Page39:王様の歌

 日は傾き始め、空に赤が浮かびつつある夕方。

 アリスとマリーは集合場所である港についていた。


「あのぉ……オリーブさん?」

「レイ、どうしたの?」


 二人の目の前には先に到着していたレイとオリーブの姿があるのだが、レイは涙目の状態で字面に座り込んでいた。

 ブツブツと何かをぼやいているレイ、そしてその背中をさすりながら「よしよし」声をかけているオリーブ。

 どう客観視しても情けない光景でしかなかった。


「えぇっと、色々あったんです」

「弔うんだ……ペガサス君を弔うんだ」


 両膝に顔を埋めながら落ち込むレイ。

 砂浜でメアリーに挑発された(とレイが勝手に思い込んでる)後、レイは岩を削り出して……それはそれは壮麗なペガサス型の玩具を造り上げた。

 玩具と呼ぶには些か大きすぎる代物だったが、流れる水のように繊細な造形でありながら、その造形の中に仕込まれたレイお手製の魔法術式のおかげで飛行まで可能にした至極の一品である。好事家に見せればきっと大層な値がついただろう。


 ただ一つ問題があるとすれば、造形が細か過ぎたせいで飛行開始には大破した事だろう。


「なんで俺、あんなに造形細かくしたんだろう……」


 子供向け玩具に細か過ぎる造形は不要。全ての時代に通ずる合言葉だ。

 それを直感的に理解出来ていなかった辺り、レイの人生経験の浅さが垣間見えてしまう。

 とは言え、渾身の作品が目の前で大破した事実に、職人気質のレイは心を痛めずにはいられなかった。


「……何があったのだ?」

「レイの悪い病気」

「そうか」


 上方から帰還したスレイプニルの声が聞こえてくる。

 レイの様子を気にするスレイプニルだが、アリスの一言でおおよその事情は察したのか深く追及する事はなかった。

 付き合いの長さは伊達では無い。


「ほらレイ君、スレイプニルさんが来たから立って」

「ウィ~」


 オリーブに促されてようやく立ち上がるレイ。

 最早大きな弟を世話する小さなお姉ちゃんの図である。

 ちなみにオリーブのレイに対する呼称が変化していた事に気づいたアリスは、ピクリと小さく反応していた。


 それはそれとして、スレイプニルの結果報告を聞かない事には話が始まらない。

 レイがスレイプニルに手を向けると、スレイプニルは自身の身体を獣魂栞に変化させてレイの手の内に収まった。


「それで、海の方はどうだったんだ?」

『うむ……結論だけ言ってしまえば、尋常ならざる事態だった、だな』


 スレイプニルはら発せられた言葉に、一同の顔が強張ってしまう。


「……具体的には?」

『そうだな、幾つか報告すべき事項はあるが……まずは水鱗王の事について話そう』

「バハムートがどうかしたのか?」

『……居なかったのだ。これだけの騒動が起きているにも関わらず、水鱗王の姿がバミューダ近海の何処にも無かったのだ』

「いやいや、王が居ないってそんな筈――」

「王の不在でしたら、わたくし達も聞きましたわ」

「五年も不在だって、街の人が言ってた」


 マリーとアリスの肯定によって、スレイプニルの言葉に信憑性が増した気がしてしまう。

 レイは少々驚いていた。五年も王が不在だと言うなら、あのメアリーという少女の話と矛盾してしまう。

 だが彼女が嘘をついているようにも、レイには思えなかった。


「なぁオリーブ、お前はどう思う?」

「メアリーちゃんの事ですか? 私には悪い子には見えなかったです」

「だよなぁ」

「何の話ですの?」

「あぁ、後で話す。とりあえずスレイプニルは話を続けてくれ」


 答え合わせはそれからでも遅くはない。


『では、そうさせて貰おう。かつて我が出会った水鱗王は己が領地の危機に出奔するような性格では断じて無かった。仮に長期間不在になるのであれば、近海の魔獣に代役を任せる筈だ』

「と言うことは、その代役も居なかったのか」

『その通りだ。そしてコレはもう一つの異変なのだが、海棲魔獣達の様子が奇妙なものだった』

「まぁ代役たてなかったり、魔力インク撒き散らすくらいには奇行に走ってるんだろうけど」

『それも含めてだな。我が記憶している限りバミューダ近海の魔獣は、悪戯こそ好きだが本質は人獣問わず友好的な者たちばかりであった』


 「であった」という過去形に一同は少し嫌な物を感じてしまう。

 するとオリーブが、おずおずとスレイプニルに質問をした。


「もしかして、みんな暴走してたんですか?」

『否、その逆だな。異常なまでに静かだったのだよ。時折身体から魔力を吐き出す以外は、まるで虎が獲物を狙う時の様に岩陰で静かに海中の様子を窺っていたのだよ。それも一体の例外無くだ』


 頬を掻きながらレイは首を傾げてしまう。

 確かに奇妙としか言い様のない話だ。

 夜行性の魔獣だけならともかく、海棲魔獣が例外無く沈黙する状況など聞いた事が無い。


「それ……話聞けたのか?」

『近づいただけで逃げられてしまったな。まぁ逃げるだけの知性が残っているなら暴走の心配はないだろう』

「それはそれで、暴走以外の問題があると思われるですが……」

「スレイプニル。海に撒かれた魔力はどんな感じだったの?」


 困り顔を浮かべるマリーをよそに、アリスは海上に浮かんでいたインクについて質問した。


『調べてみたが、あの魔力インク自体には。特別な魔法術式も込められておらず、攻撃転用もできないただの魔力だよ。強いて言うなら少しでも長く海上に浮かぶように二三魔法文字が入っていたくらいだ』

「それ、何か魔法的な意味あんのか?」

『無いな』

「だろーな」


 さらりと断言するスレイプニルに、思わずレイは肩の力が抜けてしまう。


『魔力そのものには何も意味はない。だが……魔力を撒く事自体には、何らかの意図はある筈だ』

「と、言うと?」

『むしろコレが今回の本命かも知れんな……沖の方に巨大な力の残滓があった』


 その言葉を切っ掛けに、レイ達の間に緊張が走り抜けた。


「まさか、幽霊船ですか?」

『そうかもしれないし、そうでないかもしれない。あくまで残滓を感じ取っただけだ、今の我には断言できんよ』

「でもそこまで感じ取れたんなら、どういう魔獣の力かスレイプニルなら分かるんじゃないのか?」

『……分からなかった、と言えばどうする?』


 スレイプニルの発言に、レイは「は?」と小さく零してしまう。

 仮にもスレイプニルは数百年を生きた魔獣だ。その知恵と経験は並のものでは無い。

 そのスレイプニルが分からないと答えてしまう力が存在する事に、レイの頭は理解するのに時間がかかってしまった。


「え、分からない? スレイプニルでも?」

『そうだ。我も長く生きて来たが、あのような奇怪な魔力は初めて感じた。人とも魔獣とも呼べぬ何か……跡を追おうにも、件の残滓は水中から突然湧いて出たように漂っていたのでな、大して何も解明できんかったよ』

「本当に幽霊疑惑加速、ひじょーにマズい?」

「キュイ~」

「呑気に言わないでくれ……」


 ロキを抱きながら淡々と述べるアリスに、苦々しい視線を向けるレイ。

 だが彼女の言う事も最もだった。

 かの戦騎王でさえ未知と称する力、それが幽霊であろうが無かろうが、脅威である事に変わりは無いのだ。


「これ本当にランクDの依頼なのか?」

「依頼のランク云々を抜きにしても、ここまで手掛かりらしい手掛かりが無いのは、少々困りますわね」

『……一つだけ、得られたものはある』

「それは吉報だな。いやマジで吉報であって下さい」

『レイ、先のアンピプテラとの戦闘を覚えているか? あの時に我々は奇妙な臭いを感じただろう?』

「あぁ、覚えてるよ」


 アンピプテラとの戦闘終了後に強化嗅覚で感じ取った謎の臭い。

 微かながらも独特なその臭いが、レイの鼻孔と脳裏に再生される。


「あの~レイ君、臭いってなんですか?」

「アンピプテラを倒した後に変な臭いがしたんだよ。気化したデコイインクみたいな臭い」

「そんな臭いしましたでしょうか?」

「固有魔法で嗅覚が強化されてたんだよ」

「それで、臭いがどうかしたの?」

『件の力の残滓から、あの時の臭いと同じ臭いを感じ取った』


 小さいかもしれない。だがレイ達の中では確実に一歩前進できた確信を得られた。

 暴走魔獣と幽霊船、そしてそれらしき魔力の存在。

 不確定な繋がりであった事象が、強固に繋がった。


「という事はこれから海に出て、その力の残滓を調べればいいんですね」

「そうなるな。じゃあすぐに沖に出――」

『否、調査にでるのは明日にすべきだ』


 スレイプニルからの制止の声にレイは一瞬呆気にとられた顔を晒すが、すぐに反論に出た。


「なんでだよ、すぐにでも解決した方が良いだろ」

『敵の力が未知数すぎるのだ。まずは全員の手札を正確に把握し、その上で入念な下準備を整えてからでも遅くはない』

「けどよスレイプニル!」

『レイ、焦りは蛮勇を生み愚行を生み出す。無闇な行動で痛手を負ってからでは遅いのだ』


 戦いを熟知する者としての言を述べられて、レイは口をつぐんでしまう。


『一時でも早く民を救おうというお前の気概は評価しよう。だが己の力量を見誤ってはならん。我の契約者と言えど、お前はまだ未熟者だ。真に確実な勝利を得たいのであれば、計画的に行動を起こすべきだ』


 言い分自体は嫌という程理解できてしまった。

 歴戦の戦士として諭してくるスレイプニルに、レイは何も言い返せなかった。


「レイ、スレイプニルの言う通り、一旦戻って考えよ」

「そうですわね、わたくし達だけでどこまで戦えるのかまだよく分かっていません。一度宿に戻ってお互いの手札を把握した方がよろしいかと」

「……分かった、そうする」


 アリスに指摘されて頭が冷えたレイは、すぐにスレイプニルの考えを受け入れた。

 実際問題、スレイプニル程の存在が警戒をしているのだ。

 まだまだ半人前とも呼べない自分達が闇雲に行っていい場所でもないのだろう、レイは奥歯を噛み締めながら声を出さずに悔しがった。


 だが頭が冷えたおかげで、レイはある事を思い出した。


「なぁスレイプニル、海にあった力の残滓ってバハムートの物じゃなかったのか?」

『どうだろうか。少なくとも我には水鱗王のそれには思えなかったな』

「じゃあ質問変更。バハムートは遠距離に居る人間と意思疎通をする手段を持っているか?」

『妙な事を聞くものだな。何かあったか?』


 レイとオリーブは、街の調査中に出会ったメアリーという少女の事をスレイプニルに話した。

 バハムートと意思疎通をしている事、彼女がバハムートから聞いた事、怪物と幽霊の事などなど。

 そして彼女が、バハムートを助けて欲しいと願っていた事。

 幼い子供から聞いた突飛な要素の多い話だったせいか、マリー少し訝しげな様子を見せていた。


「そのお話……信じても大丈夫なのでしょうか?」

「うーん、私には嘘をつくような子には見えなかったな」

「それもあるし、最終判断の材料の為にスレイプニルに聞いてんだ」


 改めて手に持った獣魂栞に視線を向けるレイ。


『理論的な事だけで言えばだな。海棲魔獣の多くは特殊な音を使って海中での意思疎通を行うのだが……ここまで言えばマリー嬢なら分かるのではないか?』

「……はい、海の魔獣は人間には聞くことができない特殊な音を用いる種が多く存在します。ですがその魔獣と契約を交わした者、もしくは極稀に現れる適性を持った人間には聞き取ることが可能ですわ」

「あ、そっか! マリーちゃんってローレライさんとお話できるもんね」

『そのメアリーという娘が何方なのか、はたまたその何方でもないのかは分からぬが、水鱗王殿の所在について知っているなら話を聞いてみる価値はありそうだな』


 スレイプニルから肯定的な言葉を引き出せたので、レイは少し安心した。

 スローペースではあるが、確実に前に進めている実感が得られたのだ。


『一度宿に戻って話し合おう。そして夜更けに再び街を回ろう』

「そうだね、夜に出てくるって話もでてる」


 一先ずの方針が決まったので、一同は港を後にする事にした。







 宿に着いた一行は、少し早めの夕食を食べつつお互いの戦い方等について打ち明けあった。

 オリーブとマリーに関しては昼間に聞いたので、主にレイとアリスの手札を晒す場となった。ちなみに、スレイプニルの固有魔法【武闘王波】の説明を聞いたマリーは非常に愉快な顔を晒していた。


 互いの出来る事を把握したうえで、一同は計画を練る。

 海中海上での活動が主となるので、調査にはレイとマリーが行く事となった(オリーブとアリスは海中での活動に向いてない)。

 幸いにして、知識は膨大に持ち合わせているレイと自他共に認める戦騎王が居るので、マリーほっと胸をなでおろしていた。


 とは言え今日はもう遅い。

 夜行性の魔獣は特に気性が荒いのが相場だ、わざわざ海でそれを刺激するのも好ましくない。

 なので海に出るのは明け方にし、今日は各自宿の部屋で休息をとる事となった。




 外はとっぷりと暗い夜の空。

 女子三人が部屋に行ったのを確認したレイは、トイレに行くふりをして一人宿の外へと出ていた。


 不気味な程に音のしない街道を駆け抜けるレイ。

 その街の様子に複雑なものを感じながら、レイは人気のない砂浜にたどり着いた。


「だーれーも居ないな……よし」


 他に人が居ない事を確認したレイは、グリモリーダーと銀色の獣魂栞を取り出した。


「Code:シルバー解放、クロス・モーフィング」


 一応夜なので小声で呪文を唱える。

 十字架を操作して、レイは瞬時に変身を完了した。


『何をするのだ?』

「秘密の特訓ってやつだな」


 そう言うとレイはグリモリーダーの十字架を操作して、体内で魔力インクを加速させ始めた。


「融合召喚、スレイプニル!」


 スレイプニルとレイの肉体が急速に融合を始め、巨大な存在へと変化し始める。

 しかし全ての工程が終わるより早く、強烈な破裂音と共にレイの身体は強制的に変身を解除されてしまった。


「痛っつ~……なんの、もう一回」


 破裂した魔力の衝撃で吹き飛ばされたレイだが、すぐさま起き上がりもう一度変身する。

 そして、先程と同じ手順でグリモリーダーを操作し再び融合召喚術を試みた……が、またしても強烈な破裂音と共に失敗に終わった。


 その後も挫けること無く何度も挑戦するレイだが、結局一度も成功することは無かった。


「上手くいかないし、身体めっちゃ痛いし」

『鍛錬とは、そういうモノだ』


 夜の砂浜の上で大の字に倒れ込むレイ。

 見上げた空には綺麗な星々が散らばっていた。


『……何を焦っているのだ』

「なんの事かなー」

『惚けるでない、ここ数日のお前は少々生き急ぎ過ぎている。夢に近づき浮き足立つのは良いが、焦りはミスを呼び寄せる。もう少し落ち着いて見る目を養え』

「……早く追いつきたいんだよ」

『エドガーにか?』

「違う、チームの奴らにだ」


 そう言うとレイは勢いよく起き上がり、話を続けた。


「スレイプニルも気付いてるだろ。レッドフレアの奴らは全員相当な実力者だって」

『そうだな』

「多分だけど、融合召喚術も全員使える筈だ」

『そうだろうな。そう言われても納得がいく程には、皆手練れだ』

「足手まといにはなりたくないからな、少しでも早く距離を詰めたいんだよ」


 仲間からの信頼には応えたい。

 その純粋な思いからの行動だが、レイにはどうも加減が分からなかったようだ。


『なら一層焦る事はない。弱さを認め、その弱さを任せ合うのも友のあり方の一つだ』

「……そうだな」


 レイは弧を描くように立ち上がって、服についた砂を叩いて払う。


「じゃあ、アリスにバレる前に戻るとするか」


 バレれば何をされるか分かったものでは無い。

 レイが宿への帰路につこうとした瞬間、何処からか綺麗な歌声が聞こえてきた。


「さーかーえーよー♪ なーがーくによー♪」


 ハッキリと聞こえる歌声。おそらく歌い手は近くにいる。

 あれだけ周辺を確認したのに見落としていた事にレイとスレイプニルは驚いていたが、耳触りの良い歌声に流されて、そんな思いはすぐに何処かへ消えてしまった。


 耳をすます。

 それは昼間にも聞いた覚えがある歌だった。

 そしてその声はつい最近に聞いた気がする声でもあった。


 こんな夜更に響く幼い歌声が気になったレイは、ついついその主の元に歩みを進めてしまった。


「ひーろーがーれー♪ なーがーうみよー♪」


 砂浜を少し歩いた先には小さな人影が一つ。

 丁度良さげな岩の上に座って歌っているのは、三つ編みを潮風に煽らせている幼い少女。

 レイが昼間に出会ったメアリーという少女だった。


「(あぁどこかで見覚えある気がしてたけど、昼間に港で歌ってたのメアリーだったのか)」

『ほう、何処かで聞き覚えがあると思えば、水鱗歌すいりんかではないか』

「水鱗歌?」

『水鱗王を讃える際に歌われる、バミューダに伝わる讃美歌だよ。随分昔に耳にしたのが最後でな、我もすぐには思い出せなかった』

「へー、由緒正しきってやつか」


 そんな事を考えながらレイがメアリーに近づくと、胸ポケットに収められていたスレイプニルが驚いた声を出した。


『む、この気配……水鱗王殿か』

「は? 何言ってんだスレイプニル」


 海に視線を向けてもそれらしき存在は見えない。

 バハムートはかなりの巨体の持ち主の筈だ。


『いや違う、これは……』

「だぁれ?」


 間近で喋っていたせいでレイ達の存在に気がついたメアリーは、歌うことを止めて振り向いた。


「あ、昼間のお兄さん」

「よっ! 数時間ぶり」


 軽く挨拶をして、レイはメアリーの隣に腰掛ける。


「こんな夜中にちびっ子一人、流石に危ねーと思うけど?」

「大丈夫、かけっこ得意だから幽霊がきても逃げれるもん」

「逃げた後もそう言えるのか? 家で親にお尻ペンペンされても知らねーぞ」

「おとーさんもおかーさんもまだ帰ってこないから大丈夫」

「……悪い」


 恐らくこの娘も親と離れ離れになった子供の一人なのだろう。

 余計な事を口にしてしまったと、レイは反省するのだった。


「やっぱり心細いよな」

「うん……でも王様がいるし、おとーさんもおかーさんもあんまり家には居ないから、思ってたよりは寂しくないよ」

「親は船乗りなのか?」

「うん。だから普段はおじーちゃんと一緒にくらしてるの。それにね……」

「ん?」

「おとーさんと約束したんだ、次の航海に連れてってくれるって。もうすぐいっぱい一緒にいられるから、わたしは全然さみしくない」

「ちっちゃいのに逞しいな」

「えへへ、それよく言われる」


 幼くして前向きに生きようとするメアリーの心構えに、レイは素直に敬服する。

 そして昼間に出会った子供達の様子を思い出した。

 子供というのは存外強いものなのかもしれない、レイはそう思わずにはいられなかった。


「おとーさん達が帰ってきたら聞いてもらうんだ、王さまから教えてもらった歌」

「もしかしてさっき歌ってた水鱗歌か?」

「そうだよ」

「ちびっ子にしちゃ歌上手いじゃん」

「ありがとう。メアリーは歌が上手だねって街の人もほめてくれるんだ~」

「だろうな。褒めないのは耳が聞こえない奴と最高に趣味が悪い奴だけだろ」


 実際素人の耳で聞いても、メアリーの歌声は幼子とは思えない程に美しいものであった。

 あと数年も経てば街の歌姫とでも呼んで貰えるだろう。ならば今の内にサイン貰ったら後々価値が出てふんぞり返れるかもしれない……と一瞬だけ邪な考えを抱いてしまうドルオタレイであった。


「今年はわたしが歌い手だし、いつも王さまに聞いてもらってるから、いっぱい上手になったんだ~」

「……バハムートにか?」

「うん。上手に歌うコツは『歌い終わった歌詞を頭の中に浮かべながら歌うこと』なんだって。かわってるよね」

「今日も聞いてもらったのか?」

「うん、そうだよ」


 無邪気に答えるメアリーを見て、その言葉に嘘を感じ取れなかったレイ。

 やはり彼女は適正を持つ者なのだろう。

 そして水鱗王は未だ何処かにいる。今回の事件を解く鍵は彼の王が持っているのだと、レイは直感していた。


「スレイプニル」

『うむ。お前が言っていた通りこの娘からは不実の気は感じられん。だがそうなれば、水鱗王殿は何処へ……』

「だれの声?」


 キョトンとした表情で声の主を探すメアリー。


「あぁ、俺の契約魔獣の声だ」

『スレイプニルだ』

「こんばんわー」

『突然の質問で申し開けないのだがメアリー嬢、我は水鱗王殿とは古い知り合いでな、彼の王の姿が見えないので些か心配しているのだ。もし居場所を知っているのであれば教えて貰えると助かる』

「うーん……わたし分かんない」


 メアリーの回答にレイは少々驚いた。


「バハムートと話をしたんじゃないのか?」

「王さまの声だけ聞こえるの。すっごくと遠いところから」

『……遠距離通話か』

「遠距離通話?」

『格の高い海棲魔獣が使う音は遥か遠距離にまで飛ばす事が出来ると聞いた事がある。声は聞こえども姿は見えない……であれば音を用いた遠距離通話でメアリー嬢と交流していると考えるのが無難だろう』


 間接的にバハムートの現在地が非常に遠い可能性を突きつけられて、レイはその場でガクリと項垂れた。

 明日から大変なことになる。それを考えて憂鬱な気分に浸っていると、メアリーがレイに質問をしてきた。


「お兄さんはここで何をしてたの? バーンバーンってすごい音がなってたけど」

「んあ、あぁそれな。融合召喚術の練習をしてたんだ」

「ゆーごー?」

「魔獣と一つになってパワーアップする操獣者の奥義さ。これが中々上手くいかなくてね」

「……波が合ってないからじゃないの?」


 さも当然の指摘だと言わんばかりに首をかしげるメアリー。

 初めて耳にする指摘にレイの好奇心はチクチクと刺激されていた。


「波って?」

「えっとねー、人も魔獣もみんな自分の音を持ってるの。そして音には波がある。街のなかで仲良しな人と魔獣を見るとね、みんなその波がピタっと合わさってるの」


 抽象的ながらも必死に説明するメアリーの言葉に、レイは集中して耳を傾ける。


「練習の音ずっと聞こえてたけど。お兄さんとスレイプニルさんって波の形は似てるけど、波がピッタリ合わさってないの。だから上手くいかないんじゃない?」

「波、か……」


 解るような解らないような。

 レイは何とか論理的に解釈を試みるが、中々上手く頭に浸透しない。

 だがきっと、メアリーの言葉は何か成功ヒントになる気がしたので、レイは必死に頭を唸らせた。


「ひーろーがーれー♪ なーがーうみよー♪」


 気づけば隣でメアリーが再び歌い始めていた。

 綺麗な音色はレイの耳に入ってくる。ほんの少しだけ気が楽になった気がした。

 レイは静かに彼女の歌に聞き入る。


「さーざーなーみ――ッ!?」


 だが突如として、メアリーは歌を中断させ、その顔色を青白く染め上げた。


「いっぱい漏れた……」

「どうした?」

「王さまが叫んだの、いっぱい漏れたって」

「漏れたって、何が?」

「幽霊」


 そう言うとメアリーは岩の上から飛び降りて、レイに向かってこう言った。


「お兄さんも早く逃げてね! お外にいたら幽霊に捕まっちゃうから!」

「おい、ちょっと待ってくれ!」


 言い終えると同時に何処かへと駆け出したメアリー。

 レイも岩から飛び降りてメアリーの後を追おうとした、その瞬間であった。


『っ!? レイ、そこを動くな!』


 反射的にスレイプニルの制止の声に従ったレイ。

 次の瞬間……

――ブォン――

 と、レイの目の前を見えない何かが通過して行った。


「今のは……」

『レイ、後ろだ! 右に回避しろ!』


 スレイプニルに言われるがまま、レイは右にステップを取る。

 すると先程までレイが居た場所を、またもや見えない何かが斬りつけていた。


『レイ、敵は見えているか』

「悪いけど全然だ! 周りに居るのだけは分かってるんだけどな!」


 確実に何かがいる。だが存在を感じられても、肉眼でその姿を捉える事ができないので、レイはこの上なく不気味に感じていた。


「そう言うスレイプニルは?」

『見えている。どうやら魔力越しでなら視認できるようだ』

「だったらやる事は一つだな」


 レイは腰のホルダーから取り出したグリモリーダーと銀色の獣魂栞を構える。


「Code:シルバー解放! クロス・モーフィング!」


 グリモリーダーに獣魂栞を挿し込んで、呪文を唱える。

 魔装変身。

 レイの身体は銀色の魔装に包まれ、その頭部はスレイプニルの魔力インクで形成されたフルフェイスマスクで覆いつくされた。


 変身したことで視界が魔力越しのものへと変化したレイ。

 すぐに敵の姿を視認する事ができた。

 いや、できてしまった。


「……おいおいマジかよ」


 周囲を取り囲むのはおとぎ話に聞くそれであった。

 大半が白骨化した身体にボロボロの布を纏い、大鎌を手にして浮遊する者ども。


「本当に……幽霊でちゃった」


 いかにもな幽霊に囲まれて流石にレイも少しビビる。

 一瞬海の方に目を向ければ、さらに多くの幽霊が街に向かってやってくる様子まで見えてしまった。


 そして変身した事によって耳も魔力で覆われたからか、幽霊達の声まで聞こえる様になってしまった。


「「探セ……ハグレヲ……探セェェェ」」


 幽霊達は皆同じ言葉を口にしながらバミューダシティの空を飛びまわる。

 街の中が心配になるレイだが、今は目の前の幽霊をどうにかしなくてはならない。


「チクショー、これ滅茶苦茶厄介な案件じゃねーか!」


 厄介な現状に愚痴を吐きつつも、レイはコンパスブラスターを構えるのであった。

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