Page82:盗賊王ウァレフォル
それは。レイ達が旅の準備をする数日前。
世界の裏側にあるゲーティアの本拠地。反転宮殿レメゲドンでは、悪魔達が狂喜の声を上げていた。
そんな同胞たちの喜びを気に留める事も無く、金髪の少年ザガン。
彼は手に持った水晶から映し出される光景を目にして、ため息を一つついた。
「まったく。いくら陛下の御意向とはいえ、自分たちの使命を忘れてるんじゃないでしょうね」
「ザガン、呼んだか?」
額に手を当てて呆れかえっているザガン。
その背後から漆黒の鎧に身を包んだ騎士、フルカスが姿を現す。
「この映像は……」
「ボクらの同胞が各地で行った戦闘。その記録ですよ」
「そうか」
「酷いものですね。己の欲に取り憑かれて好き勝手に暴れています」
「同感だな。奴らからはゲーティアとしての使命を欠片も感じ取れん」
「でもまぁ、陛下の御意向に沿って暴れているだけ、彼らはまだマシですよ」
そう言うとザガンは水晶の映像を切り、フルカスに向き合う。
「これでまだマシだと?」
「本当に厄介なのは陛下の話を聞きもせずに好き勝手やっている悪魔です。彼らは義体造りにさえ非協力的ですから」
「それは、恥知らずと言う他ないな」
ソロモンの顔に泥を塗る行為。
その一端を垣間見ただけでも、フルカスの怒りは上りつめていた。
それすらも気にせず、ザガンは本題を切り出した。
「それでフルカス。今からボクはその恥知らずに話を付けに行くんですよ」
「同行しろという事か」
「よろしいですか?」
しばし考えるフルカス。
仮にもザガンがゲーティアの悪魔だ。一枚岩でいく相手ではない。
そんな相手の頼みを軽々しく聞いて良いものか。フルカスは微かに迷った。
だが答えはすぐに出た。
「いいだろう。俺は何をすれば良い」
「感謝します。貴方はただ、取り巻きのハエを払ってくれれば良いだけですよ」
そう言うとザガンはダークドライバーを取り出し、空間に裂け目を作り出した。
「面倒な仕事なんです。さっさと済ませましょう」
淡々と空間の裂け目に入り込んムザガン。
フルカスも無言でその後に続いて行った。
◆
裏側の世界から、表の世界に裂け目が繋がる。
ザガンとフルカスが出てきたのは、どこかの洞窟。その入口から少し離れた場所。
件の洞窟の入口には見張りの人間が立っている。
「ザガン。なんだ此処は」
「俗にいう、盗賊団のアジトだそうですよ」
簡潔に質問に答えると、ザガンはスタスタと洞窟の入口に向かって行く。
見た目はただの少年であるザガン。見張りの人間も当然見逃すわけはない。
「どうした小僧? ここはお前みたいなガキが来る所じゃねーぞ」
「金目のもん持ってるなら置いてきな。もっとも、無くてもお前なら奴隷として売れそうだけどなぁ!」
ギャハハハと下品な笑い声を上げる見張り二人。
ザガンは内心「馬鹿馬鹿しい」とぼやきながら、額に手をつけた。
「申し訳ないですが、素直に通してもらえませんか? 無駄な時間を食うのは嫌なんですよ」
「なんだとこのガキィ!」
見張りの二人が激昂し、腰につけていた魔武具に手をかけた瞬間、ザガンは右手をかるく上げた。
「フルカス。仕事です」
雑用係を押し付けられたようで、フルカスは内心不服であった。
だが一度引き受けた仕事だ、全うはしよう。
見張りの二人はフルカスの姿を見た瞬間、その殺気に中てられてひるんでしまった。
「な、なんなんだお前!」
「悪い事は言わん。大人しく俺達を通せ」
「そ、そんなことしたら、俺らがお頭に殺されるだろ!」
殺気と恐怖に支配されて、正常な判断が出来なくなっている見張りの二人。
魔武具である剣を引き抜いて、そのままフルカスに斬りかかった。
「愚かな」
そう小さく呟くと、フルカスは目にも止まらぬ速さで、二人に拳を叩きこんだ。
コヒュっと小さな音が漏れると同時に、二人の男はフルカスの圧倒的な力によって壁に叩き付けられてしまった。
パァンと無残な音が周囲に鳴り響く。だがフルカスもザガンも気に留めない。
「終わったぞ」
「そうですね。では先を急ぎましょう」
粉々の肉片と化した男達を見る事も無く、ザガン達は洞窟の中へと足を踏み入れた。
洞窟の中はやはり盗賊団のアジト。
荒くれ者達が異物であるザガンとフルカスを威嚇する。
「テメーら、どこから入ってきやがった」
「ここがどういう場所か知ってて来たんだろうなぁ!?」
ガタイの良い男達に囲まれても二人は動揺しない。
むしろ、面倒事が増えたとため息が出る始末だ。
「フルカス」
「分かっている」
それは最早、一方的な蹂躙であった。
フルカスとザガンに攻撃を仕掛ける盗賊達は、次々に無残な死体へと変わっていく。
その騒ぎを聞きつけた盗賊が、更に奥から湧いて出てくる。
ザガンやフルカスの言葉を聞こうともせず、盗賊達は無謀にも二人に攻撃を仕掛けてしまった。
「無駄だ」
文字通り、ハエを潰すように淡々と盗賊を消すフルカス。
手も足も出ないフルカスの強さに、盗賊達の間では徐々に恐怖が広がっていった。
「な、なんだよアイツ、強すぎるだろ」
「ビ、ビビんな! 俺達にはお頭から貰ったあれがある!」
すると盗賊達は、懐から一本の小瓶を取り出した。
小瓶の中にはどす黒い粘液が入っている。
それを見たフルカスは、小さく鼻で笑った。
「人間用に希釈した玩具か。無駄な事を」
「うるせぇ! これさえあれば俺達は無敵だぁ!」
瓶の蓋を開け、盗賊達が中身を飲もうとした、その時だった。
「やめとけお前ら。こんな所で無駄死にする必要はねーよ」
洞窟の最奥から、大きな人影が姿を現す。
盗賊達はその声と姿を確認した瞬間、一斉に道を譲り始めた。
「お、お頭。けどコイツらは――」
「そいつ等は俺様の客人だ。奥に通せ」
「へ、へい!」
明かりに照らされて、盗賊達に「お頭」と呼ばれた男の姿がよく見えてくる。
二メートルはあろうかという身長に、傷だらけで筋肉隆々の巨体。
そしてボサボサの白い髪に、生々しい傷跡が多々ある凶悪な面構えをしていた。
「お久しぶりですね、ウァレフォル」
「そうだなザガン。最後に会ったのは何年前だ? 十年前か?」
「二十年以上は経っていますね」
「あぁそうだったか。悪いなぁ。この身体になってから時間ってのにルーズになっちまってよ」
ゲラゲラと笑い声を上げるウァレフォル。
だがザガンもフルカスも淡々としたものだった。
「立ち話もなんだ。奥に来い。椅子ぐらいは用意してやる」
ザガンとフルカスは、誘われるがままに洞窟の奥へと進んでいった。
洞窟の最奥。アジトの本拠地には、広々とした空間があった。
その中央には一つの玉座が鎮座している。無論、ウァレフォルの席だ。
玉座の横には蝙蝠の翼とサソリの尾を持つ獅子、マンティコアが居た。
ウァレフォルは部下を顎で使い、ザガンとフルカスの席を用意させる。
「まぁ座れ。俺様に用があるんだろ?」
「はい、そうです」
椅子に座るや、ザガンはすぐに本題へと入った。
「単刀直入に言います。ウァレフォル、貴方もそろそろ使命を全うしてください」
「使命ぃ?」
「陛下の義体造りと、人獣への攻撃だ」
「あぁその事ねぇ」
いかにも興味なさげといった態度で、ウァレフォルはマンティコアの毛を撫でる。
「結論から先に言ってやろう……ノーだ」
「なんだと」
「悪いが俺は義体造りだとか虐殺だとかにゃ微塵も興味がないんだ。面白くもなさそうだしな」
「ウァレフォル。貴様、己がゲーティアである事を忘れたのかッ」
「忘れちゃいないさ。ソロモン陛下にも感謝している」
だけどよ……とウァレフォルは続ける。
「俺様はこの力で、もっと面白い事がしてーのさ」
「面白い事ですか?」
「略奪だよ略奪。力で全てを手に入れる快楽! これ以上のもんはこの世にない!」
「だが貴様には使命を果たす義務がある」
「義体造りに虐殺? 悪いが俺様抜きでやってくれ。ソロモン陛下が大変なのはわかるけどよ、俺様はやりたいようにやらせてもらう。その為なら恩人がどうなろうが――」
知ったことではない。そう言いかけた瞬間、フルカスの剣がウァレフォルの喉元に突きつけられていた。
「貴様……言うに事を欠いて陛下を愚弄するかッ!」
「ヒュー。血気盛んな騎士様だねぇ」
切っ先を向けられてなお飄々としているウァレフォル。
隣でマンティコアがフルカスに攻撃を仕掛けようとするが、ウァレフォルはそれを制止した。
「ウァレフォル。ボクもそんなに気の長い方ではないのです」
翠の目を妖しく輝かせながら、ザガンはダークドライバーを構える。
「二対一で死合いますか?」
「……やめておこう。俺様も命が惜しい」
両手をひらひらさせて、降参の意思を示すウァレフォル。
フルカスはザガンに促されて、剣を鞘に収めた。
「アンタらがここまでやるって事は……今回の戦争、ソロモン陛下は本気なんだな?」
「そうです。なので貴方も働いてください。無論、ゲーティアは裏切りを許しませんが」
「分かってる分かってる。それに裏切りの重さは、俺様の盗賊団も承知しているからな」
「なら良いのですが」
ザガンもダークドライバーを仕舞う。
「一つだけ頼みがある。ゲーティアの使命ってやつを果たす前に、盗賊として一仕事させてくれや」
「まだ話を理解していなかったか」
「だぁーッ、そうカッカすんな。剣をしまえ。仮にも俺様はこの盗賊団の頭だ。部下達に最後の一仕事を見せてやりてーのさ」
「盗賊の矜持とでも言いたいのか」
「そんなところだ。俺様は盗賊王ウァレフォルだからな」
ニヤリと口角を上げて、胸を張るウァレフォル。
フルカスはザガンの方を向き、指示を仰いだ。
「……はぁ。まぁいいでしょう」
「恩に着るぜ」
「ただし分かっていますね? その仕事を終えた後は――」
「当然だ。仕事が終わったら、使命を果たそう。ついでと言っちゃあなんだが、次の仕事先で殺しもやっておくからよ」
「分かりました。では我々はこれで」
ザガンはダークドライバーを取り出し、空間に裂け目を作ると、フルカスと共にその中に足を踏み入れる。
「あぁそうそう。魔僕呪はあまり無駄遣いしないでくださいね」
「まぁ、善処はするさ」
それだけ言い残し、ザガンとフルカスは空間の裂け目へと姿を消していった。
そんな彼らのやり取りを見ていた盗賊達は、軽く混乱していた。
「お、お頭。さっきの奴らはいったい……」
「お頭と同じ魔武具を持ってたみたいっスけど」
「そうだなぁ、簡単に言やぁ俺様と同じ力を持った奴らだ」
ウァレフォルと同じ力。その言葉を聞いた瞬間、盗賊達は震え上がった。
そんな彼らを他所に、ウァレフォルは部下に指示を出した。
「おめーら!!! 次は一つデカい仕事をするぞぉ!」
アジトの中で歓声が上がる。
皆が皆、次の略奪への期待に胸を膨らませていた。
「次はそうだな……鉄でも狙ってみるか」
ウァレフォルは部下に指示して、床に地図を広げさせる。
「そういえば、例の女から貰った話もあったなぁ……」
どうせ最後の大仕事だ。誰かの話に乗るのも一興だろう。
そう考えたウァレフォルは、目的地にナイフを突き刺した。
「次の仕事の舞台は……サン=テグジュペリだ」
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