Page36:王様を助けて①

 港を後にしたレイはオリーブとバミューダシティの中を散策していた(流石に手繋ぎ状態は恥ずかしいので離して貰った)。


「あうぅぅ」

「あ~、別に怒ってないから、そう落ち込まなくても」

「いいんです、私なんてご迷惑ばかりかけてしまうダメ子です……」


 街道を歩きながらズーンと落ち込んでいるオリーブ。

 興奮して一人突っ走り、レイを強引に連れて来た事実を今になって恥じて来たのだ。当のレイは言葉の通り全く気にしてないのだが。


「迷惑なんかじゃないさ、むしろ迷惑かけてるのは俺の方だ」

「ふぇ」

「ちびっ子達の様子も気になるだろ、本当ならオードリーも陸路を使ってすぐにセイラムに帰りたい筈だ。なのに悪かったな、俺の試験に勝手に付き合わせちまって」

「い、いえそんな。弟たちだけでもある程度生活できるように教えてますから。私なんて本当に何の役にも立ちませんから」


 バタバタと両手を振って謙遜するオリーブ。

 元々あまり自分に自信を持てる正確ではないのだ。


「まっさかー、俺は案内役がお前で良かったと思ってるんだぜ」

「え?」

「正直初対面ヤツと一緒に行動するより、知ってるヤツと一緒の方が気が楽だからな。だからオードリーが案内役買って出てくれて結構安心したんだぞ」

「~~~~っっっ!!!///」


 何てことのない本心から出たレイの言葉。

 だがレイに必要とされていると理解した瞬間、オリーブの乙女心が身体の体温を急上昇させた。


「で、今から人の多そうな場所に行きたいんだけど……オードリー?」

「(ブツブツ)クロウリー君が……私と一緒で安心って……(ブツブツ)……い、今なら……」

「あの、オードリーさん?」

「ひゃい!? なんですか?」

「人の多そうな場所を教えて欲しかったんだけど……大丈夫か?」

「だ、だいひょうぶです! 問題なしです!」


 焦って呂律が上手く回っていないオリーブに、レイは「本当に大丈夫なのか」と内心不安を覚えるのだった。


「えっと、たしかこのまま道沿いに進むと市場があったはずです。そこなら人も多いかと」

「市場か、そりゃいいな。じゃあ案内頼む」


 必要なのは新たな情報。より多くの住民から話を聞くためにレイはオリーブの案内の元市場に向かうのであった。

 道中オリーブが何やら挙動不審だったが、その原因は本人にしか分からない。







 市場で聞き込みを開始したレイとオリーブ。

 しかし市場では有力な情報を得られなかったので、二人はそのまま更に移動。

 次の場所でも情報は得られなかったので再び移動。

 移動。移動。移動。


 街の散策を兼ねた聞き込み調査を始めて一時間と少々。

 レイとオリーブは……


「…………」

「えっと……その……」


――ザザーン、ザザーン――

 周りに広がるのはボロボロの樽や苔のついた岩が味付けする砂浜と青い海。

 目の前のさざ波を見つめながら、二人は砂浜に転がっていた流木に腰掛けていた。


「これといった新情報、無しかよ……」


 潮の香りを感じながら、気の抜けた声を漏らすレイ。

 結局、幽霊船に関する新たな情報を得る事は無かった。

 聞き込み調査の場所を変え続け、気が付けば二人は街の端にある浜辺にまで来てしまった。


「うぅ、役立たずでごめんなさい」

「そんな謝るなって、何も収穫が無かった訳じゃないんだからさ」


 新情報は得られなかったが、収穫があったのは事実だ。

 多くの住民の話を聞く事になったが、それらの内容を照らし合わせると依頼書の内容や市長の説明に良くも悪くも何ら間違いは無い事が解った。


「街の中で幽霊を見たって人もいたけど、あまりハッキリ覚えてない人ばっかだったからなぁ」

「でも、いかにもな幽霊像でしたね。夜の街をフワフワ飛んでくるなんて、絵本のお化けみたいです」

「本当に幽霊かは疑問しか残らないけどな」

「あれ、クロウリー君は幽霊信じないんですか?」


 幽霊に否定的なレイに首をかしげるオリーブ。

 その反応に対して、レイは思わず首からガクッと力が抜けてしまった。


「整備士だから幽霊信じる人だと思ってるだろ~。逆だよ逆、整備士だから幽霊信じないの」


 魔武具整備士となるには魔法及び魔法術式の知識が必要不可欠である。

 そして魔法術式を学ぶ過程で、整備士は人間の霊体に関する知識を学び、その後も研究を続ける者は少なくない。

 整備士は霊体を研究する=幽霊を信じるのだと連想する者は意外と多いのだ。


「確かに整備士は霊体に関する知識も多く持ってるけど、そもそも霊体と肉体は二つで一つの存在じゃないといけない。どちらか片方が欠けてもダメ、霊体が無くなったら肉体は死滅するし、肉体が無けりゃ霊体は存在できない。整備士は皆それを知ってるから幽霊を信じないんだ」

「そうなんですか」

「まぁ満場一致で幽霊と呼ばれるくらいだから、パっと見はそれらしく見える何かなんだろうけど……さてどんな種を仕込まれてるのか」


 幽霊を演出するだけなら幾つか方法は思い浮かぶが、何れも魔獣の暴走と繋がらない。

 制御呪言葉の効かない暴走魔獣、現場から漂った臭い。

 レイは頭の中でそれらの点が繋がる何かを探り続けていた。


 レイが顎に手を当てて考えていると、オリーブがその様子を見て小さく笑みを零した。


「クロウリー君、ちょっと変わりましたね」

「ん、そうか?」

「はい。前はもっと難しそうな顔が多かったのに、今のクロウリー君なんだかすごく楽しそうです」

「楽しそう、か……そうかもしれないな」


 オリーブに指摘されて、レイは自分自身を振り返ってみる。

 楽しいかどうかはイマイチよく分からなかったが、操獣者として活動している今この瞬間に充実を感じずにはいられなかった。


「やっとスタートラインに立てたからな、父さんの背中をやっと追えるようになったんだ。ならきっと、俺は変わったんだろうな」

「それはきっと良い変わり方です。心が温かくなるなら、それは必ず良いことですから」

「そうだな。その通りだよ」


 沢山の物を失い、失い、地の底に落ちた。

 けれど光を掴み取り、大切な物を手に入れた。

 夢と心、そして仲間を。


 本当に欲していた物を手にしたレイの心は、温かい光で満たされていた。


「つーか変わったって言うなら、オードリーもだろ」

「私もですか?」

「もう少し臆病な性格だと思ってた。それこそ操獣者には不向きなくらいのな」

「あぅぅ、これでも頑張って養成学校の頃から少しは克服したんですよ」

「だろうな、学校の演習じゃあ逃げ回ってばっかだったろ」


 レイは養成学校に通っていた頃のオリーブの姿を思い出す。

 超がつくパワーファイターであり、一撃必殺と言っても過言ではない怪力を持つオリーブだが、一つだけ致命的な欠点があった。

 それは臆病故に敵前逃亡してしまう事。

 実戦演習で大型魔獣を前にすれば、魔武具片手に逃げ惑うのが日常光景の一つであった(ちなみにオリーブがどさくさ紛れに放ったパンチ一発で相手は沈んでいた)。


「まさかああやって堂々と戦えるようになってるとはな」

「私も色々とあったんです」

「……フレイアが切っ掛けか?」

「はい。クロウリー君もですか?」

「あぁ、アイツには色々と世話になっちまった」


 脳裏に映るのはフレイアとの出会い。そして仲間達の手を取ったその瞬間。

 信じる心を取り戻させてくれた彼女達に、レイは深い感謝の念を抱いていた。


「フレイアちゃんってすごいですよね。いつも真っ直ぐでカッコよくて、キラキラしてます」

「ちとアホだけどな」

「でもすごく信頼できます」


 オリーブの言葉に無言で頷いて、レイは同意する。


「そ、そう言えばクロウリー君は――」

「レイ」

「ふぇ?」

「もう同じチームの仲間なんだから、レイでいい」


 元々ファミリーネームで呼ばれる事に少々抵抗感があるレイ。

 これ幸いとオリーブに名前で呼んで欲しいと告げると、オリーブの顔は見る見る赤く染まっていった。


「い、いいんですか?」

「あぁ。どうせこれからは(チームとして)一緒なんだし、距離感あるのも変だろ」

「な、名前で呼んでも、いいんでしゅか!?」

「お、おう……いいぞ」


 ググっと近づいて確認をとるオリーブに、思わずレイはたじろいてしまう。

 押しの強い女性は苦手なのだ。

 そしてグッと肘に力を入れて小さく歓喜するオリーブの真意に気づくこと無く、レイは珍妙な生物を見る様な目でオリーブを見ていた。


「えっと……レイ、君……」

「そうそう、それでいいさ」


 急激に縮まる距離を実感しながら、オリーブは聞き取れない程小さな声で何度もレイの名前を反芻した。


「で、何て言おうとしたんだ?」

「え、えーっと……やっぱり何でもないです。気にしないでください!」

「?」


 レイとの距離が縮まっただけで一杯一杯なオリーブ。

 まだまだ小心者な彼女に「アリスさんとはどのような関係なんですか」と質問する勇気は無かった。



――コロコロ――


「ん?」


 ふとレイの足元にスイカ大のボールが転がって来た。

 レイがそれを持ち上げると、持ち主らしき少年がボールを追ってやって来た。


「ほらよ」

「ありがとー!」


 レイがボールを投げて返すと、少年は元気に走り去って行く。

 少年が行く先に目をやると、何人もの幼い子供たちがボール一つを使って無邪気に遊んでいた。


「子供は元気だな~、大人達はみんなピリピリしてるってのに」

「……たぶん、遊んで気を紛らわせてる子の方が多いと思いますよ」

「あっ、そうか……あの子たちが」


 レイは住民への調査の中で聞いた、ある話を思い出していた。


「幽霊船の影響で帰ってこれない船は沢山あります」

「両親共船乗りの子供たちは、親と離れ離れのまま……」


 貿易が盛んな海の街なので、バミューダシティでは両親が船乗りの子供は珍しくない。

 街の中も何時魔獣が暴走するか分からないので、親が帰って来れない子供達は街の果てにある孤児院に疎開しているそうだ。


「今はああやって楽しくしてても、陽が落ちた後は……レイ君?」

「ん、あぁ、ちょっとな」


 砂浜の上で遊ぶ子供たちを漠然と見続けるレイ。

 元々10歳の時に養子として拾われた身の上なので実の両親を知らない事に加えて、養父だが父親との死別を経験しているレイは、家族と別れるという感情をそれなりに理解しているつもりだった。

 だが自分よりも圧倒的に幼い彼らにとって、それがどれ程のストレスになるのか。

 それはきっと自分の相続を超えているのだろうと、レイは考えていた。


「早く終わらせなきゃな。じゃないと後味が悪い」

「ふふ、そうですね」


 小さく可愛らしい笑い声を出して同意するオリーブ。

 子供たちが無邪気に遊ぶ光景を、レイは微笑ましく眺める……と言いたかったのだが。


「なぁ、冷静に考えたら今海辺で遊ぶのって危なくね? そもそも海で問題が起きてるんだから、暴走した海棲魔獣が出てくるんじゃないか?」

「言われてみれば確かにそうですね」


「大丈夫だよ。陸に近い場所には子どもの魔獣しかいないって、王さま言ってたもん」


 近くから少女の声が聞こえてくるが、それらしい姿は見えない。

 レイとオリーブが周辺をキョロキョロ見回すと、座っていた流木の近くで鎮座していた樽がゴトゴトと音を立て始めた。

 一番近くにいたレイは若干恐る恐るといった様子で樽の蓋を開けてみると、三つ編みにした金髪が特徴的な一人の少女が入っていた。


「こんにちは」

「(どこかで見たような……)かくれんぼ中なのかな? あっさり見つかってるけど」

「かくれんぼじゃないよ。悪い怪物や幽霊から隠れてるの」


 樽の中から無邪気に答える少女。

 怪物や幽霊の下りが気になったが、レイがそれを聞くよりも早くオリーブが少女に質問した。


「どうして子供の魔獣なら大丈夫なの?」

「王さまが言ってたの。子どもの魔獣はまだ弱いから幽霊は取り憑こうとしないんだって」

「確かに暴走した魔獣は成熟した個体ばかりだったな……けど、王様?」

「うん。大人の魔獣は暴れちゃうとたいへんだから、陸には近づいちゃダメって王さまが言いつけてるの」


 魔獣に言いつけを出来る時点で人間の王ではない。

 となれば少女が示す『王さま』とは……


「水鱗王、バハムートか」


 話に聞く心優しきバミューダの王、彼なら海の魔獣に先を見越した指示を出しても不思議ではないだろう。

 レイはそう感じると同時に一つの考えにも至っていた。


「(水鱗王は話ができそうなのか? けどそれじゃあ、何で海に魔力を撒くことを良しとしたんだ?)」

「レイ君」

「あぁ、もしかしたら今日一番の収穫かも」


 バミューダの海を最も熟知する水鱗王との対話は可能である。

 その事実を知れただけでも大きな進展であった。


「(後はスレイプニルがどれだけ情報を得られるか……)」


 今頃海の中を廻っているであろう相方の働きが報われるよう祈りつつ、レイは今一度自分たちが暇になった事を痛感させられた。


「東側は調べ尽くした後だし、これでアリス達の方が成果あったら少し凹むぞ」

「だ、大丈夫ですよ。レイ君もちゃんと働いてましたって私も言いますから」

「その優しさが今は辛い」


 今の自分の不甲斐なさに涙目で項垂れるレイ、と背中を「よしよし」と撫でながらそれを慰めるオリーブ。


「おねーさん達街の人じゃないよね、何しに来たの?」

「えっとね、お姉さん達はお仕事を――」

「デート?」

「ぴゃあ!?」


 悪意やからかおうという気持ちは無いのだろうが、オリーブを動揺させるには十分な破壊力を持った言葉だった。


「ででで、デートですか!!!???」

「あぁ~、ちびっ子にはそう見えるのか」

「ちがうの? この辺りってカップルの人よく見かけるから」

「カップル!?」

「違う違う、そういうのじゃなくて仕事仲間だ」

「仕事……仲間……」


 レイが手をヒラヒラと振って軽く否定している横で、オリーブの心には「仕事仲間」という言葉が深々と突き刺さっていた。

 異性として欠片も意識されていないという事実は、16歳思春期にとってあまりに鋭利なものであった。


「どうしたオリーブ、体調悪いのか?」

「……たぶんお兄さんが悪いと思うよ」

「なんでさ……」


 年幼くとも、女は恋心に敏感なものである。

 17歳の若造男子には、理解しがたいもであった。

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