Page32:参戦! 黒白のニューフェイス①

「よりによって……アンピプテラかよォォォォォォ!!!」


 アンピプテラ。

 魔獣としてのランクはCと比較的高めの方だがそれ程珍しい魔獣ではなく、契約している操獣者の数も多い。

 しかしこのアンピプテラは気性が荒く、ランクCに位置する魔獣の中で最も凶暴な存在として広く知れ渡っている。


「レイ、どうするの?」

「やるしかないだろ……ダメージは最小限にして殺さず捕獲だ」


 レイがコンパスブラスター(剣撃形態ソードモード)を構えるや、すぐさまアンピプテラの巨大な口が地上目掛けて襲い掛かって来る。


「っ!」

「危ねッ」


 勢いよく地面に牙をめり込ませるアンピプテラ。

 二人は寸での所で回避に成功したが、アンピプテラを挟んでV字に分かれてしまった。


「気性荒いにも程があるだろ……」


 力任せに地面から牙を引き抜いたアンピプテラが目を光らせてレイとアリスに狙いを定める。


「ジャァァァァァァァァァ!!!」

「来る!」


 細長い巨体を曲げて、アンピプテラはその牙をレイに向けて振りかざした。


「チッ! 魔力刃!」


 キィィィンと音を立てて行く手を遮られる牙。

 コンパスブラスターの刀身から展開された、巨大な魔力刃(非殺傷設定)がアンピプテラの攻撃を防いだのだ。


「グゥゥゥ、重んもぉぉぉ」


 想像以上の攻撃の重さがレイの身体に響き渡る。

 武闘王波で肉体が強化されているのでレイは何とか受け止められているが、並みの操獣者ではこう上手く防ぐ事はできないだろう。


「アリスー! 今の内にコイツにナイフ刺してくれ!」

「うん!」


 アンピプテラが魔力刃に噛み付いているその隙に、アリスは幻覚魔法を付与したナイフを投擲した。

 しかし……


――キン! キン!――


「げぇ!?」

「弾かれた」


 投擲されたナイフはアンピプテラの皮膚に刺さる事無く、小さな金属音を鳴らして弾かれてしまった。


「アリス! もう一回もう一回!」


 レイに言われるがまま、アリスは第二第三のナイフを投擲する。

 しかしその全てがアンピプテラの身体に刺さる事は無かった。


「ダメ、硬すぎる」

「ウッソだろおい!」


 すると突然、アンピプテラは魔力刃から口を離して、その狂気染みた視線をアリスに向ける。


「ジャァァァァ!」

「アリス!?」


 アンピプテラの牙がアリスに向かって突進し始めた事を本能的に理解した瞬間、レイの身体は自然と動いていた。

 武闘王波で脚力を強化し、アリスの身体を掴まえてアンピプテラの軌道上から脱出させる。

 ターゲットを失ったアンピプテラは、首の動きを止めるよりも早く、轟音を立てて地面に激突した。


「大丈夫か」

「うん……へーき」


 アンピプテラの尾に飛び乗ったレイは、アリスの無事を確認して一先ず胸をなでおろす。


「さーて、コイツどうするかだ」


 地面に突き刺さった牙を抜こうともがき続けるアンピプテラを見下ろしながら、レイはそう呟く。

 何とかして最小限の傷で抑え込んでやりたい所だが、こうも暴れられてはそれも難しくなってしまう。


「ナイフが刺さらないなら、プランBでいく」

「プランB? なにす――」


 何をするのかとアリスから聞き出すよりも早く、レイ達はアンピプテラの尾から振り下ろされてしまった。


「ジャァァァァ」


 牙を地面から抜き出したアンピプテラが咆哮を上げると、その巨大な翼を広げて再び街の中を移動し始めた。

 このままでは不味い。


「逃がすか!」


 レイとアリスはすぐにアンピプテラを追い始めた。

 魔装で強化された脚力を使って、建物の屋根に飛び移りアンピプテラを追跡する。


 翼を広げて飛翔するアンピプテラ。

 しかしその滞空時間は一秒程であり、すぐに地面に落ちてしまう。

 飛んでは落ち、飛んでは落ち、まるで海面を跳ねるイルカの様な奇妙な動きで移動している。


「(妙だな、翼を負傷している様には見えないのに……)」


 生まれたての飛翔系魔獣でもこんな動きはしない。

 レイは追跡をしながらも、アンピプテラの不格好な飛び方に疑問を抱いていた。


「レイ、マジックワイヤーでアンピプテラを抑え込んで」

「はいぃ!?」

「5秒だけ暴れなければいい。後はアリスが本気の幻覚を脳ミソに叩きこむ」

「おい、5秒暴れないように抑え込むって……あのデカブツの全身縛りつけろって事か!?」

「がんばれ男の子」


 気楽な声で「ふぁーいと」と煽ってくるアリスに、レイは少し血圧が高くなるのを感じた。

 だが事を穏便に済ませるには、アリスの案が最適解だともレイは理解していた。


「はいはい、分かりましたよド畜生!」


 レイは勢いよく建物の屋根から飛び降り、暴走するアンピプテラの頭部に乗り移った。


形態変化モードチェンジ棒術形態ロッドモード!」


 レイは棒術形態に変形したコンパスブラスターから、銀色のマジックワイヤーを高速で射出する。


「まずは口からァ!」


 勢いよく解き放たれたマジックワイヤーは、そのままアンピプテラの口にぐるりぐるりと巻き付く。

 アンピプテラが抵抗する間もなく、何重にも巻かれたマジックワイヤーによってその口は完全に封じられてしまった。


「念動操作術式入力! これで終わると思うな!」


 マジックワイヤーの先端を念動操作できるように術式を入力したレイ。

 アンピプテラの口に巻き付いたマジックワイヤーの先端は自我を持ったかのように、更に勢いよく伸び続ける。


「気分はドラゴンライダーってか?」

「ムグァァァァァァァァァ!!!」


 怒り狂ったアンピプテラは拘束されていない尾を使って、自身の頭部に乗ったレイを押しつぶそうとする。

 だがレイにとって、そんな反撃はすでに想定済みであった。


「とうッ!」


 尾が到達するよりも早く、強化された脚力を使ってレイは飛び上がる。

 勢い余った尾は、そのままアンピプテラの頭部に直撃した。


「こっからが本番だぜぇ!」


 レイが滞空中にコンパスブラスターを振るうと、マジックワイヤーの先端は地面の中に突き刺さった。

 そして地中を走り、再び地上に飛び出る。

 マジックワイヤーはそのままアンピプテラの身体に巻き付き、アンピプテラの一部を地面に縛り付けてしまった。


『レイ、魔法出力を上昇させるぞ』

「オーケィ!」


 再びアンピプテラの身体に着地したレイは、獣魂栞をコンパスブラスターに投げて挿した。


「インクチャージ!」


 スレイプニルの魔力インクを注入されたマジックワイヤーが眩い輝きを放ち始める。


『天地縫合!』

「バインド・パーティ!」


 レイとスレイプニルが魔法名を叫ぶと、マジックワイヤーの先端が四方八方に枝分かれし始める。

 無数に拡散したマジックワイヤーは地中深くを経由して、アンピプテラの身体と地面を強く縛り付けた。

 抵抗するアンピプテラの身体がマジックワイヤーに食い込み、ギチギチと音を立てている。


「しばらく地面とキスしてな!」

『アリス嬢、今だ!』


 スレイプニルの声に反応して、アリスが屋根から飛び降りてくる。

 その右手には大量のミントグリーンの魔力インクが光を放っていた。


「固有魔法…………起動」


 勢いよく落下しながらも、右手に集まる魔力は更に輝きを帯びていく。

 アリスは右手を手刀の型に変えて、アンピプテラの頭部にそれを振りかざした。


「ボーダーロスト・ナイトメア」


 手刀が頭部にぶつかると同時に、アリスは魔法名を宣言する。

 アリスの右手に纏わっていた高濃度の幻覚魔法は、アンピプテラの硬い皮膚を貫通してその脳内への侵入に成功した。


「ムグララララララララララァァァァァァァァァ!!!???」


 よほどショッキングな幻覚を叩きこまれたのか、アンピプテラはまるで断末魔のような咆哮を上げて、その場に倒れ込んだ。


 嵐の後の静寂が周囲を包み込む。


「スゲー叫び声。死んでないよな?」

「大丈夫。死ぬほど怖い幻覚は見せたけど」

「それ大丈夫なのか……」


 この後の事が少し不安になるが、一先ずこれで一件落着。

 だが二人がそう思った矢先に、気絶していた筈のアンピプテラが再び暴れ出した。


「ムグァァァァァァァァァ!」

「おいおいマジかよ!?」

「うそ……全ての異性に半永久的に虐げられる幻覚を植え付けたのに」

「鬼か!? なんつー幻覚脳に植え付けてんだ!」

「これで心が折れなかった魔獣ははじめて」

「むしろ折れたから暴れてる気もするんですけどー!?」


 レイはアンピプテラに少し同情するが、今は暴走再開を食い止める方が先決だ。


「仕方ないか……少し荒っぽいけど、許してくれよ」


 レイは目の前で暴れるアンピプテラに軽く頭を下げると、コンパスブラスターを剣撃形態に変形させた。


『どうする気だ?』

「最小出力で内側にダメージを入れる」

『なるほど、良策だ』


 レイはグリモリーダーから抜き取った獣魂栞をコンパスブラスターに挿入する。

 瞬時に術式を構築してそれを流し込むと、コンパスブラスターの刀身が銀色の魔力刃に覆われる。

 コンパスブラスターを逆手に持ち替えて、レイはアンピプテラに狙いを定める。


「出力最小のォォォ、銀牙一閃ぎんがいっせん!」


――ゴンッ!――

 限界まで威力を抑えながら、レイはコンパスブラスターの峰をアンピプテラの頭部に叩きつけた。

 魔力がアンピプテラの体内に侵入し小さな爆発を起こしていく。

 それは、巨大なアンピプテラを気絶させるのに十分な威力であった。


「ムグゥゥゥゥゥゥゥ!?」


 絶叫を上げて再び地面に伏すアンピプテラ。

 もう起き上がる気配は感じられない。


「……殺したの?」

「まさか、銀牙一閃で脳震盪を起こさせただけだ」

「じゃあそのうち目が覚めるね」


 流石の大型魔獣も脳を揺らされてはどうしようもない。

 今度こそ一件落着だと確信し、レイはホっと胸をなでおろした。


「ん? なんか変な臭いしないか?」

「におい? 何も感じないけど」


 武闘王波で臭覚も強化されているせいか、アンピプテラの身体から抜け出る奇妙な臭いをレイは感じ取っていた。


「(この臭い……気化したデコイインクの臭いに近いな……)」


 だが何故アンピプテラからその様な臭いが出ているのか、レイには皆目見当もつかなった。


「レイ、これどうする?」

「ん~、とりあえず安全な場所まで街の人に運んでもらうか」


 そうとなれば市長に報告だ。レイ達が港に戻ろうとした次の瞬間、本日二度目の轟音が鳴り響いた。

 レイとアリスはすぐに建物の屋根に飛び乗り、轟音が鳴った方角を確認した。


「レイ……二体目だね」

「F●ck you! 連戦とかふざけんな!」


 だが騒いだところで状況が好転する訳ではない。ご丁寧に黒煙まで上がって危機を演出している。

 レイとアリスは一目散に現場へと急行した。

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