Page88:マリーの家族
馬車に軽く揺られながらサン=テグジュペリ領を移動するレイ達。
揺れの少ない馬車を体験して、レイは無意識に「流石は貴族だな」と考えていた。
それはともかくとして。
レイは目の前に座るマリーの兄に目をやった。
「スカーフを着けているということは、君もマリーの仲間なんだね」
「えぇ、まぁ」
「ハハハ、そう警戒しなくてもいいよ。取って食うなんてことはしないから。フレイアさんも、そんなに警戒しなくていいよ」
「アハハ。ついつい」
過去の事件が関係しているのか、フレイアは珍しく警戒心が剥き出しになっている。
そんなフレイアを見てレイは「お前の場合は自業自得だろ」と呟くのだった。
「マリー。新しい仲間を紹介してはくれないか?」
「はい、お兄様」
兄の隣に座るマリーが、落ち着いた雰囲気で新しい仲間を紹介する。
「こちらの殿方がレイさん。チームの専属整備士ですわ」
「レイ・クロウリーです」
「クロウリー? いや、偶然か?」
「あぁ……その想像で合ってますよ。エドガー・クロウリーの息子です」
「なんと。あのヒーローのご子息とは」
「養子ですけどね」
驚かれるのには慣れているが、どうにもむず痒いレイ。
「そしてこちらはアリスさん。チームの救護術士ですわ」
「アリス・ラヴクラフト……です」
「よろしく。救護術士もいると色々安心できる」
新人二人の紹介終わる。
フレイア達の事は既に知っているようなので、割愛。
「そういえばコチラの自己紹介がまだだったね。僕はルーカス。マリーの二番目の兄だ」
「二番目? もう一人いるんですか?」
「あぁ。クラウスっていう堅物の長男がね」
苦笑い気味のルーカスを見て、レイは少し面倒な家庭事情を勝手に察した。
屋敷までもう少しかかる。
ルーカスはその間、マリーがどのような操獣者生活を送っていたのかを聞いてきた。
レイ達は答えられる範囲でそれに答えていく。
マリーがセイラムに移り住んだ後。
彼女にうっかりミスでオリーブと共に長期のクエストに出た事。
そのクエストの帰りに、バミューダシティで足止めを食らった事と、バミューダでの一件。
セイラムでの日常。
色々語ったが、ブライトン公国の事に関しては、誰も口にできなかった。
まだ、全員が完全に受け入れられた訳ではないのだ。
「そうか……マリーは色々経験してきたんだね」
「はい」
一通りの話を聞いたルーカスはそう口にし、マリーは小さく恥ずかしげに答えた。
「ここに来る道中はどうだったかな? 空路の様子知りたい」
「疎開目的の人でごった返してましたよ。どこが安全かなんて、全然分からないけど」
「そうだね……アレは、どこにでも現れている」
ゲーティアの脅威に国境は関係ない。
奴らは何処にでも出現し、惨劇を繰り返す。
だからこそ、マリーの親も彼女に連絡を寄越したのだろう。
「あー、でも空で厄介なのは出たよね。ハグレ
「なに? 空賊が出たのか?」
「まぁアタシ達がやっつけたけどね〜。なんだっけ? ウァレフォルの一味とか言ってたっけ?」
ウァレフォル。フレイアからその名前出た瞬間、ルーカスの顔が強張った。
レイもそれに気づく。
「ウァレフォルの一味。ここにも現れるようになったか」
「厄介なのはそれだけじゃないですよルーカスさん。空で襲撃してきた奴ら、マリーを狙ってました」
「なんだって!?」
「アレがそう簡単に諦めるような奴らとは思えない。しばらくはマリーの周辺に気をつけた方が良いと思います」
口元に手を当てて考え込むルーカス。
無理もない。妹が無法者に狙われているのだ。
その一方で、フレイアはレイに話かける。
「ねぇレイ。そのウァレフォルって奴、そんなに有名なの?」
「あぁ。悪い意味でな」
レイは簡単に解説する。
「盗賊王ウァレフォル。世界各地で活動している盗賊団の首領。その残虐さと手段の選ばなさから、ウチのギルドでも第一級討伐対象に指定されてる悪党さ」
「第一級……生死は問わないかぁ、相当な奴ね」
「あぁ。そいつが今マリーを狙ってるんだ」
「怖いですねぇ」
話を聞いていたオリーブはつい恐怖を漏らしてしまう。
オリーブは無意識に、隣に座っていたマリーの手を握った。
マリーは素敵な笑顔を浮かべていた。
「厄介な奴らに目をつけられたな……これは父上にも相談しないと」
「大丈夫大丈夫! いざとなったらアタシ達がマリーを守るから!」
「それに関してはフレイアに同意だ。俺も仲間が狙われるのを見過ごす事はできない」
「アリスも」
「わ、私もマリーちゃんを守りましゅ! うぅ、噛んだ」
マリーのために戦う意志を示すレイ達。
彼らを見たルーカスは素直に「心強いな」と感じた。
だが一方で、マリーはやや暗い表情を浮かべている。
隣に座っていたオリーブは、その事にいち早く気がついた。
「マリーちゃん?」
「……大丈夫ですわオリーブさん。わたくしは、大丈夫です」
そうこしている内に、馬車は大きな門をくぐった。
目的地に到着したのだ。
御者が馬車の扉を開き、レイ達が降りる。
「流石は伯爵家。でっけぇ屋敷」
レイは眼前の屋敷を見上げながら、そう呟く。
いかにも金持ち貴族が住んでいそうな豪華な屋敷。
しかし一点だけ不自然な箇所も。
「ねぇレイ。あれって」
「アリス。なにも言ってやるな」
アリスは屋敷の右側を指差す。
そこは貴族屋敷とは思えない程、ボロボロに崩れていた。
いや、正確には修繕途中といった所か。
レイは容疑者であるマリーの方に視線を向ける。
マリー露骨に目を逸らした。
「お帰りなさませルーカス様。マリー=アンジュ様」
「グスタフ、ただいまですわ。お変わりなようで何よりです」
「ただいまグスタフ。今日はマリーの友人も来ている。丁重にもてなしてやってくれ」
「畏まりました」
屋敷の扉の前に立っていた初老の執事が、マリー達を出迎える。
その様子を見て、レイは改めてマリーが貴族なのだと認識した。
それはそれとして。
「おいフレイア。露骨に震えすぎだ」
「ア、アハハ。やっぱりちょっと怖くて」
「ご安心くださいませ。フレイア様やそのお仲間には一切の無礼を許さないと、奥様から厳命されております」
「ふぅ、良かった」
「これを機に少し自重覚えるんだな」
冷や汗を流しながら安心するフレイアに、レイが軽口を叩く。
だがレイは見逃さなかった。目の前にいるグスタフという執事の目が一瞬妖しく光った事を。
間違いない、許しがあれば容赦なくフレイアを攻撃していた目だ。
レイの腹に力が入る。
「(あまり気は抜かない方が良さそうだな)」
執事グスタフが扉を開き、レイ達は屋敷の中へ足を踏み入れる。
屋敷の中は想像通りとでも表現すべきか。
豪華な絨毯にシャンデリア。調度品や絵画の数々飾られている。
ただし破損している物が多い。
「……マリーさん?」
「なにも、言わないでくださいな」
家出の際、彼女ストレスは相当なものだったらしい。
「ルーカス、帰ってきたか」
「っ!」
声が聞こえた瞬間、マリーの身体に緊張が走った。
階段降りて現れたのは、白い長髪の男性。
ルーカスとよく似た顔つきだが、雰囲気は随分と違う。
男性は鋭い目つきでマリーを見る。
「ようやく帰ってきたか、マリー」
「お久しぶりです。クラウスお兄様」
「寄り道が過ぎるな。お前は変わらずサン=テグジュペリ家としての自覚が足りない」
「まぁまぁクラウス兄さん。せっかく妹が帰ってきたんだ。暖かく出迎えてやろうじゃないか」
「ルーカス、お前は甘過ぎる」
クラウスとルーカスが口論始める。
レイ達はそれをポカンと見ていた。
「なぁマリー。もしかしてお前のお兄さんって」
「いつもではありませんわ。時々こうなるのです」
「お前も大変だな」
マリーに耳打ちするレイ。
彼女なりに貴族の苦労があったのだろう。
さて、そうなると問題は目の前のお兄様達だ。
口論を続ける彼らをどうしたものか、レイがそんな事を考えていると……
「やめないか、客人の前で」
階段の向こうから、壮年の男性が現れて兄弟喧嘩を止める。
威風堂々とした佇まいで、男性はマリーを見る。
「帰ってきたか、マリー」
「はい。ただいま戻りました、お父様」
男性はマリーの父親、サン=テグジュペリ伯爵であった。
伯爵は続けてレイ達に視線を向ける。
一瞬だけ厳しい目を浮かべたが、すぐにマリーの方へと視線を戻した。
「身を固める決心はついたか?」
「そ、それは……」
「手紙でも伝えたが、お前もそろそろ歳なのだ。貴族としての自覚を持って行動してもらいたいものだな」
「わたくしは……操獣者です」
「その夢を捨てろと言っている」
一方的な言い分の伯爵に、フレイアが食ってかかろうとする。
が、それをマリーが静止した。
「言ったはずですお父様。わたくしの道は、わたくしが決めますと」
「その道で死ぬ必要があるのか」
「それは……」
「夢から覚めろマリー。その道は、お前が進む道ではない」
そう言うと伯爵は執事に「客人を案内しろ」と言い残して、その場を去った。
「僕も父上に賛成だな」
「兄さん!」
ルーカスの叱責も聞き入れず、クラウスも去る。
残された者達は、なんとも言い難い苦味を感じていた。
「あんの分からず屋めー! まーだマリーが操獣者するの反対してるの!?」
「マリー、大丈夫?」
俯くマリーに、アリスが心配の声をかける。
「わたくしは……それでも……」
「マリーちゃん」
マリーの手を握るオリーブ。
だがマリーが俯いたままだ。
「ルーカスさん、もしかしなくてもマリーって」
「あぁ、家を出る時に色々とね。父上と兄さんは今でもマリーが操獣者をする事に反対しているんだよ」
「貴族的な考えってやつですかね」
「悔しいけど、そうだね」
静かに拳を握りしめるルーカス。
レイは一筋縄ではいかないマリーの家庭事情を察して、なんとも言えない気持ちになっていた。
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