第二章:彷徨う少女の歌声
Page28:あれからどうした?
鳥のさえずりが心地よく響く早朝。
人気の無い八区の森の中で、魔装に身を纏ったレイが静かに佇む。
呼吸を安定させて精神を統一する。
「……いくぞ、スレイプニル」
『了解した』
レイの体内で
陽の光に照らされながら、レイはグリモリーダーを操作した。
「融合召喚、スレイプニル!」
スレイプニルの魔力とレイの肉体が急激に混ぜ合わさっていく。
魔装の装着時に変質していたレイの肉体が、更に異質な魔獣のものへと変化し始める。
レイの身体にスレイプニルが纏わっていたのではなく、レイの身体を通してスレイプニルが召喚されようとしている。
身体の内側から巨大なエネルギーが実態を紡ぎ出そうとする……が
「~~ッ!?」
膨大なエネルギーに耐え切れず、魂の波長が乱れる。
身体の周りで魔力が破裂する音が鳴り響くと共に、レイの変身は強制解除されてしまった。
「痛ったぁ~」
破裂した魔力の衝撃が全身に響き渡り、レイは耐え切れず大の字に倒れ込んでしまった。
『だから言ったのだ、お前にはまだ早いと』
「いやほら。せっかく操獣者になれたんだからさ~、やっぱ奥義試したいじゃん」
『簡単に出来ぬからこそ、奥義なのだよ』
獣魂栞から聞こえるスレイプニルの声に返す言葉もないレイ。
【融合召喚術】
この魔法は操獣者が目指すべき奥義の一つとされている。
自身が契約した魔獣と完全に一体化し超強化魔獣、通称【
この融合召喚術を使える事が、操獣者にとって一つのステータスとなっているのだ。
「やっぱ、そう上手くはいかねーか」
痛む身体を起こしてレイがぼやく。
救護室から退院して二日目。操獣者となってまだ一週間も経過していないにも関わらず、レイは奥義を試そうとしていたのだ。
『多少の技を身に着けているとはいえ、お前は操獣者としては雛鳥も良いところだ』
「素直に精進あるべきってか?」
『そういう事だ』
儘ならないものであると、レイは頭を掻きむしる。
「……なぁ、スレイプニル」
『なんだ』
「父さんはキースに殺された。それで合ってるんだよな?」
『そうだ。我自身とレイが目撃し、キース・ド・アナスン自身も認めた事実だ』
「そうなんだよなぁ……」
キースとの戦いから時間が経過し頭が冷えたレイは、一つの疑問を抱いていた。
いくら巨大魔法陣の維持の為にリソースを割いていたとはいえ、キースはそれなりに高い実力を兼ね備えた操獣者だ。
フレイア達の協力もあってキースを撃破出来たのは良いのだが、本来全員キースに大きく格が劣る操獣者。特にレイはその日初めて変身に成功した新米である。
そんな
いや、言い方を変えよう。ヒーローと呼ばれた程の実力者がキース程度の攻撃で致命傷を負うとは思えなくなったのだ。
「(父さんの実力は俺達三人を遥かに上回っていた……なのに、何故?)」
キースはどうやって父親を殺したのか、その手口が分からなかった。
少なくとも毒の類はありえない。もし使っていれば、並大抵の毒ならスレイプニルの免疫力で打ち消せる上に、それ以上の毒ならそれだけでスレイプニルごと殺害できる。
となればやはり、レイ自身が目撃した植物魔法の槍の一撃が致命傷だったのだろう。だがそれでは……
「(それじゃあ父さんは、自分から死にに行った様なものじゃないか)」
三年前の夜に何が起きたのか、その真相の半分は既に闇の中。
なら残る半分から聞き出さねばなるまい。
「(一度、キースから色々聞く必要があるみたいだな)」
なら一度ギルド長に掛け合ってみよう。そう考えながらレイは植物臭い地面から立ち上がった。
『今日はもういいのか?』
「あぁ、そろそろアリスが起きて事務所に来る頃だろうし、怪我して帰ったらまたアリスに叱られるからな」
それだけは勘弁願いたい。
レイはグリモリーダーをを腰のホルダーに仕舞い込み、事務所へと足を進めた。
◆
『キラキラ輝いて、目指せNo.1!!! 【ナディアの広報部ラジオ】今日も元気いっぱいに、はっじまるっよーー☆彡!!!』
『ピィーッ!ピィーッ!』
グリモリーダーから可愛らしいセイラムシティのアイドルの声が染み渡ってくる。
茶を飲みながら推しドルのラジオを聞く。そんな爽やかで素晴らしい朝をレイは堪能していた。
『いや~今週は本当に色々あったけど、何はともあれ事件が解決してめでたしめでたし。ねぇテルたん♪』
『ピィー♪』
「俺活躍したよ、褒めて褒めて」
ラジオからは現在のセイラムシティの復興状況が流れてくる。
怪我人は救護術士達の活躍でもう殆ど復帰したそうだが、破壊された建物はまだまだ修理しきれていない。
魔法陣を破壊する際に抉られた地面と道路はすぐに修復できたのだが、建物の破損が多すぎるせいで材料が不足しているのだとか。
セイラムシティにあったストックを使い切っても足りないので、遂にはゴーレム系の魔獣から必要な素材を分けて貰っているそうだ。
『と言うわけで、建物を直す材料はまだまだ不足してます! ゴーレム系と契約してる皆! ちょっとだけ素材分けてね、ナディアちゃんからのお・ね・が・い☆彡』
「イエス! キューティクル!」
今だけはゴーレム系と契約していない事が惜しまれる。声には出さないが失礼な事を考えるレイであった。
『続きましてお便りのコーナーです♪』
「俺もいつか読まれたいなぁ」
「読まれると良いね。あ、アリスバター取って」
「はい」
「ありがと!」
グリモリーダーからお便りを読み上げる声が耳に流れ込んでくる。
ちなみにキースと戦った日の夜、広報部もラジオ放送を使って魔法陣の破壊に協力してくれていたそうだ。残りの破壊ポイントが何処なのかを広報部のアイドル、ナディアが読み上げていたらしい。
事件後にその事実を知ったレイは、血の涙を流して崩れ落ちた。ナディアちゃんの放送は全て録音する派のドルオタなのだ。
後にジャックが録音データを持っていると知ったレイは土下座してそのデータを譲ってもらった。ジャックの顔が引きつっていたのは気のせいだろう。
「レイ~、アタシにも紅茶頂戴」
「ほらよ。砂糖は自分で入れろよ」
「ほーい」
フレイアが差し出したカップに紅茶を注いであげるレイ。
こうして操獣者として街を守れたのも、彼女が手を差し伸べてくれたからであって――
「いやちょっと待て」
「あー紅茶美味しい……どしたのレイ?」
「なにかあった?」
「アリスはまだ分かるが……なんでフレイアが
しれっと朝食まで食べているフレイアに突っ込むレイ。
言っておくが今日ここまでにレイはフレイアを招き入れた覚えは無い(アリスを招き入れた覚えもないが、何時もの事なのでスルー)。
「ノックしたらアリスが開けてくれたから入った」
「扉を開けたら居たから入れた」
「テメーら家主の許可を取るという発想はないのか!?」
隙の無い正論である。
それはともかく。
「で、何の用だリーダーさんよ」
「モグモグ、ひやぁ剣の進捗ほうはのかなって」
「食い終わってから喋れよ」
噛り付いていたパンを一先ず食べ終えたフレイアは改めて本題に入った。
「だから剣。専用器の一本目もう出来てる頃かなーって」
「あのなぁ、材料届くまで三週間待てって言っただろが」
「でももう三週間以上経ってるよ」
フレイアに指摘されたレイはカレンダーを見て日付を確認する。
確かにフレイアが言うように三週間以上が経過していた。
「ね、三週間経ってるでしょ」
「確かに……おかしいな、材料が届いたら連絡が来る筈なんだけどな」
何かトラブルでもあったのだろうか、レイの脳裏に僅かな不安が過る。
だがこういう時に役立つ物も熟知している、ラジオと新聞だ。
仮にも世界一の操獣者ギルド、GODの城下町。集まる情報は国境など容易く超えて来る。
――ガッコン――
鳥の鳴き声と共に、扉の向こうから紙の束が投げ入れられた音が聞こえて来る。
「今の何の音?」
「鳥系魔獣が新聞届けてくれた音だよ……てかお前新聞取ってねーのか?」
「いやぁ、挿絵の無い文章は苦手で……」
アハハと苦笑いするフレイアにレイは呆れかえってしまう。
操獣者の活動は世界規模で行われる事も珍しくない。故にギルドに所属する操獣者は情報収集に余念を欠かさないものだ。新聞だって読んで当然の代物である。
ちょうどいい、新聞に何か情報が書かれているかもしれない。
そう思ってレイが玄関に向かおうとすると、グリモリーダーから着信音が鳴り渡った。
「悪ぃアリス、新聞取っといてくれ」
「りょーかい」
新聞を取りに玄関に向かうアリス。
レイは「こんな朝から誰だ?」と不機嫌そうな顔を浮かべながら、グリモリーダーの十字架を操作した。
『おぉレイ! 今大丈夫か?』
「親方? こんな朝早くに何すか?」
『いやぁ、ちと頼みたい事があってよ。お前ん家の工房にオリハルコン余ってねーか?』
「オリハルコン? そんくらいなら有るけど」
『悪い、金は払うから整備課に少し分けてくれねーか? 在庫不足なんだ』
レイは一瞬言葉を失った。
魔法金属オリハルコン。魔武具を作る際に必要となる基本的な材料だ。
仮にも世界一の操獣者ギルドは擁する魔武具整備課が、その基本的な材料を不足させたと言うのだ。
レイはモーガンの言葉をすぐには信じられなかった。
「いやいやいやいや、整備課でオリハルコンが不足とか嘘だろ」
『嘘じゃねーよ、オリハルコン積んだ船が来ねーから在庫増やそうにも増やせれねーんだ』
「船が来ない?」
『あぁ、しかもオリハルコンだけじゃねー。布や香辛料、ヒヒイロカネを乗せた船も港に来ねーんだ』
どうやら予想以上に大事が起きているらしい。
レイはまた違う意味で言葉を失った。
「なんか凄いことになってる?」
「凄い事っつーか最高に不味い事。お前の剣の材料を乗せた船もセイラムに来てないらしい」
レイの言葉に顎を大きく落としてショックを受けるフレイア。
フレイア剣についてもだが、実際問題船が来ないのは非常に不味い。
特にオリハルコン等の魔武具に必要な素材の殆どを輸入で賄っているセイラムにとって船が来ないという事は致命的だ。
「船、来ないの?」
「らしいな」
「……これ、関連記事?」
玄関から戻って来たアリスはそう言うと、レイに新聞の一面を見せてくる。
そこには大きな見出しでこう書かれていた。
「【動けぬ船達。幽霊船に怯える街】……なんだこれ?」
『新聞見たのか丁度いい、その記事に載ってる街バミューダシティで船が止まってるんだとよ』
「幽霊船ねぇ……」
半信半疑故の訝しい声を漏らすレイ。幽霊の存在は信じない派なのだ。
だがレイの後ろで幽霊船という言葉を聞いたフレイアは、目を輝かせながら興味を示していた。
「何々幽霊船? ワクワクワード?」
「ややこしくなるから大人しくしてろ」
『まぁそう言う訳だからオリハルコンを少しばかり……ってギルド長、どうしたんスか? え、レイに要件っすか……ど、どうぞ』
どうやら整備課にギルド長が訪れたようだ。グリモリーダーの向こうでモーガンがギルド長にグリモリーダーを渡す音が聞こえる。
『ほほ、レイ怪我の方は大丈夫か?』
「えぇまぁ、おかげさまで」
『それは良かった。それでのうレイ今回の幽霊船事件じゃが、ひょっとするとお主にとって絶好のチャンスかもしれぬぞ』
突然出て来た「チャンス」という言葉に、レイの後ろにいたフレイアは疑問符を浮かべる。
だが当のレイはこの後の展開が読めたのか、少し顔の色を無くしていた。
「チャンスって事は……やっぱりですか?」
『その様子じゃと、どうやらこの先の展開は想定済みのようじゃな』
すると先ほどまでの飄々とした様子から一転、ギルド長は厳かな声色で要件を伝えた。
『ギルド長命令じゃ。レイ・クロウリー、今日中にワシの執務室に来るように』
「……はーい」
レイが了承の返事をすると、グリモリーダーの通信は切れてしまった。
通信を終えたグリモリーダーを仕舞うと、レイは複雑で難しそうな顔をしながら椅子に座り込んだ。
「不味いな……」
「そうだよねー、剣の材料が来ないのは不味いよね」
「いやそれもなんだが、ギルド長の呼び出しは不味い」
「何で? キースを倒して街を守ったんだから、表彰とかそんなんじゃないの?」
「違う」
ハッキリと断言するレイ。
ギルド長の性格をよく知っているレイは、アレが人を褒める時の声ではない事がすぐに分かったのだ。
「褒められるどころか……お叱り案件だな」
「何で? なんかしたの?」
「心当たりが、二つ程あるんだ」
キースに勝利してセイラムシティを守った。
これでめでたしめでたしと終われば決まりが良かったのだが、どうやら現実はそう上手く行かないらしい。
「俺……大敗北だな、これ」
若干生気の抜けた様子で、レイはそう零すのであった。
◆
レイ達が事務所でギルド長と話していたその頃。
セイラムシティから北に離れた場所にある港町バミューダシティは船の出航を待つ人々でごった返していた。
老若男女問わず船での移動を必要とする者たちが船着き場に集まり、船乗りたちに「何時船は出るのか」と問い合わせようと殺到していた。
そんな人々の中に、二人の少女の姿があった。
「えぇぇぇ、船出ないんですか」
「すまないね嬢ちゃん達、俺達も命が惜しいんだ」
栗色のショートボブをした小柄な少女が、船乗りに軽くあしらわれる。
少女の隣には白いロングウェーブの髪をした、如何にも育ちの良さそうな長身の少女が居た。
見かねた長身の少女が船乗りの男に頼み込む。
「どうにかなりませんか? わたくし達急いでいるもので」
「う~ん、船を出してやりたいのは山々なんだが……幽霊船に喰われちまったら元も子も無いからな。悪い事は言わん、時間がかかるけど馬車で陸を移動しな」
そう言うと船乗りの男はその場を後にしてしまった。
「あうぅぅ……マリーちゃん、どうしよう?」
マリーと呼ばれた少女は腕を組んで頭を悩ます。
「困りましたわね、馬車で移動してはセイラムシティに着くまで何日もかかってしまいます。オリーブさんも早く帰りたいでしょう?」
「うん、弟達が心配。ちゃんとご飯食べてるのかな?」
小柄な少女オリーブが兄弟を心配する様子を見て、少し微笑ましくなるマリー。
だがそれはともかくとして……
「あの海の様子では、わたくしとローレライでも渡りきるのは難しいでしょうね」
「私とゴーちゃんは海は得意じゃないから、それ以前の問題かな~」
仲良く肩を落とす二人。海を渡れないのであれば致し方ない。
だがここで終わる程、二人は弱い心の持ち主でも無かった。
「幽霊船事件ですか……オリーブさん、ここは一つわたくし達で解決してしまうというのは如何でしょう?」
「そうだね。街の人みんな困ってるのを放っておけないもん」
「では決まりですわね」
「事件解決したら、フレイアちゃん達ビックリするかな?」
「そうですわね。一先ずはフレイアさんに一報入れておきましょう」
「心配してるかもだもんね~」
そう言って船着き場を後にする二人。
二人の腰にはホルダーに仕舞われたグリモリーダーが揺れており、二人の首には炎柄の赤いスカーフが巻かれていた。
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