考えてる?」


 レイの背中からアリスが声をかける。


「ん、あぁ。マリーのことをちょっとな」

「置いてきたの、心配?」

「まぁな。家族と喧嘩してなきゃいいんだけど」

「いやぁ、マリーは絶対喧嘩してると思うな〜」


 フレイアの無情な宣告に、レイは溜息をつく。

 だが納得もできてしまった。

 マリーの性格的に、間違いなく伯爵と一悶着している。

 加えて伯爵はマリーにお見合いをして欲しいらしい。

 考えれば考える程、マリーが喧嘩をしない理由が思いつかなかった。


「これ、マリー置いてきて大丈夫だったかなぁ?」

「大丈夫でしょ。だってオリーブもいるし」

「それは別の方向性で心配なんだけどな」


 主にオリーブの貞操が心配だ。

 それはともかく。

 万が一の際には、マリーの事はオリーブに任せる手筈だ。

 今はマリーもオリーブも無茶ができない。

 少なくともオリーブは冷静だ。もしもの時はストッパーになってくれるだろう。


「さて。ここからどうやって探すの?」

「目視は、高すぎて無理」

「ところがどっこい。今回は目視で探す予定だ」


 現在スレイプニルは雲に近い高さを走っている。

 ここからどうやって目視で探すのか。女子二人はすぐには分からなかった。


「こうするんだよ」


 そう言うとレイは銀色の獣魂栞ソウルマークを取り出した。

 バミューダシティでスレイプニルから貰った、もう一枚の獣魂栞である。

 出力は落ちるが、変身して固有魔法を使うだけなら十分な代物だ。


「Code:シルバー、解放! クロス・モーフィング!」


 魔装、変身。

 レイはグリモリーダーに獣魂栞を挿入して、変身した。

 すぐさまレイは固有魔法を使用する。


「固有魔法【武闘王波ぶとうおうは】、視力強化!」


 全ての力を視力強化に割り振るレイ。

 これだけあれば、上空からでも探し物ができる。


「あ〜なるほど。スレイプニルの魔法って便利だよね」

「使い手次第とも言えるがな」


 感嘆するフレイアに、スレイプニルが答える。

 遠回しに「まだまだ修行不足だ」と言われた気がして、レイは少しムッとなった。


「なにか見つかりそう?」

「まだ始めたばっかだ」


 アリスには軽く返事をしつつ、上空からサン=テグジュペリの地を探す。

 そんな中、レイはある事を考えていた。


「(こんな時、ライラがいればなぁ)」


 ライラとガルーダの固有魔法ならば、もっと容易く見つけられるだろう。

 しかし今はここにいない。

 無いものをねだっても無駄だ。レイは雑念を払って、捜索を続ける。


「ん? あれは」


 十数分経った頃だろうか。

 レイの視界に、いかにもな荒くれ集団が入ってきた。


「スレイプニル、少し止まってくれ」

「了解した」


 スレイプニルは魔力で足場を作り、その場に滞空する。

 その間にレイは、件の場所をよく観察した。


 いかにも荒くれ者いった風貌の集団が野営している。

 近くには洞窟。その前に見張り番のような操獣者の姿。

 その洞窟に連れられて行くのは、手を縛られた女と子供の姿だ。


「これはビンゴかな」

「見つけたの!?」

「少なくとも誘拐の罪で摘発できそうな集団だ」

「じゃあ、退治する?」

「「勿論!」」


 一度変身を解除したレイと、フレイアが声をハモらせた。

 それを聞くや、スレイプニルも魔力探知を発動する。

 数秒の探知を終えると、スレイプニルは目を細めた。


「レイ。洞窟内部から妙な魔力を感じる」

「何かいそうか?」

「これは……かなり強力な魔力だ」

「親玉ってやつかな。上等だ、まとめて倒してやる」

「それじゃあスレイプニル。カッコよく下に降りちゃって!」

「フレイア! 俺の台詞取るな!」


 レイとフレイアの口論に呆れつつ、スレイプニルは地上に降りた。

 着地地点は荒くれ集団のど真ん中。

 小細工はしない。真正面からのカチコミである。


「な、なんだこの魔獣は!?」

「またお頭の客かぁ?」


 腰にから剣を抜きつつも、困惑する荒くれ者達。

 だが彼らの予想はハズレだ。


「悪いな。客じゃなくて、カチコミだ」

「アリス達は操獣者そうじゅうしゃ

「マリーの仲間って言ったら、アンタ達には分かるんじゃないの?」


 フレイアからマリーの名前が出た瞬間、荒くれ者達から敵意が剥き出しになった。

 おそらく親玉から話は聞いているのだろう。


「テメェらが空で俺らの顔に泥塗った奴らか!」

「生きて帰すわけにはいかねぇな!」

「その言葉、そっくりそのまま返してあげるわ!」

「フレイア、さっさと片付けようぜ」

「アリスも同意」


 レイとアリスはグリモリーダーを構える。


「それもそうね。じゃあ二人とも、変身するよ!」

「りょーかい」

「スレイプニル、いくぞ!」

 

 レイの指示を受けて、スレイプニルが獣魂栞に姿を変える。

 同時にフレイアもグリモリーダーを取り出す。


「Code:レッド!」「Code:シルバー!」「Code:ミント」

「「「解放!」」」


 三人は同時に獣魂栞を挿入し、十字架を操作した。


「「「クロス・モーフィング!」」」


 魔装、変身。

 赤、銀、ミントグリーンの魔力が放たれる。

 魔力は三人の身体に被さり、それぞれの魔装へと変わっていった。


「さぁ、いくよ!」


 荒くれ者改め、盗賊は六人。

 いずれも変身はしていない。

 生身の身体に、普通の武器だ。


「フレイア! 間違っても殺すなよ」

「分かってる」

「そ、操獣者がなんぼのもんだー!」


 一人の盗賊がフレイアに襲いかかる。

 だが所詮は生身の人間。変身した操獣者の敵では無い。


「普通のパンチ!」

「グエッ!?」


 籠手のついた右手で、フレイアは盗賊の腹を殴る。

 短い声を残して、盗賊は数メートル先の木に叩きつけられてしまった。


「なぁ、アレ死んでないよな?」

「手加減したから大丈夫!」


 操獣者の身体能力は生身の人間とは比較にならない程高い。

 故に普通のパンチ一発でも、当たりどころが悪ければ生身の人間が死ぬ事もあるのだ。

 幸い殴られた盗賊からは呼吸が聞こえる。死んではいないらしい。


「テメェ、よくも仲間を!」

「絶対に許さねぇ!」


 残りの盗賊も剣を構えて襲いかかる。

 だが変身した今、三人には脅威でもなんでもない。


「うぉぉぉ!」

「はい峰打ち」

「ゴフッ!?」


 コンパスブラスター(剣撃形態)で峰打ちをすると、盗賊はまた一人気絶した。

 続けてきた盗賊も、レイは峰打ちで沈める。


「ならこっちのちっこいのを!」

「仕留めてやるぜぇ!」

「小さくない。コンフュージョン・カーテン」

「ぎゃぁぁぁ!? や、やめろぉぉぉ! 俺はノンケだぁぁぁ!」

「ひぃぃぃ!? お頭ぁ、許してくれぇ!」


 哀れアリスに襲いかかった二人の盗賊。

 幻覚魔法をもろに受けて、形容し難い悪夢を見せられていた。

 これで残る盗賊は一人。


「さーて、残るはアンタ一人ね」

「ひ、ひぃぃぃ」

「どうする? 痛い目見るか、大人しく捕まるか」

「ちなみに逃げても追いかけるからな」

「に、逃げるもんか! 逃げたらお頭に殺さちまう!」


 どうやら盗賊の親玉に相当な恐怖を抱いているらしい。

 盗賊は涙を流しながら、剣を構えていた。


「死んでたまるか……死んでたまるかぁぁぁ!」


 剣を突き刺すように、盗賊はフレイアに突進する。

 しかしフレイアはひらりと容易く、それを回避した。

 そして……


「普通のパンチ、パート2」

「グフッ!?」


 無慈悲なパンチが、盗賊を吹き飛ばした。

 木に叩きつけられ気絶する盗賊。

 それを確認したレイは、マジックワイヤーを使って盗賊達を拘束した。

 後で然るべき場所に突き出すためだ。


「それにしても、結構あっさり退治できそうね」

「だと良いんだけどな」


 相手は悪名高いウァレフォルの一味。

 レイは一筋縄でいくとは到底思えなかった。


『レイ、気づいているか』

「あぁ。洞窟方面から足音だろ」

『恐らく今の騒ぎに気づいたのだろう。操獣者の気配もある』

「ハグレ操獣者か。厄介だな」

『遅れは取りそうか?』

「冗談か? 三人がかりならやれるさ」


 スレイプニルの言葉はフレイアとアリスにも聞こえていた。

 二人は武器に手をかける。


「フレイア。気ぃ引き締めろよ」

「レイこそ。手加減しすぎたとかしないでね」

「アリスはいつも通りサポートする」


 向かってくる足音。

 レイ達はそれを迎え撃つように、駆け出した。

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