Pege31:水の街

 風を切る音を背景に空を駆け抜ける。

 セイラムシティを発ったレイとアリス(と抱きかかえられているロキ)は、スレイプニルの背に乗ってバミューダシティへと向かっていた。


「ふーん、港町なだけあって人口はそれなりに多いんだな。市場も相当活気があると……」


 レイは目的地に着くまでの道中、スレイプニルの上でバミューダシティの旅行記を読んでいた。話には聞いていた街だが、レイも実際に行くのは初めてだった。

 ちなみに飛竜に匹敵する速度で上空を移動しているが、スレイプニルが魔力で風除けの壁を張ってくれているおかげでレイものんびりと本を読む事が出来るのだ。


「年に一度の水鱗祭すいりんさいは街の外からも見物客がくる……だって」

「キュー」

「……なぁアリス、この態勢すげぇ読みにくいんだが」

「お気になさらず」

「気にしやがれ」


 子供に絵本の読み聞かせをする時の様に、アリスはロキを抱いたままレイの両腕の間に収まる様に旅行記を読んでいた。

 綺麗に収まっているので、傍から見れば完全に兄妹である(アリスの方が一歳年上)。


「水鱗祭か……確かバミューダの地を治める王獣の二つ名が水鱗王だったな」

「ん、スレイプニル知ってんのか?」

「伊達に長くは生きていない。【水鱗王すいりんおう】バハムート、バミューダ近辺の海と地を治める王だ。温厚で慈悲深い性格で有名だが、一たび争いが起きればその獰猛さで海を己が牙に変えると言われている」


 レイが手に持った旅行記のページを幾らか進めると、確かに巨大なくじらのような魔獣が描かれた挿絵と共に水鱗王の記述がある。内容はスレイプニルが話した通りその温厚さと戦闘時の獰猛さについて、そしてバミューダシティで代々崇められている存在であると書かれていた。


「つーかそんなにスゴイ王獣が居るなら、その水鱗王に頼んで幽霊船を沈めて貰った方が早いんじゃね?」

「それが出来ない何かがあるからこそ、我らが呼び寄せられたのではないか?」

「……確かに」


 旅行記の記述にも水鱗王はバミューダの守護者とする記述がある。

 これだけ高名な王獣が、自身が治める地で発生した異変を放置するとは考えにくい。

 最悪のパターンと言えるかもしれないが、水鱗王自身に何かが起きた可能性もレイは頭の片隅に留めておく事にした。


「レイ、この本ニシンの漁獲量について書いてる?」

「んなもん旅行記に書いてるわけねーだろ」

「じゃあグルメ情報のページ。ニシン料理の情報があるかもしれない」

「こらこら無理矢理ページを捲ろうとするな! ニシン中毒末期患者め!」


 レイとスレイプニルの話には興味が湧かないのか、ニシン中毒の少女アリスはグルメ情報のページを開こうとして、レイと小さな攻防を繰り広げていた。

 ページに手をかけようとするアリスと、旅行記を持ち上げて逃がし続けるレイ。

 その最中にパラパラと捲れたページの中から、レイは気になる一節を目にした。


「ん? 『幽霊船が出る海?』 ……なんだこれ」


 幽霊船という単語に意識を引っ張られて、レイはその章を読み進める。


 ある日、バミューダシティから少し離れた沖で一隻の奇妙な船が目撃された。

 その船の帆は最早襤褸切れと呼べる様な有様となっており、その船体は今にも沈みそうな程木材が腐食していたのだ。

 普通に考えれば海上に浮かぶことすら不可能の様に見える船を前に、目撃者である船乗り達は気味の悪さを覚えた。以前からバミューダシティでは人を食う幽霊船の存在がまことしやかに囁かれていると言う。その話が船乗り達の恐怖心を加速させてしまった。

 だがもしかすると、不幸な海難事故にあった船かもしれない。念の為船乗り達は、望遠鏡を使ってその不気味な船を覗き込んだ。

 人の影は一つとして無い。見えるのは船体に張り付いたフジツボや、甲板に転がる何かの骨ばかりであった。

 ボロボロの無人船を前に、船乗り達の恐怖が膨れ上がっていく。

 そして、それに追い打ちをかけるような出来事が起きた。

 なんと幽霊船は自我を持っているかの様に、こちらの船を追いかけて来たのだ。

 恐怖心が頂点に達した船乗り達は急いで船を動かし、バミューダシティの港に戻って行った。


 幽霊船の話は山火事の如く住民達の間に広がった。

 しかし不思議な事に、幽霊船の事を深く捕らえる者はそれほど居なかったのだ。

 むしろ、たまに起きる小さな災害のように「また幽霊船か」と言った具合に捉えられていた。

 不思議に思った筆者は住民の一人に尋ねてみた「幽霊船が出たと言うのに、何故驚かないのですか」と。

 すると住民はこう答えた「どうせ明日の夜には解決している」と。


 結果を言ってしまえば住民の言葉は正しかった。

 幽霊船が現れた翌日の夜、雨も風も無いのに海の様子が大きく荒れていたのだ。

 そして夜明けと同時に筆者が港の方へと足を運ぶと、そこには大量の木片に囲まれて一体の大きな海棲魔獣が目を回して浮かび上がっていたのだ。

 その異様な光景を難なく受け入れるバミューダシティの住民達。筆者はこれは何事かと聞かずにはいられなかった。

 その疑問に、港の船乗りが快く答えてくれた。

 どうやら目を回して浮かび上がっているのは件の幽霊船の正体だそうだ。

 海底に沈んでいた沈没船を背負って幽霊船を装い、人間を驚かす悪戯をしていたと言うのが真相らしい。

 だが間抜けな事に、幽霊船の悪戯はすぐに水鱗王の知る所となってしまった。

 昨夜海が荒れていたのは、この悪戯魔獣が水鱗王に懲らしめられていたからなのだ。


「こうして街を騒がせた幽霊船騒動は終わりを迎えたとさ……」


 章を読み終えたレイはページを一気に進めて、巻末に印刷された発行年月日を確認する。


「五年前か……少なくともそれより前から幽霊船騒動はあったんだな」


 補足された記述を読むと、どうやら海棲魔獣によるこう言う悪戯は過去に何度も起きていたらしい。故に住民もすっかり慣れてしまったのだとか。

 少なくとも従来なら操獣者ギルドに事件解決を依頼するような案件ではない。

 だが今回の幽霊船は少し様子が違うようだ。


「既に一ヶ月続く幽霊船騒動か……」


 依頼書の紙を見つめながら呟くレイ。

 今回の幽霊船騒動が起き始めて既に一ヶ月が経過、未だに解決の兆しを見せていない。

 恐らく今回ギルドに依頼が来たのはこれのせいだろう。


「悪戯者の海棲魔獣を懲らしめて終わり……なんて一筋縄ではいかなさそうだな」


 何にせよ、現場に到着しない事には話が始まらない。

 そうこうしている内に、レイ達の視界に大きな街が見えてきた(そして旅行記はアリスに取られた)。


「レイ、何処で降ろせばいい?」

「港で降ろしてくれ、そこで依頼人と会う予定なんだ」

「承知した」


 船が密集している場所を視認したスレイプニルは、すぐに港へと急行した。


 そして一分と経たずレイ達はバミューダシティの港へと到着した。

 レイはスレイプニルから飛び降り、バミューダの地に足を着ける。


「よっと、目的地到着」

「レイ、上を見て両腕を前に出す事を薦めるぞ」

「上?」


 上方から届くスレイプニルの言葉に疑問符を浮かべながら、レイが振り向き見上げると……銀色の髪を潮風と重力に靡かせながらアリスが落ちて来た。

 飛び降りているのではない。ロキを抱えながら受け身を取る様子もなく、背中から落ちていたのだ。


「どわぁぁぁ!?」


 慌ててレイは両腕を前に差し出し、アリスの落下予定地点に差し出した。

 すると一秒もかからず、レイの両腕には人間一人+小型魔獣一匹の重量が収まった。


「ナイスきゃっち」

「キュ!」

「もう少し考えて飛び降りろバカ!」

「レイが受け止めてくれたから、計算通り」


 確信犯かよ……とレイは心の中で呟く。


「俺がキャッチ失敗する可能性は考えなかったのかよ」

「大丈夫、レイなら絶対にアリスを掴まえてくれるって知ってるから」


 微かに笑みを浮かべて堂々と言い放つアリスに、レイは少し顔を赤らめた。

 だがここで反撃の意志を失わないのがレイ・クロウリーという少年である。


「ほう、じゃあ今この態勢になっているのも計算の内なのか?」


 レイの意図した所ではないとは言え、現在アリスはレイにである。それも公衆の面前で。

 さあ羞恥しろそれ羞恥しろ。

 レイの心の中で悪魔が高笑いを上げるのだが……


「アリス的には問題無し」

「キュ~キュ~」

「お前やっぱり羞恥心を学んでこい」


 平然とサムズアップで応えるアリス。

 レイの反撃は一切届く事無く打ち砕かれた。


 アリスを抱えたままでは先に進めないので、一先ずレイはアリスを降ろした。

 不満げに頬を膨らませるアリスを無視して、レイは港を見渡す。


「すげぇ……船がギッチギチじゃねーか」


 港の船着き場には大小様々な船が隙間なく停まっていた。

 比喩でも何でもなく、本当にギリギリまで隙間を詰められているのだ。

 僅かに空いている隙間を覗くと、その向こうにも船が停まっている。恐らく船同士を梯子か何かで繋げて港に降りられるようにしているのだろう。


「船が集まり過ぎて、これでは新しい陸地だな」


 上空から港を見下ろしてそう零すスレイプニル。

 どうやら相当な数の船がここで足止めを喰らっているらしい。

 そのせいか、港は船乗りらしき人達でごった返していた。


 何にせよ、まずは依頼人から話を聞かなくてはならない。

 レイは港で会う予定の依頼人を捜し始める事にした。


「おっとその前に……スレイプニル、もう街の中だから獣魂栞ソウルマークになってくれ!」

「了解した」


 光の竜巻を起こして、スレイプニルは自身の身体を獣魂栞に変化させる。

 基本的に何処の国や街でも、無許可で大型魔獣をそのまま連れ歩くのは禁じられている。

 王獣として知られているセイラムシティならいざ知らず、他の街で大型魔獣が闊歩する訳にはいかない。そんな事をすれば街の人々に余計な不安を与えるだけだ。

 レイは獣魂栞化したスレイプニルを胸ポケットに仕舞い、移動を開始した。


「にしても、すげぇ人の量」

「ここから捜し出すの?」

「そうなるな。まずは高そうな服着た人を捜そう」

「なんで?」

「依頼人はこの街の市長だってさ。市長なら船乗りよりは金持ってるだろ」

「じゃあ手分けして探す? 同行者ならグリモリーダーで通信できる」

「だな」

「キュキュ」


 方針が決定したので、レイとアリスは二手に分かれて依頼人を捜し始める事にした。


 人ごみの中から隙間を見つけつつ歩き進めるレイ。

 人や小型の魔獣こそ多いが活気ある港と言うには程遠く、長い間足止めを喰らっているせいで皆どこか殺気立っている様子だった。

 耳をすませば何処からか怒号の一つ二つも聞こえて来る。


「こりゃ至急って書かれるのも無理ないな」


 早く解決しなければ彼らの精神衛生上にもよろしくない。

 レイはすれ違う人の服を気にしつつ、周りの喧騒に耳を傾けて歩き続ける(何気ない会話から情報が拾えるかもしれないから)。

 だが聞こえてくるのは船乗りの愚痴と暇つぶしの博打の音ばかり。

 すれ違うのは筋肉隆々の海の男と魔獣ばかり。


 港を歩いていると、近くから突然老人の怒鳴り声が聞こえて来た。


「だーかーら、幽霊船は本当にあるって言っとるじゃろう!」

「はいはい分かったから、もうあっち行ってくれ」

「全然分かっとらんじゃろう! いいか小僧、あの幽霊船はなぁ船も人も見境なく喰らう化物じゃ! 儂があれだけ言ったにも関わらず五年も放置した結果がこのザマじゃないか!」

「しつこい爺さんだなぁ、とにかく船は出せない。この話はこれで終わりだ」

「待て、話はまだ終わっとらん!」


 船乗りに相手されず怒り狂う老人を見るレイ。

 その内心では老人が言い放ったある言葉が反芻していた。


「人も船も喰らうねぇ……物騒な話だ」


 とにかく今は依頼人を捜さなくてはならない。

 レイは港の中を捜し回る……が


「全然見つかんねぇ……」


 向こうも移動しているのか、まだ港に着いていないのか。

 恐らくアリスも見つけてないのだろう、腰に下げたグリモリーダーに通信が来る気配もない。


 こうなったら片っ端からすれ違った人に市長を見なかったか聞いた方が早いのかもしれない。

 近くの木箱に座ってレイがそんな事を考えていると、何処からか歌声が聞こえてきた。

 年若いを通り越して幼さすら感じる少女の歌声だ。むさ苦しい男の声ばかり聞いていた反動か、レイはその声が妙に気になった。

 レイは魅かれる様にその歌声の元へと足を運ぶ。


「さーかーえーよー♪ なーがーくによー♪」


 歌い手はすぐに見つかった。

 何処かの船乗りが連れて来た娘だろうか、三つ編みした金髪を潮風に揺らしながら一人の少女が歌を歌っていた。


「へぇ、上手いもんだな」


 見たところ10歳前後くらいの少女だが、その歌声は非常に美しいものであった。

 何かの儀礼で使う歌なのか歌詞こそ堅苦しいが、疲れた心に響き渡る無垢な歌声だ。その声には人を惹きつける力があるのか、気が付けばレイは少女の歌に聞き入っていた。

 一方でレイの胸ポケットに入っているスレイプニルは、少女が歌う歌詞にどこか聞き覚えを感じていた。


『(この歌……何処かで……)』


 レイが一人歌に聞き入っていると、背後からレイを呼ぶ男の声が聞こえて来た。


「あの失礼ですが、GODの操獣者の方ですか?」

「んあ、そうだけど……」


 レイは振り向いて自身に声をかけて来た男の姿を見る。

 それは高そうな背広を着た、小太り気味の中年男性であった。

 船乗りには似つかわしくなく、それなりに金持ちそうな眼の前の男を見て、レイは彼こそが依頼人なのではと考えた。


「申し遅れました。私このバミューダシティの市長でございます」

「という事は、依頼人さん?」

「左様です」


 確定だ。

 目の前の男性が依頼人と判明したので、レイは懐に仕舞ってあった依頼書を市長に見せた。こうする事で自身が依頼を引き受けた操獣者である事を証明するのだ。


「今回の依頼を引き受けたGOD所属操獣者レイ・クロウリーです。本当は同行者が一人居るんですけど――」

「同じくGOD所属操獣者で同行者のアリス・ラヴクラフトです」

「おわっ!? いつの間に」

「今来た」

「キュー」


 何時もと変わらないジト目でそう答えるアリス。

 少し変わった所があるとすれば、背中に大量のニシンが詰まった籠を背負っている事くらいだろう。


「アリス、背中のそれは……」

「このままだと腐っちゃうからって安く売ってくれたの」

「いやだからって」

「バケットも買った。これで何時でもニシンサンドを作れるから安心して」


 街の滞在中に作る気満々と言った様子で「フンスフンス」と鼻息を荒くするアリス。

 だが悲しい事に、レイにとってそれは遠回しな死刑宣告でしかなかった。


「あの、大丈夫でしょうか?」

「大丈夫です話を続けて下さい」

「ですがお顔が真っ青に――」

「大丈夫です! 問題はありません!」


 過酷な運命は受け入れなければならない。それが人の背負いし業なのだ。


「では、本題に入らせて頂きます。ご覧になられた通り現在この街の港には多くの船が停まっています。動かして貰いたいところなのですが、船頭達は皆こぞって拒否するのです」

「幽霊船が出たから、ですか?」

「そうなのです」

「ここに来る途中、バミューダシティの旅行記を読みました。過去にも何度か幽霊船騒動があったそうですね」

「はい。近隣に住む海棲魔獣の悪戯でその様な騒ぎもありました……しかし今回は様子が違うのです」


 困り果てた表情を浮かべながら市長は話を続ける。


「一ヶ月も幽霊船の目撃情報が後を絶たない上に、ここ最近は街の中でも幽霊が出たと言う者達まで現れ始めたのです」

「街の中でも?」

「はい。夜になれば幽霊が街を徘徊して生者の魂を狩りに来ると噂されて、街の者達は皆陽が沈むと建物から出なくなってしまいました」

「悪戯にしては手が込み過ぎてる気がするな……」

「本当に幽霊?」

「まさか、そんな筈……と言いたい所なのですが、幽霊船が出始めてから街の中で厄介な異変が起きているのも事実なのです」

「厄介な異変?」

「そうなんです」


 市長は目に涙を浮かべて、藁にも縋る様子でレイ達に異変を話始めた。


「魔獣達が突然暴走し始めて、街で暴れる事件が後を絶たないんです。それも野生魔獣や契約魔獣など関係なく、前触れ無く暴走するのです」

「暴走した魔獣に何か共通点は?」

「今の所何も発見されていません、本当に無差別に暴走していくのです。街の者達の中には幽霊船から出て来た悪霊が取り憑いたのだと言い張る者もいます」


 街で起きた被害を思い出したのか、とうとう市長の涙腺は決壊してしまった。

 ここまでで被った損害は相当なものだったのだろう。


「幸い今は偶然この街に滞在されている操獣者の方々が善意で暴走魔獣を抑えてくれていますが……こう長く続かれては……ウゥゥ」

「ねぇレイ、善意の操獣者って……」

「あぁ、多分フレイアが言ってた奴らだと思う」


 これは意外と早く落ち合えそうだ。

 レイがそう考えた次の瞬間、街の方からけたたましい轟音が鳴り響いてきた。

 港に居た者達は一斉に音の鳴った方を見る。

 そこには街の中から立ち上る黒煙と、人々の悲鳴が聞こえてきた。


「あぁ、言っている傍からぁぁぁ」


 市長が顔を青ざめさせながらその場に崩れ落ちる。

 恐らく街中で魔獣が暴走したのだろうが、今はそんな些細な事はどうでもいい。


「市長さん、港の人が街中に入らないように見ておいて下さい!」

「は、はい」

「アリス!」

「言われなくても」


 市長はその場に置いて、レイとアリスは港の人ごみをかき分けながら走った。


「むぎゅ、ぶつかる」

「ギュ~」

「退いてください! 急いでるんだ! 退けェ!」


 若干力尽くで人ごみをかき分けて、何とか港を出る二人。

 人が少ない事と黒煙が上がっている方角を確認したレイとアリスは、腰に下げていたグリモリーダーを取り出した。


「行くよ、ロキ」

「キュッキュー!」


 アリスの声に合わせてロキは身体をミントグリーンの獣魂栞に変化させる。


「スレイプニル!」

『承知』


 レイは胸ポケットから銀色の獣魂栞を取り出して構える。

 アリスも同じく獣魂栞を手に取り、二人は同時にCode解放を宣言した。


「Code:ミント、解放」

「Code:シルバー、解放!」


 二人は魔力インクが滲み出た獣魂栞をグリモリーダーに挿入し、十字架を操作する。


「「クロス・モーフィング!」」


 魔装、同時変身。

 変身呪文を唱えた二人は、それぞれミントグリーンとシルバーの魔装に身を包んだ姿へと変貌した。


 操獣者へと変身すれば身体能力も強化される。

 二人は強化された肉体を使って、現場へと急行した。


「さぁて、暴れてる悪いはどこのどいつかなー?」


 建物の屋根を飛び渡りつつ、二人は人々の悲鳴が最も大きい場所へと辿り着いた。


 一心不乱に逃げ惑う人々。

 その後ろには、暴走魔獣が引き起こした火災によって生まれた煙が充満していた。

 煙の向こうは見えないが、獣の咆哮は聞こえてくる。


「レイ、この先に居る」

「だな。しかもこっちに向かってきてる」


 武闘王波で強化された聴覚によって、レイは地面を這う巨大な何かの音を察知していた。

 暴走魔獣はもう目の前に来ている。


「さぁ、お顔拝見といこうか!」


 そして煙のカーテンを突き破って、暴走魔獣はその姿を現した。


「ジャァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!」


 それは、巨大な蛇の胴体に竜の翼が生えた魔獣であった。

 10メートルは超えようかと言う巨体で、暴走魔獣はレイ達を睨みつける。


「ねぇレイ、あれって……」

「最悪だ……最悪の奴が暴走しやがった」


 レイは暴走魔獣の姿を見た瞬間に、仮面の下で口をあんぐりと開けていた。

 何故なら目の前に居る魔獣は、メジャーな魔獣の一体だったのだ。


「よりによって……アンピプテラかよォォォォォォ!!!」

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