Page26:一人じゃない

「戦騎王が、あの様なトラッシュを選んだと言うのですか!?」


 スレイプニルがレイを認めた事実に動揺しながらも、キースは変身ボーツ達に指示を出す。


「ですが所詮は初陣、数の力の前には無力です!」


 目算三十体以上の変身ボーツが一斉にレイに向かって駆け出してくる。

 鎌、剣、槍……その腕を様々な武装に変化させ、変身ボーツはその殺意をレイに向けて来た。


「アリス、一旦距離取ってくれ!」

「りょーかい」


 レイの指示でアリスが後方に下がる。

 レイは手に持ったコンパスブラスターを剣撃形態ソードモードにし、力一杯に薙ぎ払った。


「どらァァァァァ!!!」


――斬ァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァン!!!――


 たった一回の薙ぎ払い。その一回の衝撃は突風を巻き起こし、強力な斬撃と化して変身ボーツの身体を横一文字に引き裂いていった。

 断末魔を上げる間もなく砕け散るボーツ達。

 その光景にフレイアは驚きを隠せなかった。


「え……今の、インクチャージしてないよね?」


 間の抜けた声を出しつつも、フレイアは自身に襲い掛かる変身ボーツを切り捨てていく。

 だがフレイアが驚く一方で、キースは比較的落ち着いてその光景を見ていた。それはまるで、薄々こうなる事を知っていた様にも見えた。


『フフ、お前は我々の力の正体を既に理解しているであろう? キース・ド・アナスン』

「えぇ知ってますよ、エドガー愛用の忌々しい固有魔法……武闘王波」

「固有魔法って……レイ起動宣言してたっけ!?」

「宣言なんか必要ない!!! オラッ!」


 追撃で召喚された変身ボーツを縦横十文字に切り裂きつつ、レイはフレイアの疑問に答える。

 固有魔法【武闘王波ぶとうおうは】。

 特別な属性魔法や技を与える事が多い固有魔法だが、スレイプニルの固有魔法はそう言った類を一切与えない稀有なものだ。

 武闘王波の恩恵はずばり身体能力、魔法出力、魔力総量と言った所謂基礎ステータス呼ばれる物に絶大な強化を与えるのである。

 だが何より、この固有魔法の最大の特徴は……


「俺達の固有魔法は、だ!!!」


 一体、また一体と変身ボーツが蹴散らされていく。

 そう、武闘王波の発動はのだ。変身している間は常に強化が発動され続けているという、他に類を見ない特性を持っているのだ。

 これで強化された身体能力と偽魔装の破壊術式を持ってすれば、強力な変身ボーツも木偶人形も同然である。


「ボッツッ!」

「ボーーツゥーー?」


 ある個体はコンパスブラスターの一閃で、またある個体は斬撃の余波でその身体を破壊されていく。

 そして瞬く間にレイに襲い掛かって来た変身ボーツは一体残さず地に葬られる事となった。


「それで終わりだと思わない事ですね。召喚の為のリソースはいくらでもあるのですよ!」


 再びキースの足元でインクが光を放つ。

 キースの召喚によって、新たに六十体以上の変身ボーツが姿を現した。

 召喚された変身ボーツはすぐさまキースの支配下に置かれ、レイとフレイアを狙って攻撃を開始した。


「もー、さっき倒したばっかなのに!!!」


 次々に武装化された腕を振りかざして攻撃するボーツ体を、フレイアは斬り払っていく。だが一体ずつ蹴散らしてはキリが無い。

 フレイアは右手に装着した籠手の口を閉じ、大量の炎を溜め込み始める。


「ボォォツ!」

「どりァ!!!」


 接近してきたボーツを、炎を溜めている最中の右手で殴りつける。

 溜めている最中とはいえ、超高温とレイ直伝の破壊術式を纏った拳で殴られたボーツは一瞬にして火達磨から消し炭と化した。

 そうこうしている内にフレイアは籠手に炎を溜め終わる。


「全部まとめて焼き払う!」


 イフリートの頭部を模した巨大な籠手の口を開き、フレイアは溜め込んでいた大量の魔炎を変身ボーツ達に向けて解き放った。

 破壊術式を織り交ぜられた炎がボーツの偽魔装だけではなく、その本体をも焼き尽くしていく。フレイアの超高温の炎に包まれたボーツ達は声を上げる事無く黒焦げの残骸と化した。


「よっし、これでだいぶ減った!」

「ボォォォツ!!!」

「ゲッ、後ろぉ!?」


 体の半分が焼け溶けたボーツが、背後からフレイアに襲い掛かる。

 鎌状の腕をフレイアに振りかざそうとするが、その腕が届くよりも早く一発の銃声が鳴り響いた。

――弾ッ!!!――

 魔力弾で頭部を貫かれたボーツは「ボッ!?」と短い悲鳴を上げて絶命した。


「二回目だぜ、背後の敵にもご用心って」

「レイ、ナイスショット! ――ってレイ、後ろ後ろ!」


 フレイアの叫び声で後ろを振り向くレイ。そこには今まさに斧化した腕を振り下ろそうとしている一体の変身ボーツがいた。

 レイは咄嗟に身構えるが、そのボーツの腕もレイに到達する事はなかった。

 よくよく見れば、変身ボーツは腕を振り上げた体勢のまま完全に硬直しており、その背中には一本のナイフが突き刺さっていた。


「エンチャント・ナイトメア。レイも背中がお留守」

「サンキューアリス。ほれッ!」


 どうやら変身ボーツはアリスの幻覚魔法で身体の動きを停止させられていたらしい。レイはすかさずコンパスブラスターで首を刎ね、ボーツに止めを刺した。

 だがこれで終わった訳ではない。キースが召喚した変身ボーツはまだ三十体程残っている。


「うわぁ、まだ結構残ってるね」

「どうせこの後も追加が来るなら、最小労力で全滅させたいな」

「できるの?」

「まかせろ。フレイアとアリスは少し離れててくれ」


 二人が少し距離を取ると同時に、レイはコンパスブラスターを銃撃形態ガンモードに変形させる。

 構わず突撃してくるボーツ達。レイの視線ははその軍勢ではなく、上空を向いていた。


「武闘王波、跳躍力強化」


 固有魔法の効能を脚部に集中させる。そして強化された足のバネを使って、レイは戦場全体を見渡せる程の高さまで跳躍した。

 天高く跳んだレイを呆然と見つめるボーツ達。

 レイは上空に到達したと同時に、コンパスブラスターの銃口を地上に向けた。


「視力強化」


 脚部の強化を解除して、すぐさま視力を強化する。

 強化されたレイの眼は一秒もかからず、ボーツ達を余さずロックオンした。


 魔弾生成、拡散、偽魔装破壊、軌道変化、貫通力強化……。

 ボーツに狙いを定めた後の僅かな滞空時間の間に、レイの脳内では複数の術式が同時並行に組まれて、その全てがコンパスブラスターに弾丸として流し込まれた。


「全部まとめて狙い撃つ!!!」


 レイが引き金を引くと、コンパスブラスターの銃口から大量の魔力弾が雨あられと地上に向けて降り注いだ。

 放たれた魔力弾はそれぞれ独自の軌道を描き、地上の変身ボーツの頭部を的確に撃ち抜いていった。それも一発も外すこと無く、ボーツと同じ数だけ放たれた魔力弾は全て致命傷としてボーツに着弾したのだ。


「……マジ?」


 あまりにも常識外れな倒し方目の当たりにしたフレイアは、思わず間抜けな声を漏らしてしまう。


「よっと――って痛ったァァァ!?」


 ボーツを一掃し終えたレイが地上に着地するが、着地と同時に身体に酷い痛みが走り抜けた。アリスの治療を受けたとは言えまだ完治しておらず、傷口が開いたのだ。

 それに気づいたアリスがすぐさまレイに治癒魔法をかけ始める。


「レイ、無茶しすぎ」

「アハハ、悪ぃ悪ぃ」


 一先ずボーツを全滅させられたと安心したのもつかの間。

 治癒魔法が終わる前に、新手の変身ボーツがレイ達に攻撃を仕掛けて来た。


「中々やるようですね。ですがこの数相手ではどうですか?」


 ボーツの攻撃を咄嗟に避けたは良いが、フレイアはレイとアリスから分断されてしまった。

 慌てて見渡せば、一目で先程よりも多いと分かる程の変身ボーツが召喚されていた。目算だけで八十体は居るだろう。


「フレイア、火力上げて良いからそっちは任せた!」

「OK、任された!!!」


 フレイアがその高い火力を駆使して変身ボーツを切り裂き焼き払う一方で、レイはコンパスブラスターを棒術形態ロッドモードに変形させた。


形態変化モードチェンジ棒術形態ロッドモード!」


 襲い掛かって来る大量のボーツ達。

 レイは強化された腕力をもって、向かって来るボーツを横薙ぎに斬り払っていった。


――斬ァァァァァァァァァァァァァァァァン!!!――


 剣撃形態の時よりも広い射程範囲。巻き起こる斬撃と大きな音を伴う突風が、ボーツ達の身体を両断していく。

 だがそれでも、まだまだ数は減らない。未だ身体に残るダメージがレイの動きを僅かに鈍らせるが、背中に付くように戦っているアリスが要所要所で治癒魔法をかけてくれた。


「回復はアリスに任せて」

「ホント、最高のサポートだよ!」


 薙ぎ、斬り、吹き飛ばす。次々と襲い掛かるボーツを倒していくが、中々終わりが見えてこない。

 気づけばフレイアの方は既に粗方倒し終えていた。

 なんだか負けている様な気がして腹が立ったレイは、ある事を思いついた。


「アリス、幻覚魔法で何体か足止めしてくれ!」

「うん」


 レイに頼まれたアリスはナイフを取り出し、停滞の幻覚魔法を付与する。

 空気を切り裂く音と共に投擲されるナイフ達は、次々とボーツの身体に突き刺さりボーツの身体を硬直させていく。

 そしてレイはコンパスブラスターの先端からマジックワイヤーを伸ばしつつ、ボーツの身体を貫き続けていった。


「ボッ!?」

「ボツ!?」


 アリスの魔法で動きを止められた者だけでなく、レイに攻撃を仕掛けて来たボーツも貫いていく。だがその殆どは致命傷に至っておらず、ただ身体にマジックワイヤーが通されただけであった。

 ボーツが倒れていない事は承知の上でレイは彼方此方へと動き、ボーツの身体を貫き続ける。

 やがて通され続けたマジックワイヤーが複雑に絡まり始め、変身ボーツ達の身体を巨大な一塊へと縫い上げてしまった。


「縫い付け一丁上がり! そんでもって――」


 縫い上げられたボーツの塊とコンパスブラスターは強力なマジックワイヤーで繋がったままである。

 レイはコンパスブラスターを強く握り締めて、固有魔法を使った。


「腕力強化! 脚力強化!」


 強化された脚力を用いて地面に踏ん張る。そして強化された腕力を使って、レイは縫い上げられたボーツの塊を振り上げ始めた。

 鎖付きの鉄球を振り回す様に、レイは大きな風の音と共にボーツの塊を勢いよく振り回す。そして……


「フレイア、パース!」

「へ、パスって!?」


 レイはちょうど変身ボーツを倒し終えたフレイアに向けて、ボーツの塊を放り投げた。

 プツンと音を立てて切り離されるボーツの塊。

 突然放り投げられた異物に混乱しつつも、フレイアは急いで獣魂栞をペンシルブレードに挿し込んだ。


「どわぁぁぁぁぁぁ!?!?!? バ、バイオレント・プロミネンス!!!」


 火事場の何とか言うやつか、フレイアは今までにない速度で術式を組み立てる。

 そして持ち前のとんでも火力を存分に発揮した必殺技で、ボーツの塊を爆散させた。

 地面に響く程の爆発音が鳴り止むと、先程までボーツだった破片たちがボトボトと落ちていく。

 フレイア若干肩で息をしながら、声を張り上げてレイに文句を言った。


「ちょっと、何すんのさ!」

「悪ぃ、無茶振りだったか?」

「……まっさかー」


 その言葉は何時ぞやの意趣返しだと気づいたフレイアは少々面食らったが、ついつい強がってしまった。




「本当に……諦めの悪い屑共ですねぇ!!!」


 召喚したボーツを悉く倒された事で流石に頭にきたのか、キースが怒声を張り上げた。


「いいでしょう、もうチマチマ召喚するのは止めです。ボーツの操作なんて度外視、召喚するポイントも度外視しましょう。数千体単位でセイラム中に召喚する!」

「な!?」

「もうどうなろうが構いません。私をコケにしたお前達も、私を認めないこの街もギルドも!!! 全て破壊しつくしてあげます!!!」


 自棄と狂気が入り乱れた叫びを上げるキース。

 数千体も召喚されては始末に負えない。まして街中に大量の変身ボーツが現れてはどれだけの死傷者がでるか分かったものでは無い。

 魔法陣を描いた地図をどれだけの人間が信じたか解らない。むしろ大して期待をしていなかった事もあって、レイは強い焦りを覚えていた。


「ふ~ん、やってみれば?」


 レイの焦り等どこ吹く風。

 フレイアのまさかの挑発行動にレイは開いた口が塞がらなかった。


「フレイア、お前何言って――」

「大丈夫」

「大丈夫ってお前」

「きっと大丈夫。だから信じて」


 確信した様子で言い切るフレイアに、レイは何も言い返せなかった。

 フレイアが何の根拠も無しにほらを吹く人間だと、レイは一切思っていなかった。


「そうですか……ならお望み通りにしてあげますよ!!!」


 キースの足元からインクの光が溢れ出す。ボーツ召喚の合図だ。

 レイとアリスは咄嗟に身構えるが、フレイアは微動だにしない。


 ウッドブラウンの光が強くなる……が、何時まで経ってもボーツが現れる事は無かった。


「……何故だ? 何故魔法陣が起動しない!?」


 切迫した様子で狼狽えるキース。

 何度も何度も召喚を試み、遂には両手を地面につけて魔法陣を起動させようとするが、ボーツが召喚される気配は微塵も無かった。


「ね、大丈夫だって言ったでしょ。時間的にそろそろかな~って思ってさ」

「……魔法陣が破壊された?」

「そのとーり!」


 実際ボーツが出てこないという事は魔法陣の破壊に成功したのだろう。

 だがレイは解せなかった。フレイア達に託したのは赤マークした箇所の破壊のみ。即ちデコイモーフィングシステムの破壊だ。

 仮にモーガン率いる魔武具整備課の面々が協力していたとしても、その破壊作業だけでそれなりに時間がかかる筈だ。

 まして、魔法陣全体を破壊しようとすれば更に時間がかかる。少なくともこんな短時間では不可能だとレイは考えていた。


 ジャックとライラが何かしたのだろうか。

 レイがフレイアから聞き出そうとしたその瞬間、フレイアのグリモリーダーから着信音が鳴り響いた。

 フレイアは待ってましたと言わんばかりに、上機嫌で十字架を操作し通信に出た。


「もしもーし」

『姉御ー! そっちは大丈夫っスかー!?』

「大丈夫。レイも無事だし、犯人も追い詰めた! そっちは?」

『ミッションクリアってやつっス! 魔法陣は完全に破壊したっスよ!』


 グリモリーダーから聞こえて来るライラの声で、魔法陣が破壊された事が確定した。だがそれは、レイの中の疑問を深めるだけであった。


「完全破壊って……街中の破壊ポイント全部やったのか!? こんな短時間にどうやって!?」

『ふっふっふっ、それはっスね――ってちょッ!』

『レイ、無事か!』

「ジャック! 俺は無事だけど」

『ギルドの皆が協力してくれたんだ。レイが作った地図を信じて、街を守る為に皆が動いてくれたんだ!』


 ライラの通信に割り込んでジャックが状況を説明するが、レイは今一その事実を受け入れられていなかった。


「信じたって……そんな筈……」

『安心しろ、全部現実だ!』

「それは俺じゃなくて、フレイアやお前達の人望じゃ……」

『違う――って、親方さん、押さないで下さ』

『レイ!!! 大丈夫か!!!???』

「親方!? 俺は大丈夫」


 更に割り込む形でグリモリーダーからモーガンが心配する声が聞こえてくる。


『ギルドの奴らが動いたのはフレイア達の人望じゃねぇ! レイ、お前の人望だ!』

「……俺の?」

『そうだ。お前が無我夢中で走ってた最中に、お前に助けられてきた奴らが沢山居るんだ! 今回の話を聞いて、そいつらが自分から立ち上がってくれたんだ!』

「まさか、そんな筈」

『信じられねーってんなら自分で聞いてみろ!!! オメーらァァァ、レイに何か言ってやりてー事はあるかァァァ!?』


 そう言うとモーガンはグリモリーダーを高く上げたのだろう。遠くからの声なので少し聞こえにくいが、確かにレイに向けての言葉の数々が聞こえて来た。


『レイ! これで借りの一つは返したからなー!』

『こっちの事は俺達に任せろ!』

『どうだ、必殺の人海戦術! 少しは頼りになるだろ!』

『これで私達のありがたみを少しは思い知りましたか?』

『レー君、レー君! ウチめっちゃ魔法陣爆破したでー!』


 ギルドの操獣者達の声がレイの耳に入り込んでくる。

 それも聞きなれた罵声ではない。レイを信じ、レイを慕うが故の言葉の数々が並べられていた。


「これって……」


 実際の声を聞いた事で、レイの中で一気に現実味が増してくる。


『レイ! 犯人そこに居るのか!?』

「え、あ、あぁ」

『絶対逃がすんじゃねーぞ……それから、お前は自分の心を信じて戦い抜け!』

『もォォォォ、お父さん!!! ボクのグリモリーダー返してっス!』


 ライラにグリモリーダーを取り返されたので、モーガン声はそこで途切れてしまった。


『レイ君! ボク達は皆、レイ君を信じてるっス! だからレイ君も、ボク達に背中まかせて欲しいっス』

「…………皆、信じてくれた?」


 呆然と気の抜けた声で漏らすレイ。

 するとアリスは、レイの手をそっと優しく掴んでこう言った。


「レイ……一人じゃない、みんな一緒にいる」

「アリス……」

「そういう事!」


 グリモリーダーの通信を切ったフレイアが、レイの方を向き言葉を続けた。


「誰かが見てる、誰かが知ってくれてる。だからアンタは一人じゃない」


 そうだ、レイにとっては暗闇の荒野を走る道中で起きた些末な事。だがその道筋で確かにレイに救われた者達は居たのだ。

 どれだけレイに拒絶されても、それでもレイを慕おうとした者達が居たのだ。

 今まで見えていなかった人達の姿が、今まさにレイを信じ救おうとしている。

 その事実を受け入れた瞬間、レイの視界が僅かに鮮明になった気がした。


「……なんだよ」


 レイの仮面の下で、幾つもの水滴が頬を伝っていく。


「意地張っでだの、俺だげがよ……」


 無駄ではなかったのだ。

 我武者羅に走り続けた道は、決して無駄ではなかった。


「あれれ~、もしかして泣いてんの?」

「バッガ、泣いてねーし!!!」


 茶化すフレイアに強がってしまうレイ。

 だがその心は晴れ晴れとしたものであった。



「…………何故だ」


 一方のキースは地面に膝をついたまま、何が起こったか理解できず混乱していた。

 だがやがて、ギルドの操獣者達によって魔法陣が完全に破壊された現実を理解すると、発狂したかの様な咆哮を上げた。


「何故だァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!」


 長い時間をかけた計画は水泡に帰した。

 自身が踏み台にしようとした街に、自身が蔑んだトラッシュの少年に阻止されたのだ。


「何故このようなトラッシュ風情の言葉を! 何故信じられるのだ!?」

「分からない? そうでしょうね。自分の欲の為に街も人も仲間も踏み躙れるようなアンタには、一生掛かっても分からないでしょうね!」


 取り乱すキースにフレイアは淡々と言葉を返していく。


「何度でも言ってやる、ヒーロー志望が一人だけだと思うな!」

「何なんだよ……お前ら一体何なんだァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!」


 レイはコンパスブラスター(剣撃形態)を、フレイアはペンシルブレードの切っ先をキースに向ける。

 示し合わせた訳ではない、だが二人の心に浮かんだ言葉は全く同じものだった。


「「自称、ヒーローだ!!!」」


 キースは言葉として成立し得ない咆哮を上げる。

 魔法陣を維持する為に割いていたリソースを自身に戻し、瞬時に攻撃魔法を組み立てた。

 キースの腕から大量の木の根が伸びてくる。一本一本が鋭利な槍の形状をした根が津波の様にレイ達に襲い掛かる。

 だが所詮は暴走状態で放った攻撃、実力者の技と言えども防ぐのは容易かった。


「どりゃァァァ!!!」


――業ゥゥゥ!!!――

 フレイアの籠手から放たれた大量の炎。それがフレイア自身の魔力で巨大な炎の壁と化した。

 大量の魔力を含んでいるとは言え、所詮はランクの低い植物魔法。高ランクの魔獣であるイフリートの炎を持ってすれば、着弾する前に焼き尽くすのは簡単だった。


「ヌァァァァァァァァァァァァァァ、ならばこれでェェェェェェェェェ!!!」


 攻撃が通じなかった事で更に取り乱すキース。

 即座に次の攻撃に移ろうとした次の瞬間、炎の壁の向こう側から一本のナイフが飛来し、キースの肩に突き刺さった。


「ガッハ!? 何だこれは、動けん!?」

「エンチャント・ナイトメア、これで動けない」


 突き刺さったのはアリスの幻覚魔法が付与されたナイフだった。

 その力でキースの動きが止まるが、キース程の実力者となれば止められるのは2・3秒程度。

 だがそれだけの隙が作られれば十分だった。


「「レイ!」」

「言われなくても!」


 炎の壁を突き抜け、レイがキースに向かって駆け出す。

 レイはコンパスブラスターを逆手に持ち直し、グリモリーダーから取り出した獣魂栞をコンパスブラスターに挿入した。


「インクチャージ!」


 魔力刃生成、破壊力強化、攻撃エネルギー侵食特性付与、出力強制上昇。

 そして、固有魔法接続。

 レイは複数の魔法術式を瞬時に頭の中で構築し、その全てをコンパスブラスターに流し込んだ。


 するとコンパスブラスターの刀身が、白銀の魔力で形成された魔力刃に覆われた。


「……やめろ」


 魔力刃は巨大化することなく、コンパスブラスターの刀身周りでその破壊力を溜め込んでいく。

 コンパスブラスターから放たれる白銀の光を前にして、キースかつて己が殺めた同胞の姿を重ねてしまった。


「その技を……私に向けるなァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!」


 絶叫が聞こえる。だが聞き入れる必要はない。


 偽典などではない、これこそ受け継いだ本物の必殺技だ。


銀牙一閃ぎんがいっせん!!!」


 キースに当たる直前、レイは刀身を反転させコンパスブラスターの峰をキースの身体に叩きこんだ。

 峰打ちと侮るなかれ。刀身に纏われていた魔力はキースの身体に入り込み、その内側で次々に爆裂していった。


「――――!!!???」


 身体の内側を攻撃されたキースは言葉ならない悲鳴を上げる。

 レイはコンパスブラスターの峰を押し付けたまま、こう告げた。


「殺さない。生きて……生きて償え」


 押し付けていたコンパスブラスターを離すと同時に、キースの変身が解除される。魔装の中でボロボロにされたキースは白目を向いたまま、仰向けに倒れ込むのであった。

 その隣にはキースの契約魔獣であるドリアードも気絶していた。

 キース達が戦闘不能になった事を確認したレイは、傍らに落ちていたグリモリーダーにコンパスブラスターの切っ先を叩きつけた。

――パキン!――

 上手く加減をして操作十字架だけを破壊したレイ。

 これで目を覚ましても変身はできなくなった。


「終わったね」

「あぁ。これで全部終わ…………」


 終わったと言い切る前に、レイの変身は強制解除されてしまい、レイはその場で崩れ落ちそうになった。


「レイ!」

「よっと、大丈夫!?」


 アリスが声を上げると同時に、近くにいたフレイアが倒れ込むレイの身体を受け止めた。

 フレイアの肩に手を回すような形で、レイは身体を支えられる。


「大丈夫、大丈夫……原因は分かってるから」

『我の固有魔法、武闘王波のせいだな。元々深く傷ついていた身体に強化を重ね掛けした為に治癒魔法で抑えられなくなり、レイの身体が限界を迎えたのだろう』

「ちょ、それ本当に大丈夫なの!?」

『大丈夫だ。安静に治療を受ければすぐに治る』


 スレイプニルの言う事だから大丈夫なのだろう。そう分かってはいても、フレイアは心配で仕方なかった。


「悪ぃ、フレイア……後始末、任せる……」

「レイ!?」

「大丈夫、気を失っただけみたい」


 目を閉じカクンと頭を落としたレイを見てアリスは悲鳴じみた声を上げるが、フレイアがすぐに気を失っただけだと確認してくれたおかげで、一先ずの安心は得られた。


 フレイアは真横で目を閉じ規則的な吐息を立てるレイの顔を覗き込むと、ふっと柔らかい笑顔を浮かべて、こう呟いた。


「お疲れ、ヒーロー」


 その言葉がレイに届いたかは分からないが、レイの顔はどこか満足気なものに見えた。

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