Page87:マリーという少女について
「で、お嬢様のこと忘れて二人で語り合っていたと」
「面目ねぇ」
薄暗い工房の中で腕を組み仁王立ちするアナとアリス、の前で正座しているシドとレイ。
全然来ない職人二人の様子を見に来たアナとアリスなのだが、レイとシドはそれにすら中々気付かなかった。
二人は女性陣の事などすっかり忘れて、
そして現在。職人二人はしっかりと怒られていた。
「前から言ってるけど、相手はウチのお嬢様なんだよ。もっと丁寧に対応しなきゃ」
「わーってるわい! 細かいこと気にすんな」
「レイも同罪。反省して」
「はい……あの、アリスさん?」
「なに?」
「なんか俺だけ顔がボコボコな気がするんですが」
「自業自得」
バッサリと切り捨てられたレイ。
その顔はアリスの往復ビンタによって、真っ赤に腫れ上がってがいた。
「それにおじいちゃん、朝からずっと作業してるでしょ」
「ん、そうか? もうそんなに経つか」
「適度な休憩は大事。救護術士からの助言」
「というわけで、休憩しよ」
「だな。休憩は大事だぞ爺さん」
「レイにそれを言う資格はない」
バツの悪い顔になるレイ。心当たりが多過ぎるのだ。
そして流石に救護術士にまで言われてしまっては、反論もできないシド。
彼は渋々といった様子で、立ち上がった。
「ほら、レイもいこ。みんな待ってる」
「へいへーい」
レイもアリスに手を引かれて、工房を後にした。
◆
そして家の中に案内される。
テーブルの周りには、既にフレイア達が座って紅茶お菓子を楽しんでいた。
「クッキーおいひ……あっ、レイ遅かったね」
「やっと連れてきた」
「連れてこられた」
「レイ君の扱い方が……」
「完全に小さな子供ですわね……」
呑気にクッキーを食べるフレイア。そして呆れ顔のオリーブとマリー。
小さな子供扱いに、レイは露骨に不服の表情を浮かべた。
「ごめんなさいね、お嬢様。おじいちゃんが中々気づいてくれなくて」
「いえいえ。シドさんの性格はよく分かってますから」
「だろ。マリー嬢ちゃんならそう言ってくれるって信じてたぜ」
「調子に乗らない」
孫娘から拳骨を食うシド。それに文句を言いつつ、頭を抱えながら彼は椅子に座った。
「それにしても、少し安心しましたわ」
「安心だぁ?」
「はい。これだけ遅かったということは、レイさんとシドさんで盛り上がったということですわね」
「おうよ! マリー嬢ちゃんの連れてきた小僧、中々の逸材だったぜ!」
「俺も久しぶりに盛り上がったぜ」
「でもレイ。アリス達のこと忘れてた」
「申し訳ありませんアリス様だからビンタの構えをしないでください」
「ガハハハ! 小僧も女にゃ弱いか!」
アリスとのやり取りを笑われて、なんとも気恥ずかしさを感じるレイ。
その一方で、オリーブは羨ましそうにその様子を見ていた。
思わず「いいなぁ」と聞こえない程度の声で呟くオリーブ。
マリーはそれを聞き逃さず、なんとも複雑な気持ちになっていた。
「しっかしマリー嬢ちゃんが帰ってくるたーな。思ったより早かったな!」
「実家から一度帰ってくるように言われたので。少し顔を見せにきただけですわ」
「……やっぱり、アレが原因か」
シドの言葉に、空気が重くなる。
ゲーティアの宣戦布告。最早世界で知らぬ者は存在しない大事件。
そして、レイ達にとっては直近の苦い経験でもある。
「まぁ、あんな事になったら誰だって娘を家に帰したがるわな」
「そう……ですわね」
「今やあちこちの魔武具整備士が引っ張りだこだ。あんなバケモンみたいな戦力見せつけられて、何も対策せずにはいられないからな」
「て事は、爺さんが作ってた大型魔武具も」
「あぁ。サン=テグジュペリ家からの依頼だ。せめて領地だけでもと言ってな。今はどこもそんな感じだ」
魔武具整備士の需要が上がる。だけど今は嬉しい事とは言い難い。
レイは苦々しいものを感じる。今この状況が、まるで世界中で戦争を始める準備のように思えたから。
いや、実際戦争なのだろう。
この嫌な空気を感じ取っているのはレイ以外も同じだった。
「マリー嬢ちゃんらはどうなんだ? GODの操獣者なんだろ。やっぱり戦いに行くのか?」
「とりあえずアタシとレイはね。あとのみんなは……」
「アリスはレイについていく」
レイはふと視線をオリーブとマリーに向ける。
二人は何も答えられずにいた。
それをシドも察したのか「そうか」とだけ呟いて、それ以上追求はしなかった。
「まぁなんだ。魔武具関係で何かあったら、力は貸してやる。遠慮せずに言え」
「シドさん、ありがとうございます」
「いいって事さ。マリー嬢ちゃんは小さい頃から見てるからな」
「マリー、そんな前から魔武具工房に通ってたのか?」
仮にもマリーは貴族のお嬢様。
魔武具工房とはあまり縁の無さそうな娘なのだが。
レイがそう振ると、マリーは恥ずかしそうに口元を隠して、誤魔化そうとした。
「マリー嬢ちゃんはな、小さい頃から何度も屋敷を抜け出して来たんだよ」
「へぇ〜、意外でもなんでもないな」
「ちょっとレイさん! どういう意味ですの!」
「お前自分の過去の行動振り返ってみ」
少なくとも実家で大暴れして屋敷を半壊させるような娘を、お淑やかとは思わないレイ。
マリーはそれが恥ずかしいのか、顔を真っ赤にしていた。
「ねぇねぇ。屋敷を抜け出したマリーなんでココに来たの?」
「あぁそれはな、マリー嬢ちゃんが
「へぇ〜、マリーちゃん小さい頃から操獣者になりたかったんだぁ」
「え、えぇ。まぁ、そうですわね」
オリーブに笑顔を向けられたせいか、強く出れなくなったマリー。
しかしそれはそれとして、レイとフレイアは少し意外だなと感じていた。
「意外だと思うか?」
「まぁな。貴族の娘が荒事の多い操獣者に憧れるなんて珍しいとは思うよ」
「だろ。ワシも最初は驚いたさ。領主の娘っ子が急に来たもんだからな」
「それで? 小さいマリーは何しに来たんだ?」
マリーが更に顔を赤くするが、全員気付かぬふりをする。
「工房で休憩してたワシの前に来てな『操獣者教えてください』って言ったんだよ」
幼いマリーの行動力に感嘆するレイ達。
そしてマリーは「あぁぁぁ」と言いながら顔を覆い隠していた。
「でも、なんでギルドじゃなくて魔武具工房に来たんだ?」
「あぁ、それはな」
「実はおじいちゃん、昔はAランクの操獣者だったんです」
「えっ! それってスゴい強いじゃん!」
「昔の話だ。事故で契約魔獣が死んじまってな。今はもう隠居の身だよ」
「そうだったのか……」
ちなみに、契約魔獣が死亡した操獣者は原則として、二度と変身できなくなってしまう。
契約魔獣の召喚は基本的には一生に一回なのだ。
「ということは、マリーはお爺さんがスゴい操獣者って知ってて来たの?」
「どうやらそうだったらしい」
「はい、そうですわ」
消え入りそうな声で肯定するマリー。
「最初はワシもギルドに行けって追い払ったんだけどな」
「マリーお嬢様って凄かったんですよ〜。お屋敷を抜け出すたびにウチに来て、おじいちゃんに頼み込んでたんですから」
「アナさん、恥ずかしいので、どうかご容赦を」
「つまりオチはこうか。マリーに根負けした爺さんが色々ノウハウを教えたと」
「正解だ、小僧」
シドも少し気恥ずかしそうに頬をかく。
「最初は追い返すつもりで魔法術式の問題解かせていったんだけどよ。マリー嬢ちゃんは全部解いてきやがったんだ」
「難易度はどのくらいだったんだ?」
「GOD運営の操獣者養成学校の飛び級試験問題」
「それ……何歳の時なんだ?」
「確か、九歳くらいだったな」
レイはそれを聞いて顎を落とした。
少なくともその問題は九歳やそこらで解くような代物ではない。
ここでレイは再認識した。マリーも十分に天才と呼べる分類だと。
「で、そこから面白くなってきてよ。色んな魔法術式に触れさせたんだ」
「で、
「そういう事だ」
「えっ? なんで魔法術式で銃撃手の才能?」
頭に疑問符を浮かべるフレイア。
仕方がないので、レイが簡単に説明をする。
「フレイア。銃型魔武具で弾を撃つのは、どうやってやる?」
「えっと、専用の魔法術式を組んで、インクに混ぜてから、弾込めするんだよね」
「そうだ。だけど銃撃手は状況に応じて術式を使い分ける必要がある」
「あっ! だから沢山の魔法術式を知っている必要があるんだ!」
「そういう事だ」
更に補足をすると、銃撃手は頭の回転速度も重要視される。
素早い思考ができなければ、次弾の装填に時間がかかるからだ。
なおマリーは二挺の銃で擬似的に連射を行っているのに対して、レイは化け物じみた高速思考で連射を行っている。
「それでな。マリー嬢ちゃんが銃撃手の才能を目覚めさせた祝いに、魔武具を作ってやったんじゃよ」
「それってもしかして、マリーちゃんがいつも使ってる」
「はい。クーゲルとシュライバーですわ」
「あっ、やっぱりアレ爺さんが作ったんだな」
「中々良い出来だろ」
「パーツ数多くて整備が大変だけどな」
「ガハハハ! それは愛嬌だ!」
大笑いするシドに、レイは「もう少し整備士思いな魔武具にしてくれ」と心の中で呟く。
「しっかしアレだな。マリーもよく実家にバレずに魔武具貰えたな」
「いんや。案外そうでもなかったぞ」
シドの言葉に「どういう事だ」とレイが聞こうとした瞬間、扉をノックする音が聞こえてきた。
「アナぁ! 代わりに出てくれ」
「はいはい」
呆れた様子でアナが玄関に向かう。
それを確認した後、シドはレイの目をジッと見てきた。
「小僧、マリー嬢ちゃんの事はどれくらい知ってる?」
「どれくらいって言われても」
「多分この後、サン=テグジュペリの屋敷に行くんだろう。アソコは色々と一筋縄ではいかないとこだ。それだけは覚えておけ」
それを聞いたレイはマリーの方を見る。
マリーは少し俯いていた。きっとそれが答えなのだろう。
レイはこの後の展開に不安覚えつつも、腹を括る覚悟を決めた。
その直後だった。玄関の方から、ドタドタと駆け足の音が近づいてくる。
「マリーお嬢様!」
「アナさん。どうされたのですか?」
「そ、それが……お迎えが来ました」
「ほう。話をしてたら来よったか」
マリーの顔が一瞬強張る。それと同時にレイは、誰がお迎えに来たのか検討がついた。
レイが何か声をかけようとしたが、オリーブの方が早かった。
微かに震えるマリーの手を握るオリーブ。
「オリーブさん」
「大丈夫だよマリーちゃん。私たちも一緒だから」
「そうそう。アタシもいるし、レイとアリスもいる。だから大丈夫でしょ!」
「フレイアさん」
「……レイ、良いとこ持ってかれちゃったね」
「だな」
マリーは椅子から立ち、シドに礼をする。
シドは「またいつでも来い」とだけ言って、紅茶を飲んだ。
レイ達もシドに礼をして、玄関に向かう。
開いた扉の向こうには、いかにも貴族が乗ってそうな豪華な馬車が待っていた。
そして馬車の前には一人の男性。
短く白い髪をした、眼鏡が特徴的な男性だ。
服装から、一目で貴族と分かる。
レイは彼から、どこかマリーに似た雰囲気を感じ取った。
「やっぱりここに来ていたんだね、マリー」
「はい。お世話になっていますから」
「でも今回は真っ先に、屋敷に帰ってきて欲しかったかな」
「申し訳ありません……ルーカスお兄様」
「(あっ、やっぱり)」
マリーを迎えに来た男は、レイの予想通りマリーの兄であった。
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