Page84:空の襲撃者②

 魔装、変身。

 グリモリーダーから魔力が解き放たれ、各々の魔装に身を包むレイ達。


「レイ、アリス! 空中はお願い!」

「了解。いくぞアリス」

「うん」


 レイとアリスはグリモリーダーの十字架を操作する。


「融合召喚! スレイプニル!」

「融合召喚、カーバンクル」


 空中に巨大な魔法陣が展開されたので、レイとアリスはその中に身を投げる。

 同時に、二人の身体は契約魔獣と同化し、巨大な像を紡ぎ始めた。


『ハァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!」

『キュウゥゥゥゥゥゥゥゥイィィィィィィィィィィ!!!」


 光が弾け、鎧装獣と化したスレイプニルとロキが姿を現した。

 ロキは巨大な耳を羽ばたかせて、スレイプニルは魔力で足場を生成して滞空する。


『フレイア、乗れ!』

「言われなくても」


 フレイアは船から飛び降り、スレイプニルの背中に飛び乗った。

 船から突然鎧装獣が現れた事で、空賊達の間に動揺が走る。

 だがそれも一瞬。飛竜達は口に魔力を溜めて、船に向けて放ってきた。


『させるかよ!』

「魔力障壁!」


 スレイプニルは先程と同じように障壁を展開して、攻撃から船を守る。


『障壁の展開は俺に任せて、スレイプニルとフレイアは攻撃に入ってくれ』

「了解した」

「オーケー。いくよ!」


 飛竜の群れに向かって、空中を駆けだしていくスレイプニル。

 鎧装獣が来たという事で、飛竜達の攻撃はスレイプニルに集中しはじめた。


『無駄だァ!』


 スレイプニルの中で、レイは術式を高速構築する。

 飛竜達が放った攻撃の軌道に合わせて、レイは複数の魔力障壁を展開した。

 障壁に打ち消されていく攻撃の数々。

 その隙にレイは、空賊達の説得を試みた。


『おいお前ら、攻撃をやめろ! あの船には大勢の人が乗ってるんだぞ!』

「そんなこと知るか!」

「俺達ぁ、自分の仕事をするだけさぁ!」


 飛竜の背に乗っているハグレ操獣者達が叫ぶ。

 予想通りとはいえ、そう簡単に説得には応じてくれない連中だ。


『仕方ないか……死なない程度に撃墜させる!』

「攻撃は我とフレイア嬢に任せろ。レイは障壁で船を守れ」

『こぼれた敵はアリス達に任せて』

「キューイ!」


 飛竜達の群れへと突っ込んでいく、ロキとスレイプニル。

 飛竜達と、背中に乗っているハグレ操獣者達は、一斉に攻撃を開始した。

 上空で飛び交う無数の魔力弾。

 だがレイが瞬時に障壁を展開していくので、そのことごとくが打ち消されていく。

 そしてスレイプニルは、一体の飛竜へと接近した。


『は、早い!?』

「まずは貴様だ。スラッシュ・ホーン!」


 飛竜の中から、融合しているハグレ操獣者の驚愕が伝わってくる。

 だが情は与えない。

 スレイプニルは己が角に魔力を込めて、薙ぎ払った。


――斬ッッッ!――


 至近距離で放たれた白銀の魔力刃。

 鎧装獣の装甲をもってしても、飛竜には耐えきれなかった。

 装甲が砕け散った飛竜が、短い鳴き声を残して墜落していく。

 それを目撃した空賊達は、レイ達への怒りを一気に燃やした。


「テメェ、よくも俺達の仲間を!」


 飛竜の背に乗るハグレ操獣者は、銃型魔武具を乱射してくる。

 だが障壁に阻まれて、何人も傷つけられない。


『クッソ。必要な障壁が多すぎる』

「じゃあ背中の操獣者はアタシが倒す!」


 そう言うとフレイアはスレイプニルの背から跳躍し、一番近くを飛んでいた飛竜に飛び乗った。


「な、なんだテメェ!?」

「自称ヒーローよ」

「ふざけんじゃねー!」


 銃型魔武具の銃口をフレイアに向けるハグレ操獣者。

 だが引き金を引くよりも早く、フレイアの蹴りで魔武具を弾き落されてしまった。


「加減失敗したらごめんね」

「ひぃッ!?」

「ボルケーノ・ファング!」


 右手の籠手に炎を溜め込んで、フレイアはハグレ操獣者を殴りつけた。

 ぎゃあと情けない悲鳴を上げて空から落ちていくハグレ操獣者。

 魔装を身に纏っているので、墜落しても死ぬことだけは無いだろう。

 それを理解しているからこそ、フレイアは躊躇なく敵を攻撃できた。


『クソがぁ! テメェも落ちやがれ!』

「おおっと。悪いけど、それはできない相談」


 飛竜は大暴れして、背中のフレイアを落とそうとするが、彼女は背中の装甲にしがみついていた。

 落ちないように踏ん張りつつ、獣魂栞を取り出すフレイア。

 そして腰からは、ファルコンセイバーを引き抜いた。


「レイ。早速使わせてもらうよ」


 ファルコンセイバーの柄に、赤色の獣魂栞を挿入するフレイア。


「インクチャージ!」


 ファルコンセイバーの真紅の刀身に、巨大な炎の刃が纏わっていく。

 フレイア十八番の必殺技だ。


「バイオレント・プロミネンス!!!」


――業ォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!――


 業火一閃。

 強大な炎の刃を背中に食らった飛竜。フレイアの必殺技は鎧装獣の装甲さえも焼き斬ってしまった。

 滞空が安定しなくなる飛竜。フレイアはその背中から跳躍し、スレイプニルの背に戻った。


『まだだ……まだこんな所で』

「残念だが、これで終わりだ。スラッシュ・ホーン!」


 スレイプニルが放った白銀の魔力刃。それが追撃であり止めと化した。

 胴体からまともに喰らった飛竜は、そのままクルクルと地上へ落ちていった。

 短時間で操獣者二人、鎧装獣二体を失った空賊の間に動揺が広がる。


『おいおい、あんな強い操獣者が乗ってるなんて聞いてねーぞ!』

「クソッ! サン=テグジュペリの娘を攫うだけの簡単な仕事じゃなかったのかよ!」


『(なんだって?)』


 空賊達が発した言葉は、強化されていたレイの耳にしっかり伝わっていた。

 サン=テグジュペリの娘を攫う。つまり彼らの目的は……


「レイ。まさかアイツらの狙いって」

『あぁ。俺達の聞き間違いじゃなけりゃ、多分マリーだ」

「これは……色々と話を聞かなきゃなんないね」


 ならばするべき事は一つだ。

 最低でも一人、空賊を捕まえる。

 レイはすぐにアリスの協力を仰いだ。


『アリス! 幻覚魔法を使って、アイツらの動きを止めてくれ!』

『りょーかい』

「キュッキュイ!」


 狼狽えている空賊達に、ロキは自身の耳の内側を向ける。

 耳の内側には巨大な眼のような紋様が刻まれている。

 一体化しているアリスとロキが術式を構築すると、紋様が展開し妖しい光が輝き始めた。


『リライティングアイ、解放』

「ギューイ!」

『ぜんぶとまっちゃえ。バインド・ナイトメア』


 眼の紋様から発せられた光が、飛竜達を飲み込む。

 強力な停滞の幻覚を浴びた空賊達は滞空しながらも、瞬く間に動きを止めてしまった。


『さてとフレイア。ちょっとお話してきてくれ』

「わかった」


 スレイプニルは適当に選んだ飛竜の横に留まる。

 フレイアはすぐに飛び移り、飛竜の背に乗っていたハグレ操獣者に問うた。


「ねぇアンタ。サン=テグジュペリの娘が目的ってどういうこと?」

「誰がお前なんかに。それより俺達を解放しろ!」

「アンタが事情を話したらね。それとも、今すぎに空から落ちたいの?」


 フレイアはファルコンセイバーの切っ先を突きつける。

 ハグレ操獣者は分が悪いと判断したのか、目的を話し始めた。


「俺達はただ、お頭に命令されただけだ。この船に乗ってるサン=テグジュペリの娘を攫ってこいって」

「アンタ、なんでこの船にマリーが乗ってるって知ってるの?」

「そんな事、俺達は知らねぇ! 俺達は本当に命令さらた通りに動いただけなんだ!」

『おい、そこのハグレ野郎。テメーらのお頭ってのは誰だ?』


 レイが質問をした瞬間、ハグレ操獣者はゲタゲタと笑い声を上げ始めた。


「聞いてビビるんじゃねーぞ。俺達のお頭はなぁ、世界に名を轟かせる盗賊王。偉大なるウァレフォル様だぁ!」

『なんだって!?』


 スレイプニルの中で、レイは驚愕し、冷や汗をかいた。

 ハグレ操獣者の口からでた名前が、あまりにも予想外だったからだ。


「盗賊王……ウァレフォル?」

『なんだってそんな奴がマリーを狙ってるんだ』

「そんなの俺達の知ったことじゃねー。テメーらはもう終わりだ。ウァレフォルの一味に手を出して、生きて帰った奴はこの世にいねー!」

『そうか、じゃあ俺達は初めての生き残りだな』

「……それはどうかな?」


 妙に余裕を吹かせるハグレ操獣者に、レイは怪しげなものを感じる。

 その直後だった。遥か上空から強力な魔力の気配が姿を見せた。


「レイ、上だ!」


 スレイプニルと同時にレイは上を見る。

 そこには、今までの比にならない程巨大な魔力弾を口に溜め込んだ、飛竜の姿があった。


「これを喰らえばテメーらもお終いだァァァ!」

『一体上空に逃げてたのか!』

「レイ、障壁だ!」

『駄目だ。軽減しかできない!』


 完全に防御できる程の障壁を作るにはもう遅い。

 だが今できる事をしなければ、こちらが撃墜される。

 レイはフレイアに戻る様に指示しながら、障壁を作り始めた。

 だが術式が完成するよりも早く、飛竜の口から魔力弾は放たれた。


『レイ!』

「キューイー!」


 瞬間、巨大な魔力弾とスレイプニル達の間に、ロキが割り込んできた。

 障壁展開しながら来たとはいえ、魔力弾を防ぐには薄すぎる障壁。

 すさまじい爆発音と共に、ロキは魔力弾をまともに喰らってしまった。


「キュゥゥゥゥゥ!!!」

「ロキ殿!」

『アリス!」


 大ダメージを受けて、落ちていくロキ。

 レイはスレイプニルの中で、無意識に手を伸ばした。

 すると……レイの手から、虹彩色の光の帯がロキへと伸びていった。


『これって……』


 驚く間もなく、レイから伸びた光の帯はロキに繋がる。

 そしてレイは躊躇うことなく、光の帯を引いた。

 するとロキは縛られた綱を引かれたように、スレイプニルの元へと引き上げられていった。


「ギュゥゥゥ……」

『アリス、大丈夫か!?』

『うん……障壁張ってたから、アリスもロキも大丈夫』

『そうか……良かった』


 だが喜ぶのもつかの間。

 ロキがダメージを受けたせいで、空賊達を捕らえていた幻覚魔法も解けてしまった。

 自由になった空賊達は、復讐と言わんばかりに攻撃を再開する。


「ヒャハハハ! さっきのお返しだァァァ!」


 苛烈な魔力弾の雨が、船とスレイプニル達を襲う。

 レイはすかさず魔力障壁を展開したが、数が多すぎた。

 防御で手一杯になってしまう。


『今アリス達にもう一回魔法を使わせる訳にはいかねぇ』

「レイはそのまま防御に専念して。アタシとスレイプニルで残りを落とす!」

「協力するぞ、フレイア嬢」


 フレイアに言われた通り、防御に専念し始めるレイ。

 スレイプニルが飛竜の集団に突っ込むと、フレイアは近くにいた飛竜に飛び乗った。


「どりゃぁぁぁ!」


――斬ッッッ!――


 ファルコンセイバーから放たれる一太刀が、ハグレ操獣者を空に落とす。

 それを確認するや、フレイアは次の飛竜へと飛び乗った。


「スレイプニル、鎧装獣の方はお願い!」

「任された」


 背中に誰も居なくなった飛竜を、スレイプニルは魔力刃やショルダーグングニルで撃墜していく。

 それと並行して、フレイアはハグレ操獣者を次々に落としていった。

 凄まじいスピードとコンビネーションによって散らされていく空賊達。

 ものの数分で、残り一人と一体になった。


「残りはアンタ一人だけど、どうする?」


 スレイプニルの背に乗って、フレイアはそう問いかける。

 勝ち目がないと理解したからか、はたまた別の理由か、ハグレ操獣者と飛竜はガタガタと震えていた。


「ふ、ふざけんな。ここで引き返したら俺達がお頭に殺されちまう!」

『なにがなんでも仕事は成し遂げる! それが俺達だァ!』


「あっそ。じゃあアタシ達も全力で仲間を守らせてもらうわ」

『以下同文だな』


 最早遠慮する理由もない。

 スレイプニルは一気に飛竜の元へと駆け出した。


「『うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!』」


 自棄になった叫びを上げながら、攻撃を乱射してくる空賊。

 だが冷静さを失った攻撃を防ぐ事は、レイにとって容易かった。

 障壁が攻撃を防いでいる間に、スレイプニルはショルダーグングニルに魔力を溜める。そしてフレイアはファルコンセイバーに赤色の獣魂栞を挿入した。


「インクチャージ」


 フレイアはハグレ操獣者に、スレイプニルは飛竜に狙いを定める。

 そして――


「バイオレント・プロミネンス!」

「グングニル・ブレイク!」


 両者の必殺技が、空賊達に叩きこまれた。

 加減はしてあるので、変身解除にまでは追い込まれていない。

 だが大ダメージを受けたハグレ操獣者と飛竜は、そのまま何も言わず空の下へと落ちていった。


「ん~。これで全部ね。一件落着ぅ」

『だな……けど、新しい問題も出て来たな』


 マリーを狙う盗賊の一味。これで諦めるという事はないだろう。

 目的の真意こそ不明だが、少なくとも今回の帰省は静かに終われないらしい。

 レイはこの先の旅路に、強い緊張を覚えるばかりだった。

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