Page34:はじめましてとお久しぶり
暴走したアンピプテラを鎮静化させたレイ達は、港で待っていた市長に事の顛末を伝えると市長は涙を流して礼を述べた。そしてレイは少し引いた。
捕縛したアンピプテラ達は街の住民や港の船乗り達の手によって、街から少し離れた場所に運ばれた。
契約者も見つかり、今は彼らが見張りをしている。
いつ再び暴走するか分からない状況だが、契約者曰く今の所は大人しくしているらしい。
それはそれとして。
涙声で聞き取りにくい市長の説明を受けた数十分後、レイ達は街の宿屋兼食堂に集まっていた。
「えーと、市長さんの説明がアレだったから情報共有とかしたいんだけど……」
「ドタバタしてて出来てない。ちゃんと自己紹介」
「あと飯」
「キュイ」
ちょうど時間はお昼時。
レイ達が囲むテーブルの上には各々が注文した料理が並んでいた。
そしてテーブルを挟んだ向こうには、赤いスカーフを身に着けた二人の少女。
先程までレイと共に戦った二人の操獣者の正体にして、レイにとっては新たな仲間が座っていた。
「まぁふぉのうふぃひとひはしっへふんだへどな(訳:まぁその内一人は知ってるんだけどな)」
「レイ、お行儀悪い」
「た、食べながらでも大丈夫ですよ~」
「ングッ……悪いなオードリー」
可愛らしい苦笑いを浮かべている小柄な少女。
栗色のショートボブとほんわかした垂れ目が特徴的だ。
「コホン。では改めましてチーム:レッドフレア所属、オリーブ・オードリーです。不束者ですがよろしくお願いしまひゅ! ……うぅ、噛んだ」
「養成学校の頃から変わんないなー、その噛み癖」
黒い操獣者に変身していた少女、オリーブ・オードリー。
彼女は養成学校時代のレイの同期だ。
その小動物の様な外見と礼儀正しいほわほわした雰囲気で、主に学校の女子達からマスコット扱いされていた少女だ。
しかしそんな見た目とは裏腹に、その戦闘スタイルは超がつくパワーファイター。単純な力だけで言えばGODでも上位に位置する怪力の持ち主である。
「あの、フレイアちゃんに聞いたんですけど。ウチの弟達は……」
「大丈夫だ。この前の事件で怪我したのは一部の大人と、犯人と、俺だけだからな!」
「いばるな」
アリスからの痛烈な突っ込みにぐうの音も出ないレイ。
オリーブは第八居住区に住んでいる五人兄弟の長女、一番上のお姉さんなのだ。
下の兄弟達は皆八区の学校に通っているのでレイもよく知っている。ちなみにキースとの戦闘中に保護した少年は彼女の弟の一人だ。
その関係でオリーブとも比較的交流のあったレイだが、父親の没後は殆ど接触が無かったのだ。
「まぁ少し危ない場面があったのは事実だけど、お前んとこの兄弟は無事だ」
「ちゃんとレイがシェルターまで送った」
「良かった~」
家族の無事を知り、オリーブはほっと胸をなでおろす。
「で~、こちらは初対面だな(でっか……)」
「アリスも同じく(あの大きさは不平等……)」
オリーブの隣に座る少女に目を向けるレイと目から光が消えたアリス。
白いロングウェーブの髪に、白く綺麗なワンピース……と、その上からでもハッキリ形が分かる大きな胸。
纏う雰囲気からは一目で育ちの良さが伝わってくる。そして大きい。
彼女こそが白い操獣者に変身していた少女だ。ボインボイン。
「自己紹介が遅れてしまい申し訳ありません。わたくしの名はマリー=アンジュ・ローサ・リマ・ド・サン=テグジュペリ、お二方の少し前に加入したばかりの新米ですわ」
「マリー・アン……え?」
「長いなぁ」
「そうですわね。なので呼ぶ時は愛称のマリーでよろしいですわ」
口元に手を添えて上品に笑うマリー。
それは普通に考えればギルドの操獣者に似つかわしくない気品さでもあった。
レイはその理由に心当たりがあった。何故ならマリーのファミリーネームに聞き覚えがあったのだ。
「サン=テグジュペリって……たしか伯爵家の」
「はい、わたくしの実家でございます」
「じゃあマリーは、貴族?」
「マジか……」
サン=テグジュペリ家はセイラムから遠く離れた国に領地を持つ伯爵家だ。
爵位こそ伯爵だが、その歴史は百年を超える名門中の名門である。
現に遠く離れたセイラムに住むレイの耳にだってその家名は届いている。
だが少なくともこの家は、自分の娘を喜んで操獣者ギルドに送るようなお家ではない事は確かだ。
「名門貴族の御令嬢かよ」
「敬語の方がいい……ですか?」
「敬語などやめて下さい。操獣者の世界に貴族階級は存在しませんわ」
「しっかし、貴族から操獣者になるとは……よく実家が許したな」
「事後承諾でなんとかなりましたわ」
「は?」
「色々あってフレイアちゃんがマリーちゃんの実家に強襲をかけて連れ出したんです。それでメンバー入りしたんですよ」
「アイツ本当に何やらかしてんの!?」
貴族の家に強襲を仕掛ける所業、普通に考えれば打ち首モノである。
「破天荒な奴だとは思っていたが、貴族の家襲撃するとか正気か?」
「指名手配とか大丈夫かな?」
「その点に関してはご心配なく。ちゃんと実家は説得済みですので」
「(フレイアがここまでしてスカウトした人材……きっとフレイアの琴線に触れる気高い魂の持ち主なんだろうな)」
「それに……鬱憤が溜まっていたのとフレイアさんに触発されたのもありまして、実家の三分の一が木端微塵と化したのもわたくしの攻撃によるものですので」
「前言撤回、
フレイアも大概だが、実家を木端微塵にする貴族の娘も前代未聞だ。
これは間違いなく類友だろうと、レイは思わずにいられなかった。
もっとも、マリーは少々不服そうであったが。
「じゃあ次は俺達だな」
「改めてになるけど、アリスはアリス・ラヴクラフト。救護術士やってる」
「俺はレイ・クロウリー、チーム専属の魔武具整備士だ」
「あぁ、やっぱり専属整備士なんですね」
「この時点でフレイアさんがスカウトした理由が見えましたわ」
苦笑するオリーブと額に手を当てるマリーを見て、二人がフレイアの剣が壊れる瞬間を見て来た事は、想像するに容易かった。
「(後でどんな風に壊れたのか聞いておこう……)それで本題に入りたいんだけど」
「情報共有、したい」
一先ずお互いに現時点で判明している事をすり合わせる。
基本的にはバミューダシティに着いてすぐにレイ達が市長から聞いた話と相違は無かった。
「幽霊船と魔獣の暴走。解決すべき事項に間違いは無いな」
「何か他の情報は?」
アリスの言葉を切っ掛けに、皆記憶領域から何かを絞り出そうと頭を捻る。
「……とりあえず気になる箇所が二つほどある」
一同の視線がレイに集まる。
「一つはさっきのアンピプテラについてだ。アイツら二体とも契約者がいる魔獣だったよな」
「そうですね。今は契約者さんが暴れない様に見張ってます」
「なんで契約者がいるのにあんな大暴れしたんだ?」
「
アリスの言葉に頷くレイ。
この世界に存在する魔獣には、契約した人間による強制制御の呪文が存在している。
それが【制御呪言】。
魔獣にとって人間と契約を交わすという事は、自身の身体を支配する力を与えるに等しい。故に魔獣との契約は相応の信頼関係、もしくは波長の合った者同士でしか成り立たないのだ。
「契約者なら制御呪言使えばすぐに止められただろ」
「そうですわね。ですがそれは制御呪言が機能すればの話ですが」
「幽霊船の影響で暴走した魔獣は、みんな制御呪言が効かないんです」
「それ、厄介」
アリスの言う通り契約者で止められないとなれば、こちらの選択肢は力づくでの鎮圧一択になってしまう。
出来る限り穏便に済ませたいレイは内心歯がゆく感じていた。
だが同時に、レイは先程の戦闘で感じた臭いを思い出していた。
「誰かが魔法薬の類を使ったか……」
「魔法薬ですか?」
「アンピプテラを気絶させた直後だ、微かにだけど気化した
「そのような臭い、しましたか?」
「俺は固有魔法で嗅覚が強化されてたんだ。それで微かだったから普通の奴は多分感じる事もできない」
「えっと……すごい所強化されてるんですね」
「そう言う魔法なんでな」
何にせよ調べてみる価値はあるとレイは考えた。
魔法薬でなくとも、幽霊船の正体から出た何かが関係している可能性もある。
「レイ、もう一つ何が気になるの?」
「ほら、俺達が街に着いてすぐに港で市長さんを探しただろ」
「港の人から、何か聞けた?」
「そう言う事。とは言っても信憑性は保証しかねる感じだけど」
「それでも今は情報が欲しいところですわ」
レイが思い返していたのは、港で船乗り達を怒鳴っていた老人の言葉であった。
「幽霊船は船も人も見境なく喰う化物。それが五年も放置されていたんだとよ」
「それ程前からですか……」
「幽霊船騒動自体は近隣の海棲魔獣が度々いたずらでやっていたんだと」
そう言うとレイは、街に来る道中で読んでいた旅行記をオリーブとマリーに開いて渡す。
幽霊船事件のページが開かれており、二人はすぐにその内容を読んだ。
「……こんなに前から幽霊船出てたんですね~」
「そうですわね。ですが今回の事件は……」
「あぁ、どう考えても規模も内容も異質すぎる。いたずらってレベルじゃねーぞ!」
「レイ、アンピプテラと戦う事になったの根に持ってる?」
「根に持ってない。ただ犯人を見つけ次第半殺しにしたいだけだ」
「十分根に持ってますわ……」
なんだかんだ手間のかかる戦闘は嫌いなレイである。
「それでだ、結局今の幽霊船ってどんな状況なんだ?」
「そう言えばアリス達、まだ海の様子を見れてない」
街に着いて早々にトラブルに見舞われたせいで、レイとアリスは肝心の海の様子を把握できていなかった。
「マリー、どんな感じか分かる?」
「なんでマリーに聞くんだ?」
「マリーは水の魔法を使ってた。だから魔獣も水系統、海の様子を見れるはず」
「ご名答ですわアリスさん。確かにわたくしの契約魔獣ローレライは本来海に住む獣です」
「じゃあ、もう海の様子は調べた後か」
「それが出来たら良かったのですが……」
大きなため息をついて、マリーが項垂れる。
「定期船が出ないって聞いた時、私たちローレライさんに乗ってセイラムに帰ろうとしたんです」
「ですが、海の様子があまりにも異様な状態でして……渡る事はおろか、単独では海中を調べる事さえ難しそうなのです」
「海が、異様?」
「どんな感じなんだ?」
レイの問いかけに対し、オリーブとマリーは首を傾けて言葉を詰まらせてしまう。
「あれは……」
「実際に見ていただいた方がよろしいですわね」
「となると、また港に行くのか」
「どの道外に出る必要もある。聞き込みとかしなきゃダメ」
「だな」
一先ずは海の様子を調べる事が先決だ。
幽霊船そのものを知れたら更に儲けもの。
『レイ、海の調査は我に行かせてくれないか』
「海の方なら実体化しても問題無いけど……急にどうしたんだ?」
『せっかく来たのだ、古い知り合いの顔を見たいのだよ。安心しろ、こう見えて短時間であれば海底も移動できる』
「……そうだな、お前なら多少危ない状況でも大丈夫だろうな」
「あのレイさん? 先程から聞こえる声は……」
「あぁ、俺の契約魔獣だ。後で港に着いたら紹介するよ」
無意識に出てしまったレイの警戒心。
契約魔獣がセイラムの守護者である戦騎王だと口頭で言っても、普通の人間は信じはしないだろう。
フレイア達との出会いがあったとは言え、レイの人間不信はまだ完全に消えた訳ではないのだ。
「じゃ、じゃあ善は急げですね! さっそく港に行きましょー!」
意気揚々と席から立ち、出発しようとするオリーブ。
「あ、待ってくれオードリー」
「ひゃい。なんですか?」
「……飯食ってからじゃ、ダメ?」
腹が減っては何も出来ぬ。
自分が行き急ぎ過ぎた事に気づいたオリーブは熟した林檎の様に顔を赤くして、そそくさと席に戻った。
「あうぅぅ」
「今日は珍しくせっかちですわね」
「うぅぅ、言わないで~」
よしよしと頭を撫でてオリーブを慰めるマリー。
耳まで赤くなった状態で俯いてしまうオリーブ。
ふと、マリーは俯いたオリーブの視線がレイに向いている事に気が付いた。
「ングッ……どうしたオードリー」
「い、いえ! 何でもないでしゅ!」
オリーブの心音が大きくなっていく。
一番近くにいるマリーには、その音を捉える事ができた。
「(オリーブさん……貴女もしかして……)」
「…………クロウリー君」
誰にも聞こえない程小さな声で呟くのは、誰にも言えない秘めた思いから。
オリーブ・オードリー16歳。
初恋、今なお継続中。
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