第四章:実家と盗賊王と眩き巨人
Page80:帰っちゃう!?
世界は、確実に悪い方へと進んでいた。
ゲーティアによる宣戦布告から一ヶ月。世界は恐怖と混乱に陥っていた。
日に日に苛烈になっていくゲーティアの攻撃に、全世界の操獣者が立ち向かっていったが、話はそう上手くはいかない。
ゲーティアの悪魔が持つ強大な力の前に、数多くの操獣者がその命を散らしていった。
無論、それはGODの操獣者も例外ではない。
ギルドの大食堂を覗けば、見えてくるのは怒りに恐怖、怨嗟と義憤、様々な感情だ。
そんな暗い混沌を、更に如実化させてくるのが新聞とラジオである。
ひとたび新聞を開けば、目に入ってくるのは戦火の様子。
ラジオをつければ、聞こえてくるのは世界各地の被害状況ばかりだ。
『続きまして、昨日ゲーティアの襲撃を受けた地域ですが――』
「酷い、ね」
「あぁ。かなり深刻だな」
変わる事のない暗いニュースを聴きながら、レイとアリスがそう零す。
二人は現在、ギルド本部の
フレイアの剣を仕上げる為に、設備を使わせてもらっているのだ。
そんな二人の元に、モーガンがやって来る。
「そうだな。今やギルドだけじゃなくて、世界中がゲーティアの話一色だ……まぁ、反応に関しては随分と分かれちまったがな」
「戦う奴らと、恐怖で逃げた奴らか……」
「今は戦うって決めた奴らがこぞって新しい魔武具を欲しがってやがる。忙しいったらありゃしねーぜ」
「悪ぃな親方。そんな忙しい時に来て」
「良いってことさ、他ならぬレイの頼みだから。それに、ゲーティアと戦う為の切り札を作るんだろ?」
「……切り札になってくれれば良いんだけどな」
そう呟いて、レイは目の前で動いている大型設備を見つめる。
魔武具の中に術式を転写する装置だ。
今はフレイアの新しい剣に組み込む術式を、書き込んでいる最中なのだ。
「しっかしお前は相変わらず突飛な発想をするなぁ。今回は複数のソウルインクを混ぜるんだって?」
「実験自体はもう済ませてあるんだ。後はフレイアがコイツをどう扱うかにかかってる」
「そうか……なぁレイ、ちょっと聞いてもいいか?」
「なんだ、親方?」
「そのよ、ゲーティアって奴らは、どんくらい強かったんだ?」
「……」
「いや、無理して答えなくていいんだ。ただ少し気に――」
「強かったよ。特にフルカスって奴には、全員手も足も出なかった」
「……そうか。あんがとな、話してくれて」
目の前でゆっくりと術式が書き込まれていく剣。
レイはそれを見つめながら、ブライトン公国での出来事を思い出していた。
ゲーティアの黒騎士、フルカス。
そしてその契約魔獣、グラニ。
この二つの存在は、レイの脳裏に圧倒的な強さで焼き付いていた。
まずはグラニ。あのスレイプニルの弟。
実際に戦ったレイは一つの理解を得ていた。あの魔獣は、スレイプニルに匹敵する強さを持っている。
その王獣クラスの魔獣がゲーティアについているという事実は、あまりに恐ろしい。
そしてグラニは、スレイプニルに執着を持っていた。
「(もしかしなくても……向こうからこっちを狙ってくるだろうな)」
いずれ戦わざるを得ないという事実が、レイの胃を締め付ける。
そして、その事実を後押ししてくる存在がフルカスだ。
圧倒的強者。その言葉が相応しい強さを持っていた。
事実、レッドフレアの面々は全員、彼の前では手も足も出なかった。
だが何より、レイにとっては「父親から受け継いだ技が通用しなかった」という事実が、動揺と化して心の中に残っていた。
「(完璧に防がれた。アイツに傷一つ付けることができなかった)」
だが、いつか必ず再戦しなくてはならない。
それを頭では理解するのだが、レイの心は不安で満ちていた。
「(勝てるのか? いや、勝たなきゃいけないんだ)」
残っていた理性で不安を払拭する。
勝利のビジョンは全く見えない。だが今は、自分に出来ることを成し遂げよう。
まずは目の前の剣だ。
「そういえば親方さん。ライラはどうなの?」
「あぁ、ライラの奴か……」
アリスに聞かれた途端、モーガンは難しい表情を浮かべる。
「傷は治っているんだ。ただこの前の戦闘が随分ショックだったみたいでよ……まだ部屋に籠ったまんまだ」
「そう……」
「他の奴らはどうなんだ?」
「マリーとオリーブがメンタル面で不安。他は大丈夫」
「救護術士が頑張ってくれたおかげで、身体の傷は治ったんだけど……問題は心だな」
魔法も万能ではない。身体の傷は容易く治せても、心の傷までは治せない。
彼女達の傷が癒えるか否かは、彼女達自身にかかっているのだ。
とにかく今は時間が必要となる。
答えを出すのは、その後だ。
「そういえば、オメーらを助けたっていうあの……なんだっけ?」
「黄金の、少女?」
「そうそれ。その黄金の少女ってのは結局何者なんだ?」
「そんなん俺らが知りたいくらいだよ。一応本人は神様モドキとかよくわからない事言ってたけど、少なくとも敵ではないらしい」
「神様モドキねぇ……なんか胡散臭ぇな」
声には出さないが、レイも内心同意してしまう。
とはいえ、黄金の少女に助けられてきたのも事実だ。
彼女が何故助けてくれたのか、何故レイの名前を知っていたのか。
知りたい事は色々あるが、残念な事に能動的に彼女に会う手段がない。
「王の指輪のこともあるし、もう一度あの子には会いたいんだけどな……」
「またピンチになったら来てくれる……かも?」
「それはそれで俺の心臓に悪い」
「そういえば、この新しい魔武具も、その王の指輪ってのを使うんだっけか? 大丈夫なのか?」
「まぁ大丈夫だとは思いたい。それに今は緊急事態だからな。使える力は何でも使わないと」
「それにアランさんも言ってた。王の指輪が切り札になるかもって」
王の指輪。
ゲーティアも狙っていた謎の力。
魂を繋ぎ、鎧装獣を合体させる能力を秘めているが、まだまだ謎が多い。
「なぁレイ、こんな情けねぇこと言うのもなんだが……今はオメーらに頑張ってもらう他ないのかもしれねーな」
「親方……」
「オメーらは数少ない、ゲーティアに勝った事がある操獣者だ。それによ、巨大化した敵と戦えるのは、オメーらの合体だけだろ」
「Vキマイラ……すごかったね」
「そうだな……ただ今は、ライラ達が……」
「レイもその指輪ってのを持ってるんだろ? ならレイが中心になって合体はできねーのか?」
「俺が? やった事ないからわかんねーな」
自分が合体の中心になる。レイは考えた事もなかった。
だが王の指輪を持っている以上、理論的にはできる筈だ。
「一度練習してみたらどうだ。新しい戦い方が見つかるかもしんねーぞ。それにほら、丁度相性の良さそうなパートナーもいるじゃねーか」
「アリスと合体ねぇ」
「レイと、合体?」
「……まぁ、また今度やってみるかな」
巨大化する都合上、練習には色々準備が必要だ。
それに今は目の前の剣が先決。
後ろでアリスが「レイと合体……レイと合体」とブツブツ言っている気がするが、気のせいだろう。
そうこうしていると、術式の書き込みを終えた装置が蓋を開けた。
「やっと終わったか」
台の上に置かれているのは、いくつかのパーツに分かれた魔武具。
レイは手持ちの工具を使って、それらを組み立て始めた。
そして、ものの数分で組み立てを終えて、新しい魔武具がその姿を現した。
「おぉ。なかなかイカした魔武具じゃねーか」
「だろ」
「なんか、鳥みたい」
完成した魔武具を手に持ち、モーガンとアリスに見せるレイ。
基本はペンシルブレードのような長剣だ。だがその刀身は真紅色で、鍔には鳥の翼を彷彿とさせる装置が取り付けられていた。
「ほう、なるほどな……この翼みたいなパーツに
「柄に一カ所、翼に二カ所ある」
「そうだ。合計三枚まで同時にチャージできる。将来的にはもっと増やしたいんだけどな」
「こりゃスゲーな。そんでレイ、この魔武具の名前は決まってんのか?」
よくぞ聞いてくれました。そう言わんばかりに、レイは口角を上げる。
「ファルコンセイバー。それがコイツの銘だ」
「へぇ、良い名前じゃねーか」
「フレイアも喜ぶと思う。前の剣が折れたの、気にしてたから」
アリスの言う通りだった。仲間意識の強いフレイアは、前の剣を壊してしまった事を結構気にしていたのだ。
そもそも専用器は何度も壊れるものだと、レイも言ったのだが、イマイチ伝わっていなさそうである。
「そうだな。早いとここれ持ってってやるか」
「レイ。その前に片付け」
「分かってるっつーの。お前はかーちゃんか」
アリスに監視されながら、工具などを片付け始めるレイ。
するとけたたましい足音と共に、整備課の扉が勢いよく開かれた。
「レイ! ここにいるの!?」
大声でレイを探しに来たのは、フレイアだった。
「おぉフレイアじゃん。丁度良い、今お前の新しい――」
「わぁぁぁぁぁぁぁぁ!!! レイぃぃぃ、どうじよぉぉぉぉぉ!!!」
「いやどうしたんだフレイア。とりあえず鼻水拭け、汚い」
号泣しながらレイの元に駆け寄ってくるフレイア。
整備課にいた整備士達も、何だ何だとこちらを見てくる。
「フレイア、なにかあったの?」
「アリスぅ、レイぃ、大変なことになっだのぉぉぉ」
「とりあえず深呼吸しろ。それから何があった?」
ヒッヒッフー。
奇妙な深呼吸をして、フレイアはひとまず落ち着く。
だが目元は真っ赤になったままだ。
「マリーが……マリーがぁぁぁ」
「マリーがどうかしたのか?」
正直レイは、今のこの状況を軽く考えていた。
だが次にフレイアが発した言葉で、その意識を改める事となってしまった。
「マリーが……実家に帰らせていただきますっでぇぇぇ!」
「……」
「……」
「びえぇぇぇ!」
しばし沈黙。
そして言葉の意味を理解した瞬間、レイの感情は爆発した。
「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」
「……いちだいじ?」
「キュー」
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