Page83:空の襲撃者①
空港の町、ラピュータシティ。
セイラムシティから山一つを越えた先にあるその街に、レイ達は足を踏み入れていた。
「ん~、ひっさびさに来たね~。前に来たのはマリーを連れてきた時だったかな?」
「そうですね~。でもフレイアちゃん大丈夫なんですか? マリーちゃんの実家に行って捕まりませんか?」
「大丈夫大丈夫。マリーが手を回してくれたって言うし。ね、マリー」
「はい。あの件に関してはきちんと話をつけておいたので」
活気ある街の喧騒を背景に、和気藹々とする女子三人。
その先頭をレイとアリスが歩いていた。
「おい三人とも。早くしねーと置いてくぞ」
「あっ、待ってよレイ~」
先々進むレイを小走りで追うフレイア達。
その行き先には、数百メートルはある巨大な木が君臨していた。
「しっかしあれだな。数年振りに空路を使うけど、本当にデカイ木だよなぁ」
「そうだね」
「そういえばアリスは空路初めてだっけ?」
「……うん。一応ね」
「そうか、じゃあ先に言っておく。リフトで酔わないように気を付けろよ」
リフト。その単語が出て来た瞬間、後方のフレイア達が露骨に嫌な顔を晒した。
そうこうしている内に、巨木の根本に到着する一行。
周辺には大荷物を抱えた人々が所狭しといる。
この巨木こそが空港。飛竜便の乗り口なのだ。
根本から上に上がる為には階段もあるが、流石にそれは疲れてしまう。
レイ達は根本にある巨大な魔道具、リフトに乗り込んで上に行く事にした。
ギュウギュウ詰めの人の熱気と、激しい揺れに襲われること数分。
ようやくレイ達は巨木の上部までやって来た。
「うっぷ……なんでリフトってこう揺れるのかな?」
「何度も乗ってきましたが、やっぱり慣れませんわ」
「うぇぇ……気持ち悪いよぉ」
旅立ち前にも関わらず、フレイア達三人は完全にダウンしていた。
「くっそー、依頼があったら今すぐにでも俺が整備してやるのに」
「レイさん、リフトの整備ができるのですか?」
「一回乗れば原理なんてすぐ分かるし、俺ならもっと揺れないリフトを作れる」
「レイ君が言うと、本当にやりそうです……」
「みんな。はやく飛竜便に乗ろ」
表情一つ変わっていないアリスに急かされて、フレイア達は頑張って立ち上がる。
巨木の上部には大きな穴が開いており、飛竜便の乗降口になっているのだ。
少し歩けば、多数の飛竜が姿を見せる。
今回乗るのは大型の飛竜便だ。巨大な船を四体の大型飛竜が運搬してくれる。
「おぉ~。でっかいね。豪華客船?」
「なんだか高そう……私お金そんなに持ってないけど、大丈夫なのかな?」
「まぁ本来なら豪華客船って呼ばれる類なんだろうな。だけど今は事情が違う……ほら」
レイが指差した先を見るフレイア達。
その先には大荷物を抱えた女性や子供が、次々に船に乗り込んでいる姿があった。
「あれは……もしかして疎開でしょうか」
「そうだ。ゲーティアの宣戦布告があってから、ああやって田舎に疎開する人たちが後を絶たないんだってさ」
「レイ君……安全な場所って、あるのかな?」
小さな声で問うてくるオリーブ。
レイはその問いに「さぁな」としか答えられなかった。
「でも都市部よりは安全だと思う。ね、ロキ」
「キュイ!」
「……だと良いんだけどな」
ゲーティアの悪魔は空間の裂け目を利用して出現する。
あの裂け目の正体が分からない以上、何処に逃げれば安全なのか、レイには見当もつかなかった。
だが今は、一人でも多くの人獣の安全を願うばかり。
そんな無力な自分に、レイは微かな苛立ちを覚えていた。
「レーイ、そんなに難しく考えなくて大丈夫でしょ」
「フレイア」
「目に見える範囲が、手を伸ばせる範囲で救える範囲。少なくともアタシ達が見える範囲内では、アタシ達が救えば良い。それだけでしょ」
「そうだな。その通りだ」
フレイアの言う通りだった。
尊敬する父親もそうやって人獣を救ってきたのだ。
ならば、二代目を目指す自分達がまずするべきは、その後追い。
目に見える範囲だけでも、ゲーティアから人獣を守ろう。
レイは改めて心の中でそれを誓うのだった。
「みんな、はやく乗らないと出ちゃうよ」
アリスに言われて我に返るレイ達。
もうすぐ出立の時間だ。
五人は慌てて船に乗り込むのだった。
雲を突き抜けて大空へ。
飛竜の鳴き声と、翼を翻す音を耳にしながら、空の旅が始まる。
船の甲板は多くの人で賑わっている。いや、その半数以上はこれからに対する不安の声だ。
レイ達はこれから、一日かけてサン=テグジュペリ領の最寄り空港まで行く。
長い旅路が始まる前に、レイは忘れずある物を取り出した。
「マリー、お前の銃だ。ちゃんと整備しておいたぞ」
「レイさん……ありがとうございます」
「いいさ、これが仕事だからな。ただそれより、お前はもう少し出力抑えて銃を使え! ライフリングほとんど消えてたぞ!」
「そ、それは……最近荒事が多かったもので」
レイに叱られて、思わずマリーは目を逸らしてしまう。
荒っぽく使っていた自覚自体はあるらしい。
「そんで次はオリーブ。イレイザーパウンドも整備済みだ」
「わぁ、レイ君ありがとうございます」
「オリーブは
「え、えへへ」
無意識にオリーブの頭を撫でるレイ。そして赤面するオリーブ。
毎回彼女くらい丁寧に魔武具を扱う操獣者ばかりなら仕事も楽なのに。レイは心の中でそうぼやいていた。
「そんでもってフレイア、ほれ」
「ん? これって……」
「お前の新しい剣だ。忘れないうちに渡しておこうと思ってな」
布に包まれた魔武具を手渡すレイ。
フレイアはすぐに布を解いて、その中身を露わにした。
「これが……新しい剣」
「見た事のない形状をしていますわね」
「
「アリスも一緒に作ったよ」
フレイアは新しい剣を手に持ち、軽く腕を上下させる。
肌に合う事はすぐに伝わった。
ニッと笑みを浮かべたフレイアは、レイの方へと振り向く。
「ねぇレイ」
「なんだ」
「この剣の名前、なんていうの?」
「……ファルコンセイバーだ」
「ファルコンセイバー……」
フレイアは手にした真紅の剣をまじまじと見つめる。
「うん、良い剣だね。すっごい気に入った!」
「まだまだ気が早いっての。コイツの真価は見た目のかっこよさだけじゃねーんだぞ」
「そうなの?」
「お前は今まで何の話を聞いてたんだ」
額に手を当てて呆れかえるレイ。
そこまで来てようやくフレイアも、ファルコンセイバーの本題を思い出した。
「あっ、そういえば本命の能力があったね」
「本命を忘れるなバカ」
アハハと笑って誤魔化そうとするフレイア。
レイはため息を一つついて、とりあえず流した。
「じゃあ説明するぞ。基本的な使い方は前にやった実験器と同じだけど――」
レイはフレイアに懇切丁寧に使い方を説明し、アリスが偶に補足する。
そんな三人を見守るマリーとオリーブ。
だが数分経った頃だろうか、周りの喧騒の質が変化していた。
よく見ると、乗客たちは皆同じ方向を見ている。
「なんだろう?」
オリーブは気になって、乗客達と同じ方向を見る。
そこには、数体の飛竜の姿があった。
だが何かおかしい。船を持ち上げている飛竜達とは質感が違う。
鱗ではなく、全身が鋼鉄に覆われているようであった。
「あれは……
レイも説明を中断して、件の方を見る。
確かにマリーが言うように、数体の鎧装獣がこちらに向かって飛んでいた。
『レイ、嫌な予感がする』
「スレイプニル、俺もだよ」
一瞬、どこかの国軍が軍事演習でもしているのかと思ったレイだが、それはないとすぐに切り替える。
仮に軍事演習なら、民間の航路にぶつかりにいく筈がない。
さらに言えば、鎧装獣は戦闘用の姿だ。ただの移動の為に使うようなものではない。
レイは飛んでくる鎧装獣達をじっと見つめる。
すると鎧装獣達の口に、
「不味いッ! スレイプニル!」
『心得た!』
レイのポケットに入っていたスレイプニルは、すぐさま獣魂栞から魔銃の姿へと戻った。
そして船と鎧装獣の間に割り込む。
次の瞬間、鎧装獣達は口に溜めていた魔力を一斉に解き放ってきた。
「魔力障壁展開!」
すぐさま船と飛竜を守るだけの障壁を展開するスレイプニル。
一瞬遅れて障壁に着弾する攻撃。
凄まじい音と共に爆発した攻撃は、乗客達にパニックを与えた。
「え、何々!? 攻撃された!?」
「不味いですわフレイアさん。あれは空賊ですわ」
「それだけじゃない。鎧装獣で来てるってことは、アイツらハグレ操獣者だ!」
「ハグレ操獣者……ってなに?」
レイはずっこけた。
「あのなフレイア。ハグレ操獣者ってのは――」
「どこのギルドにも所属せず、好き勝手している無法者」
「アリス、俺の台詞とるなよ」
アリスに抗議するレイ。
だがフレイアには説明が伝わったようだ。
「ふーん。つまりアイツら操獣者なのに空賊やってんだ」
「そういう事だ」
「……ふざけてるわね」
フレイアが怒りを燃やしているのを知らずか、鎧装獣が更なる攻撃を加えてくる。
幸いスレイプニルが全て魔力障壁で防いているので、船への被害は出ていない。
だが乗客達のパニックは止まらなかった。
「相手は空か……よし。マリーとオリーブは乗客の人達に被害がいかないように守って。レイとアリスはアタシと一緒に鎧装獣を叩くよ!」
「オーケーだリーダー」
「りゅーかい」
「はいです!」
「わたくしは……できる限りのことをしますわ」
すぐさま指示を出したフレイアと、各々の役割を理解した面々。
レイ、アリス、フレイアはすぐさまグリモリーダーを取り出した。
「いくよみんな! Code:レッド、解放ォ!」
「いくよロキ。Code:ミント、解放」
「変身するぞ、スレイプニル!」
「了解した」
障壁を維持したまま、スレイプニルは銀色の獣魂栞へと姿を変える。
「Code:シルバー、解放!」
三人はグリモリーダーに獣魂栞を挿入し、十字架を操作した。
「「「クロス・モーフィング!」」」
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