Page41:君は、幽霊を見たか!?②

「んしょ」


 迫りくる幽霊に臆せず、オリーブは持参してきた大槌型の魔武具まぶんぐを構える。

 【重量自在魔槌】イレイザーパウンド。

 使用者が込めた魔力インクに応じて重さを変化させる、オリーブ愛用の魔武具だ。


「重さは、このくらいかな?」


 魔力を流し込むと、オリーブの両手にズシンと強い重みが生じる。当のオリーブにとっては軽いものではあるが。


「そぉーれ!」


 豪快に空気を引き裂きながら、イレイザーパウンドを幽霊に叩きつけるオリーブ。

 物理的な防御は殆ど意味を為さない超重量級の一撃だが、それが通用する事はなく、幽霊の身体をスカッと通過してしまった。


「あれ、当たらない? ……ってきゃぁぁ!?」


 自分の攻撃がすり抜けてしまったことに驚くオリーブ。

 その隙を逃すものかと、幽霊達が風の音を鳴らしながら大鎌を振り下ろして来たので、オリーブは悲鳴を上げながらそれを紙一重で回避する。


 その後も何度か攻撃を試みるも、その全てが幽霊の身体をすり抜けてしまった。


「あうぅぅ、やっぱり幽霊にハンマーは効かないですよぉ!」


 涙声で叫ぶオリーブ。

 少し気が抜けてしまった所為か、背後から迫ってくる幽霊の存在に気づけなかった。

 勘づいて振り向いた時には反撃する間もなく、襲い掛かる大鎌の切っ先はオリーブの眼前にまで近づいていた。


「背後からレディに襲い掛かるなんて、おイタが過ぎましてよ」


――弾ッ! 弾ッ!――


 幽霊の大鎌がオリーブにぶつかるよりも早く、銃声が二発鳴り響く。

 爆散する幽霊の向こう側には、二挺の銃型魔武具を構えたマリーが立っていた。


「マリーちゃん、ありがとう!」

「どういたしまして。無礼な殿方にはお仕置きが必要ですから」

「幽霊さんって、男の人だけなのかな?」


 少し困惑気味の声を漏らすオリーブ。


「オリーブさんはわたくしの後ろに。可能な限りでの援護をお願いしますわ」

「う、うん」


 自分が仲間の足手まといになっていると感じたオリーブは、か細い声で返答する。


 だがそんな事は露知らず、幽霊達は容赦なくマリーとオリーブに狙いを定める。

 マリーは両手に持った銃型魔武具をクルクルと華麗に回した後、その照準を幽霊に合わせた。


「お引き取り願いますわ、無粋な幽霊さんミスターゴースト


 速度を上げて襲い掛かる幽霊に、マリーは右手に持った黒い銃の引き金を引く。


「撃ち抜きなさい、クーゲル!」


――弾ッ!――


 放たれた魔力弾を喰らって、無残にも爆散する幽霊。

 だがこれで全てを倒せる訳ではない。

 追撃にくる幽霊に向かって、今度は左手に持った赤い銃の引き金をマリーは引いた。


「続いて、シュライバー!」


――弾ッ!――


 間髪入れず放たれた魔力弾が追撃する幽霊を撃ち落とす。

 その間にマリーは並列思考を行って、もう片方の銃に魔力弾を込める。


 どこかボールペンを想起させる造形を持つ二挺の銃。

 これがマリーのメイン武器、【黒銃】クーゲルと【赤銃】シュライバー。

 二つで一つの姉妹銃である。


 弾込めを終えた方で銃撃している間に、もう片方に弾込めを行う。

 こうして隙を作らないように、マリーは襲い掛かる幽霊を次々に撃ち落としていった。


「魔力弾は有効のようですわね……ですがこの数は」

「少しじゃなくて多すぎるよ~」


 軽く目算しても三十は超えている幽霊の大群。

 マリーの撃つ魔力弾だけでは到底対処しきれない。


「マナ、エンチャント」


 マリーが浮遊する幽霊を少しづつ撃ち落としていると、その横からミントグリーンの魔力を纏ったナイフが投擲だれてきた。


「アリスも、いる」

「アリスさん。恩に着りますわ」


 アリスが投擲したナイフは幽霊の頭部に突き刺さり、そのまま幽霊は霧散してしまった。

 マリーとオリーブに対して攻撃の手を緩めてはこない幽霊達。アリスはそれに向けて刃に魔力を被わせたナイフを投擲し続ける。


 マリーも負けじとクーゲルとシュライバーで応戦するが、如何せん数が多い。

 攻撃と回避を繰り返すうちに、気が付けばマリーから離れてしまったオリーブが完全に孤立してしまった。


「オリーブさん!」


 攻撃を続けながらも、オリーブから目を離さないようにしていたマリーが声を張り上げる。

 なんとか幽霊の猛攻を回避していたオリーブだが、その背後で既に大鎌を振り下ろし始めた幽霊の姿があった。


 オリーブの回避は間に合いそうにない。アリスの距離は離れている。

 マリーもつい今さっき二挺共魔力弾を撃ってしまったばかりだった。


 あまりの事に、マリーは幽霊の動きがスローモーションに見える。

 終わった……マリーとオリーブの脳裏にそんな言葉が浮かんだ次の瞬間。


――弾ッ!――


 一発の魔力弾がオリーブを襲う幽霊を撃ち抜いた。


「よし、間に合った」

「レイさん」

「レイ君!」


 二人の目の前には、コンパスブラスター(銃撃形態ガンモード)を構えたレイの姿があった。


「あの爺さんは宿の中に放り捨てといた」

「放り捨てって……」

「雑ですわね」

「スピード重視した結果だ、不可抗力――ッと!」


 話終わる間もなく、追撃に来た幽霊を銃撃するレイ。

 少し学習したのか何体かで一斉に襲い掛かって来るが、大方はレイの銃撃で、残った少数はアリスが援護で投擲したナイフによって爆散していった。


「おかえり、レイ」

「はいただいま……でアリス、状況は?」

「見ての通り」

「変わらずか」


 トテトテと此方に来たアリスから状況を確認するも、これと言って変化は無い。

 幽霊も随分撃破したつもりだったが、レイ達には特に減っているようにも見えなかった。


「とにかく片っ端から片付けよう。じゃなきゃどうにもなんねー」

「そうですわね」


 見渡す限りには、レイ達の隙を突かんと臨戦態勢を崩さない幽霊の大群。

 特に、先程老人が魂を抜き取られた瞬間を目撃しているレイは表にこそ出さないが、少し焦りを覚えていた。


「あの鎌には気をつけろよ、アレに斬られたら魂持ってかれる」

「それはジョークにもなりませんわね」


 異質な存在を前にしているからか、マリーも仮面の下で少し顔を青くさせる。

 言葉を交わしながらも各々の魔武具に魔力弾を込めていたレイとマリー。

 魔力弾を込め終えるとほぼ同時に、周囲で構えていた幽霊達が攻撃を再開してきた。


「っ! 言ってる傍からかよ!」


 コンパスブラスターの銃口を幽霊に向けて、狙い撃っていくレイ。

 アリスとマリーは少し離れた位置で幽霊を討伐していた。


 次々現れる幽霊の攻撃を回避しながら反撃するレイ。

 ふと後ろを見ると、両手でイレイザーパウンドを持ちながら何もできずにいるオリーブの姿があった。


「オリーブ?」

「ひゃい!? あ、えと、その……」


 しどろもどろになるオリーブを見て、レイはおおよその事情を察した。


「もしかしなくても、物理攻撃全部無効化されて打つ手が無くなったんだろ?」

「あうッ! ……はい」

「やっぱりか……なぁオリーブ、一つ質問があるんだけど」

「ふぇ?」

「イレイザーパウンドを魔力インク塗れにできるか?」

「それくらいなら、できますけど」

「じゃあ問題無しだな――っと!」


 近づく幽霊をを銃撃しつつ、レイは言葉を続ける。


「あの幽霊に有効なのは魔力弾じゃなくて魔力そのものだ。だから物理攻撃であっても、魔力に塗れた状態なら」

「私でも、戦える……」

「そう言うこと。敵さん数が多いからな、背中任せるぞ」

「~~~~ッ!」


 レイに「任せる」と言われたせいか、仮面の下で茹で蛸のように赤面するオリーブ。というか頭頂部から湯気が出ている。

 歓喜で叫びたくなる気持ちを一所懸命に抑えながら、オリーブはイレイザーパウンドの槌頭を黒い魔力で被いつくした。


「休んでいた分はしっかり働きます!」


 オリーブは近くにいた幽霊に向かって、魔力塗れとなったイレイザーパウンドを強く叩きつけた。

 先程までは全てすり抜けていたが、今度の攻撃は幽霊の身体をすり抜けない。

 オリーブの魔力を帯びた攻撃をもろに受けた幽霊は無残にも霧散していった。


 ようやく自分の攻撃が通用したことで、オリーブは仮面の下でパァァっと晴れやかな表情を浮かべた。


「レイ君、いけました!」

「そうかそうか、じゃあそのまま、他の敵も頼む! 数多いんだよ!」

「はい!」


 攻撃を仕掛ける幽霊を魔力弾で撃ちながら、レイはオリーブの歓喜に答える。

 確かにレイが言う通り、まだ倒せた幽霊は一体のみ。

 そして当の幽霊はまだまだ大量にいる。


「いっぱいいるなら、まとめて倒します!」


 オリーブは槌頭を被う魔力の量を一気に増やす。

 そして空中に密集して浮かんでいる幽霊達に、その狙いを定めた。


「レイ君、頭下げてください!」

「あいよ」


 フレイアと出会った時の事が少しトラウマなのか、レイは素直にその場で姿勢を低くした。


「そーれ!」


――ブオオン!!!――


 凄まじい重量と風を抉る音がレイの頭上を猛スピードで通過していく。

 オリーブがイレイザーパウンドをブーメランの如く投げたのだ。

 円盤の様に見える残像を描きつつ、空中を駆けるイレイザーパウンド。

 U字の軌道を描きつつ、その軌道上にいた十数体の幽霊を次々に爆散させていった。


 そして勢いを弱めないイレイザーパウンドは、そのまま持ち主であるオリーブの手に綺麗に戻って来た。


「よいしょ! いっぱい倒せました!」

「オリーブ、そのハンマー今何十キロ?」

「三トンくらいです」

「ハハ……マジかよ」


 想像以上の超重量を投擲していた事に、レイは思わず苦笑いする。

 オリーブが怪力だという事は知っていたが、レイが知る時よりも明らかにパワーアップしていたのだ。


『レイ、よそ見をしている暇は無いぞ』

「おっと、そうだな」


 各々有効な戦闘手段を見つけたところで、再び幽霊との交戦を始める。

 変幻自在に軌道を変えて襲い掛かる幽霊達。だが感覚神経や反射神経が強化されている今のレイにとっては、実に遅いものであった。

 一体一体確実に魔力弾で撃破していくレイ。


 少し余裕ができると、レイは注意深く幽霊を観察する。


「(あの幽霊の身体は霧状の魔力インクが集まったもの。つまりは魔力の塊で出来た人形のようなものの筈だ。それにしては……)」


 何者かが魔力を編んで作った存在にしては動作が複雑するぎる。

 ボーツと異なり、この幽霊は完全に魔力だけで身体が構成されている。ならばその動きを操るのは幽霊自身ではなく、幽霊を作り出した者の筈だ。


「(しかもこの数、一体の魔獣や操獣者で操れる量じゃない……いや、それ以前にこの幽霊達の動き、ある程度の自我でも持ってるみたいだ)」


 法則性のある動きが基本のようだが、時折その法則を崩してくる幽霊。

 レイはその動きに妙な違和感を覚えていた。


「何か種はある筈なんだけ――どゥオ!?」


 顔の真横を通過してきた大鎌を間一髪で回避するレイ。

 幽霊の正体を推察する暇もなくなり、気が付けば自身の周囲には十数を超える幽霊が構えていた。


「一体ずつ撃ってちゃあ、終わらないか」


 頭の中で魔力弾の術式を瞬時に構築、コンパスブラスターに流し込む。

 今まで使っていた物とは異なる術式と大量の魔力を用いて魔力弾を作り出す。


 囲まれては逃げられまいとでも考えたのだろうか。幽霊は一斉にレイに襲い掛かった。


「まとめて一気にぶっ飛ばす!」


――弾弾弾弾弾弾弾弾ッッッ!!!――


 機関銃の如き魔力弾の連射。

 体をぐるりと回しながら放たれる魔力弾に、周囲の幽霊達は次々に撃ち抜かれていった。


 その光景を見たマリーは驚いた様子で、声を上げた。


「ちょ、ちょっと何ですのその連射は!?」

「固有魔法で基礎魔力上げて、連射に適した術式を組んだんだ」

「わたくしは二挺使ってようやく疑似連射だと言うのに、ズルくありませんか!」

「へーんだ! 悔しかったら俺より早く超高速並列思考やってみろってんだ」

「むぅぅぅ」

『レイ、あまり調子に乗るな』


 スレイプニルに諫められて少し冷静になるレイ。

 銃撃手ガンナーとしてのプライドに触れたのか、マリーはどうにかしてレイを驚かせたいと考えていた。


 そして街道を浮遊する無数の幽霊と、先程のオリーブのやり方を思い返して、ある事を閃いた。


「いい事思いつきましたわ」


 クーゲルとシュライバーの銃口を空中に向けるマリー。


「固有魔法【水球設置】、起動」


 マリーの契約魔獣ローレライの固有魔法が起動して、クーゲルとシュライバーにその力が装填されていく。


魔水球スフィア、シュート!」


 マリーがクーゲルとシュライバーの引き金を引くと、先程まで撃たれていた魔力弾ではなく、白い魔力に包まれた小さな球体が勢いよく射出された。

 弾道上の幽霊を二・三体巻き込みながら、球体は空中で魔水球となって静止した。

 一つだけでは終わらない、マリーは二挺の魔武具を駆使してあちらこちらに魔水球を設置していった。


 あからさまに怪しい魔水球を前に、流石の幽霊も近づこうとはしない。

 魔水球を避けながら、空中にいた幽霊はマリーに襲い掛かり始めた。

 だがそんな事はマリーにとって想定内。


「ごめんあそばせ、ミスター。既にわたくしの射程範囲ですわ」


 マリーがそう言うと、空中で静止していた魔水球が一斉に破裂し始めた。


「ヴァッサー・パイチェ、全方位射出ですわ」


 魔水球から高速で放たれたのは魔力で出来た水の鞭。

 蛇の如き変則的な軌道を描いて幽霊達の身体を切り裂いていく。


「まだまだ行きますわよ!」


 念動操作を組み込んであるので、マリーの思念に合わせて水の鞭は最寄りの幽霊へと狙いを変えて攻撃する。

 それも、幾つも設置された魔水球から放たれる鞭全てを駆使して幽霊を撃破していく。ローレライのサポートのおかげでマリーの限界を超えた数の魔水球を操作できているのだ。


 気づけば街道の上を飛んでいた幽霊の三分の一が、マリーの魔法によって撃破されてしまった。

 レイはその様子を呆然と見つめる。


「ふふ、いかがですか?」

「スゲぇ……」


 誇らしげな様子で問いかけてくるマリーに、レイはただ静かにそう答える他出来なかった。というか下手な事を言ってこじれさせたくなかった。


 だがそれでも、まだ幽霊が全て撃破出来た訳ではない。

 数は減ったがまだまだ攻撃の意志を向ける幽霊は多くいる。

 レイ達はそれを撃破していくが、一向に終わる気配が見えてこない。


「くっそ、こいつら何体いるんだよ!」

「これじゃあキリが無いですよ!」


 倒しても倒しても襲い掛かって来る幽霊。

 恐らく後から出て来た幽霊も多数いるのだろう。


 レイ達が幽霊の攻撃を回避しつつ反撃している隣で、アリスは悠々と魔力を帯びたナイフで幽霊を撃破していた。


「これ、何体くらいいるのかな?」

「さぁな……ところでアリス」

「なに?」

「なんかお前だけ幽霊に襲われてない気がするんだけど」

「……うん。幽霊の好みじゃないのかな?」

「好みで襲う対象選んでんのかよ、この幽霊どもは!」


 色欲の罪で地獄に堕ちてしまえとレイは内心悪態をつくが、口に出す余裕はない。

 レイは魔力弾の連射で、マリーは魔水球を駆使して、オリーブはイレイザーパウンドの投擲で少しでも多くの幽霊を撃破するように戦う。

 相変わらず幽霊の標的にならないアリスも、ナイフを駆使して幽霊を各個撃破していく。広範囲に影響する攻撃技を持っていないのだ。


「チクショー、ちょこまか動きやがって! もう少しじっとしやがれ!」

「じゃあ、止めてみるね」

「は?」


 そう言うとアリスは右手にミントグリーンの魔力を集め始めた。


「広域散布型、コンフュージョン・カーテン」


 アリスの右手に集まっていた魔力が霧状になって街道全体に散布される。

 停止の幻覚を含んだ霧を浴びた幽霊達は瞬く間にその動きを止めてしまった。


「止まったよ、レイ」

「ナイスだアリス!」


 空中で硬直している幽霊に向けて、レイは片っ端からコンパスブラスターで銃撃していく。

 マリーやオリーブもこのチャンスを逃がさんと、次々に攻撃を加えていくが、ふとマリーがある疑問を口にした。


「あの……アリスさんの魔法、わたくし達も浴びているのですが」

「大丈夫だ、どーせ俺達には影響が出ないように上手く術式を組んでる」

「うん。アリスそういうのは得意だから」


 なるほどとマリーは納得する。確かにこれだけ広範囲に散布された幻覚魔法だと言うのに、自分達だけはこれと言って影響が出ていない。

 攻撃の手は緩めず、幽霊の動きが止まったこの瞬間を使って、レイ達は少し呼吸を整えた。


「けど、アリスもよく思い付いたな」

「うん。魔力攻撃が効くなら、こういう幻覚魔法も効くかなって思って」

『なる程。魔力の集合体であるが故に、威力の弱い幻覚魔法でも尋常ならざる速さで身体に浸透していったという訳か』

「ふわぁ、そういう事なんですか」


 スレイプニルの解説で仕組みを理解したオリーブが感嘆の声を零す。

 身体の自由を奪われた幽霊を四人がかりで掃討したので、ものの数分で街道から幽霊の姿は消えて無くなった。


 だがその矢先、またもや街中を『カランカラン』と鐘の音が鳴り響く。


「鐘の音? でも何処から……」

「教会の鐘じゃないよね」


 奇妙な鐘の音にキョロキョロするオリーブとマリー。

 だが先程の幽霊の事もあって、嫌な予感がしたレイはすぐに視線を空に向けた。


「嘘だろ、オイ……」


 レイに釣られて空を見たオリーブ達も、その光景に唖然となる。

 バミューダシティの空が無数の幽霊で覆われていたのだ。


「スレイプニル……あれ全部海から来てるよな」

『恐らくな』

「待ってください、アレ全部倒さないといけないんですか!?」

「幽霊さん、街中に広がってるよね……」

「いくら何でもこの数を相手にするのは無理がありますわ!」


 膨大過ぎる幽霊の数を目の当たりにして、マリーとオリーブが悲鳴のような声を上げる。


「けど相手しないと不味いだろ」

「限度がありますわ! 魔水球の罠を設置し回っても、こんな数は捌ききれません」

「アリスの魔法も、さっきのが一番広範囲」

「四人で手分けしても難しそうですね」


 歯を食いしばって首の裏を掻くレイ。

 思考をフル稼働させて最適解を導こうとするが、中々上手くいかない。


「街中の幽霊をなんとかして、更に鐘の音の元を調べる……か」

「鐘の音ですか?」

「幽霊があの鐘の音に反応して動きを変えてたんだよ。何かしら関係がある筈だ」

『微弱だが音の中に魔力を感じる。何かしらの因果はあるだろうな』


 ともすれば事件の元凶の可能性すらあると言われて、一同の間で緊張が走る。

 両者共に優先して解決すべき事項であるとは皆分かりはしたのだが……


「でも、二つ同時は難しい。鐘の音を優先すれば幽霊が街中に行っちゃう」

「幽霊を優先すれば、今度は鐘の音を調べる余裕が無くなっちゃいます」

「仮に幽霊を素早く対処しようとしても、街中の幽霊を一気に止めようとするなら、それこそ街全体を攻撃する手段でも持っていない限り不可能ですわ」


 そう上手くはいかない、完全に取得選択を迫られてしまった。

 どちらを優先した行動をすべきか、レイは頭の中で必死に思案する。


「街の広さに対して、私達じゃ小さすぎますもんね」

「!!」


 それは、オリーブが発した何気ない一言であった。

 その一言を聞いた瞬間、レイの中で何かが閃きそうになった。


「オリーブ、今何て?」

「え? 街の広さに対して、私達は小さすぎ――」

「それだ!!!」


 思わず声を張り上げてしまったレイに、ビクッと驚くオリーブ。


「なぁアリス、コンフュージョン・カーテンはロキも使えるのか?」

「うん、使える……あ、そういう事」

『キュッキュイ!』


 レイの質問を聞いて、アリスはすぐにその意図に気が付いた。ロキも獣魂栞から字面だけは可愛い返答をする(声は低め渋め)。


「俺の記憶が合ってれば、ロキって飛べたよな?」

「うん、飛べる」

「もぉぉぉ! 御二人だけで話を進めないでくださいまし!」

「おっと、悪い悪い」

「レイ君、どうするんですか?」


 堪りかねたマリーのお怒りとオリーブの質問で、レイは自身が閃いた作戦を話し始めた。


「簡単な話だ。小さくてどうにもならないんだっら、


 随分と抽象的なレイの発言。だがマリーとオリーブに理解を促すには十分な情報量であった。


「なるほど、鎧装獣がいそうじゅうになるという事ですか」

「確かに鎧装獣で大きくなれば何とかなるかもしれませんね。でも誰がするんですか?」

「アリスとロキがやる。空から街へコンフュージョン・カーテンを散布すれば、街中の幽霊の動きを止められるはず」

「で、俺達はその間に鐘の音の発生源を調べるって訳だ」


 幸いアリスの幻覚魔法は、発動者であるアリス自身が解除しない限り数時間に渡って有効となる。

 仮に鐘の音から何も見つからなくても、すぐに街中の幽霊を撃破しに行けば数時間以内で済む。


 全員の間で作戦が共有されると、アリスはトコトコとオリーブの元に歩み寄ってきた。


「ねぇオリーブ」

「はい、なんですか?」

「アリスを空に投げて。ここで大きくなったら、街が壊れるから」

「そういう事でしたらお安い御用です!」


 オリーブの快諾を受けたアリスは、助走をつけるために少しばかり距離を取る。

 そしてオリーブは両手を前に出して打ち上げる為の構えを取った。


 さぁ、作戦開始だ。


「いくよ、オリーブ」

「はい、どんと来いです!」


 一気に駆け出したアリスはタイミングよく跳ねて、オリーブの両手の上に足を乗せた。


「そーれ!」


 自身の手とアリスの足裏が接触した瞬間、オリーブは両腕を勢いよく振り上げて、アリスを上空に打ち上げた。



 高さはおおよそ二十メートル。

 オリーブが上手く加減してくれたおかげで、アリスは高過ぎず低過ぎない丁度いい高度に到達していた。


「いくよ、ロキ」

『キュイキュイ!』


 落下時の風の音が耳に障る中で、アリスはグリモリーダーを取り出し十字架を操作した。


「融合召喚、カーバンクル!」


 グリモリーダーからインクが放たれて巨大な魔法陣を描き出す。

 それと同時に、ロキの魔力とアリスの肉体が急激に混ぜ合わさっていく。

 混ざれば混ざる程に、魔法陣から溢れ出たエネルギーが巨大なウサギのような像を紡ぎ始めた。


『キュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ、イィィィィィィィィィィィィィィ!!!」


 魔法陣が消え、ミントグリーンのシルエットと化していた像から光が弾け飛ぶ。

 その下にはアリスの姿は無く、在ったのはロキの姿であった。


「キュイッ! キュイッ!」

『久しぶりだけど、上手くいったね』


 これが操獣者と魔獣が融合した姿【鎧装獣】である。

 

 今までアリスに抱きかかえられていた小さな魔獣の面影は殆ど無くなっていた。

 残っているのはミントグリーンの体色とウサギの様なシルエットくらい。

 十数メートルはあろうかという巨体を、ロキは両の耳を翼代わりにして見事に飛ばして、レイ達の近くに戻ってきた。


「キューキュイ!」

「おー、デカくなったな」

『アリスとロキは幽霊を止めに行くね』

「おう、頼んだ」


 肉体の主導権がアリスからロキに変わっているので、巨大化したロキからアリスの声が聞こえるのが奇妙に感じるレイ。


 ロキは両耳を大きく広げながら再びバミューダの空に舞い上がる。


『超拡散型、コンフュージョン・カーテン』

「キュゥゥゥイ!」


 鎧装獣となったロキが咆哮を上げると、広げた両耳の裏側に眼の様な紋様が出現する。

 そしてそこを中心として、アリスとロキは幻覚魔法を含んだ魔力を集めていく。

 ある程度集まった後、ロキはバミューダの空を飛行しながら、両耳に集めた魔力を一気に霧状にして散布し始めた。



 レイ達はロキの姿が見えなくなるまで、その様子を地上から見届けた。

 カランカランと鐘の音は未だ鳴り続けている。当然幽霊もその音に合わせて動きを変え続ける。


「俺達も行こう」

「そうですわね」

「私達も頑張りましょう!」


 武闘王波で強化された聴力で、レイは鐘の音が聞こえて来る方角を探り出す。


「こっちか!」


 レイ達三人は道中で静止している幽霊を撃破しつつ、鐘の音が鳴る場所へと急行した。

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