Page92:出かけに行ったり、喧嘩をしたり

 窓から朝日が差し込んでくる。

 客室のベッドで目覚めたレイは、早速グリモリーダーを操作して、フレイアに通信した。

 内容は主に昨日の事。そして、ウァレフォルの一味の事だ。


「つーわけでだ。細かい話を聞いてから探しに行こうと思うんだけど……大丈夫か?」

『ふわぁぁぁ……だいじょうぶ、だいじょうぶ。わるいのシバくんだよね』

「……とりあえず顔洗ってこい。その後もう一回話そう」

『ふわぁい』

『じゃあアリスが連れてくね』

『おねが~い』


 寝ぼけているフレイアは、グリモリーダーの向こうでアリスに連れていかれた。

 とりあえず数分後には目も覚めてるだろう。

 それはともかく。

 どのくらいの話を聞けるだろうか、レイは少し考え込んでいた。

 すると、客室の扉をノックする音が聞こえてきた。

 レイが扉を開けると、そこには初老の執事が立っていた。


「おはようございます、レイ様」

「あっ、執事の……グスタフさんだっけ?」

「はい、グスタフでございます。朝食をお持ちしました」


 よく見るとグスタフの手には朝食を乗せたトレーがあった。

 レイは結構早起きしたというのに、仕事の早い執事だ。


「マリーお嬢様から、レイ様は早起きだと伺っておりましたので」

「あっ、心読まれた?」

「年の功でございます」


 貰えるものはありがたく貰っておこう。

 レイはトレーを受け取って、朝食のサンドイッチに口をつける。


「奥様からお話を聞きました。マリーお嬢様はそちらで大層頑張っておられるようで」

「そうですね~。マリー自身夢があるらしいですし」

「存じ上げております。ですがその夢は」

「貴族らしからない夢。ですよね?」

「……はい」


 物悲しそうな表情で答えるグスタフ。

 きっと彼個人としては、マリーを応援したいのだろう。


「旦那様の気持ちも、痛いほど理解はできるのです。しかし道は二つに一つ。何かを犠牲にせねばならないのです」

「ま、それが普通ですよね。特に今のご時世じゃ」

「はい。加えて奥様曰く、マリーお嬢様も将来を悩まれているそうで」

「……そうですね。この前の戦いの件もあるし、ウァレフォルの一味の件もあるし」

「おや。レイ様は既に一味の話をご存じでしたか」

「伯爵夫人から聞きましたよ。最近近くで野営をしてるって。それで伯爵が苛立ってるんですよね?」

「左様でございます。厄介極まりない賊に目をつけられてしまいました」

「しかもマリーが狙われてるときたもんだ」

「なんと!? それはまことですか!?」


 レイはサン=テグジュペリ領に来る道中の事を話した。

 初耳だったのだろう。グスタフは見る見る顔を青ざめさせていく。


「なんという事だ。旦那様に知らせねば」

「あっ、それならついでに伯爵と話がしたいんですけど」

「旦那様と、ですか?」

「悪い話じゃないですよ」


 ニッと笑うレイ。

 ひとまずフレイア達が客室から出てくるのを待ってから、伯爵の元へ向かった。


 



 マリーが起きたのは、いつもより遅い時間であった。

 セイラムでの寮生活に慣れてしまったせいか、女中が洗面器を持ってきた時には驚いてしまう一面も。

 まだ少しぼうっとした頭で、マリーは自分が実家に帰って来た事を再認識した。

 女中に着替えを手伝ってもらうのも久々だ。

 今日は貴族らしい高級な布で出来た服。マリーはどうにも不服に感じた。


 とりあえず朝食をとろう。

 マリーが食卓に行くと、彼女の家族が揃っていた。

 

「おはよう、マリー。今日はお寝坊なのね」

「おはようございます。お母様」

「旅の疲れは取れたかい?」

「はい。ルーカスお兄様」


 マリーはふと、周りを見回す。

 フレイア達の姿はない。彼らは客室で朝食なのだろうか。

 そう思った矢先、マリーに声をかけてくる者が一人。


「あっ、マリーちゃん。おはよう」

「オ、オリーブさん! おはようございます!」

「わぁ、マリーちゃん綺麗な服だ~」

「え、えぇ。そうですわね」


 実家で、家族の前で、オリーブと会話する。

 マリーにとってはこの上ない天国シチュエーションだ。

 だがそれはそれとして、気になることが一つ。


「オリーブさん。他の皆様はどちらに?」

「えっと……それなんだけど」

「お前の友人たちは、朝から賊の調査に出向いて行ったぞ」


 伯爵の言葉を聞いて、驚くマリー。

 サン=テグジュペリ領の近くに、ウァレフォルの一味がいるという事は昨日従者たちから聞いていた。

 しかし、相手が厄介すぎる。その上狙われていると思われるのはマリー自身だ。


「……オリーブさん、わたくし達も行きますわよ」

「あっ、待ってマリーちゃん」

「マリー。お前が行く必要はない」

「ですがお父様! 賊の狙いはわたくしなのですよ!」

「だとしてもだ。お前がわざわざ行く必要はない」

「そうはいきません。皆様はわたくしの大切な仲間ですわ!」


 仲間だからこそ、自分だけ安全な場所に甘んじる事が許せない。

 マリーのその気持ちはルーカスとユリアーナには伝わった。

 しかし、彼らが伯爵を説得する事はない。

 伯爵は手に持っていた水の入ったグラスを置くと、言葉を続けた。


「今朝、フレイア殿達が私の元に来た。自分達が賊を無力化してくるとな」

「でしたらわたくしも!」

「もう一つある。マリー、お前が変身しないように見張ってほしいとのことだ」

「ッ!?」


 完全に予想外。

 マリーは想像の向こう側からきた攻撃を受けて、ひどく動揺してしまう。


「ど、どうして」

「アリス殿から聞いた。今のお前は、そしてローレライは変身に耐えられないとな」

「そ、それは……」

「先の戦闘で酷い怪我を負ったらしいじゃないか。まったく、貴族の娘として自覚が足りない」

「クラウスお兄様、それは!」

「クラウスの言う通りだ。お前には自覚が足りない」


 マリーの心に、形容しがたい刃物が突き刺さっていく。


「やはりお前は操獣者そうじゅうしゃになど、なるべきではなかった」

「これは、わたくしの選択です」

「その選択が誤りだと言っている。お前のエゴが友の足を引っ張っているのではないか?」


 マリーの中にどす黒いものが流れ込む。

 だが言い返せなかった。自分の不甲斐なさを、マリーは自覚してしまっていたから。

 マリーの中で、夢が離れていく錯覚が浮かぶ。


「お父様! それは言い過ぎです!」

「黙っていろルーカス」

「クラウス兄さん!」


 ルーカスは伯爵を止めようとするが、クラウスに制止される。


「マリー、やはりお前の道は私が決める」

「……わたくしは」

「目を覚ませ。荒事など、誰かに任せればよいのだ」

「わたくしはッ! 自分の道は自分で決めますわッ!」

「そのような道は最初から存在しないと、何故わからん!」

「お父様こそ、何を恐れていらっしゃるのですか!? わたくし個人ではなく、サン=テグジュペリ家の娘しか見えてないのですか!?」

「ならばどうした。それが家長の責任だ」


 マリーの中で、どす黒いものが砕けて散った。

 一抹の希望はあった。だが結局、伯爵が見ていたものは……マリーではなかったのだ。


「見張りは既に用意してある。屋敷を脱出しようなどとは思わない事だな」

「いい機会だ。見合い相手のリストにでも目を通したらどうだ?」

「どうして……」


 俯くマリーを、ユリアーナは心配そうに見つめる。


「マリー」

「どうしてッ! 誰もわたくしを見てくださらないのですかッ!」


 目から涙を零しつつ、マリーはその場を足早に去っていった。


「マリーちゃん!」


 その後を追うのはただ一人、オリーブ。

 伯爵とクラウスは呆れたように溜息をつき、ルーカスは静かに拳を握りしめるのだった。

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