PageEX05:折れかかっている心
「アリスめ~、甘えすぎだろ」
ようやくアリスから解放されたレイは、次なる仲間の元へ向かおうとしていた。
杖をつきながら歩くと、正面からもう一つの足音が近づいてくる。
「ん、フレイア。動いて大丈夫なのか?」
「それレイには言われたくないんだけど。まぁあれね、チームリーダーとして他のみんなの様子を見に行こうと思って」
「なんだ、俺と同じか」
ひとまずレイは、先程様子を見てきたジャックとアリスについて、フレイアに伝えた。
「とりあえずジャックとアリスは折れてない。一緒に戦ってくれるってさ」
「そっか……よかった」
「ただ問題は、他のみんなだ」
「うん……ねぇレイ、ライラにはもう会った?」
「いや、まだだけど」
「ライラはアタシに任せて。レイはオリーブとマリーの所に行ってくれないかな?」
妙に押してくるフレイアに少したじろぎながらも、レイは提案を了承した。
「じゃあ俺はオリーブ達のところに行ってくる」
「うん、お願い」
レイと別れたフレイアは、少々神妙な面持ちになってライラの元へと向かった。
仕切りのカーテンを開く。
フレイアが入ると、既にライラは目覚めていた。
「お、よかった。起きてたんだ」
「あ、姉御。ボクは昨日起きたばっかっス」
少しぎこちない笑みを浮かべて、フレイアを迎え入れるライラ。
その頭には痛々しく包帯が巻かれていた。
「身体の方は大丈夫なの?」
「命に別条はないけど……まだあちこち痛いっス」
「でも無事なら安心した」
「……ガルーダが守ってくれたんス」
顔を俯かせて、ライラは重々しく語り出す。
「あのフルカスって奴にやられた時、ガルーダが咄嗟にダメージを肩代わりしてくれたっス」
「……ガルーダは?」
「昨日救護術士の人に聞いたっス。重症だって」
フレイアは無意識に医務室の外へと視線をむけようとする。
外で治療を受けている魔獣達の中に、ガルーダも居るのだろう。
「ガルーダの怪我、酷いの?」
「酷いっス。しばらくは変身もできないって」
「それは、重症ね」
気まずい沈黙が、二人の間に流れる。
ライラは顔を俯かせたままだ。
「ボクのせいっス……ボクが無茶したせいで、ガルーダに怪我させちゃった……」
「ライラは悪くない。悪いのはあのゲーティアなんだから」
「でも、もう少し冷静に行動するべきだったっス。姉御がやられて頭に血が昇っちゃったっス」
ライラの目尻に涙が浮かぶ。
「忍者のスキルも、使う前にやられちゃった……これじゃあ何の意味もないっス」
「ライラ……」
「お母さんならきっと、もっと上手く立ち回れたんだろうなぁ……」
無念そうにそう零すライラ。
フレイアはライラが何故ここまで忍者としての自分に拘るかを知っていた。
ライラの母親は、東国の上級忍者をやっている。
しかし大量の任務で多忙な故、ライラが幼い頃に東国へ渡ってから一度も帰って来たことはない。
ライラにとって忍者としての自分は、遠く離れた母親と繋がる唯一の絆とも言えるのだ。
忍者としてのスキルも使えずに敗北する。
彼女にとって、これほど屈辱的な敗北は存在しない。
「新聞、読んだっス……みんな、死んじゃったって」
「……うん」
「ボク達、なにもできなかった」
「……そうだね」
フレイアも拳を握り締める。
助けられなかったという事実を再認識して、心が酷く痛む。
だがこのまま、立ち止まっていてはいけない。
フレイアは意を決して、話を切り出した。
「ねぇライラ……まだ、戦えそう?」
「……」
「アタシはね、このままじゃ終われない。アイツらの好き勝手にさせて、世界が滅茶苦茶にされるのなんて我慢できない。大切なものが傷つくのを黙って見てられない。だから……アタシはゲーティアと戦う」
「ボクは……」
「勿論、無理にとは言わない。けどねライラ、もしも……もしも戦う意志が残っているなら、アタシ達と一緒に戦って欲しい」
フレイアの誘い。かつてチームにスカウトされた瞬間を思い出すライラ。
あの時は喜んで掴めた手も、今は思うように掴み取れなかった。
「ごめんなさいっス。少し、考えさせて欲しいっス」
「……うん。アタシはライラの意思を尊重するから」
そう言うとフレイアは、ライラのベッドから立ち去ろうとする。
「姉御!」
「なに?」
「その。姉御は、怖くないんスか?」
フレイアが振り返ると、そこには微かに怯えた表情を浮かべたライラがいた。
「あんなに強い敵と戦わなきゃいけないのに、怖くないんスか?」
「……怖いよ。でもあんな奴らに負けたままの方が、もっと怖い」
その返事を聞いて、ライラはそれ以上何も言えなかった。
「また様子見に来るから。みんなで早く怪我治そうね」
それだけ言い残して、フレイアは今度こそライラの元を後にした。
◆
外の空気でも吸おうと、医務室の外に出るフレイア。
すると、見慣れたスキンヘッドの大男が現れた。
「おぉ、フレイア! もう動いて大丈夫なのか?」
「親方……」
魔武具整備課の長でライラの父親、モーガンだ。
十中八九ライラの見舞いに来たのだろう。
「……ライラならもう起きてるよ。命に別条はないってさ」
「本当か!? なら良かったぜ」
安心したのか、父親らしい優し気な表情を浮かべるモーガン。
フレイアはしばしモーガンを引き留めて、ライラとガルーダの様子を伝えた。
「そうか、ガルーダの奴が」
「しばらくは変身もできないって」
「なぁフレイア、ライラの奴は――」
「落ち込んでる。忍者としてのスキルが何一つ活かせなかったのが相当キたみたい」
「そうか。わかった」
「……ねぇ、親方」
立ち去ろうとしたモーガンを、フレイアは再び呼び止める。
「いつか……いつになるかは分からないけど、いつか。アタシ達が東国に行くことがあったら、何が何でもライラを連れて行くね」
「そ、それは……」
「辛いことがあるとしても、いつかは向き合わなきゃいけない時がくる。それはきっと、ライラも例外じゃない」
モーガンは苦々しい顔で押し黙ってしまう。
「親方。今のままじゃ、きっとあの子は止まったままだよ」
「……そうだな」
数秒顔を伏せた後、モーガンはフレイアの方へと振り返る。
「もしもその時が来たら……ライラの事を頼む」
「うん、任せて。だから今は、親方があの子の心を癒してあげて」
「あぁ、任せろ」
二人は静かに拳を突き合わせ、その場を別れた。
「後は……オリーブとマリーか」
レイに託した二人の仲間を想いながら、フレイア呆然と空を眺めるのであった。
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