Page33:参戦! 黒白のニューフェイス②

 黒煙が立ち上っていた場所に到着すると、そこには蛇のような巨体をもった大型魔獣が暴れていた。


「って、またアンピプテラかよォォォ!!!」

「文句は後、止めるのが先」


 現在進行形で暴走するアンピプテラから逃げ惑う人々がいる。

 彼らを守る事が最優先だ。

 だがレイは黒煙で見え辛くなっている視界から、ある一つの人影を見つけた。


「あいつ……」


 アンピプテラから逃げ惑う人々の中で、その小さな人影だけはじっと立ち止まっていた。


「おい、早く逃げろ!!!」


 レイが声を張り上げるも、その人影は微動だにしない。

 きっと恐怖のせいで動けなくなっているのだ。レイはそう考えて、今すぐその人物を助け出そうとする。


 だがその人影の口から紡がれた言葉を聞いて、レイの身体は動きを止めてしまった。



「Code:ブラック、解放! クロス・モーフィング!」



 それは何度も聞きなれた、操獣者が変身するための呪文であった。


「ジャァァァァァァァァァ!!!」


 猛スピードで迫り来るアンピプテラ。

 その身体が巻き起こした風によって、視界を邪魔していた黒煙は綺麗に払われてしまった。

 そして……黒煙の向こうから、黒い魔装に身を包んだ小さな操獣者の姿が現れた。


「あの、操獣者」

「じゃあアイツがフレイアの言ってた……」


 半袖のローブに厚手のグローブを装備した小柄な操獣者だ。スカートタイプのアンダーを着けているので女性で間違いないだろう。


 黒い操獣者は迫り来るアンピプテラに怖気づく事無く、肩を回して気合いを入れている。


「よーし、行きますよー!」


 飛んで火にいる夏の虫と言わんばかりに、アンピプテラは黒い操獣者へと牙を下ろしていく……しかし。


「てりゃ!」


 可愛らしい掛け声と同時に、黒い操獣者は拳を振り上げる。

 そして、そのひ弱そうに見えるパンチがアンピプテラの顎に当たった瞬間……


――ドゴォォォォォォォォォォォォォォォォン!!!――


「グ、ジャァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!???」


 凄まじい衝撃音と共にアンピプテラの身体が後方へと大きく吹き飛ばされた。

 あまりの光景にレイは言葉を失いながらも、黒い操獣者の方を見る。

 特別な武器などは持っていない。ただ厚手のグローブに包まれた拳を叩きいれただけだ。


「レイ……アリスあの娘の事知ってるかも」

「同じく。こんな怪力ちび俺は一人しか知らない」


 だが残念な事に無駄口を叩いている暇はないようだ。

 吹き飛ばされたアンピプテラが起き上がり、再び急襲をかけて来たのだ。


「あれ、止まってない!?」


「アリス、援護してくれ!」

「わかった」


 先程戦闘した個体以上の猛スピードで襲い掛かるアンピプテラ。

 このままではあの黒い操獣者の回避は間に合わない。そう察したレイとアリスは急いで屋根から飛び降りた。


「あらよっと!」

「きゃっ!?」


 着地と同時に黒い操獣者を抱きかかえて、レイは再び建物の屋根に飛び乗る。

 そしてアリスは……


「コンフュージョン・カーテン!」


 アリスの右手からミントグリーンの魔力インクが霧状になって放出される。

 幻覚効果を持つ霧がアンピプテラの頭部を包み込むと同時に、アリスは強力なバックステップでその場から退避した。


「ジャァァァ……」


 幻覚魔法の効果が聞いているのか、動きが穏やかになるアンピプテラ。

 だがこれもそう長くは持たないだろう。


「あの……助けてくれてありがとうございます」

「いいさ、お前が瞬発力ないのは知ってるから」

「え、その声……もしかして」


 黒い操獣者が言葉を続ける間もなく、身体を大きく振って霧を払ったアンピプテラが暴走を再開し始めた。


「ジャァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!」


「やっべ、また暴れ始めた」

「あのぉ……とりあえず降ろしてもらっていいですか? この態勢は少し恥ずかしいので……」

「ん? あぁ、悪い」


 不可抗力とは言え、いきなりお姫様抱っこの態勢は恥ずかしいに決まっている。

 腕の中から降ろしたが、黒い操獣者の頭からは微かに湯気が立ち上っている気がした。


「レイ」

「あぁアリス、来たのか」

「女の子をお姫様抱っこ出来て、役得だね」

「……なんだよ、棘あるなぁ」

「つーん」


 不機嫌そうに顔を逸らすアリス。

 だが今はそれどころでは無い。


「とにかくアイツの動きを止めなくちゃな」

『先程と同じやり方か?』

「あぁ、一度アイツを拘束して銀牙一閃を叩きこむ」

「……あの~」

「ん?」

「少し動きを止めるだけなら、何とかなりますよ」


 レイは黒い操獣者の意外な提案に少し驚いた。


「何か良い魔法でもあるのか?」

「い、いえ、私じゃなくてマリーちゃんの方なんです」

「マリー?」

「誰だ?」


 初めて聞く名前が飛んできたので、レイとアリスは頭上に疑問符を浮かべる。


「えっと、マリーちゃんは――」

「見つけましたわよ、オリーブさん!」


 黒い操獣者が言い終える前に、三人の元に一人の女性の声が響き渡った。

 レイが反射的に振り向くと、そこには美しい純白のドレスを想起させるような長袖のローブに身を包んだ、白い操獣者が居た。


「黒の次は白か……」

「あ、マリーちゃん!」

「もう、何をしていたんですか?」

「えへへ、ちょっとだけピンチだった」

「まぁ! 大丈夫なのですか?」

「大丈夫、クロウリー君が助けてくれたから」

「そちらの方達が?」

「どーも」

「ぶい」


 黒い操獣者の口から教えていない筈の名前を出されて、レイはとうとう確信に至った。


「やっぱり、お前オードリーだな」

「えへへ、お久しぶりですクロウリー君」

「アリスもお久~だよ」

「はい! アリスさんもお久しぶりです」

「もーー! わたくしを放置して話を進めないでください!」

「おっと悪ぃ悪ぃ」


 黒い操獣者改めオリーブと再会の挨拶を交わすが、白い操獣者ことマリーの一言で本題に引き戻された。


「さて、あのアンピプテラの動きを少しでいいから封じて欲しいんだが……」

「マリーちゃんなら出来るよね」

「もちろんですわ。大型魔獣相手なので少し時間がかかりましたが、既にトラップは設置済みです」

「トラップ?」

「マリーちゃんの魔法の罠。なんでも出来るんですよ」


 そう言うとオリーブはトテトテとマリーの元に駆け寄った。


「じゃあマリーちゃんはいつもみたいに向こうで待ってて、私もいつも通りにアンピプテラさんをてするから!」

「了解ですわ。いつも通りに片付けてしまいましょう」

「ポイッって、ポイッって」

「クロウリー君とアリスさんは、マリーちゃんと一緒に行ってください」

「ポイッって……」


 マリーとオリーブは手際よく行動を開始し始める。

 そしてレイはアリスに引きずられながら、マリーの後を追う事になった。







 アンピプテラから数十メートル離れた先、アンピプテラの暴走で人気が無くなった大通り。マリーの目的地はそこであった。


「ワーオ、なんだこりゃ?」


 それは実に不思議な光景であった。

 大通りのいたる所に、何やら透明な球体が幾つも浮かび上がっていたのだ。


「あれ、水?」

「正解ですわ、えっと……」

「アリス。アリス・ラヴクラフト。あっちはレイ」

「レイ・クロウリーだ、レイでいい」

「ではアリスさん、レイさん」


 呼び方が決まったところで、マリーは浮かび上がる水の球体を指し説明を始めた。


「あれはわたくしとローレライの魔法で作り出した魔水球スフィアと言います」

「すふぃあ?」

「簡単に説明しますと、あの魔水球は衝撃が与えられた瞬間に内部に仕込まれた魔法術式を一斉解放するのです」

「なる程、それの内部に拘束用の術式を仕込んで、捕獲用の罠を仕掛けたって事か」

「大正解ですわ」

「でも随分分散させて設置してるみたいだけど……大丈夫なのか?」

「心配御無用、この距離からでしたら遠隔操作出来るように仕込み済みですわ」


 これが証拠だと言わんばかりに、マリーは近くにあった魔水球を一つ操作してみせた。

 いざアンピプテラが来れば罠の方からぶつかりに行くことも可能という訳だ。


「しっかし、こんな大量の設置魔法よく維持できるな」

「特技ですの、魔法の維持と銃の扱いは」


 そう言うとマリーは腰のホルダーに仕舞っていた二挺の銃を取り出す。

 赤と黒、どこかボールペンを想起させる形状をした銃型魔武具だ。


銃撃手ガンナーか、珍しいな」

「チームでは重宝されてるんですよ」

「へー」


 自信に満ちたマリーの言葉にレイが生返事をしていると

――ドゴォォォォォォォォォォォォォォォォン!!!――

 十数メートル離れた場所、正確にはオリーブが居た場所からけたたましい衝撃音が鳴り響いてきた。


「なんか嫌な音がするんだけど!?」

「お二方、来ますわよ」


 大きく風を切る音がこちらに向かって来るのが分かる。

 そしてほんの数秒足らずで、大通りに巨大な影が入り込んだ。


「ジュアァァァァァァァァァァ!!!???」


「ギャァァァァァァァ!!!??? アイツ本当にポイッってしやがったァァァ!!!」


 突然の巨影に思わず叫んでしまうレイ。

 オリーブの怪力によって投げ飛ばされたアンピプテラは、仰向けの状態でレイ達が居る大通りに墜落してきた。


「魔水球、コントロール」


 冷静沈着。マリーが指を鳴らすと周囲に散っていた魔水球がアンピプテラの落下予測地点に集まり始める。


「ヴァッサー・ザイル……全弾炸裂フルファイアですわ」


 アンピプテラの巨体ぶつかると同時に、集まった魔水球は一斉に弾けた。

 魔水球の中に仕込まれた拘束魔法の術式が水の縄と化し、アンピプテラの全身を空中に縛り上げる。


「ジャァァァ!?」

「ちょ!? この魔獣、力が強すぎませんこと!?」


 アンピプテラを拘束したまでは良かったが、全力で抵抗するアンピプテラのパワーを前に、水の縄は早くも千切れ初めていた。


「ダメッ、オリーブさんが来るまで耐えられない……このままでは逃げられて……」

「いや、後10秒も止めてくれれば十分だ」


 そうだ、ほんの少し隙を作ってくれればいい。

 レイはコンパスブラスターに獣魂栞を挿入して術式を流し込んだ。


「口だけ強めに縛ってくれ! 後は俺が何とかする!」


 コンパスブラスターの刀身に銀色の魔力刃が纏わり始める。

 そこに内包された魔力を察したのか、マリーはレイの言う通りにアンピプテラの口を何重にも縛り上げた。


「メイン武器(口と牙)を封じればコッチのもんだ!」


 一気に駆け出し、跳躍するレイ。

 そして一瞬の内に、空中に固定されたアンピプテラの頭部へとたどり着いた。


『二発目だ!』

「銀牙一閃!」


――ゴンッ!――

 最小出力かつ峰打ち。

 だが内部に侵入して炸裂する攻撃エネルギーは確実にアンピプテラの脳を揺らした。


「ムグルルルルル!?」


 縛られた口から叫び声が漏れ、アンピプテラが拘束されたまま意識を失った。


「よっと、着地成功」

「あの大型魔獣を一撃で……それも気絶で留めるなんて」

「レイ、細かい作業得意だから」


 見た目以上に繊細な作業でアンピプテラを鎮めたレイに、マリーが呆然としていた。


「なんでもいいけど、コイツ下ろしてやってくんね?」

「そ、そうですわね」


 ハッと我に返り、マリーはゆっくりと拘束を解除していく。

 マリーが気絶したアンピプテラを下ろす所を見届けながら、レイは他に暴走魔獣が出てこないか気配を探る。

 聴覚強化で周囲の音を確認するが、それらしい気配は感じられない。


「今度こそ一件落着だな」

「そうだね」


「マリーちゃぁぁぁん!!!」


 向こうの方からオリーブの声が聞こえてくる。

 投げ飛ばしたアンピプテラを止める為に走って来たようだが、既に事は済んだ後だ。


「あれ、アンピプテラさん気絶してる?」

「ごめんなさいオリーブさん、わたくしの魔法では抑えきれない力でして……」

「ヤバかったから俺が頭ぶっ叩いておいた」

「ほへ!? クロウリー君がですか?」


 変な声を上げて驚くオリーブ。

 だがレイはそれを気にする事は無く、気絶したアンピプテラから微かに漂う魔力インクの臭いが気になっていた。


「(また……インクの臭い)」

「レイ、市長さんに報告」

「ん、あぁそうだな」


 アリスに言われて我に返ったレイ。

 港などはまだまだ警戒態勢が続いている筈だ。

 一同は変身を解除して、市長に事の鎮静を報告しに行くのであった。

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