Page81:ついて行く!!!

 ギルド女子寮の自室で、マリーは荷造りをしていた。

 大きなカバン一つに収まる程の荷物量。

 実家を飛び出した時、ほとんど着の身着のままで来たせいでもある。


 数着の衣類と、日記帳。そしてスケベグッズとグリモリーダーに、その他諸々。


「ふぅ。思った以上に少ない荷物ですわね」


 自分の荷物量の少なさに、少しだけありがたい気持ちが湧いてくるマリー。

 これなら長旅も幾ばくか楽になるだろう。


「あとは……」


 マリーは首に巻いていたスカーフに手をかける。

 だが上手く指先が動かない。

 スカーフに手をかけたまま固まっていると、テーブルの上に置いてあった白い獣魂栞から声が聞こえてきた。


『ピィィ』

「心配無用ですわローレライ。わたくしは……大丈夫です」


 ローレライがマリーを心配するが、彼女は空元気を振りまくばかり。

 少し眼を閉じてから、マリーは首に巻かれていたスカーフを外した。


 外したスカーフをカバンに仕舞うと、扉を叩く音がする。

 やって来たのは寮母のクロケルだ。


「マリーちゃーん。下にフレイアちゃん達が来てるわよ~」

「フレイアさん達がですか?」


 おそらく自分を心配して来たのだろう。

 どの道もうすぐ出立の時間だ。挨拶はしなければ。

 マリーは部屋を軽く見渡してから獣魂栞をポケットに仕舞い、自室を後にしようとする。


「クロケルさん……その」

「マリーちゃん」


 何かを察したのか、クロケルはマリーを優しく抱きしめた。


「大丈夫? 無理してない?」

「あの、無理なんて……」

「貴女もまだ子供なんだから。甘えたくなったら甘えていいのよ」

「……」

「部屋、綺麗にしておくわね。ここは貴女の家でもあるんだから」

「……お気遣い、ありがとうございます」


 上手い回答ができなかった事に、マリーは僅かな自己嫌悪を覚える。

 クロケルの優しさが、痛みにすらなっていた。





 女子寮を出ると、入口前にはフレイアとレイ、そしてアリスがいた。

 相当泣いたのか、フレイアの顔は赤く腫れあがっている。


「よぉマリー。実家に帰るんだって?」

「レイさん……はい」

「そうか」


 意志を尊重するとは言ったものの、いざ仲間がいなくなると思うと、レイは強い喪失感を覚えていた。

 そして隣でフレイアが号泣していた。


「びゃぁぁぁ!」

「泣くなフレイア。あと汚い。マリーの意思を尊重するんじゃなかったのか?」

「そうだげどぉぉぉ、そうだけど、仲間がチームからいなくなるのは辛いぃぃ」


 鼻水垂らしながら本音を漏らすフレイア。

 そんな彼女を見て、マリーは首を傾げる。


「あの、フレイアさん? なにか勘違いしてらっしゃいませんか?」

「ずびびびびび……へ?」

「わたくしは別に、チームから抜けるつもりはありませんわ」

「そうなの!?」


 予想外の返事に驚くフレイア。

 だがそうなると新たな疑問点が出てくる。


「マリーはなんで実家に戻るの?」

「それなのですが……」


 アリスに問われたマリーは、一通の手紙を取り出す。

 手紙には大きく、どこかの家紋が刻印されている。

 フレイアはその家紋に見覚えがあった。


「あれ、その家紋って確か」

「はい。わたくしの実家からですわ」

「マリーの実家っていうと、サン=テグジュペリ伯爵家か」


 手紙を渡されたレイが、その中身を読む。

 長々と書かれているが、要約すれば「実家に帰ってこい」というものだった。


「ゲーティアの宣戦布告による混乱で、家族が心配しているようなのです」

「なるほどな。そりゃ納得だ」

「世界中、荒れてる。心配するのもとーぜん」

「はい。ですので、顔だけでも見せに行こうかと思いまして」

「それで実家に帰る発言か」


 レイとアリスはすぐに事の顛末を理解した。

 一方のフレイアは、涙を拭ってからマリーに確認をとる。


「マリー、チーム抜けないの?」

「最初から抜けるつもりなどありませんわ」

「でも実家に帰るって」

「ですから、顔を見せに行くだけですわ」


 やっと話を理解したフレイアは、そのばにへなへなと座り込んでしまった。


「よ……よがっだぁぁぁ」

「お前は早とちりしすぎだ」

「だってー、ショックだったんだもーん」


 唇を3の字につき出して抗議するフレイア。

 レイは無言でそのこめかみをグリグリした。

 そんな二人を横目に、アリスはマリーに話しかける。


「でもマリー、大丈夫なの?」

「なにがですか?」

「帰り道。今は色々と不安定」


 アリスの言う通りだった。

 ゲーティアの宣戦布告による影響で、今はどの交通機関も不安定な状態が続いている。

 加えて、混乱に乗じた盗賊があちこちで発生。お世辞にも、今は安全な道があるとは言い難かった。


「言われてみればそうだな。マリーの実家ってセイラムから遠いだろ」

「そうですわね。飛竜便と馬車で一日半といったところでしょうか」

「遠いな。ただでさえ治安悪くなってるんだ、危なくないか」

「それに、マリーは今変身できない」

「……そうですわね」


 マリーの契約魔獣ローレライ。

 フルカスからの攻撃で重傷を負っていたが、幸いにして命は助かった。

 しかし、いまだその傷は癒えておらず、マリーを変身させるだけの力は取り戻していないのだ。


「ローレライの傷が癒えてないなら、なおさら危ないだろ」

「無理な変身も、救護術士としてはオススメできない」

「わかっていますわ……わかって、いますわ」


 苦虫を嚙み潰したような顔になるマリー。

 現在の自分の無力さを理解してしまったのだ。


 だが、ここまでくれば話は簡単だ。

 レイは地面にへたり込んでいるフレイアを立たせる。


「フレイア、話は聞いてたよな?」

「もちろん」

「じゃあ、俺が言いたい事は分かるな?」

「とーぜん! マリーの帰省について行くんでしょ」

「正解」


 二人の突然の提案に、マリーは目を丸くする。


「どうせ危ない旅路なんだろ。だったら護衛、必要なんじゃないか?」

「今ならアタシ達が護衛になるよ!」

「それに、丁度サン=テグジュペリ領で買い物したかったところだしな」

「レイが行くなら、アリスもついて行く」


 三人がマリーの帰省に同行する意思を示したところで、レイはある事を思い出した。


「あれ、でもフレイアは大丈夫なのか?」

「なにが?」

「前にマリーの実家で大暴れしたんだろ?」

「あぁそれなら大丈夫大丈夫。マリーがフォローしてくれたらしいから」

「……本当に大丈夫なのか?」


 訝しげにフレイアを見るレイ。

 本当にフレイアを連れていって大丈夫なのか、甚だ疑問だった。


「皆様……よろしいのですか」

「良いってことさ。仲間だろ」

「ちゃんと守るから。安心、して」

「そゆこと。マリーだけに危険なことさせれないしね」


 満面の笑みで応えるフレイア。

 マリーはその笑顔に。肩の荷が降りるような感じがした。


「ありがとうございます」

「それじゃあ他のみんなにも声かけよっか。ライラは……ちょっと無理そうだから、ジャックとオリーブに」

「ジャックはしばらく修行に専念するって言ってたぞ」

「じゃあオリーブに連絡する!」


 グリモリーダーの十字架を操作して、オリーブに通信を繋げるフレイア。

 そんなフレイアの様子を、マリーはどこか悲しげな様子で見ていた。


「……」

「(マリー?)」


 いつもならオリーブの名が出た時点で奇行に走りそうなものなのに、今日はやけにおとなしい。

 そんな違和感を抱くも、レイはそれを口には出せなかった。


「オリーブも一緒に行くって!」

「そ、そうなのですか……ありがとうございます」


 そしてレイはふと気がついた。

 マリーの首に、スカーフが巻かれていなかったことに。


「(まさか……な)」


 どこか不穏なものを感じつつも、レイは長い旅路のための準備をしに走るのだった。


 次なる行き先はサン=テグジュペリ領。

 マリーの実家にして、鉄工業の街。

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