Page38:手を繋いで縮まる距離

 レイ達が砂浜で子供たちと戯れている頃、マリーとロキを抱き抱えたアリスは、バミューダシティの西側を歩いていた……のだが。


「……」

「キュー」

「……え、えっと」


 元々レイ以外にあまり心を開かない性格故か、アリスはこれと言って言葉を発する事なく、街の探索をしていた。

 そしてマリーはそんなアリスとの距離感に、微妙に気まずい空気を感じずにはいられなかった。


「(どうしましょう……何か話題を出した方がよろしいのでしょうか? それともわたくし、何かお気に障るような事でもしたのでしょうか?)」


 レイ達と別れてから終始無言状態のアリスに困惑するマリー。

 良くも悪くも温室育ちの彼女には、この状態からアリスとコミュニケーションを取る術が思い浮かばなかった。


「……ねぇ」

「はい!? なんでしょうか?」

「一緒にいるのがアリスで残念だった?」


 妙な含みを感じさせるアリスの発言に、心臓が大きく跳ね上がるマリー。


「いいいいえいえ、決してそのようなことは!」

「そう言う割に、すごく残念そうな顔してた」


 うぐぅと口籠ってしまうマリー。

 底の見えない雰囲気故に、眼前の少女には全て見透かされているのではないかという錯覚すら感じてしまう。

 だが決定打が無い以上、表面状は平然を貫くように努力するマリー。


「フフッ」


 真意は不明だが、どこか小悪魔チックな笑みを浮かべるアリス。

 マリーは少し動揺が顔に出てしまう。

 するとアリスはマリーに少し屈むよう手招きして、ゴニョゴニョと耳元でを呟いた。


「ヒャイ! (バレてますーーーー!!!???)」


 マリーの全身から冷汗が出てくる。アリスに真実を突かれてしまったのだ。

 最早動揺を隠す余裕すらマリーの中から消え去っていた。


「安心して、アリスはをどうこう言う趣味は無いから」

「あ、あの、アリスさん」

「大丈夫、誰にも言わない」

「それはそれで有難いのですが……何時お気づきになったのですか?」

「……直感」


 少しの間の後、あんまりな解答。

 どこかつかみどころの無さを感じつつ、マリーはアリスとの距離感を測りかねていた。


「そんなに距離とらなくて大丈夫、同じチームだからマリーは信用してる。それに……」

「それに、なんですの?」

「アリスと同い年の人、マリーしかいないから、少しくらい仲良くはしたい」

「……あの、わたくし18なのですが」

「アリスも18歳だよ」


 今度は別の意味で動揺するマリー。

 ずっとアリスの事をチーム最年少だと思っていたようだ。実際アリスの体格はチームで一番小柄である。


「あら? わたくしアリスさんに年齢のこと話しましたでしょうか?」

「……とっぷしーくれっと。気にしないで」


 人差し指を口元に当てて微笑するアリス。

 マリーは不思議と、それ以上追求する気が起きなかった。

 だがそうなると再び沈黙が生まれてしまう。

 マリーは何とか話の種を切らさないよう意識した。


「そういえば、アリスさんとレイさんはどの様な御関係なのでしょうか?」


 なんて事のない好奇心からの質問。

 それを聞いた瞬間、アリスはピタリと歩を止めてしまった。


「ア、アリスさん?」

「……レイとアリスは、幼馴染」

「そうなのですか」

「うん、住んでる家も目と鼻の先同士なの。レイは家事全然できないから、いつもアリスがしてる。どちらかと言えば、保護者と子供の関係?」

「(オリーブさん、コレは相当な強敵ですわ)」


 想像以上に進んでいた(?)二人の関係に、マリーは此処にはいない親友の恋路を一応案ずる。

 その様子を横目に見て察したアリスは、少し意地悪な心が芽生えた。


「オリーブがレイのこと好きなのは知ってる」

「そうなのですか!? ……それでしたら、アリスさんも心配しているのでは?」

「なにを?」

「その、レイさんとオリーブさんが急接近しないかどうか……」

「それなら心配してない」


 あっけらかんと言い放つオリーブに、マリーは少々面食らう。


「レイは女心に鈍いから、オリーブの好意にも気付いてない」

「それはそれで、辛辣な評価ですわね」

「……それに、最後にアリスの隣に居てくれるなら、他の娘のところに行っても我慢できるから」

「……」


 幼い見た目に反した物憂げな表情から発せられたアリスの言葉に、マリーは途方もない「重さ」を感じていた。


「だからオリーブには何もしない……まぁ、譲る気も無いけど」

「そ、そうですか……」

「ほら、早く行こう」

「キューイー」

「(オリーブさん、貴女の敵は手強過ぎます)」


 親友の恋路は修羅の道でした。







 街の中で住民に聞き込みをするアリスとマリー。

 だがレイ達の方と同じく、コレと言って新しい情報は得られずにいた。


「あまり収穫はありませんね」


 街の様子を観察しながら歩き続ける二人。

 街道には人が多いが、お世辞にも活気があるとは言い難かった。

 幽霊船の影響で街の経済にも大きな影が落ち、住民達から精気を奪っているのだ。


「街の人、元気ない」

「バミューダは外部からの輸入に対する依存が大きい街ですから、船が来ないのは死活問題なのでしょう」


 実際、すれ違う人達の顔は皆辛そうな表情が多かった。

 特に現状を深く理解している大人達は、ピリピリとした空気を出している事が肌で感じ取れてしまう程だ。


 しばらく歩いていると、二人は大きな広場に出てきた。

 人はそれなりに居るが和気藹々とした気配は無い。

 ……否、一角だけ精力的な声を上げている集団がいる。

 男達が木材や魔道具を運び込んでおり、何かの準備をしている様子だった。


「あれは何でしょうか?」

「……多分お祭りの準備。レイが読んでた本に書いてた」


 アリスは道中で読んだ本の内容を思い出す。

 丁度今頃が祭りの季節だと書かれていた。


 アリスとマリーがせっせと動いている男達を見ていると、二人の存在に気が付いた一人の男性が声を上げた。


「君達、もしかしてセイラムから来たっていう操獣者かい!」

「はい、そうですが」


 恐らく腰から下げたグリモリーダーに気が付いたのだろう。

 マリーが肯定の返事をすると、先程まで汗水流していた男達が一斉に手を止めてマリー達の方を見た。


「お、なんだなんだ」

「昼間に暴走した魔獣を止めてくれた操獣者だよ!」

「へぇ~、あの娘らがGODの操獣者か」


 興味本位からか、男達はゾロゾロと二人の周りに寄ってくる。


「昼間はありがとな! あんな大型の魔獣は俺らじゃどうにもならなくてよ」

「お役に立てたのでしたら何よりですわ……あの、皆さまは何を?」

「祭りの準備さ、バミューダ名物の水鱗祭! 最近暗いニュースばかりだからな、祭りくらいは派手にやらねーと気分が落ちたままになっちまう!」


 アリスが言った通り、男達がしていたのは祭りの準備だった。

 幽霊船騒動の影響で暗い空気が漂う街を少しでも明るくしようと張り切る男達に、マリーは素直に敬意を抱いた。


「なーにが派手にやるだよ! もうずっと歌い手も王様も不在だってのによ」

「いーんだよ儀礼なんざ! こういうのは見た目が肝心なんだ!」


 何やら言い争う一部の男達。

 その発言に耳を立てていたマリーはある言葉が気になった。


「(王が不在? 水鱗王の事でしょうか? これは詳しく聞きたいところ……と言いたいのですが……)」


 疑問を突きたいと思うマリーだが、その顔は少しずつ青くなっていく。

 元々箱入り娘だった所為もあるが、どうもこういう状況は苦手なのだ。


「……ごめんなさい、アリス達急いでる」

「あ、アリスさん」


 マリーが当惑している事に気づいたのだろうか。

 アリスは唐突にマリーの手を掴んで、引っ張る様にその場を後にした。







 道順もよく把握せずに、ひたすら広場から離れるアリスとマリー。

 気が付けば見知らぬ街道にまでたどり着いていた。

 

 どこか気まずい沈黙が、再び二人の間に漂う。


「あの……アリスさん」

「苦手だったかな?」

「え?」

「ああいう男の人、苦手だったのかなって……アリスが勝手にそう思っただけだけど、迷惑だった?」

「あ……えと……」

「マリー、顔真っ青だった」


 胸元で手をぎゅっと握り締めるマリー。


「昔よりは改善されたのですが……やはりまだ、男の人は少し苦手で……」

「……そう」


 小さな返事を口にして、アリスはそのまま街道を歩き続ける。


「……ご迷惑をかけたのに、追及はしないのですね」

「マリーが嫌がりそうだから聞かない。それとも聞いて欲しかった?」


 少し意地悪そうに聞くアリスに、勢いよく首を横に振って拒否するマリー。


「それでいい。治したい時は自分のペースで治すのが大事」

「あの……助けて下さって、ありがとうございました」


 立ち止まって、マリーが深々と頭を下げる。

 振り返ってその様子を見たアリスは、小さく微笑んで言葉をかけた。


「患者の心もケアする、それが救護術士のお仕事。それに……」

「それに、なんですの?」

「レイもきっと、同じ事をしたと思うから」


 意外なタイミングでレイの名前が出て来たことに、少々驚くマリー。

 だが直ぐに、それはレイに対するアリスの信頼故の言葉なのだと理解した。

 ……そして改めて「重さ」を痛感した。


「どうしたの? 行くよ」

「は、はい!」


 再び街道を進み始めるアリス。

 言葉足らずな面があるが、少なくとも悪い人では無いのだろう。

 マリーは心の中で、アリスをそう評価付けるのであった。





 しばし歩きながら街の様子を観察する二人。

 やはり先程の男達が特別なケースだったようで、道行く人々は皆暗い空気を醸し出していた。


「やっぱりみんな、元気ない」

「これは早急に事態を解決した方が良さそうですわね。街の人達の精神衛生上のためにも」


 似たり寄ったりな雰囲気の人々を視界に収めつつ、歩き進める二人。

 すると、何やら人が集まっている建物を見つけた。


 アリスとマリーはその建物を見上げる。

 それは白く荘厳な雰囲気の教会であった。


「御祈りの時間、にしては遅めですわね」

「……」


 教会に向かう人々を無言で見つめるアリス。

 そのアリスの手を引きながら、マリーも教会へと向かい始めた。

 人の多い場所なら何か情報を得られるだろうと考えたのだ。


 だが教会のすぐ前まで行くと、アリスとマリーは少し異様なものを感じ取っていた。


「誰も教会に入ってませんわね」

「入り口前に集まってる」


 何があるのか気になったマリーは、人混みの中に入ってその正体を探る。

 ざわざわとした喧騒を抜けた先には、簡素な作りの屋台が一つあった。


「水鱗王がこの地を去って五年、王が見捨てたこの街は厄災に塗れております」


 屋台に立って何かを説いているのは、司祭の服を着た小太りの中年男性。

 そしてその横には彼の相棒らしき蛇型の魔獣が佇んでいる。


「しかし! 神は貴方がたを見捨てたりなどしません。貴方が真に信心深い者であれば、神は必ずや貴方がたを悪霊からお守りする事でしょう」


 清貧を美徳とする聖職者とは思えぬ見た目と、下卑た表情。

 それを目にした時点でマリーは心底呆れかえってしまった。


「信じる者は救われるのです。そして我々聖職者はそのお手伝いをするもの。この司祭ガミジン、本日は皆さまの信仰の助力になればと祈りを込めた物をご用意いたしました。ささっお並び下さい。ほんの1シルバのお布施で貴方がたに神の祝福を授けましょう」


 そう言うと司祭は十字架の刺繍が施された小さな巾着袋を屋台に並べ始めた。

 集まった人々は我先にと屋台に並び始めるが、マリーは「これ以上は見てられない」と内心吐き捨てながら人混みから抜け出した。


「どうだった?」


 人混みの外で待っていたアリスが、中の様子を聞いてくる。


「呆れて物も言えないとはこの事ですわ。長引く幽霊船騒動で心細くなる人達は解りますが、そこに漬け込んであの様な簡素な御守りを売りつけるだなんて。とんでもない生臭坊主ですわ」

「……そうだね」


 妙に空虚な声で返すアリスに、マリーは何か変なものを感じる。


「神様に縋りたい気持ちは分かるけど。肝心な時に何も出来ない神様なんか、信じても意味無いのにね」

「ア、アリスさん、流石にこの場でそれを言うのは……」

「別に聞こえてもいい、事実だもん」


 そう言うとアリスはさっさとその場を去り始めた。

 マリーは慌ててその後を追う。


「何が起きても、結局当事者が頑張らないと何にもならないのに……」

「どうしたのですかアリスさん」

「……嫌いなの」


 淡々と、それでいて重圧を感じるように言葉を繋げていくアリス。


「私、神様とか大っ嫌いなの」


 嘲笑。

 何かに対する失望すら感じさせる様子で、アリスはハッキリと言い放つ。


「まぁ、あまり気にはしないで。アリスの勝手な考えだから」


 追及は出来なかった。

 此処から先に踏み込むには生半可な気持ちでは駄目だと、マリーは直感したのだ。


 だが、目の前で内に何かを孕んでいる仲間を見過ごすなど、マリーには到底出来なかった。


「……マリー?」


 アリスの手を掴んだマリー。

 マリーが何故このような行動に出たのか理解できないアリスは、困惑気味に彼女の名を呼ぶ。


「あの、出会って間もない身の上でこう言うのは図々しい事かもしれませんが!」


 アリスの目を見て、マリーは一生懸命に訴えかける。


「叫びたくなった時、助けが必要になった時は、躊躇わずにわたくしの手を取ってくれて構いません。ですから……アリスさんが話したくなった時に、貴女の事を色々聞かせて頂いても良いですか?」

「……フレイアに影響された?」

「そうですわね、フレイアさんには色々と学ばせて頂いたので……誰かに手を差し出すという事も、誰かと絆を繋ぐという事も、全て」

「色々あったんだね」

「はい。アリスさんも何かあってチームに入ったのですか?」

「アリスじゃなくてレイが色々あった。アリスはレイの回復係の為に入っただけ」

「そうなのですか」

「そうだよ」


 するとマリーは「でしたら」と言って、アリスに手を差し出した。


「お友達になりませんか? せっかく同じチームになったのですし、同い年のよしみと言うことで」

「……その手を取ったらアリスに何かする?」

「しませんわ!」

「ならよし」


 アリスはそっとマリーの手を取る。


「マリーは、良い人なんだね」


 ふっと優しく笑みを浮かべるアリスに、マリーは不覚にもドキリとしてしまった。

 だがその余韻を壊すかのように、マリーのグリモリーダーから着信音が鳴り響いた。

 十字架を操作してマリーは通信に出る。


『マリーちゃーん! 聞こえるー?』

「オリーブさん、聞こえてますわよ」

『あのね、さっきスレイプニルさんから連絡があって、海の調査が終わったんだって』

「本当ですか!?」

『うん。それでね結果報告をしたいから、また港に集まって欲しいんだって』

「オリーブ、レイは?」

『え、えっと……レイ君は……』

『まだだァァァ! まだ胴体が破損しただけだ! お前は飛べるぞペガサス君!』

「何ですの、この絶叫は……」

「これはレイが物凄く頭悪くなっている時の声。多分下らない挑発未満に乗ったんだと思う」

『あはは……だいたい合ってます……』

『ペガサスくゥゥゥゥゥゥゥん!!! 死ぬなァァァァァァ!!!』

「オリーブ、殴っていいからレイを港まで引きずってきて。アリス達も港に向かう」

『了解です……』

「それではオリーブさん、港で落ち合いましょう」

『翼の折れたペガサスく――』


 何やら向こうでは愉快な光景が広がっているようだが、今は港に向かう事が先決なので、マリーはそっと通信を切った。


「それでは、行きましょうか」

「ねぇ、マリー」

「なんですか?」

「……マリーは……無茶しないでね。自分にできる範囲で、大切なのを守ってあげてね」


 アリスの言葉の真意をいま一つよく掴めなかったマリーは、きょとんと疑問符を浮かべる。


「今解らないなら、別にそれでも良いよ……ほら、早く行こう」

「キュイキュイ」

「えぇ、そうですわね」


 何か小さなモヤモヤが残った気がしたが、マリーは気にせずにアリスと共に港へ向かうのであった。

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