PageEX04:ちょっとだけ甘えん坊
カツカツと杖を鳴らしながら、レイは仕切りのカーテンを開く。
「ジャック、生きてるか〜?」
「あぁレイ。見ての通りだよ」
「そうか、身体は大丈夫そうだな」
カーテンの向こうには、ベッドから起き上がっているジャックの姿があった。
身体が包帯だらけだが、命に別状は無さそうだ。
「まぁ僕は大丈夫なんだけどね……問題はフェンリルの方だよ」
「ダメージがデカいのか?」
「うん、あのゲーティアの一撃を受けた時にね。幸い命は助かったけど、しばらくは獣魂栞にもなれそうにないって」
レイは窓の外を見る。
傷ついた魔獣が治療を受けている中に、青白い体毛の狼、フェンリルの姿があった。
ぐったりと倒れ込み、体毛には血がこびりついている。
「あれは酷いな」
「オリーブのゴーレムとマリーのローレライも、怪我が酷いらしいよ。スレイプニルの方はどうだい?」
「流石は王獣ってところかな。軽傷な上に、もう回復済みだよ」
「本当に流石だね」
一番大きなダメージを受けていたにも関わらず、スレイプニルは既に回復したと聞いて、ジャックは小さく笑いをこぼす。
一方、スレイプニルの回復が早い事について、レイは特別驚いてはいなかった。
スレイプニルは固有魔法【武闘王波】の力で、自然治癒能力も向上している。多少のダメージなら一晩を待たずに回復できる事を、レイは知っていたのだ。
「それで、レイの方はどうなんだい?」
「見ての通りだ。滅茶苦茶痛い」
「まぁ、そうだろうね」
傷の具合を聞かれたレイは、堂々と答える。
スレイプニルが守ってくれたおかげで致命傷は避けられたが、それでも痛々しい傷が身体に刻まれていた。
武闘王波の治癒能力向上は、あくまでスレイプニルに最適化されたもの。人間の身で魔法を借り受けているレイには、あまり恩恵がないのだ。
「……強かったね」
「そうだな」
「正直、少し自信がなくなりそうだよ」
「なんだ? 心折れたのか?」
「まさか。僕はここで折れてなんかいられないんだ」
「なら安心だな」
ジャックの心が折れてないのは良いのだが、しばし沈黙が広がる。
言いたいこと、話したいことはあるのだが、いずれもネガティブなものだ。
「ゲーティアの奴ら、宣戦布告したんだってね」
「そうだな。あちこちで混乱も起きてる。あいつらの虐殺が始まるのも、時間の問題だろ」
「……フレイアはどうするって?」
「戦うってよ。俺も戦うつもりだ」
「まぁ、そうなるだろうね」
想定通りの展開に、ジャックは思わず苦笑いを浮かべる。
「それで、ジャックはどうするつもりなんだ?」
「僕かい?」
「別に無理強いするつもりはないさ。ただ、このままでいいのかなって……」
これが精一杯。
ゲーティアの恐ろしさは、身をもって体験してしまった。
それ故にレイは、あまり強く協力を申し出る事はできなかった。
ジャックは顔を俯かせて、無言になる。
「ジャック……」
「レイ、僕ならもう答えは出てるよ」
そう告げられると、レイは一気に覚悟を決めた。
何を告げられても、それを受け入れよう。
「僕は……ゲーティアと戦うよ。戦わなきゃいけない理由もあるんだ」
「……そうか。ありがとうな」
「そんな事言うなよ。僕たちは同じチームの仲間だろう」
「……そうだよな。うん、その通りだな」
ジャックが参戦の意思を示してくれた事に、レイは強い安心感を覚える。
彼が言う「戦う理由」について少し気にはなったが、何故だかレイはそれを聞こうとする気が起きなかった。
不思議と、今迂闊に聞いてもダメな気がしたのだ。
「ただ問題は、他の子達だね」
「……」
「僕達は大丈夫でも、他の皆まで大丈夫かはわからない」
「一応、後で他の奴らの様子も見てくるよ」
「うん、頼むよレイ」
あれだけの攻撃を受けたのだ。他のメンバーの精神状態については、レイも気になっていた。
できる事なら、大きな傷になっていない事を願うばかりだ。
「そうだジャック、見舞いの品も持ってきたんだ」
そう言うとレイは服の下から一本の酒瓶を取り出した。
「ワインかい?」
「落ち込んでばかりなのもあれだろ? 酒飲んで、少しでも流そうぜ」
「ハハハ、気持ちは嬉しいけど……それどこから持ってきたんだい?」
「昨日の夜抜け出して買ってきた」
「昨日医務室が騒がしかったのはそれのせいか……」
当然の事ながら、脱走がバレたレイは昨晩しこたま怒られている。
その騒ぎで目覚めてしまった事を、ジャックはあえて口にはしなかった。
「でもレイ、医務室で飲んだら不味いでしょ」
「わかってるわかってる。だからジャック、俺の分も隠しといて」
「そっちが本命なんだね……」
もう一本のワインを取り出したレイに、ジャックはただ呆れるばかりだった。
◆
抜け出して買ってきたワインをジャックに押し付けたレイは、別のベッドへと向かった。
目的地のカーテンを開けて、目を覚ましていたベッドの主に声をかける。
「よーアリス、具合はどうだ?」
「うん。まぁまぁ」
「フキュー……フキュー……」
相変わらずの無表情のアリスだが、頭に巻かれた包帯が痛々しい。
ベッドの上ではロキが可愛らしい寝息を立てている。
「ロキの方は流石だな。傷一つ見えねぇ」
「うん。固有魔法のおかげですぐに治っちゃうから」
「アリスの傷も随分良くなってるんじゃないのか?」
「うん。ロキが手伝ってくれた」
ロキの背中を撫でながら、微笑むアリス。
しかし完全に傷が癒えていないあたり、レイは先の戦闘でのダメージの大きさを再認識する事となった。
「完治してないなら、大人しく寝とけよ」
「レイにだけは言われたくない」
「こういう時くらい言わせろ」
「どう見てもアリスより重症なのに?」
「それでもだ」
レイはベッド横にあった椅子に座る。
アリスを心配するのは良いのだが、やはり身体のあちこちが痛むのだ。
「レイ、身体痛くないの?」
「めちゃくちゃ痛い」
レイがそう言うと、アリスは近くに置いてあったグリモリーダーに手をつけようとした。
慌ててその手を、レイは掴み取る。
「無茶すんなって」
「でも、レイが怪我してる」
「お互い様だろ。気持ちは嬉しいけど、今は自分の事を優先してくれ」
渋々といった様子で、アリスは伸ばした手を収める。
献身は素直に嬉しいのだが、流石に今くらいは自分を心配して欲しいレイだった。
「まぁその……あれだ。いつも世話になってるし、たまには甘える側になってくれてもいいんだぞ」
「……甘えていいの?」
「あぁ。遠慮するな」
欲しいものが有れば、医務室を抜け出そう。
できる事ならなんでもやろう。
ただし服を脱がす類の行為だけは拒否する。
アリスはしばし沈黙すると、おもむろに両腕を広げてきた。
レイはその意図をすぐには理解できなかった。
「抱っこ」
「……は?」
「抱っこして」
抱っことは、あの抱っこだろうか。
アリスの要求はレイの想像を遥か斜め上に飛んでいったものであった。
「いやいやいや。子どもじゃないんだからさ」
「甘えさせて」
「甘々過ぎないか?」
「レイに甘えたい」
手を伸ばして抱っこをせがむアリス。
自分から言い出した以上、レイは強く拒絶は出来なかった。
周囲をキョロキョロと見回してから、レイはカーテンを閉める。
「後で恥ずかしいとか言うなよ」
両腕を広げたアリスの脇下に、レイは腕を通す。
些か抵抗感はあったが、それを押し殺して、レイはそっとアリスの身体を抱きしめた。
「ぎゅぅ」
アリスの腕がレイの首にまわされる。
その時フワっと漂う女の子の香りが、レイの鼻腔をくすぐった。
アリスの体温と香りが、広い面積で伝わってくる。
レイはもはや言葉を発する余裕もなくなって、心音も大きくなり始めていた。
「……すりすり」
レイが抵抗しないのをいい事に、アリスはレイの顔に頬擦りを始めた。
摩擦熱も相まって、レイの顔が熱くなる。
側から見れば兄妹のような体格差だが、実際は一歳違いの幼馴染だ。こういう事をされると、ついつい男女というものを意識してしまう。
アリスの頬の柔らかさに負けないように、レイは必死に平常心を取り戻そうとしていた。
「……ねぇレイ」
「ななな、なんだ?」
「レイは戦うの?」
突如ぶつけられた真剣な質問。
レイの頭も一気に冷静になってきた。
「……あぁ、戦う」
「相手、強すぎるよ」
「それでもだ。繰り返して欲しくない悲劇がある」
「……死ぬかもしれないよ」
「譲れない意地があるんだよ。無茶だとしても、折りたくないもんがあるんだ」
「頑固者」
「返す言葉もないな」
アリスの抱きつく力が強くなる。
「死んじゃダメだよ。アリスはね、傷は治せても、死んだ人はどうにもできないから」
「アリス……」
「レイが戦うなら、アリスも一緒にいく。レイの傷はアリスが治すから」
「……ありがとうな」
感謝の念からかどうかはわからない。
レイは無意識に、アリスを抱き寄せる力を強めていた。
「ところでさ、アリス」
「なに?」
「俺はいつまで抱っこしてればいいんだ?」
「……アリスが飽きるまで」
「えぇ……」
何がなんでも離れないと言わんばかりに抱きつくアリス。
レイは拒否する事もできず、受け入れる他できなかった。
結局、レイがアリスから解放されたのは小一時間経った後の事であった。
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