Page27:光に進む者たちへ

 レイがギルドの医務室で目を覚ましたのは三日後の事であった。


「身体中痛ぇ……」

「当たり前、後遺症が無いのが奇跡」


 医務室のベッドに横たわるレイに、アリスが治癒魔法をかけ続ける。

 内蔵はあちこち傷つき、骨に入ったヒビは数知れず、出血量も多いとくる。

 アリスの言う通り無事に生きている事が奇跡の様な状態だ。


「……夢なんかじゃ、無いんだな」

「うん。全部本当にあった事」


 自身の胸に手を当てて目を閉じるレイ。疑似魔核を移植された時の衝撃が今でも鮮明に再生される。

 スレイプニルに認められた事、操獣者としてスタートラインに立てた事をレイは改めて噛み締めるのだった。



 魔法をかけ終えたアリスは変身を解除し、今度はレイの身体に巻かれた包帯を交換し始める。

 その最中に、レイはアリスから事件の顛末を聞く事となった。



 レイが気絶した後、応援に駆け付けたギルドの操獣者によってキースは逮捕された。

 服の裏に小瓶に入れた魔僕呪を隠し持っていたので、先ずは現行犯逮捕。その後ギルド特捜部がキースの部屋を調べると、レイが地図に書いた魔法陣と同じ物が書かれた紙が発見された。

 オータシティ支部局の協力を仰いでセイラムに輸入された永遠草を調べた所、キース(とその契約魔獣ドリアード)と同じインクが検出された。

 結果、モーガンの問い詰めで容疑を認めた事もあって、今回と三年前のボーツ大量発生事件の真犯人としてキースは地下牢に幽閉される事となったそうだ。


「(やっと全部終わったんだな……)」


 犯人は捕まえた。一先ずの決着はついた。

 キースはこれからギルド法度に基づき裁判を受ける事になる。

 チームリーダーが捕まった事でグローリーソードの連中は肩身が狭くなっているそうだが、その殆どが自業自得な所があるのでレイは特別同情はしなかった。


「そういえばフレイア達は?」

「街の復興作業のお手伝い。あちこち壊れたから皆忙しくなってる」


 アリス曰く、レイがキースと交戦している頃には既にセイラム中に変身ボーツが大発生していたそうだ。

 だがフレイアとギルド長の声に駆られて動き出しだ操獣者達が、レイが用意した術式を駆使してセイラムを守る為に戦い始めたのだ。レイが救難信号弾を打ち上げたのは、その少し後の事らしい。

 グリモリーダーの通信機能を用いた連携や、協力してくれた広報部のラジオ放送を駆使した人海戦術によって、セイラムシティに展開されていた魔方陣は迅速に破壊された。


 とは言え街に出た被害がゼロという訳ではない。幸いにして死者は出なかったものの、何人かの怪我人は出たし、建物や道路等はあちこち破壊されてしまったそうだ(内何割かは地中の魔法陣破壊の為に壊れたものだが)。

 おかげで今ギルドの面々は大忙し。壊れた街を治す為に猫の手も借りたい状況になっているそうだ。

 フレイア達も今、それを手伝っているのだろう。


「それからこれ。フレイアから預かったの」


 そう言ってアリスが差し出したのは、炎の柄が特徴的な一枚の赤いスカーフだった。

 チーム:レッドフレアの証、それを差し出されたレイは思わず頬を掻いてしまった。


「フレイアも諦めが悪いな~、もし俺が断ったらどうすんだよ」

「今のレイなら断らない。きっとフレイアは分かってたんだと思う」

「あの野生女め、全部お見通しかよ」


 そう言いつつも、レイは目の前のスカーフに手を伸ばす。

 差し出されたスカーフを掴む事に躊躇いは無かった。

 レイは手にしたスカーフを少し感慨深く眺める。

 だが、ふとその時レイはアリス首に同じスカーフが巻かれている事に気が付いた。


「あの~、アリスさん? そのスカーフは……」

「これ? アリスも同じチームに入るって言ったらくれたの」

「な、何故!?」

「アリスが居なかったら誰が無茶したレイを治すの? アリスはレイの回復要員」


 少しどや顔気味で言い切るアリスに対して、レイはぐうの音も出なかった。

 これから先無茶せずアリスの治癒魔法の世話にならない未来をイメージ出来なかったのだ。


「(とほほ……お目付け役かよ~)」


 ただでさえ頭が上がらない存在だったのに、これで更にアリスに頭が上がらなくなってしまったレイであった。


「はい、包帯交換お終い」

「お、ありがとなアリス」


 試しに肩を動かしてみるレイ。まだ痛みは残っているが軽く動かす分には問題なさそうだ。


「……なぁアリス、もう歩いても大丈夫か?」

「あまりお勧めはしないけど、どこ行くの?」

「スレイプニルの所だよ」


 そう言ってベッドから立とうとするレイを見て、アリスは止めても聞かないだろうと諦めがついた。

 上着を羽織り、アリスから杖を借りたレイはそのまま救護室を後にした。







 杖とアリスに支えられながら、レイは長い長い螺旋階段をゆっくり上る。

 そして階段が終わった先にある扉を開くと、すっかり肌に馴染んだ風と見慣れた屋上の風景が広がっていた。

 その先には見慣れた銀馬の魔獣……レイと契約を交わした獣、スレイプニルが鎮座していた。


「おーす、スレイプニル」

「レイ……もう動いて大丈夫なのか?」

「正直ちょっと無茶してる。スレイプニルと話したくてな、アリスに無理言ったんだ」


 杖をカツカツと鳴らしながら、レイはスレイプニルのそばに移動する。

 そしてゆっくりとスレイプニルの隣に座り込んだ。

 短い沈黙が流れるが、レイはおもむろに話題を切り出した。


「……お前、知ってただろ」

「何をだ?」

「キースが犯人だったって事」

「……そうだな」


 あっさりと肯定するスレイプニル。

 それは、少し冷静になって考えれば分かることだった。

 スレイプニル程の高ランク帯の王獣ともなれば、広い範囲で魔力を探知する事が出来る。少なくともセイラムシティ全域くらいなら朝飯前だ。

 以前フレイアに出した警告もその魔力探知で知った情報だろう。となればもう一つの真相を出すのも容易い。

 セイラムシティ全域に張り巡らされたデコイインクと魔方陣。スレイプニルがそれに気づかない訳が無いのだ。


「何で黙ってだんだよ」

「すまなかったな。理由は二つある」


 スレイプニルはレイの顔を覗き込み、一つ目の理由を告げた。


「一つ目はレイ、お前を試す為だ」

「俺を?」

「そうだ。お前が我の契約者として相応しいか否か、その信念と実力を見計らう為に敢えて奴を泳がせたのだ」

「そのせいで街に余計な被害が出た事についてはどう思ってるんだ?」


 珍しくスレイプニルを問い詰めるレイ。自分の為に起こした行動とはいえ、そのせいで街の被害が広がった事については許す事が出来なかった。


「それについてはもう一つの理由だ」


 スレイプニルは街に目を向けて言葉を続ける。


「見極めたかったのだ、この街の民は我が護るに値する者たちなのかを……」


 どこか悲哀を感じさせる声を漏らすスレイプニル。

 己の戦友を見殺しにした地に対して、スレイプニル自身も向き合い方が分からなくなっていたのだろう。それを察したレイは小さく「そっか」と返すのだった。


 スレイプニルはセイラムシティを見守る王。

 自身の領地内の民が、己の力で過ちから学習できるのかを試していたのだ。

 そして結果は知っての通り。セイラムの民達は互いに助け合い、この街を守ってみせた。

 見事、戦騎王の試練を乗り越えて見せたのだ。


 だがここでレイは一つ解せない事が出て来た。


「なぁスレイプニル。なんで最後に俺を助けに来たんだ?」


 スレイプニルの立場は良くも悪くも中立であったはずだ。自身が課した試練に挑む者に手を貸すような性格では無いと、レイはよく知っていた。


「……我も、フレイア嬢に毒されてしまったのかもしれんな」


 スレイプニルは何時かの問答を思い出す。

 王の威圧に臆する事なく、曇り無き信念と共に命に貴賤を付けないと答えた少女に、スレイプニルは未来の光を見出したのだ。


「太陽は好みで無かったか?」

「そのお日様、少し暑苦しいんだよ…………けど、悪くはないかな」

「そうか、ならば良かった」


 スレイプニルはジッと街の様子を眺め続ける。

 レイも持ってきた望遠鏡を取り出して街を見ようとするが、スレイプニルがそれを制止した。


「レイ、今回は自分の眼で見渡してみろ」


 意図はよく分からなかったが、スレイプニルに言われるがままにレイは肉眼で屋上からセイラムシティを見渡した。


「あっ……」


 見慣れて来た筈の風景。変わる事が無いと思っていた街の様子が、レイの眼に広く鮮明に写り込んでくる。

 空気に淀みは見えない。色彩は鮮やかになっている。

 暗い濁りが取れた眼は、今まで見落としてきた街の様子を克明に拾い上げていった。


「この街って……こんなに広かったんだな」

「そうだ。そして今は、お前が守った街でもある」

「俺だけじゃない。俺達みんなで守った街だ」

「……そうだな」


 レイの心の成長を感じ取れたからか、スレイプニルは満足気な声で返答した。


 そうしてしばし街を眺めていると、上空から巨大な鳥の影と少女の声が聞こえてきた。


「レェェェェェイィィィィィィィ!!!」

「ん、フレイアとライラか」


 空を旋回している鳥はライラの契約魔獣ガルーダ。

 その背中からレイを呼ぶのはフレイアであった。


 フレイアはレイの姿を確認すると、ガルーダの背中から勢いよく屋上に向かって飛び降りてきた。


「ひゃっほォォォォォォォォォ!!!」

「どわァァァァァ!?」


 いきなり上空から自分に向かって落ちて来たフレイアを見て、レイは咄嗟に身をかわしてしまった。


――サッ。ズドン!!!――


 哀れフレイア。受け止める者が何もなく、そのまま屋上の床にめり込んでしまった。


「ちょっとー! 何で避けるのさー!」

「怪我人に向かって飛び込むなアホ!」


 受け止めなかった事について抗議するフレイア。あの高さから落下したにも関わらず無傷な辺り、レイは本気で「この女は人間なのか?」と疑わざるを得なかった。


「姉御ー! 大丈夫っスかー!?」


 今度は上空のガルーダの背中からライラの声が聞こえて来る。

 ライラもガルーダの背中から飛び降りて来たが、こちらは慣れているのか綺麗に屋上に着地した。


「あ、レイ君も怪我は大丈夫っスか?」

「大丈夫、アリスがしっかり治療してくれた」

「流石アーちゃん、レッドフレアのお医者様!」


 褒められて嬉しいのか、アリスは少し頬を赤らめる。

 一方フレイアは服に付いた埃を払い、レイの元に駆け寄ってくる。


「ねぇねぇ、スカーフ受け取ってくれた!? ねぇねぇ!」

「はいはい受け取った受け取った、だから急に近づくな暑苦しい」

「やったーーー! 専属整備士キターーー!!!」


 両腕を高く上げて喜ぶフレイア。そんなフレイアをレイから引き離しつつ、ライラは「よかったっスね姉御」と共感するのであった。

 喜びが最高潮に達したせいか、フレイアはレイにどの様な剣を作って貰おうか妄想に耽るのであった。


「あ、居た居た……ってフレイア、今度はどうしたんだい?」

「ジャック! 聞いて聞いて、レイがスカーフ受け取ってくれた!」

「へー、良かったじゃないか」


 屋上に来たジャックはそのままレイの元に歩みを進める。


「改めてよろしくな、レイ」

「よろしく……ところで、フレイアが夢の世界から戻れてないみたいだけど」


 レイに言われて振り向くジャック。

 そこには妄想が行き過ぎて、ペンシルブレードを取り出し新技を考えるフレイアの姿があった。


「どんな剣になるのかな? なんか新必殺技とか使える様になったりして!」

「あ、姉御ー! 流石に剣を抜くのは危ないッスー!」

「フレイア、ちょっと落ち着いて!」

「そうだ、新しい仲間が出来たってマリーとオリーブにも教えてあげなくちゃ!」


 興奮しすぎて周りが見えなくなったフレイアを、ジャックとライラが必死に止めようとする。

 その様子を見て、レイは只々呆れかえるばかりだった。


「ったく、何やってんだか」

「……いい顔をする様になったな、レイ」


 スレイプニルの唐突な発言にレイは少々驚く。


「そうか?」

「そうだとも。自然な笑顔が出る様になったな」


 レイは指摘されて初めて気が付いた、自分が今笑っている事に。

 そうだ、眼の前に広がる光景こそがレイが心の底で欲していた仲間達なのだ。

 その感情を受け入れて、レイは自然と笑みを零していく。


「レイ、一つ聞いて良いか?」

「何だ?」


 スレイプニルの問いかけ。

 その問いは以前レイに出されたものと同じ問いであった。


「何が見える?」


 そう聞かれるとレイは、改めて目の前のフレイア達に視線を向ける。

 数秒見つめた後、レイはポケットに仕舞っておいた赤いスカーフを左腕に巻きつけた。



 今なら胸を張って答えられる。

 レイは曇り無き眼で仲間達を見やり、こう答えた。


「光に進む奴ら」



 一人ではできなくても、仲間と一緒ならこの道を駆け抜けられる。

 彼らと一緒なら、共に光を掴み取れる。


 ならば、此処から始めよう。


 二代目を名乗る為の物語を……。







【第二章に続く】

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