Page85:獅子の悪魔
サン=テグジュペリ領から少し離れた山奥にて、ウァレフォルの一味は即興の隠れ家を作っていた。
隠れ家と言っても、魔法で作った横穴に簡易的な処置を施したものだ。
だがそれだけあれば、彼らにとっては十分。
奪った獲物を安全に置いておくスペースであれば、何でもいいのだ。
隠れ家の中では、盗賊達が狂喜の声を上げている。
ある者は踊り、ある者は酒を呷り、またある者は魔僕呪を口にしていた。
薄暗い隠れ家の中に存在するのは盗賊達だけではない。
アジトからここに来るまでの道中で略奪した財宝や食料。そして鎖に繋がれた女と子供だ。
酒が回ってきたのか、盗賊の一人が輪から離れて女達に近づく。
下卑た顔を晒しながら近づく盗賊に、女と子供は恐怖を感じていた。
誰かが悲鳴を上げる。だが助けが来るわけではない。
盗賊はどの女にしようか、舐め回すように物色していた。
すると背後から、聞きなれたお頭の声が響いてきた。
「おい……何してやがる」
「ひぃっ。お頭」
「まさかオメェ、その女どもに手出すつもりじゃねーだろうな?」
「い、いやぁその。売る前に少し、具合でも見ておこうかと」
「具合だと?」
ウァレフォルはキッと盗賊を睨みつける。
彼の恐ろしさをよく知る盗賊は、その一瞬で酔いが醒めてしまった。
盗賊を睨んだ後、女と子供達を見渡すウァレフォル。
「なるほどな……お前が言うことも一理あるなぁ」
「え、それじゃあ」
「だが分かってるだろうな? 処女には手を付けるなよ。奴隷ってのは処女の方が高く売れるからな」
お頭の許しが出た。
その言葉は隠れ家に居る全ての盗賊達に伝わった。
歓喜の声が湧き出る。その反面、女と子供は絶望の底に叩き落されていた。
盗賊達は我先にと女と子供に向かって駆け出す。
後はただ、屈辱と蹂躙の時間が始まるだけだ。
そんな部下達の行動を横目に、ウァレフォルは隠れ家の奥へと戻っていった。
部下に用意させた椅子に座り込むウァレフォル。
彼は隣に座っているマンティコアの毛を撫でながら、葡萄酒を飲んでいた。
肴は勿論、女と子供の悲鳴である。
「やっぱり俺様には、この瞬間が一番落ち着く。そうだろうマンティコア」
「グルルルル」
略奪と蹂躙の証。それを耳にしながら飲む酒。
それこそがウァレフォルにとっての至福の一つであった。
ウァレフォルの一味は積極的に女と子供を攫うようにしている。
それは頭領であるウァレフォルの機嫌を取る為でもあり、同時に奴隷として売り捌けるからだ。
とは言え、労働奴隷はとうの昔に廃れており、表向きはどの国も奴隷という存在を認めていない。
では誰に売るのか。答えは簡単だ、好き者の貴族に性奴隷として売るのだ。
普通の人間なら反吐が出る所業。
だがウァレフォルにとってはどうでもいい事だ。
略奪という快楽のおまけに金が入ってくる。ただそれだけの事。
ウァレフォルが再び葡萄酒に口をつけようとした、その時だった。
女と子供の悲鳴とは違う騒がしさが、自分の元にやって来た。
「なんだ、人が気持ちよく飲んでいる時に」
「お、お頭ぁ……」
ウァレフォルの元にやって来たのは三人の盗賊。
いずれも、マリーを攫うように指示されていたハグレ操獣者だった。
レイ達と戦って上空から落とされた彼らは、大怪我を負いながらもこの隠れ家に戻って来たのだ。
「なんだお前らか。どうしたんだその怪我は?」
「す、すまねぇお頭。邪魔が入っちまった」
喋れる余裕のある一人が、事の顛末を話し始めた。
上空でマリーの乗った飛竜便を見つけた事。
攻撃を開始したら、とんでもなく強い魔銃に防がれてしまった事。
そして赤色の操獣者と、二体の鎧装獣に撃墜されてしまった事。
全ての話を聞き終えたウァレフォルは、ため息を一つついた。
「そうか……失敗したのか」
「すまねぇお頭。次は必ずアイツらを仕留める」
「気にするな、もう過ぎたことだ」
それはそうと。ウァレフォルは続ける。
「その鎧装獣ってのは強かったのか?」
「へ、へい。強かったです」
「操獣者もか?」
「へい……」
「そうか……まぁ、仕方ないよなぁ」
葡萄酒を一口呷るウァレフォル。
彼から罰を言い渡されない事を、ハグレ操獣者三人は不思議に思っていた。
「ところでよぉ……一つ質問していいか? さっきから気になってたんだ」
「へ、へい。なんでしょう?」
「テメェら誰だ?」
突然の発言に困惑するハグレ操獣者達。
だがそんな事を気にもせず、ウァレフォルは睨みつけてくる。
「な、何言ってるんですか、お頭ぁ」
「俺達、ずっと一緒にやってたじゃないですか」
「ほーん。そうなのか……なぁオメーら。誰かこいつ等の事知ってるか?」
隠れ家全体に響く大声でウァレフォルが問う。
すると盗賊達はニヤニヤとしながら、ハグレ操獣者の周りに集まってきた。
「いんや、知りませんねぇ」
「お頭ぁ。誰ですかこいつ等?」
「ボロボロになってかわいそうでちゅね~」
「な……なんで」
味方は一人も居ない。
囲まれたハグレ操獣者達は、徐々に涙目になっていった。
そんな彼らの前に、ウァレフォルが歩いてくる。
「いいか。何処の馬の骨とも知らねーような奴らに負ける雑魚はなぁ……このウァレフォルの一味には居ないんだよ」
「あ……あぁ」
「つまりオメーらは、この俺様の顔に泥を塗りにきた侵入者ってわけだ」
「そんな、お頭ぁ! 許してくれ!」
「懺悔は地獄でやってろ」
そう言うとウァレフォルは、黒い円柱状の魔武具、ダークドライバーを取り出した。
それを視認したマンティコアが咆哮を一つあげる。
「こい、マンティコア」
瞬間。マンティコアの身体は光の粒子となり、ダークドライバーに吸い込まれていく。
マンティコアの魔力が邪悪な黒炎と化して、ダークドライバーに点火された。
「トランス・モーフィング」
呪文の後、黒炎がウァレフォルの全身を包み込む。
盗賊やハグレ操獣者達の前で、余さず変化していく身体。
数秒でそれが終わり、ウァレフォルは身体についた黒炎を払って、その姿を露わにした。
人間と同じ特徴は二足歩行という点のみ。
獅子の頭に蝙蝠の羽、蠍の尻尾が生えた異形の悪魔がそこにはあった。
「汚点は、拭わなきゃいけねーよなぁ?」
「お頭、許してくれ!」
「さっきも言った筈だぜ。懺悔は地獄でやってろってな」
もはや聞く耳など持ち合わせていない。
それを察したハグレ操獣者の一人が、グリモリーダーに手をかけようとする。
しかしそれよりも早く、ウァレフォルの尻尾が三人の身体を突き刺した。
「グァッ!?」
「お、お頭ぁ……」
「せいぜい綺麗な悲鳴を上げるんだな」
蠍の毒が一瞬で全身に回り、三人は動けなくなる。
後はただ蹂躙されるのを待つばかり。
ウァレフォルは大きな口を開き、目の前に居たハグレ操獣者の頭を喰らった。
毒で動けない者はただそれを見る事しかできない。
最早自分に与えられる物は残酷な死のみ。それを理解した瞬間、ハグレ操獣者の顔は絶望に染まった。
バリバリ。ブチリブチリ。
みるみる喰らい尽くされるハグレ操獣者。
あとは同じことを二回繰り返すだけだ。
ウァレフォルは面倒くさそうに、残る二人の頭を喰いちぎった。
ほんの数分で終わった出来事。
血溜まりこそ出来たが、肉片は落ちていない。
ウァレフォルは腕で口元を拭うと、変身を解除した。
「おい。誰かこれ掃除しとけ」
部下の盗賊に血溜まりの掃除を命令してから、ウァレフォルは再び椅子に座る。
先程までとは打って変わって、その機嫌は非常に悪かった。
「サン=テグジュペリの娘に操獣者のお守だと? あの
だが、その操獣者の正体にウァレフォルは見当がついていた。
サン=テグジュペリの娘が所属していると聞く操獣者チーム。
「レッドフレアか……誰を敵に回したのか、死で分からせてやる」
自分の仕事に泥を塗った者は何人であろうと許さない。
ウァレフォルはレッドフレアへの怒りを、ふつふつと燃え上がらせていくのだった。
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