Page86:サン=テグジュペリ領へ

 飛竜便が最寄りの空港に到着した時には、既に夜も更けていた。

 わざわざ危険な夜道を移動する理由も無いので、レイ達は近くの宿屋で一泊。明朝から移動する事にした。


 そして現在。

 レイ達は馬車に揺られて、サン=テグジュペリ領へと向かっていた。


「……」

「レイ君、どうしたんですか?」

「あぁ、ちょっと考え事をな」


 顎に手を当てて、思考するレイ。

 頭に浮かべているのは、上空でマリーを狙った空賊達の事だ。


「(貴族の娘を身代金目的で……なんて無難に答えるのは簡単だ)」


 敵の目的自体はいくらでも想像がつく。

 しかし解せないのは、何故彼らはマリーが飛竜便に乗っている事を知っていたのかだ。

 今回の帰省を知っているのはチームメンバーと、一部の人間だけ。空賊がその情報を知るような場面は無かった筈だ。


「(セイラムには隙が無かった筈だけど……マリーの実家周辺はどうなんだ?)」


 サン=テグジュペリ領に潜んでいる誰かが、マリーの帰省をリークしたのか。その可能性が浮かんでしまう。

 貴族階級の派閥争いの一種と言えば、一応の辻褄は合いそうだ。

 しかし結局は推測でしかない。


 それと平行して、レイはもう一つのパターンを想像する。

 しかしそれは、あまりにも後味の悪いものだった。


「(セイラムにいる誰かが、賊と繋がっていたとしたら……)」


 できるならば外れて欲しい推測。だが可能性はゼロではない。

 それを理解してなお、レイにとっては苦々しい可能性には変わらなかった。

 すぐに想像をやめてしまう。

 そんな筈はない、と自分に何度も言い聞かせた。


 レイは視線を上げて、マリーを見る。

 空賊に狙われたショックか、はたまた自分で火の粉を振り払えなかった負い目か、彼女はどこか落ち込んだ様子であった。


「申し訳ありません。わたくしのせいで、皆さんを巻き込んでしまって」

「気にすんなよ。元々お前を護衛するために着いて来たんだ」

「勝手にだけどね」

「そうだよマリーちゃん。困った時はお互いさまだよ」

「そういう事!」


 馬車に乗ってからずっと静かだったが、ここでようやくフレイアは口を開いた。


「アタシ達はチームなんだ。仲間がピンチならいつでも助ける。そういうもんでしょ」

「皆さん……ありがとう、ございます」


 マリーは感謝の意を伝えるが、そう簡単には割り切れない様子。

 それを察したのか、レイ達はそれから何も突っ込む事は無かった。


 ガタガタと、馬車が揺れる音が響く。

 早朝から乗り続けて数時間。

 太陽の位置も真上を通り過ぎた頃、今回の目的地が見えてきた。


「皆さん、見えてきましたわ。あの門の向こうがサン=テグジュペリ領です」


 巨大な城壁と門が視界を占拠していく。

 門も壁も無いセイラムが特殊なので、これが世界の標準的な入り口だ。

 門を守っている衛兵に身分証の提示を要求されたので、各自見せる。


「お待たせしましたわ。どうぞ」

「こ、これは! マリーお嬢様、お帰りなさいませ!」

「はい。ただいまですわ」


 いきなり領主の娘が登場したせいか、衛兵達は大袈裟な程に萎縮する。

 そんな様子にも慣れっこなのか、マリーの対応は手慣れたものだった。


 少しのハプニングはあったが、レイ達は問題なく中に入れた。

 入ってから少し進んだところに馬車の停留所がある。

 レイ達はそこで馬車を降りて、マリーの実家までは徒歩で行く事になった。

 本当は馬車に乗ったままでもよかったのだが――


「せっかくですから、わたくしが皆さんを案内いたしますわ」


 ――とマリーが言うので、それに甘える事にしたのだ。


 のんびり街を歩きながら、マリーの実家を目指す一行。

 街は人が多く、活気もある良い雰囲気の場所だった。

 彼方此方の建物には大きな煙突がついており、休みなく煙を吐き出している。

 サン=テグジュペリ領は製鉄産業が盛んなのだ。

 煙を吐き出している建物は、ほとんどが製鉄所だろう。

 そして鉄が盛んという事は、魔武具まぶんぐも盛んに作られているという事である。


「うひょー! これは整備士の血が騒ぐぜ」


 希少な魔武具やその部品を見ては、子供のようにはしゃぐレイ。

 魔武具関係の店舗街に着いた途端これである。


「おっスゲー。最新式の術式転写機じゃんか。初めて実物見た」

「レイ、みんなついて行けてない」


 アリスに突っ込まれて、ようやく我に返ったレイ。

 オリーブとマリーは苦笑いを浮かべ、フレイアに至っては立ったまま眠っていた。


「いやぁ、その。男の子の血が騒ぎましたと言うか何というか……」

「限度がある」

「面目ない」


 反省するレイの頬を、アリスがペチペチと叩く。

 するとマリーは何かを思いついたように、手を叩いた。


「そうですわ。わたくしレイさんがとても気に入りそうな場所を知ってますわ」

「俺が気に入りそう?」

「はい! ですがその前に、フレイアさん起きてくださーい!」

「むにゃむ――ハッ!?」


 フレイアは鼻提灯を破裂させていた。




 半信半疑のままレイはマリーについていく。

 十数分程歩いた先は人気のない細い道。

 だがその先には、一軒の工房らしき建物があった。


「さぁレイさん。着きましたわ」

「ここは、工房か?」

「はい。わたくしがお世話になった魔武具工房です」


 煙突はあるが、特に看板などは出ていない。

 本当に営業しているのだろうか。

 マリーが先々進むので、レイ達は慌ててその後を追った。


「こんにちはアナさん。シドさんはいらっしゃいますか?」

「あら、マリーお嬢様じゃないですか。おじいちゃんなら工房で魔武具組んでますよ」


 アナと呼ばれた、黒髪で二十代くらいの女性がマリーを奥に案内しようとする。

 そこでようやく、彼女はレイ達の存在に気がついた。


「こちらはお嬢様のお友達ですか?」

「はい。チームを組ませていただいている操獣者の方達ですわ」

「わぁ、今日は珍しくお客さんがいっぱいだぁ。おじいちゃん喜びますよ」


 アナの顔に笑顔が咲く。普段はあまり客が来ないのだろう。

 レイ達はアナに案内され、工房中へと入っていった。


 工房の中は薄暗く、金槌で金属を叩く音が鳴り響いている。


「おじいちゃーん! お客さんだよー!」

「シドさーん! お久しぶりでーす! マリーでーす!」

「今忙しいがら後にしろッ!」


 巨大な魔武具らしき物の下から、ゴーグルをつけた老人がひょっこりと顔を出し、すぐに消えた。

 きっと彼がシドさんなのだろう。


「また絵に描いたような職人爺さんだな」

「もーっ、おじいちゃんったら。ごめんなさいねマリーお嬢様」

「いえいえ。お気になさらないでください。シドさんが元気な様子で、わたくしも一安心しましたわ」

「本当にごめんなさい。お詫びと言ってはなんですが、お茶とお菓子でも食べていってくださいな」

「お菓子!」


 お菓子と聞いて子供のように目を輝かせるフレイア。

 お目当ての人物があれなので、女性陣はしばらくお茶して待つ事にした。


「あれ? レイ君は来ないんですか?」

「あぁ、俺は後でいく」

「整備士の血が騒ぐってやつですか?」

「それと男の子の血な」

「じゃあ仕方ないですね。私達先にいってますね」


 小さく手を振って、工房を後にするオリーブ。

 残されたレイは、目に焼き付けるように工房の中を見学していた。


「……すげぇな」


 最初は、堅物の老いぼれが作った古い魔武具ばかりかと思っていた。

 だがよく見れば違う。

 術式転写機は最新の大型機。壁に掛けられている物は複雑な製作工程が必要な銃型魔武具。床に落ちていた紙に目を落とせば、複雑かつユニークな術式が記されていた。

 間違いない。このシドという整備士、相当な腕前だ。


「ん? おーいアナー! 五番の鉄筆とってくれー!」


 巨大な魔武具の下から、シドが叫び声を上げる。

 だがここには孫娘は居ない。居るのはレイだけだ。

 同じ整備士という事で、レイはテーブルに置かれていた鉄筆入れから指定された一本を取り出した。


「ほらよ爺さん」

「おうサンキューな!」


 魔武具整備に相当集中しているのか、鉄筆を渡した人物が自分の孫娘でないことに気付いていない。


「このッ。射程調節の式が上手く書き込めねぇ」

「射程調節なんてただでさえ細かい術式なんだぞ。五番じゃなくて三番使えよ。ほら」

「んあ、そうか」


 シドは新しい鉄筆を渡されると、黙々と術式を書き込み始めた。

 それを確認してから、レイは改めて目の前にある巨大魔武具に目をやる。

 それは万年筆を想起させる形状をした、巨大な大砲であった。


「すげぇな。大きさからいってどっかの城壁に設置する魔武具か?」

「おぉ分かるか……って、オメーさん誰だ?」

「今頃気づいたのかよ」


 レイはアナに案内されて来た事や、マリーが来ていた事をシドに話した。


「そうかそうか。マリー嬢ちゃんが来てるのか」

「今頃女子だけでお茶でも飲んでるだろーよ」

「オメーさんは行かなくていいのか?」

「俺はいい。目の前にある芸術的魔武具が気になってな」

「ほう。オメーさん中々分かる口だな。名前は?」

「レイ・クロウリー。魔武具整備士だ」


 レイの名前を聞いた瞬間、シドはゴーグルを外し驚愕の表情を浮かべた。


「するとオメーさんが、セイラムの天才整備士か!?」

「まぁ、腕の方はあるつもりだぞ」

「ガハハ! 長生きはするもんだな。大した有名人が来たもんだ」


 自分外ではそこまで有名人だと思っていないレイ。

 目の前で喜々とするシドに、少々困惑していた。


「どうだ、見てくれコイツを。ロマンと実用性を兼ねた傑作魔武具」

「高出力の魔力砲撃をしつつ、必要部品を減らして整備難易度を大幅に下げている。そしてそれらを両立させているのは、爺さんの組んだ術式……ってところか?」

「満点の回答だ、小僧」

「高出力と実用性の両立。ピーキーなチューニングは男のロマンだからな」

「ガハハハハハハ!!! 最高だ小僧。気に入ったぞ!」


 大声で笑いながら、シドは魔武具の下から出てくる。


「休憩だ。小僧! 整備士同士、語り合おうや!」

「望むところだ」


 近くにあった椅子に座り、魔武具談義を始める二人。

 女性陣を待たせている事など、二人はすっかり忘れていた。

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