Page89:母登場
執事のグスタフに案内されて、客室に通されたレイ。
屋敷にいる間は、ここで一人だ。
「流石は貴族の屋敷ってところか。金かけてるねぇ」
レイは適当に荷物を下ろすや、客室の中を眺めていた。
いかにも高そうな家具に、上質なベッド。
そして僅かにひびが見える壁……。
「……犯人についてはノーコメントだな」
相当暴れてから家出したらしい。
それはともかく。
レイはふかふかのベッドに倒れこみ、ひとまずの休息をとるのだった。
「あぁ~良いねぇ。肌ざわり最高だわ」
上質なベッドシーツの感触に満足感が走り抜ける。
少し顔を緩めながらも、レイは先ほどの事を考えていた。
「マリーの親父さんと上のお兄さん。ありゃ分かりやすい堅物ってところか」
だが冷静に考えれば、何もおかしな事ではない。
そもそも貴族の娘が
仕事は荒っぽい現場が九割とも言われている操獣者。
そんな職業に、嫁入り前の貴族娘を送り出す者はそう存在しない。
だからこそレイも、マリーと初めて出会った時に驚いたのだ。
「まぁある意味では想定通りのリアクションではあるよな」
だがそれはそれとして。
マリー自身の事は少々心配になるレイ。
あの父親と長兄、間違いなく確執はあるだろう。
いや、確執が無かったら屋敷半壊事件なんて起こさない。
「……これ、マリーはセイラムに帰れるのかな?」
嫌な疑問がレイの脳内に浮かび上がる。
そもそも的な事も言ってしまえば、この前の件もある。
マリーのメンタルはかなり弱っている筈だ。
「出発の時はあぁ言ってたけど……大丈夫なんだろうな?」
それが心配になるレイ。
もしも嫌な予感が当たってしまえば、フレイアのメンタルも崩れそうだ。
フレイアも早とちりで号泣した事を思い出す。
あの様子では、マリーがチーム脱退などになった日には……想像もしたくない。
「幸いアリスも来てるし、メンタルケアはあいつに任せてみるか……もしくは、女子三人にやってもらうか」
どちらにせよ、男では役者にもならないだろう。
レイは少し諦め気味に、枕に顔を埋めた。
「あらあら~、顔の良い殿方じゃないの~」
コロコロとした笑い声に、レイは顔を起こす。
いつの間に入って来たやら、ベッドの横には綺麗な衣服を纏った女性が居た。
女性はしゃがみ込んで、レイの顔を覗き込んでいる。
「ど、どちらさま?」
衣服からしてマリーの家族だとは思うが、レイは反射的に聞いてしまった。
「うふふ。自己紹介がまだでしたわね。わたくしはマリーの母、ユリアーナと申します」
「あっ、マリーのお母さんでしたか」
つまりは伯爵夫人。偉い人だ。
どこかのほほんとした雰囲気はあるが。
「はい。お母さんですよ~。マリーが若い男の子を連れてきたと聞いたので、気になって来ちゃいました」
「そ、そうですか」
随分と娘のアレコレが気になる母親のようだ。
まぁ母親なら当然か。
「貴方、お名前は?」
「レイ・クロウリーです」
「クロウリー? もしかして、あのクロウリーなの!?」
「えぇまぁ。多分ご想像の通りだと思います」
「まぁまぁまぁ! すごいわ。御伽噺に出てくる英雄のご家族なのね」
テンション高くなるユリアーナに、少したじろぐレイ。
だがこの反応は初めてでもない。
エドガー・クロウリーの名が轟いたこの世界において、クロウリーという姓を名乗るという事は、そういう事なのだ。
「一応息子……まぁ養子ですけど」
「それでもすごいわ。長生きはしてみるものね」
子供のようにテンションを上げるユリアーナ。
父親が尊敬されているようで、レイも悪い気はしなかった。
「ねぇレイさん。何か外のお話を聞かせてはくれないかしら?」
「外の話、ですか?」
「えぇ。わたくしこう見えて、ほとんど屋敷の外に出たことがないのよ」
「……病気か何かですか?」
「生まれつきの体質よ。嫌になっちゃうわ」
曰く、生まれつき身体が弱く、病気になりやすい体質らしい。
それでも三人の子を産めたのは、救護術士による魔法の補助があったからだとか。
レイはその話を聞いて、なんとも言い難いものを感じた。
「で、外の世界に興味津々と」
「そうよ~。なんでもいいから聞かせてちょうだいな」
いかにもワクワクとした表情で聞きたがってくるユリアーナ。
さすがに断る理由もないので、レイはセイラムシティの話をした。
「じゃあ、セイラムシティとギルドの話でも」
「わくわく」
セイラムシティの様子やギルドに来る人々の話。
そこから派生してギルド長や、広報部ラジオの話。
そして、語るべきか迷ったが、セイラムシティで起きた事件の話。
「で、医務室で目を覚ました俺は、フレイアのチームに入ったんです」
「まぁまぁ。すごい人生を歩んでいるのね~」
「自分で言うのもアレですけど、確かにすごい人生歩んでますね」
そしてバミューダシティでの話をする。
ここから登場するのは、当然マリーだ。
ユリアーナはマリーの話が始まった途端、目をキラキラ輝かせ始めた。
「で、俺たちとマリーは無事に幽霊船を撃破しました」
「すごいわマリー。流石はわたくしの娘ね」
「(性癖はアレだけどな)」
流石にマリーの性癖に関しては言っていない。
むしろユリアーナの身を案じて言えない。
「ねぇ、それからの貴方達はどうなったの?」
「それからは……」
レイの脳裏に浮かぶのは仲間たちとの日常。
そして……苦い記憶。
特にあの件は今のマリーが弱った原因でもある。
それを伝えるべきか否か、レイは悩んでいた。
「辛かったら、無理に語らなくてもいいのよ」
「い、いや、辛いとかそんなんじゃ」
「そうかしら。顔がすごく悲しそうだったわよ」
見抜かれていた。レイは少し赤面する。
「でも安心したわ。マリーにも素敵なお友達ができたのね」
優しい表情で、ユリアーナは口にする。
「家を出た時はどうなるのかしらと、気が気じゃなかったけれど……レイさんのお話を聞けば、それが杞憂だったことが分かったわ」
「まぁ、マリーの奴なら逞しく生きてますよ(色んな意味で)」
「本当に良かったわ。あの子は何か無茶をして、大怪我でも負いそうだったから」
レイの心に針が刺さる。
大怪我自体はしたからだ。
「でもあの子、今何か迷ってるみたいだわ」
「……」
「わたくしもマリーとお話をしてみますけど……もしわたくしではダメでしたら、その時はお友達の皆様にお任せしてもよろしいかしら?」
「夫人、それは俺より女子に言ってください」
「あら? わたくしは貴方の方が適任だと思ったのだけれど」
「初対面で買い被りすぎでは?」
「だってマリーの恋人候補ですもの。色々してもらわなきゃ」
「違います! 俺はただのチームメイト!」
「冗談よ」
コロコロと笑うユリアーナ。
レイは「本当に冗談だったのか?」と内心疑問に思っていた。
「そういえば、夫人はマリーが操獣者をするの反対じゃないんですね」
「うーん、わたくしも全面的に賛成しているというわけではありませんわ」
ただ……とユリアーナは続ける。
「マリーには、あの子自身にしか進めない道を進んで欲しい。ただそれだけの思いですわ」
「……親心ってやつですね」
「改めてそう言われると、少し照れくさくなってしまいますわね」
「ただまぁ、こんな事を言うのはアレかもしれないですけど」
「夫とクラウスの事ですね」
レイは無言で頷く。
「レイさん、どうか二人を悪くは思わないでください。夫もクラウスも、彼らなりにマリーを愛した結果の言動なのです」
「それは……そうだと思いますけど」
「伝わらなければ意味がない。それは承知していますわ。ですからわたくしは、可能であればこの帰省中にマリーと対話をしてもらいたいのです」
「……まぁ、それが一番ですよね」
「ただ夫は、ここ最近トラブルで苛立っております。話ができるかどうか」
「トラブル? 何かあったんですか?」
空での襲撃の件といい、どうにもトラブルがある領地らしい。
「わたくしも詳しくは教えてもらえてないのですが、どうも領地の外れにある山に盗賊団が野営をしているそうですの」
「盗賊団? なんか嫌な予感がする」
「その盗賊団が陸便を襲うので、鉄の流通に影響が出ているのです。それの対処に夫は苛立っていますの」
「……ちなみにその盗賊団の名前って」
「たしか……ウァレフォルの一味という名前でしたわ」
予感的中。
レイの顔が一気に強張った。
「ウァレフォルの一味、やっぱりマリーを狙ってるのか」
「えっ!? マリーが狙われているのですか!?」
レイは「失言した」と思ったが、もう後には戻れない。
やむなくレイは、道中での出来事を話した。
「マリーが、そんな凶悪な盗賊団に」
「大丈夫ですよ。いざとなったら俺らが守りますから!」
「本当に、お任せしても大丈夫ですか?」
「問題なしです。だって自称ヒーローですから」
ニカッと笑うレイ。
それを見て少し安心したのか、ユリアーナは「良かった」と小さく呟いた。
「となると、後でフレイア達に連絡して……調査メンバーはどうするかな」
「レイさん」
「はい?」
「これは子どもを持つ母親としての言葉です。どうか死に急がないでください。危険な時は迷わず逃げてください。最後に命がなければ、何の意味もありません」
「……善処はしてます。幼馴染にも似たような釘刺されてるんで」
どうしてもこの手の話をされると、アリスが脳裏に浮かぶレイ。
死ぬつもりは無いが、多少の無茶には目を瞑ってほしいとも考えていた。
「ところでレイさん。マリーは夢を叶えられそうですか?」
「マリーの夢? なんですかそれ」
「あら、聞いてないのですか? あの子の夢は」
ユリアーナが何かを語ろうとした次の瞬間、客室の外からメイドの声が響いてきた。
「奥様ー! どこにおられるのですかー!」
「あら、部屋を抜け出たのがバレちゃったわ」
「抜け出たらマズいんですか?」
「今日も救護術士に安静にしなさいって言いつけられてるのよ」
「えぇ……」
そう言い残すとユリアーナは客室の窓を開けて、指笛を吹いた。
その音に反応して大型の鳥型魔獣がやってくる。恐らくユリアーナの契約魔獣なのだろう。
「じゃあ、適当に胡麻化しておいて」
「え?」
「またお話を聞かせてね~」
ユリアーナは窓から飛び降り、鳥型魔獣の背に乗って脱出した。
レイはその様子を、ただ呆然と見ることしかできなかった。
「マリーって……間違いなく母親似だな」
そんなどうでもいいことを思いつつ、レイは今後の事を考えていた。
「盗賊団の事は気になるな。後でフレイア達に相談するとして」
『マリー嬢のことが気になるのか?』
「あぁ。やっぱりマリーのメンタルが気になる」
『部屋に行くのか?』
「普通に行っても男の俺は通してもらえないだろ」
ではどうするか。
簡単な話だ。
『忍び込みでもするのか?』
「正解。夜に実行するぞ」
レイは夜の経路を考えると同時に、盗賊団の事も考えていた。
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