Page37:王様を助けて②

 レイがネガティブな世界に堕ちているオリーブを心配していると、先程とは少々様子が異なる子供たちの声が聞こえてきた。


「ん?」


 レイが子供たちの方を見ると、何故か子供たちは皆海の方に視線を寄せていた。

 何があるのか気になったレイが子供たちが見つめている先に視線を向けると、そこには先程まで子供たち遊んでいたボールがプカプカと浮かんでいた。


「あーあー、やっちゃってやんの」

「勢い余って海に落としちゃったんですね」

「!……悪ぃ、ちょっと向こうの方行ってくる」


 ネガティブ状態から回復したオリーブをその場に残して、子供たちが集まっている所に足を運ぶレイ。

 ボールを取る為だろうか、数人の少年が服を脱ぎ始めていたのだ。

 いくら陸に近い場所の魔獣が暴走しないと聞いても、まだ確定している訳ではない。

 流石に幼い子供が今の海に入るのを、レイは黙って見過ごす事は出来なかった。


「おーい! ちびっ子だけじゃ危ねーぞ! 俺が代わりにとってやる」


 今にも海に入ろうとしていた少年達も含めて、子供たちの視線がレイに集中する。

 それで少し調子に乗ったのか、レイは「せっかくだから面白く取ってやろう」と考えた。


 ポケットから獣魂栞を、腰のホルダーからグリモリーダーをレイは取り出す。


「Code:シルバー、解放! クロス・モーフィング!」


 魔装変身。

 呪文を唱えて十字架を操作すると、レイの身体は銀色の魔装に包み込まれた。

 変身が完了するや、レイは腰に掛けてあったコンパスブラスターを抜いて変形させる。


形態変化モードチェンジ! コンパスブラスター棒術形態ロッドモード


 2メートル程の長さを持つ細長い棍棒へと変形するコンパスブラスター。

 レイが栞を挿入すると、コンパスブラスターの先端から細長いマジックワイヤーが伸び出て来た。


「よっと!」


 念動操作の術式を組み込んだマジックワイヤーを、レイは海に向かって放つ。

 レイの念動操作で海面を素早く走るマジックワイヤー。

 その先端がボールに着いた瞬間、網目状に変化したマジックワイヤーがボールの全体を捕らえた。


「そーれ、一本釣り!」


 釣竿を持ち上げる様にコンパスブラスターとマジックワイヤーを回収するレイ。

 当然ボールも回収に成功している。

 マジックワイヤーを解除して、レイは子供たちにボールを投げて返す。


「ほらよ。次は落とさないように気をつけろよ」

「ありがと、おにいちゃん」

「すげー、魔法であっというまに取っちゃった」

「操獣者だー」


 まだまだ操獣者を珍しく感じる年頃だからか、興味津々といった様子でレイを取り囲む子供たち。

 今までチヤホヤされた経験の無かったレイは仮面の下でニヤけていた。


 ふと辺りを見回してみると、取り囲む子供たちから少し距離を置いて、退屈そうにしている子供が何人かいる事にレイは気が付いた。


「……ま、ボール1個じゃあこの人数は賄えないわな」


 こういう事に魔力インクを使うのなら、スレイプニルも小言は言わないだろう。

 せっかく小さな観客が沢山居るのだ、少し派手目のパフォーマンスでもしてやろうとレイは考えた。


「よーし、お兄さんが魔法で玩具作ってやる。けど危ないから少し離れてな」


 レイの指示で散り散りに離れる子供たち。

 それを確認すると、レイはオリーブに向かって声を張り上げた。


「オリーブ! 悪いけどその流木、こっちに投げてくれー!」

「危ないですよー! なにするんですかー!」

「玩具作りのパフォーマンス! 誰も怪我しないよーにするからさー!」

「……しょーがないですね~」


 渋々といった様子で、オリーブは座っていた流木をひょいと軽く持ち上げる。

 そしてそれをレイが居る場所に向かって弧を描くように放り投げた。


「お、来た来た」


 巨大な流木がレイの頭上に影を作り出す。

 それに怯むこと無く、レイは必要な工程を進めていた。


「視力強化、筋力強化。そしてインクチャージ……」


 コンパスブラスターに獣魂栞を挿入し、武闘王波の力で視力と筋力を強化するレイ。

 そのままジッと待ち構え、巨大な流木が射程圏内に入った瞬間、レイは勢いよくコンパスブラスターを振るった。


――斬斬斬斬斬斬斬斬斬ッ!!!――


 銀色の魔力を帯びたコンパスブラスター(棒術形態)で、流木を素早く正確に切り刻むレイ。

 いくつかのブロックに切断された流木は、コンパスブラスターの突きによって再び上空へと打ち上げられた。


形態変化モードチェンジ銃撃形態ガンモード


 銃撃形態に変形させたコンパスブラスターの銃口を上空に向ける。

 そしてレイは頭の中で必要な術式を瞬時に構築し、コンパスブラスターの中に流し込んだ。


「(念動操作、速度強化……)シュート!」


――弾ッ!!!――

 猛スピードで放たれる一発の魔力弾。

 変幻自在な軌道で空中で描きつつ、魔力弾は流木のブロックに直撃する事なくその表面を削る様に掠り続ける。

 レイが念動操作をして器用に魔力弾を動かし続けると、落下中の流木達は徐々に玩具のパーツへと形成されていった。


「パーツ完成」


 魔力弾の操作を終えたレイが変身を解くと同時に、先程まで流木だった玩具のパーツがポトポトと砂浜に落ちて来た。

 レイはそれを拾い上げてパーツを組み上げていく。

 離れていた子供たちもその様子が気になり、自然とレイの周りに集まってきた。


「表面に術式を書き込んで……」


 組み上げが終わると、レイはポケットから一本の鉄筆を取り出して玩具の表面に魔法術式を書き込んでいく。

 ついでに模様も彫り込んで、最後に鈍色の栞を挿し込んで仕上げる。


「最後にデコイインクを挿し込めば……出来上がり!」


 出来上がったのは手のひらサイズの鳥の玩具。

 だがただの玩具と侮るなかれ。

 レイがもう一枚栞を取り出して、その中に術式を入れると、玩具の鳥は翼をはばたかせて空へと飛び始めたのだ。

 それを見た子供たちから歓声が沸き上がる。


「こうやって栞を振れば操作だって出来るぞ~」


 レイが鈍色の栞を軽く振ると、玩具の鳥はそれに反応するように軌道を変化させた。

 操作の手本を見せると、レイは近くにいた少年に栞を手渡した。そして先程までのレイの動きを真似て少年が栞を振ると、玩具はそれに合わせて動きを変えた。

 一気に色めき立った子供たちは、瞬く間に栞の取り合いを始めてしまった。


「こらこら、まだパーツはあるから仲良く順番に遊べよー」


 大きな流木だったので、レイは多めにパーツを作っておいた。

 子供たちに見守られながら次の玩具を組み立て始める。


 オリーブは離れた位置からその様子を静かに見守っていた。







 子供たちに玩具を配り終えたレイは、小走りでオリーブの元に戻って来た。


「悪いなオリーブ、椅子投げさせちまって」

「いいですよ。あの子達も喜んでましたし」


 ニコニコと笑顔で答えるオリーブ。

 何故彼女が笑っているのか、レイにはイマイチよく分からなかった。


「変わったところも沢山あるかもですけど、優しいところは何も変わってないですね」

「そうか?」

「そうですよ。なんだかんだ言ってレイ君昔から子供には優しいじゃないですか」


 気恥ずかしさで顔を赤く染めるレイ。

 まだまだ褒められるのに慣れていないのだ。


 とにかく話題を逸らして気を紛らわせたくなったレイは、未だ樽の中に入っている少女に話しかけた。


「一緒に遊ばなくていいのか? えーっと……」

「メアリー」

「ご丁寧にどうも。で、メアリーはあっち行かないのか?」

「一緒にしないで、これでも立派なレディよ」

「マセてるなぁ……」

 

 首の裏を掻きながら、レイはそう零す。

 子供扱いされるのが嫌なお年頃なのだろう。


「それに、日が落ちたら怖い幽霊や怪物が出てくるもの。隠れてないと襲われちゃう」

「街中に出てくるってやつか?」

「うん、幽霊船から漏れてきちゃうの。次に幽霊になる人を探して回ってるから、隠れていないと連れてかれちゃう」

「……ねぇメアリーちゃん、その幽霊っていつ頃から出てきたの?」

「いつからかは覚えてない。ずーっと前からいるの」


 オリーブの質問に答えるメアリーを見て、少なくともレイには嘘をついている様には見えなかった。

 やはり幽霊に相当する何かが街に出没しているのだろう。

 だがそれと同時に、レイはメアリーが発した「怪物」という言葉が気になっていた。


「怪物……ってどんなのなんだ?」

「ん〜〜〜、なんて言えばいいんだろう?」


 少々頭を抱えるメアリー。

 幼い表現力を駆使して何とか伝えようとしている事は、レイとオリーブに容易に伝わった。

 数瞬の時を待って、メアリーが口を開き始める。


「えっと……グチャグチャにした、ヘビと人間を、もっとグチャグチャに混ぜた、感じ? ……とにかくスゴく怖いの」

「えっと、イマイチ想像しにくいですね……レイ君?」

「……」


 口元に手を当てて「怪物」の事を考えるレイ。

 わざわざ人間と言われたくらいなのだから、少なくとも人間と呼べる特徴はあったのだろう。

 だがそうなると「グチャグチャ」が分らなくなる。

 仮に蛇系の魔獣と契約した操獣者だとしても、魔装を身に着けている限り外見はそれほど醜くなる筈は無い。

 かと言ってそれらしい姿を持つ魔獣をレイは知らなかった。


「レイ君」

「んあ、悪い考えこんでた……(夜の街も調べた方が良さそうだな)」


 一先ずその件は置いておいて。


「未来あるちびっ子が、箱入り娘ならぬ樽入り娘じゃあ格好もつかないだろ」

「それもそうですね……よいしょ」

「キャッ!」


 突然オリーブに持ち上げられて小さな悲鳴を上げるメアリー。

 そのままヒョイっと軽く、オリーブはメアリーを樽から出してしまった。


「はーなーしーてー!」

「だーめ。お顔が煤だらけになってるでしょ」


 長い事樽の中にいたせいか、メアリーは顔も服も汚れていた。

 それを見かねたオリーブはハンカチを取り出して、メアリーの顔を拭う。


「怖いのから隠れるのもいいけど、女の子なんだから、お顔は綺麗にしておかなくちゃメッだよ」

「むぎゅ~」

「(……なんだよ、変わってないのはオリーブもじゃん)」


 メアリーの顔を綺麗にしているオリーブを見て、レイは心の中でそう呟く。

 年下の兄弟達を世話している習慣からか、昔からオリーブは他人の世話を焼くのが好きな性格なのだ。

 それ故、養成学校時代の通称は『母性愛の化身』『理想の年下ママ』『バブみモンスター』等々(ちなみに本人は知らない)。


「……?」


 オリーブのなすがままになっているメアリー。

 ふと彼女はオリーブの腰に下げられているホルダーに視線を向けていた。


「はいお終い。綺麗になりましたよ」

「……おねーさん、それグリモリーダー?」

「そうですよ」

「じゃあおねーさんも操獣者?」

「はい。私も変身したら強いんですよー」

「(変身してなくても強いだろ)」


 メアリーはレイとオリーブのグリモリーダーを交互に見る。


「もしかして、お仕事って操獣者の?」

「そうだぞ~、操獣者のお仕事だぞ~」

「レイ君すごく嬉しそうですね……」


 鼻を天狗のように伸ばしながら「操獣者のお仕事」という箇所を強調するレイ。

 オリーブは若干引いていた。


「幽霊退治?」

「まぁ、幽霊船退治……って事になるのかな?」

「まだ色々分かってませんもんね~」


 レイ達の目的を知るや、メアリーは意を決したように一歩前へ出て来た。


「じゃあ、王さまを助けてくれますか!?」

「王様って水鱗王さん?」


 オリーブの言葉に、コクコクと頷いて肯定するメアリー。


「幽霊船、王さまが頑張って街に来ないようにしてるの……だけど王さま、いつも苦しそうな声ばかり出してて……」

「水鱗王が、幽霊船を抑え込んでる?」


 旅行記で読んだ内容と同じように、バハムートは今も幽霊船と戦い続けているのか。

 全てを鵜呑みにするのであれば、王獣すら手こずらせる脅威。

 背中に嫌な汗が流れるのを感じつつも、今のレイにはスレイプニルの調査結果に期待する他なかった。


「悪い幽霊が漏れちゃった時は、いつも王さまが教えてくれるんだけど……王さますごくつらそうで……」


 俯き、徐々に消え入るメアリーの声。

 それを見たレイの身体は、自然とメアリーの頭に手を添えていた。


「心配すんな。王様だろうが何だろうが、目に見える範囲だったら俺が助けてやる」

「ほんと?」

「おうよ。それに幽霊だろうが怪物だろうが、悪いのは全部ぶっ飛ばしてやる。だから安心しろ」


 レイはワシワシと少し乱暴にメアリーの頭を撫でる。

 そして先程流木から作った鳥の玩具を一つ、メアリーに手渡した。


「面倒事は自称ヒーローに任せといて、子供は元気に遊んどけ」


 ニッと笑みを浮かべて余裕風を吹かせるレイ。

 目途も根拠も何もないが、気休めでも今は目の前の少女の光になってやりたかったのだ。


 手にした鳥の玩具をジッと見つめるメアリー。


「びみょー」

「エ"ッ!?」

「あんまり可愛くない」


 子供とは残酷な本音を隠せないものである。

 メアリーの言う通り、術式を彫り込む関係上どうしても鳥の顔が不細工になってしまうのだ。


「だ、大丈夫ですよ、遠目に見れば可愛いですから」

「フフ、フフフフフフフフフ」

「レイ君が壊れた!?」

「いいぜぇ……そこまで言うなら俺も本気を出してやる……」


 そう言うとレイは剣撃形態ソードモードにしたコンパスブラスターをを引き抜いた。


「レ、レイ君……小さい子相手に、そこまでムキにならなくても」

「お客様にご満足頂ける作品を作るのが職人の使命です!!!」


 微妙と言われて職人魂に(大人げなく)火が付いたレイ。

 オリーブの制止も聞かず、そのまま近くに転がっていた大岩を削り始めてしまった。


「あうぅ、これはしばらく止まらないですね」


 苦笑しつつも、レイの背中を見守るオリーブ。

 何やら狂気じみた叫び声が聞こえるが、恋する乙女の耳には都合良く入ってこない。


「おねーさんって、くろー人?」

「えっと……多分、これからそうなるんだと思います」


 目の前の少年と所属チームのリーダーの姿を浮かべながら、オリーブは自分の未来を憂いていた。

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